Capture Oneソフトウェア 作例

無題

これは狛犬ではなく単に看板のマスコット。(^^ゞ  小室圭眞子さんご夫婦がめでたくご結婚されましたが、これまでの週刊誌などマスコミ等のバッシングは 眼に余るものでしたね。私は見てはいないですがネットでのそれも同様だったろうと思います。 どうしてこんなことになってしまったのか。その根底には一般国民の、上級国民に対する不満が蓄積して いるのが、その大きな原因だったろうと推察しています。 一般人といいますか、特に下級国民ともいうべき国民は生活苦にあえいでいて、若い人は収入が乏しく 結婚すらできない有様ですし、たとえ結婚して子どもをもうけても離婚して一人親となった世帯の生活苦 は辛い有様のようです。子どもに満足に食事も与えられないような感じで。 そういう多くの苦しんでいる下級の国民の不満が、あのような皇室というセレブへの不満となって現われ たのではないかなって思えますね。 眞子さんは皇室の一員だったとは言え、直系ではありませんし、また女性だったのでバッシングしやす かったのでしょう。さすがに天皇家そのものへのバッシングはできませんから。これは彼女にとって不運 だったとしか言いようがありません。 事実としては眞子さんは自分の結婚を自分で決めたに過ぎないのですし、それは人間として当然の権利 ですしね。そして小室さんは男として彼女のその期待に応えただけであって、何一つやましいことはあり ませんでした。しかしあまりものバッシングで、新婦はまるで駆け落ちか亡命のようにして日本を去らざる を得ませんでした。これが今の日本の現実の有様ですかね。 貧窮に喘ぐ下級国民だけでなく、かなりな上レベルの国民の方でも、男性の出自を見て今回の結婚への 批判は多くあるようです。しかしそもそも小室圭さん自身が一人親で育ったわけでして非常に苦労をして 学業を収められたわけです。それは今の日本の何処にでもある現実なわけで、その一人の青年が日本 を象徴する皇室の女性と結ばれたということは、これこそが本当の日本の良さではないですかね。 なお英国の王室でもよく似たことが起きているようでして、本当に健全であるのは小室新婦の方であって、 間違っているのは国民というか、マスコミの側であるという気がしています。 マスコミというのは国民の世論を操作できると自負しているようでして、それは米国のトランプ時代もそう でしたね。今のマスコミは国民から離れて暴走しているとしか言いようがありません。 しかしそんなマスコミに踊らされない国民も多数いるわけでして、大多数の国民は小室夫婦の結婚を 祝福していると考えています。 今回の眞子さんの決意と行動は、これこそが日本の本当の皇室のあるべき姿であり、その役割を立派に 果たしたということで女性ながら大変にあっ晴れなことだったと私は考えています。皇室の一員としての 最後の大仕事だったというわけです。また、これから続く桂子さまや愛子さまも眞子さんに倣って強くあっ てほしいなあって願っています。最後に一言、小室圭さんは最近は男として良い顔になりましたね。(^^ゞ 

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これも一般の家の、置物としての狛犬です。2対ありましたが玄関ではなく塀の上です。

無題

このライオンは1つしかありませんが、もっと屋敷が大きければ2対が可能ですね。 そう言えばよく玄関にワンコウの置物がある家があったりしますか、そういうのも広い意味での狛犬かも。

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これはシーサーですか。ピントがずれてしまってます。なにやら後ろの洗濯物にピントが。(^^ゞ  シーサーを飾っている自宅は多いですね。大体は門柱の上にあるようです。

