Capture Oneソフトウェア 作例

曇り空撮影

前回の廃棄ミカンは、シグマSAマウントの50ミリF1.4でしたが、これはシグマSAマウント の30ミリF1.4(APSレンズ)です。マウントアダプターでアルファ7に使えるようにしていますが、 開放絞りでしか使えません。 これは高速道路の高架下側ですね。笑休さんがよく高速道路を撮っていてるのを見て、 私もちょっと真似をしてみようかと考えています。 アルファ7は光学ファインダーはありませんが、マウントアダプターにより、ありとあらゆる 既存のレンズが着きます。それがどうしたと言われればそれまでですが、こういうカメラは 他にないので、それなりに存在意義があるだろうと思ってます。 薄曇りの日中です。この後、パラパラと雨になりました。そういうぐずついた天気ではアルファ7 は使いやすいのです。なんとも変なカメラですね。 でも雨に濡れると絶対壊れるので直ぐに帰りました。 光学ファインダーのデジイチを殆んど使わなくなって久しい。自分の写真に対する想いは 冷え込んだままです。もう写真を撮ることすら面倒くさくなってますね。

一眼レフよ、さようなら

写真を皆さん飽きずに撮り続けているわけですが、それは撮っていて面白いから でしょうね。夢中にさせる何かの要素がカメラや写真にあるからやり続けているん だと思います。 それから最近はネット投稿の面白さというのも付け加わっているだろうと思います。 人によってはそういうのが合う人もいるわけで。 そういう要素の中で、とりわけ面白いのは、一眼レフの光学ファインダーでしょうか。 なにしろ装着するレンズによってファインダーそのものが変化するわけです。 それに一眼レフ光学ファインダーは既に完成され尽くしていて、画面は美しくて、かつ 高性能で実用的です。 もちろん光学ファインダーのないカメラもあるわけで、そういうのは液晶モニターがその 代わりをするわけですが、晴れの日中はともかく、夕暮れとか曇り空では威力を 発揮できます。 それで光学ファインダーのないシグマdpやソニーアルファで写真を撮って行くと、 写真撮影そのものが、そう夢中になるほど面白いことだとは思えないことに気づきます。 しかしカメラとしては十分に実用的で、また撮った写真は大変高画質でデジイチ には負けません。でも何かがデジイチと比べて不足している。そういう感じはずっと 抱いたままです。そういうのをきっと撮影のモチベーションというのでしょうか。(^^; しばらくデジイチから離れてみて、私としてはデジイチのない現在の写真趣味生活の 方が、返って居心地が良くなっているという気がしています。 今にして思えばデジイチを担いで夢中になって写真を撮り続けていた時代が、 それが良かったとか懐かしいというのじゃなく、あれは一種の中毒に罹っていたんじゃ ないかって、極めて例外的な時期だったって考えられるわけです。(^^; 私がデジイチをメインカメラから外したのは、それに飽きたからではなく、電磁波症状 に悩まされたからです。それで電磁波被害の少ないコンデジやミラーレスにした だけなんですね。そういう極めて個人的な理由からです。 今でもデジイチは使いますが電磁波を避ける手法でやってます。(三脚とかアングル ファインダーとかで) それで実際には、光学ファインダーを捨てたっていう結果になっていて、撮影の所謂 モチベーションはちっとも上がりません。(^^; でも今はこの方が居心地がよくて、本来の自分らしさでやれるのがいいかなって 考えています。 そういえばカメラの中でも、昔はレンジファインダーカメラとか、カメラ自体にファインダー がなくて外付け光学ファインダーを着けたのとかがありました。私はけっこうそういう カメラが好きでした。 光学一眼からすれば不便なのですが独特の雰囲気もあって、利便度としては 今の背面液晶ファインダーのカメラにちょうど匹敵という感じだったでしょうか。 どっぷりと撮影に夢中になって撮影するカメラではなかったわけですが、それがいい 塩梅だったというところがあります。 光学一眼レフックスカメラというのは、やっぱり何か魔性の魅力を秘めていて、 大該の人はそれにやられます。(^^; それで自分を見失う時期があるんですが、何かの 切っ掛けでハッと目が覚めて、再び自分を取り戻すわけですね。でもその時は既に 写真趣味は辞めているわけですよ。 私は写真をやめないで自分を取り戻せたらと、ここ数年やってきたわけですが、 太く短くではなく、これは細く長くのやり方だったですね。(^^; 