無題

可愛い神社の狛犬、その2対のショットです。

無題

昔は石を運ぶのは船でしたから、北前船を利用して讃岐の石が多く日本各地へ移出されました。大体は 石灯篭や神社の狛犬です。香川の石地像は大したものがないのですが、狛犬だけはなかなか良いのが あると思ってます。こういう石製品を船底に積んで航海したんでしょうね。船が時化に会うと積荷を軽く する為に船頭は荷物を米でもなんでも海に捨てるんですが、最初に捨てられたのはこういう石品でしょう かね。しかし時化の揺れる船で船底にある重い石を捨てられたのかどうか。興味のあるところです。 この狛犬はすごく小さくて大人2人で持ち上げられそうです。下手をすると盗まれるかも知れないですが、 まあ、石地像を盗む人はいるそうですが神社の狛犬が盗まれたという話はあまり聞きません。 こんなに小さくて可愛い、狛犬ならぬ狛猫って感じですが、田舎の小さな神社に鎮座しています。背後の 石灯籠も再利用のものらしく左右がふずろいですし、なんでこんなところに金比羅街道の灯篭があるん じゃい?てな感じで、きっとどこかから持ってきたのでしょう。とにかく可愛い狛犬さんに和まされた日でし た。 狛犬の源流はなんだろうかと以前から気になっていたんですが、 https://www.travel.co.jp/guide/article/40350/ アレキサンドリアのポンペイの柱というもので、その柱の前に2体のスフィンクスが鎮座していますね。 紀元前の時代、今から2000数百年前ですが、フォロスの灯台とかいう摩天楼があったりとか、時は パックス・ロマーナの平和で世界的な交易が盛んな時代でした。今で言うところのグローバルエイジです。 当時、エジプトとインドの間に貿易風を利用した外洋航路での交易が盛んだったそうです。 それでローマはガラス製品、銀器、ぶどう酒、銅や錫、ローマ貨幣などを輸出し、インドからは胡椒、象牙 真珠、べっ甲、瑪瑙、サファイア、シルク、生糸や綿布などを輸入していたそうです。(森本哲郎) シルクや生糸なんかは中国の製品ですかね。とにかくそういう今と変らないようなグローバルな経済が あって、そういうなかで、きっと狛犬さんもエジプトからインド、インドからチャイナ、そして日本にもたらされ たのではないかと言うことですか。 神殿の前に鎮座する動物型の石像。狛犬は遥かかなたの中近東からもたらされた風習ではないかという ことです。(^^ゞ  そういう風に考えていると、こういうのもありました。 「シーサー、狛犬、スフィンクス」 https://ameblo.jp/ykawakami/entry-12049935977.html 「スフィンクス狛犬」 http://nogawa-no-karugamo.cocolog-nifty.com/runrun/2015/07/post-cf33.html

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これは高松城の天守閣跡の画像ですが、従来は此処に玉藻廟という社廟が建っていたんですね。 「玉藻廟」 http://www.city.takamatsu.kagawa.jp/kurashi/kurashi/shisetsu/park/tamamo/tenshu.html http://midnight2012.seesaa.net/article/385923218.html 私も小さいときから親しんでいた廟がなくなったのは残念でなりませんね。どうやら解体して処分して しまったみたいです。どこか別の場所に再建するという手もあったでしょうに。 とにかくここまで来たからには天守閣を造らなければならない羽目になっているわけですけど、天守 などなくてもこのままの状態で展望台としても良いんじゃないかって思います。この状態でもかなりの 高さですので遠望が利きます。 使われている石ですが大きなものは全て花崗岩です。隙間に挟まれた小さな石は花崗岩あり安山岩 ありで雑多なようです。私は石屋をしたことがないので想像するしかないのですが、こういう石材は まず山から切り出すのが大変。さらにその石を運ぶのも大変です。それで必然的に海に近いところの 山や島が採石地として選ばれます。現在だと重機を使いますからさほどの苦労はないのですが、昔は 本当に大変だったろうと思います。石の魅力は何と言っても時間時代を超える耐久力があることです。 城にしてもたとえ上物がなくなっても石垣と堀が残るのは石の耐久力のお陰です。

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高松城の中の玉藻公園にある飛雲閣前で行われていた獅子舞です。こういう祭りやイベントがなくなって しまったので貴重なショットとなりました。保存会有志による内輪な獅子舞披露でした。小さい子獅子は 小学生が舞ってます。

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高松城の櫓の窓から瀬戸内を見た光景です。ちょうど女木島へのフェリーが出たところです。すぐそこに 見える島ですね。写っている小さな城の様なものはトイレか何かかな。(^^ゞ 

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写っているのは高松城の天守閣ではなくて櫓です。内覧が可能で瀬戸の海を臨むことができます。人物 の青い半被を着た方はボランティアガイドの方でしょうか。

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玉藻城には和船の遊覧があります。高松城の大名庭園として栗林公園があるのですが、そこにも和船が 運営されていて、共通するのは玉藻城も栗林公園も水が綺麗だということです。水の清らかさは城の堀 でも庭園でも謳い文句ができます。

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高松玉藻城の天守閣跡です。いまは展望台となっていますね。現在、先の大戦の空襲で焼失した桜御門 が再建中で完成が楽しみです。天守も再建したい望みがあるのですが、以前と違って正確な再建でない と文化庁の許可が下りないので苦慮しています。そういう計画は丸亀城でもありますね。 私としてはあまり城には関心がないほうなのですが、土木建築物としての見方、そして石垣への関心は あるので、これから折を見て近くの城郭を機会があれば見てみたいと思っています。 最近は城ブームのようで、刀剣ブームと合わせて興味深い流行となっています。小学生や女性までも城 や刀に眼が向いているようです。また神社ブームというのもありますね。こういう日本古来の事物に、今の 人達が関心を寄せるというのも、これも意味深い未来への始動なのかもしれません。 その根底には中華的なものを排していくということ、そしていざとなれば軍事力も視野に入れていくという 国民の無意識が示されているのかもしれませんね。

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これは高松玉藻城の海水取り入れ口のところです。瀬戸内は潮の満ち引きの高低差が大きいので海水 が元気よく流れます。今治城と違って玉藻城は松や樹木がとても美しく洗練されているという気がします。

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今回の撮影はほぼ失敗となりました。海浜の撮影で水蒸気が多くて日中の日射が強い場合に起こる フォーサーズ特有の現象なのですが、描写・画質が硬くなって中間色の柔らかさがなくなってしまうの です。特に瀬戸内で起きる特有の現象ですね。 これは特段、フォーサーズだけでおきるわけではなく全てのデジカメで起きているわけですが、センサー の小さな高密度のフォーサーズカメラの場合は特に顕著であるというだけです。 しかしこういう失敗があるからフォーサーズカメラは面白い、ということです。容易に限界性能が掴めて 勉強になんるですね。フォーサーズの面白さはまさにそこにあります。センサー性能の限界ぎりぎりで やっているわけで様々な現象が起きます。そこを調べて対策をとっていくことが有意義であるということ でしょう。 今回の撮影はオリンパスE-5とE-510、そしてコダックセンサーのE-1で撮影しました。 海浜部撮影のE-5とE-510は硬い写真しか撮れませんでしたが、夕暮れになって日射が弱くなってから 撮ったE-1の撮影は海の撮影ながら色が滑らかでした。このように非常に繊細なのがフォーサーズセン サーの特徴です。 ※撮影は今治城です。玉藻城と同じく海城で有名ですが、建物は全て現在のものです。当時のものは 石垣と内堀だけですが、現在の城の建物の構成は多種あって創建当時の面影を偲ばせてくれます。 特長的なのは50~70メートルはあろうかという堀の広大さとシンプルな縄張り(配置設計)です。単純な 真四角な構成ゆえに使い勝手はよさそうですね。まさに実質本位の城であって、見かけを良くする為か、 複雑に縄張りが入りこんだ他の城とは違って、当時は最新の構築思想であったろうと推察します。 四国には香川に2つ、徳島と高知に1つずつ、愛媛には4つあります。多分。香川は高松城と丸亀城、 愛媛には松山城と今治城と大洲城と宇和島城ですか。愛媛が一番人口が多くて、面積も大きいので そんな具合になるんですね。現存する天守が残っているのは丸亀城と松山城と高知城、宇和島城でしょ うか。 しかし城は天守だけが価値を持つのではありません。この今治城のように後世の建築ながら多くの建物 が配置されている城も価値があると言えます。なお、この今治城が面白いのは神社と城が混在している ことです。寺と神社の混在は普通に見られますが、このように城と神社の混合は珍しいですね。 そして本来は平坦な砂州のところに土を盛り上げて高台とし、そこに城を造っていることで、その土木工 事の技術力は大変なものがありそうです。どんな具合にして基盤を固めて造ったのか興味がありますね。 面白いのは石垣の殆どは花崗岩ですが所ところにワンポイントとして大理石が使われていること。洒落と いうことでしょうか。