カメラを手にして歩くことの楽しさ

カメラは道具ですが、単なる道具ではありません。自分で勝手に歩いてくれるカメラは ありませんので、撮影者が手にもって歩きやすいカメラであるのが第一です。 さらに当然ながら撮影時にスムーズに操作ができるということも。 あまり歩かないような一箇所に留まっての撮影もありますが、ほとんどは歩きを伴います。 良いカメラは持ちやすく長時間手に持っていても疲れません。 こういう良い道具としてのカメラをメーカーは日々研鑽して作り続けているのですが、 手にしてついウキウキと歩き出しそうになるカメラだと、そのカメラは成功したも同然です。 なんといっても写真人にとっては、野山や町中を歩くということは最大の喜びであり、 得られた写真は上手く撮れていればなお良いというくらいのものです。 ネットで写真を見せたり語ったりすることは、まあ付け足しみたいなものです。なくても いいんです。 誰に何の影響を受けずとも粛々として、自ら歩いて撮影を続ける。それが写真の哲学みたい なものでしょう。 カメラなんて持ちやすければ何でも良いと思ってます。軽すぎず重すぎずで、調度良い 大きさと重さが求められます。それは人によって微妙に違うからメーカーは見極めが 大変です。 ただ画質のためにカメラやレンズが大きくなりすぎたり重くなるのは、写真の道理を微妙に 取り違えています。一時は話題になったりしてもやがてコンシューマーは冷徹に見放して いくのです。 シグマクワトロ画質が不評だというような口コミが席巻したことがあります。 これは何でもかんでも、カメラやレンズは画質だという間違った考えをしているユーザー の戯れ言でした。 クワトロの画質がイケないというのは、本当はdpクワトロのデザインがイケないということを はっきりと言えない人間のずるさや弱さだったのです。 実際のクワトロ画質はメリルよりも圧倒的に優ていてほぼ文句のないものでした。 しかしメーカーは一般ユーザーのその勘違いの評価を見抜いていました。 そりゃそうだ、その程度も見抜けなくてメーカーをやってられませんから。 それで、今度のsdクワトロの画質は素晴らしいというユーザーの声が高まりそうです。(^^; それにしても我々ユーザーは、モノの真贋を見抜く力にあまりにも乏しい。それはなぜ だろうか。 写真が座業になっているからである。写真は歩かなければ本当の写真とは言えないという ことをすっかり忘れているからです。 歩けば物事を見る力が着きます。頭が冴えてきます。これはあたりまえのことですね。

オールド&クラシックとは?

アルファ7でもって、マウントアダプターを介して、古いマニュアルレンズを付けたり外したり して遊んでいるのですが、改めて気がついたことは、AFレンズではない古いマニュアルレンズ はとても小ぶりであるという事実でした。 昔のレンズはこんなに小さかったのだと改めて思い至りました。 確かに現在のフルサイズデジタルの画質基準から言えば、周辺部分はお話にならない レベルだと思うけど、そんなに周辺の画質が大事なのかなって考えると、真ん中さえきっちり とピントが合い、画質も良ければそれでいいじゃないかということです。 それよりも小ぶりなレンズは機動性があるのです。小ぶりな単焦点レンズを多目にバックの 中に入れても移動にはさほど苦にならない。 これが今だったら、大きなAFズームレンズ一本を着けてそれだけで撮影を済ますっていうこと だと思います。大きな1本か、小ぶりな数本か。そういう選択になろうかと思いますね。 そういうのは、多分、撮影者の撮影スタイルと密接に関わっていると言えそうです。 とにかく古いマニュアルレンズを久しぶりに取り出してみて、大昔の自分がふつふつと蘇って くるような気分がします。すっかりと忘れていた感覚がオールドレンズから染み出てくるかの ようです。 オリンパスOM、ペンタックスM42、キヤノンFD、ニコンAI、ミノルタMD、コンタックスRTS・・・ こういう時代のレンズは自分の青春の思い出が詰まっているし、そういうことを知らない今の 若い人が使っても、小ぶりな凝縮感のあるレンズは新鮮だろうと思います。 何と言っても適度に粘り気のある調整幅の広いピントリング(ヘリコイド)の感覚が素晴らしい。 最近はクラシックな外観を纏ったカメラが多数出ています。しかしカメラの外観だけをクラシック にしても、その本当のエッセンスは味わえない。昔の良さを体験しようと思えば、やはり実際に 古いレンズを着けて実際に使ってみるしか方法はないはずです。 それにしてもなぜ、最近の製品はクラシックなイメージを求めるのだろうか。 もちろんその根底には行き過ぎたオートマチック、デジタル指向に疑問を持ち始めた人が多く なったからではないでしょうか。商品開発者はそういう時代の気分を敏感に取り込み始めている のでしょう。 外観だけのクラシックデザインに満足する人間は多いです。9割方はそうでしょう。 しかし本物のマニュアルなアナログ性を追体験してみたいという人間も必ずいます。そういう 人間が写真好きならば、最近はとても良い時代になりました。