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これは今治港ですが、創建当時の外堀が海に面しておりましたので、当時はここら当たりまで城の敷地 であったいうことになります。港も備えていた海城ということで、海運にも力を入れていた藩であったわけ です。今治と言えばタオル生産で有名ですが今治造船の発祥の地でもあります。本社造船場は同じ今治 市ですがここよりも北の方にあります。島なみ海道の来島海峡大橋がある所です。(瀬戸内航路) 工業都市であり商都である今治市ですけど、他にも特徴的な工業都市として四国中央市(製紙業)、新居 浜市(機械と造船・・かつての住友鉱山)、西条市(造船と発電)などもありますね。全て瀬戸内側の工業都 市です。瀬戸内海工業都市といえば山陽側が注目されますが四国側にも多くの都市があります。 香川では丸亀・多度津(造船)、坂出(造船・発電)。山陽側では小野田市、防府市、下松・光市、広島市、 呉市、福山市、倉敷市、加古川市、姫路市、神戸市など枚挙にいとまがありません。瀬戸内はひとつの 大きな工業ベルト地帯として捉えるもので、すべてが密接に関連付けられています。

無題

今治港から望む来島海峡大橋です。以前ここを歩いて渡ったことがあります。空中散歩というわけです ね。車や自転車(サイクル観光として今や海外にまで有名になりました)で渡る人は多いでしょうが徒歩で 渡るのもオツなものです。 ところで下の投稿の2番コメントさんはGGさんでしょうか。違っているかも知れませんがまあ違っていても 大した問題ではありません。もし元気でおられるようでしたら、どうですか、GGさん。Kazさんも最近は投稿 されていないようなので、GGさんも写真投稿を復活されませんか? 他人のぶら下がりコメントだけでは 面白くないでしょう。 昔のように写真投稿をなされて、この掲示板への参加をされてみては。私も正直言って掲示板の存続の 維持ということで半場は投稿をしているところがあって、それもいつまで続くかはわかりません。 ベスタPCでの投稿ができなくなればもう投稿はしないでしょう。それはもう時間の問題ともいえますね。 (コメントオンリーの投稿は既にビスタではできません) 自分の写真撮影への励みということで、こういう掲示板に参加をすることはやはり意義がありますね。 ただ黙々と自分だけで写真を撮るのも悪くはないですけど、やはり皆さんが集って写真好き同士、何らか の情報交換をするのは良いことだと思っています。GGさんの再登場を期待している方々は多いと思いま すよ。そういう私もその一人ですから。 もうディープな交流は必要ないと考えます。皆さんが各自で好きに投稿すればよいのであって、別に他者 へのコメントなどは要らないと思います。もうそういう時代ではなくなっているんでしょう。 そしてGGさんが問題とされているであろう、私が言うところのフルサイズ高画素カメラ。これを是非とも使 い倒していただきたいと期待しています。私はもう匙を投げましたがGGさんならばできるかもしれません。

訂正

※たつき諒著『私が見た未来 完全版』 続 https://photoxp.jp/pictures/218470 ・・・軽石が台湾やフィリッピンに流れても大した被害じゃないですから。・・・は、迂闊にも間違いを書きま した。軽石は船舶のエンジンを止めてしまうので(エンジンの冷却は海水を利用しています)、海上物流も 漁船も軍艦も動けなくなりますね。 写真は高松市、玉藻城こと高松城です。海水を入れた海城となっています。