シグマ新型sdシリーズ

シグマから新型sdシリーズがでました。 http://www.sigma-global.com/jp/cameras/sd-series/ 予想通り、シグマsdシリーズは光学ファインダーは捨てて、ミラーレスカメラになりましたね。 少し驚いたのは、APS-Hセンサーを出してきたこと。最初はどうせAPS-Cセンサーだけ だろうって思っていたのですが、これは意外でした。もちろんフルサイズは次のモデルに とっておくようです。(これは予想どおり) 残念だったのが、フランジバックが旧モデルのSD1Mと同じだったこと。これだと特別に 自社製マウントアダプターを介助せずに現行シグマSAレンズが付きますが、残念ながら ソニーアルファ7のようなマウントアダプター遊びが殆ど出来ません。 ここが大きく残念だったこと。 しかしいずれ新マウントが出る可能性は残していますね。できれば、ソニーと話をつけて ソニーEマウントでやって欲しいです。既にシグマはEマウント用のレンズを出しています。 もちろんレンズとボディとは違うわけですが、しかしソニーしてもシグマというマウント仲間 が増えるのは悪くない話でしょう。ユーザーとしてもシグマdpクワトロにソニーやコシナの ツァイスレンズが着くのは魅力です。 デザインは良くなりました。よくなったと言うのは、勿論dpクワトロのデサインに比してです。 あのバカみたいなデザインで、シグマのユーザーはげんなりしていましたからね。 (お陰でシグマ関連のどのネットサイトも開店休業状態に追い込まれましたから(^^;) とにかくあのデザインを採用を決定した人間は大きく反省したようで、今回は実用本意の シンプルでかつ小ぶりな好デザインで登場してきました。 グリップが小さいので実際にはバッテリーグリップを着けて使う人が殆んどでしょうけど、 外せばうんと小型になるのは良いです。 面白いのは、これ! シグマ・マウントコンバーター MC-11 http://www.sigma-global.com/jp/lenses/cas/product/accessories/mount-converter/ 対応マウントは2種あって、CANON EFレンズと、IGMA SAレンズ。これをソニーアルフア7に 着けられるようにするのです。 シグマはついにマウントアダプターメーカーにもなったようです。(^^; この手のアイテムは海外製ばかりでしたが、いつ迄も海外メーカー(特にチャイニーズ)ばかりに 儲けさせるのはしゃくじゃないですか。(^^; よくぞシグマ、やってくれたなって喝采です。 これからは各種の電子デバイス搭載のマウントアダプターを出して、チャイニーズメーカーを 駆逐しないといけませんね。 とにかく、アルファ7を持っている方は、このアダプターでもって、キヤノンレンズがアルファに 着くのだから是非に手に入れたいものです。 ついでにニコンマウントのシグマレンズをアルファ7に着くアダプターも出して欲しいのだけど、 シグマはニコンと仲が悪いから、難しいかな。(^^; 時代は、ミラーレスカメラになりました。 私もソニーアルファ7Rを遅ればせながら手に入れてみて、その大きな可能性に驚いています。 もちろんミラーレスカメラもやはりフルサイズでなければ面白くないです。特に私のように 広角レンズが好きな人間としてはフォーサーズやAPS-Cセンサーでは全く物足りません。 ですからシグマも次のsdクワトロはフルサイズでなければなりませんね。今回、APS-Hサイズ が出たのは、もちろん次のモデルはフルサイズだよっていうシグマの暗黙の信号です。 とにかく、APS-Cサイズの枠を突破したミラーレス機としては、アルファ7についで2番めの カメラになったわけです。これは画期的なことですね。