無題

フォーサーズカメラに随分と嵌っているのですが、またまだ学ぶことは多いにあると思っているので、 しばらくこの路線を続けて行きたいと考えています。 一言で言えば、フォーサーズカメラの魅力は人にとって、ちょうどいい塩梅のセンサーサイズと画素数 だろうということです。フォーサーズカメラの対極にあるのがフルサイズ・超高画素カメラであるわけで すが、これらのパワーのあるカメラは結局のところ、ユーザーやカメラマンを食いつぶしてしまうのでは ないかと危惧するところが大きいのです。 フォーサーズカメラだとその心配はまず無用でしょう。4000万画素のフォーサーズは考えられないですし たとえ出来たとしても画質のない無意味なカメラとなります。思うにフルサイズ・超高画素カメラとは雑音 でも何でもかんでも拾ってしまう安物の補聴器のようなものかもしれません。 デジタルカメラは視神経の延長であると言われていますが、その視神経と脳を無用な雑音でかき回して しまうのがフルサイズ・超高画素カメラというものかもしれません。 要するにフルサイズ・超高画素カメラは写りすぎてしまうんでしょう。画素数も画質もオーバースペックで あるわけで、それは人として正常に使えるカメラの範疇からはみ出してしまったカメラだということです。 人が本来もっている能力というものが視神経の延長だとされる過剰なカメラ装置によってスポイルされて しまう。そこに大きな落とし穴があったということだと思っています。人の眼はたかが200万画素くらいの 性能しかありません。その20倍の性能をもったカメラが本当に必要なのかどうか。これはよくよく考えなけ ればならない問題ですね。 普通の人にとっては、カメラはコンデジとかスマホカメラで十分であり、フォーサーズカメラでも大型カメラ だということです。デジタルカメラの販売が伸び悩んでいるというのはスマホに食われたということではな くて、本来はスマホカメラレベルで十分なのにデジタルカメラが進みすぎてしまったということでしかないと 私は考えます。普通の人達というのに何も知らない素人ではなくて本当は賢いわけです。 高級カメラを欲しがるハイアマチュア人は僅かなパーセンテージしかいないわけで、彼らは例外的な存在 です。彼らがなぜ高性能な高級カメラを欲しがるのは分かりかねますが、しかしそこに大きな落とし穴か あったということは彼らも思いもよらなかったのかも知れません。その落とし穴に、例外的人達とはいえ、 多くのハイアマチュアの人達が落ち込んでしまったという気がしています。 というわけで、結論としてはフルサイズ・超高画素カメラ無用論です。いや害毒の有害論ですかね。(^^ゞ  いちばんよろしいのはデジタル写真などは止めてしまうことです。この掲示板でもそうして写真から離れて しまった人は多くいるでしょう。そして写真から遠ざかった地点で改めて考えるに、どうして自分はあんな ばかばかしいことに夢中になってしまったのか、不思議でしようがないと思っているのではありますまい か。そして彼らはもう二度と写真などはやらないでしょうね。もうこりごりだということで。 なのに私はいまだに写真を続けています。ありがたいことなのか、それとも懲りないバカなのか。(笑) ※写真は高松市、玉藻公園披雲閣。

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youzakiさん、私も同様にオリンパスのファンでして、手持ちカメラを思い出すままに列記しますと、まず E-1が2台、E300が3台、E-500が2台、E-330、E510、E620、E-30、E-5、M-1が2台、M-5Ⅱ、E-PL1、 E-P1が2台あると思います。記憶間違いもあるかも知れませんが。 E-1からE-500までがコダック製センサーを搭載しています。それでE-330からはパナソニック製のライブ MOSセンサー搭載ですかね。なお現在のオリンパスカメラのセンサーはソニー製となっています。私の カメラではM-5Ⅱがソニー製です。 E-330は過度期モデルですので生産量が少なくて持っている人は少ないと思われますね。 youzakiさんがご指摘のように1000万画素パナ製センサー搭載のE-3の画質は素晴らしいと思いますよ。 私は所持していないのですが、一眼最後のE-5は1200万画素ですかね。これ以降はミラーレスカメラとな りました。 小型のセンサーで頑張っているオリンパスには好感が持てて、今こうして古い手持ちのカメラを取り出し て使ってみています。オリンパスには若い時期の思い出がありまして、当時のOM-1で写真をやっていた ときが一番楽しかったという記憶があるんです。キヤノンとかニコンなんかよりもずっと楽しく写真ができた ような思い出がありましたね。 今回改めてデジタル時代の古いオリンパスを使ってみて、やはり写真撮影の楽しさは大昔と変らないよ うな気がしています。当然に画質という点では、そりゃあフルサイズとかシグマとかが断然に上なんです が、でも「それがどうしたの?」という問いかけをされているようなところがありますね。 フォーサーズという小さなセンサーでも十分な写りをしますし、なによりも精一杯頑張っているところに 好感が持てるのです。 こうして思うと、フルサイズカメラなどというものは、我々アマチュアには必要がないカメラなんではないで すかね。冗談でなくそう思えて来ているところがあります。別段、写真をやって作品撮りなんかしたくない ですし、単に自分の思い出の記録として写真が使えればよいだけのことなので小さなカメラで十分だと いえます。 私がメインとして撮影している対象は風景写真となりますので、やはり1000万画素未満は、やや不満が 出てきます。それで1200から1600万画素くらいだと満足かなっていうところなんですけど、しかし画素数 的に、この、やや不満足というところが、本当はベストな位置なのかもしれませんね。(^^ゞ  また、画素数の不満感はレンズで補うことで満足感に近くなるということが言えるかもしれません。 今回E-330で上げた写真のは電車の写真が14-35F2の松レンズ、他のものは14-54F2.8の竹レンズでし た。比較的よいレンズを使ったのが良かったのかもしれません。 とにかくオリンパスは最高が2000万画素なので、写真として「画素数疲れ」というものがありません。

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相変わらず、フォーサーズカメラに没入しています。(^^ゞ レンズ沼ならぬフォーサーズ沼というものが あるのかどうかは知りませんが(笑)、けっこう面白いものだと思ってます。 フォーサーズはどんなに頑張っても2000万画素であるわけですが、この古いE-330は750万画素だった かな?とにかくその程度の画素数のカメラです。E-330はレンズマウントはミラーレスではなくて一眼レフ の規格なのですが、独自の構造でライブビュー撮影ができます。 しかし中古でやっと探しだして買ったものなので、大分液晶が弱ってますね。それで大事をとって光学 ファインダーでの撮影です。当初は電源を入れても何度も再起動を繰り返していましたが、基盤のコンデ ンサーが充足されたのでしょうか、今はそれはなくなっていて正常に使えてます。 とても使いよいカメラでして、私は社外品のバッテリーグリップを付けて使ってます。それで持ちやすく なりますね。(無論電気的に接続していないので飾りといえばそうですが) このカメラからオリンパスはコダック製のセンサーではなく、パナソニック製のイメージセンサーを使い出し たと記憶しています。コダックセンサーのカメラの最終はE-500でしたが、このE-330はE-300のスタイル を踏襲していて、ミラーボックスがE-300のように横に寝ていまして、これが独特のシャッター音を出して くれます。これがまた良い音なんですね。とにかく非常に通好みのユニークなカメラとなっています。 余談を言いますと、この横に寝たミラーボックスを採用したカメラはE-300、E-330、そしてパナソニックの DMC-L1があります。スタイル的に上部がフラットでペンタプリズムのでっぱりがないスマートなデザインと なっています。 とにかくフォーサーズという小さなセンサーに、しかも750万画素ですから、撮影は気軽に撮影できて、 この日はかなりの枚数を撮ったと思います。ライブビューを使わなかったので電池の持ちは相当に良いで すね。模擬グリップを付けたお陰で、14-35や7-14ミリという大きなレンズも着けられて、撮影は楽しくでき ました。AFは速いです。 コダックセンサーはCCDでしたので高感度に弱いんですね。それでパナセンサーとなりますと夕暮れでも 安心して使えます。もっともここに上げた写真はF2のレンズを着けてましたのでISOは100のようです。 (ISOオート撮影) デジイチからミラーレス時代への、時代の過度期にあるカメラですけど、こういうカメラも あったんだなあっていうことで、面白い一台になっているかと思います。 このカメラ、買ったもののずっと捨て置いていて、今回やっと初めて使ったと言うか(^^ゞ、そういうカメラも 随分と手元なあるようなので、これからはそういう寝ていたカメラを掘り起こして使って行きたいと考えてい ます。まあ、このカメラも何時ダメになるカメラかも知れずで、そうなったらそうで今度はオブジェになるだ けのことですね。(笑) とにかく使えるうちは使っていこうということでやってます。 ※撮影は高松市の詰田川の河口付近です。電車は琴電志度線ですか。普通は溜池に存在する天照の 石柱神が川縁にあるのが面白くて撮影しました。ここらの地区は乱開発的で、昔の東京を思い起こしまし た。まだ部分的に自然は残っているけど数量的に人工物が勝っているというような。