マニュアル操作

少し前に、高齢者の操作ミス(ブレーキとアクセルの間違い)による車の事故を見たこと もあってか、車とは関係ない話ですが、カメラもマニュアルレンズの方が人間にとっては 良いのでは?という気分になっています。(^^; どうも、オートマチック車は操作ミスを起こしやすいようです。理由は簡単でしょう。たぶん 手足も頭も楽をして機械任せでサボるようになるからです。 そう考えると、写真撮影も、ズームよりは単焦点レンズ、AFレンズよりはマニュアルレンズと なるはすですね。(^^; 光学デジイチとマニュアルレンズの組み合わせは視力が良くないと出来ず、ピント合わせは 大変でしたが、最近のミラーレス機とマニュアルレンズの組み合わせはピント合わせは格段に 楽になって、間違いなく実用の機材となっているようです。 それでもまだ敷居は高くて、遠近両用メガネは必要ですし(若い人は不要)、マウントアダプター は昔に比べれば安くなってよいのですが、まだまだ調整や妥協が求められます。 ホコリを気にする潔癖な人や工作が不得手な方には向かないみたいですね。 アルファ7でマウントアダプター+マニュアルレンズを試していくと、マニュアル操作が楽しい。 ということで、画質なんかは二の次で、操作感の愉快さを味わうことになるのです。 画質ということでは最新のレンズを着けてまっとうに使うのが良いわけだし、その究極が レンス非交換のシグDPマクワトロになってるわけでしょ。 そういうことに満足を見出す人もいるわけで、それはそれで良いわけです。 しかし完全オートマチックのカメラがいくら高性能であっても、それが本当に人間に相応しい のかと問うと、ちょっと待って下さいなと言いたくなります。 それからアルファ7には何もクラシックなマニュアルレンズばかりでなく、異種メーカーの最新 AFレンズも装着することが可能です。自動絞りも効いたりするアダプターもあり、もっと行けば AFも出来たりするんだけど、そこまで行くとやり過ぎかなって思います。 あくまでもピントや絞りを手動で操作をすることを体験したいわけで、AFになってはいけない ですね。(^^; オートマック、自動化社会が行き過ぎてしまうとスマホ的になるみたいで、このフォトXP掲示板 もだいぶスマホチックになってしまいました。象徴的にスマホ時代とは、人と人との間に機械 が挟まるということです。もしくは機械が挟まったような状況になることです。 直接的に人間同士が交流することができなくなる。そういう時代ですかね。今は。

溜池

私はお地蔵さんが好きで、見かけると必ず写真に収めます。(^^; 忘れられたお地蔵さんもあるけど、だいたいはお地蔵さんには、お世話をする (献花供え物涎掛け)人が背後にいて、それはきっと近所のおばさんやおばあさん だと思うのだけど、まだ私はその現場を見たことがない。きっと早朝なのかな。 ここに掲げた写真は溜池や海側にあるお地蔵さんです。香川には溜池が多く、また 海にも囲まれているので、それだけ子ども達には危険が多くて、地蔵菩薩の守護を 必要としていたのでしょう。 よほど小さな池以外、溜池には必ずどこかに地蔵さんが立っています。村人が寄進 をして建てたものでしょう。