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この写真は、JR四国の多度津=丸亀間にある鉄橋です。おそらく基礎部分は路線開設当時の、さぬき 鉄道のままだろうと推察しています。複線化して後付された向こう側ではなく、古いままのこちら側の橋台 です。もちろん今も現役で列車が走っていますね。架線の電柱部分は後付けされたものです。 開設当時は資材に苦労されたようで、橋台は真ん中がレンガで両端が花崗岩の石材となっています。 こうしてみるとレンガというものは強いものですね。明治時代に作られたものが未だに現役で役目を果た しているわけですから。

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これも同じ橋の別の橋台です。コンクリート部分は後付けのような気がしますね。地元の人に聞きますと、 左側の上流部分の川床はえぐれて来たので後から補強されているとのこと。弛まぬ補修は常にされてい るようです。

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川の河口で、親子ならぬ爺子の釣り人がいました。引き潮時ではこの部分は砂浜となり露出します。 撮影は丸亀市金倉川の河口。今治造船の丸亀造船所が見えます。 河口付近にはJR予讃線と幹線路の浜街道が走っていて、その海側の北に造船所と、中津万象園という 大名庭園があります。そして海には備讃瀬戸航路ですね。さらに空には航空路があります。 かつての大名庭園は小さくなっているわけですけど、国や民人が栄えるとはそういうことなのでしょうね。 フォーサーズではこういう海浜の撮影は苦手なところがあり露出が難しいですね。かなり強い日差しなの ですが水蒸気を多分に含んでいると上手く色が乗りません。

たつき諒著『私が見た未来 完全版』 続

日本の南、小笠原諸島で相次ぐ火山噴火が見られるようです。 8月13日、海底火山の福徳岡ノ場で大規模な噴火。( この軽石が沖縄や鹿児島の島に漂着しています) 翌14日、西ノ島が1年ぶりに噴火。そして硫黄島が島全体が隆起し沈没船が海底から出現しています。 福徳岡ノ場は南硫黄島の直ぐ側です。なお硫黄島は、北硫黄島、硫黄島、南硫黄島と並んでいます。 フィリッピン海プレートの火山列は、一番東側が小笠原諸島があるところ。そしてその少し西側に、現在 活動中の西ノ島や福徳岡ノ場と硫黄島の弧状火山群があるんですね。そしてもうひとつ離れて、パラオ から宮崎県にいたる、「~状」の火山弧跡のようなものがあります。これはほぼフィリッピン海のど真ん中 を走っていますが現在は活動があるとは見られていません。 「私が見た未来・完全版」では、「~状」の火山弧のむしろ西側であるので、今回の火山活動とは関係が ないのかも知れませんが、やばり気にはなりますね。今後3.・4年でどうなるかは分かりませんから。 スーパーホットプルームについで巨大な火山がカルデラ火山です。スマトラのトバ火山などは巨大なカル デラ湖になっていて噴火当時は大変な地球的大災害をもたらしたわけです。 海底火山となりますと、地上の火山ほどには大きな影響はないのですが(火山灰がでないので気候的影 響がない)、巨大なカルデラ規模の海底火山爆発があれば津波とか軽石の漂着による被害は大きいもの と思われます。 今現在活動している海洋火山はあくまでも太平洋プレートとフィリッピン海プレートにおける日本海溝での 沈み込み帯での火山活動です。通常の火山活動ですね。火山フロントとも言ってありふれた活動ですが、 「私が見た未来」の爆発とは位置も違いますし爆発エネルギーも違うように思います。 しかし予言が全て完全とは限らないので、そういう通常の海底火山と、南海トラフ地震とがミックスされて 予言となっているのかも知れません。 なお・・・「私が見た未来」をして、隕石の落下とするネットの解説者いるようですが、隕石落下は原理的に 予言できませんね。それは最新科学でも予知が不可能だからです。地球にある火山とか地震は何らかの 未知の身体感覚で予知が可能でしょうけど、宇宙を飛ぶ小さな小惑星などは直前になるまで何も分かり ませんから。人間の身体感覚では太陽系の惑星レベルは感知可能ですけど小惑星は無理です。 とにかく今後はフィリッピン海の火山は要注意ですね。どの火山弧か分かりませんが、ここでカルデラ級 の火山の海底火山が爆発すれば、まあ多少の津波が発生するかも知れません。しかし同時に南海トラフ 地震が起きれは東日本大震災レベルの津波となるんでしょう。 おそらく、「私が見た未来」の予知は、このありふれた海底火山の爆発と、間髪を入れず同時に発生する 東南海トラフ大地震とか予知的にミックスされているんではないかなっていう気がしますね。 予知夢の中で、津波被害の描写は日本でのことみたいで海外の夢描写が何もありません。ということは 津波被害は日本だけのことで、それは南海トラフ地震であるということなのかも知れません。軽石が台湾 やフィリッピンに流れても大した被害じゃないですから。 純粋に海底火山の爆発だけで巨大な津波を周囲に発生させるのは、スーパーホットプルーム火山しか ないわけで、それはちょっと不可能だろうと言えます。それはないとすれば海底火山自体は小規模なもの であって、ただし多量の軽石は発生させるとして、核心である津波の本当の発生源はやはり南海トラフ 大地震そのものであるということでしょうか。そして火山の爆発と南海地震は、同時に発生するというのが 予言のミソであり肝心であるということでしょう。 2025年7月に南海トラフ地震が来るという予言だけでも大した予言なのであって、これは要注意のことだと 思ってます。今後、4年もないわけで、予言として大変な価値があるということではないですか。 今のところ、そんな感じで、私は受け取ろうと考えてます。東海地震から南海地震がもしかすれば同時に 起きるかも分かりません。 大体に於いて、予言とかいうものは嘘というかブラフが殆どで真実は僅かで、そのように組みあがってい るものなのです。そういう構造になっているというしかなくて、占星術なんかもまさにそうでして、嘘が8割で 本当が2割くらいです。多くの人はその嘘に引っかかり真実に達する人は僅かです。そういうように仕組ま れているというしかなくて、真実への道は常に細い道なんですね。要は、余計な人々の振るい落としをす るということです。 そんなわけで「私が見た未来」の海底爆発はブラフでしょうね。そこに囚われて引っかかってはいけない ねっていう気がしてます。予言の真実は2025年の夏に南海トラフ地震がやってくるということ。それたけで はないでしょうか。その津波の大きさは東日本大震災の比ではないということ。これは科学で予知されて いることと同じです。 ※下の二つの画像は、曇り日での撮影でしたので、描写は悪いです。これがフォーサーズの欠点なので して、高密度のセンサーは十分な光がなければ良い描写をしてくれません。 今回アップしたように、少しでも直射光があれば良い画像となります。