お地蔵さん

周辺はやや物置状態ですが、ちゃんと花が添えられています。 小さな漁村の外れの海沿いです。ここで道は終わり。

道祖神

これは小さな漁村の入口にある道祖神ですね。 道が拡張されて元あった位置とは違うはずです。

ちょっとおもしろい記事がありましたので転記します。その①

塩飽本島歴史探訪67 塩飽水夫の海難事件(一) 既に述べたように、塩飽は古来廻船業で栄えた島ですが、その栄光の陰には、難風にあって沈没したり、異国に漂流するなどの大きな犠牲があったことを忘れてはなりません。 島の墓石を調査していくと、海難でなくなった人の墓を見ることがままあります。 昔の和船は一枚帆に限られて、他に動力を持たず、天候の予測も長年の経験や勘を頼るのみで、大海で暴風に遭い帆を失うと、ただ漂流に任すより手段がありませんでした。 塩飽勤番所に残る古文書の中にも、海難の記録がいくつもあります。 たとえば、元禄五年(一六九二)牛島の廻船に乗り組んだ沖船頭源左衛門ら一四人が越後国(新潟県)の城米(幕府の年貢米)を江戸へ運び、空船で帰る途中一一月二六日に遠州灘で大風に吹き流され、翌年二月二九日中国福州のふとうざんという所に漂着しました。 そこで介抱を受け逗留しているうちに、幸い長崎に行く商船があり、これに便乗して同年八月八日に帰国しました、長崎奉行からの連絡により、塩飽の年寄宮本伝右衛門が長崎に出向いて、塩飽の水夫六人を請け取り、大坂川口奉行に届けたところ、「六人の者共は他国へ出してはならぬ、亡くなった節は早々に注進せよ」と命じられたということです。 次に、生ノ浜の水夫幸助が伊豆沖で遭難し、無人島に漂着して五年後に奇跡的に生還した記録を紹介します。 川口御支配松平孫太夫様へ指出候書付ひかへ 塩飽勤番所所蔵

ちょっとおもしろい記事がありましたので転記します。その②

塩飽本島歴史探訪68 塩飽水夫の海難事件(二) いまから二五〇年程昔の話ですが、生ノ浜の幸助という人が、水夫として紀州の蜜柑船に乗り組み、尾張国へ行きましたが、伊豆沖から大風に吹き流され難破して帆を失いようやく南方の無人島に流れ着きました。やっと上陸した五人の乗組員は、火がないので島を回ってたこなどを拾ったり、かもめのような鳥が、日暮れになると集まってくるのを捕らえて食し、命をながらえておりましたが、やがて三人は次々と亡くなり、幸助と泉州(大阪府)の藤助の二人が生き残っておりました。 この島は、周囲が三里(一二㌔)ばかりで、全島かやでおおわれ、かやをかき分けて探したところ、三・四畳ほどの洞穴が見つかりました。内に入ってみると、亨保年中(一七一六~)遠州(静岡県)筒山の五兵衛船が流れ着き、乗組員がこの穴でしばらく生活していたことが岩に書きつけてありました。穴の中を調べてみると、なべが一つあり、鳥などを炊いていたようで、その脇に火打ち(昔の発火道具)が落ちていたので、ようやく火をこしらへ、それから後は水煮して鳥やたこを食べて暮らしておりました。 五年後のある日のこと、大風のあとに泉州河手村の船頭左市の船が、これも紀州で蜜柑を積み、熊野の沖より吹き流され、無人島沖で風がなぎ、いかりを入れたので、島にいた二人が泳ぎ着き乗船してみると、同じ国のかねて懇意な仲間でしたので無事の再開を喜び、その夜は全員が島で夜を明かしました。 翌朝は順風になったので島を離れ、江戸に行き役所の尋問を受けてそれぞれ帰国し、幸助は更に大坂川口奉行の取り調べを受け、宝暦九年(一七五九)二月塩飽の年寄宮本伝太夫に連れられて島に帰りました。その後島であんまなどの仕事をしていましたが寛政元年(一七八九)相果てました。 塩飽勤番所蔵 「指上げ申書付ひかえ」より

都電のある町

正面に見えるのが子宝湯です。ご紹介した旅館、醤油屋、酒場のほか10件ほどの小さな町ですが、懐かしさあふれるところです

瀬戸の寒風①

久しぶりの寒波で全国的に積雪がすごかったようです。 しかし香川は雪が降りません。(^^; 写真は香川の西端から、愛媛県に向けて撮影。手前の海は燧灘です。 実は冬の北西の雪雲は、中国山地で殆んど妨げられて香川まで届かない のですね。ところが例外的に、この愛媛県の東端は、北西の風が燧灘の 水分を吸って雪を降らせるのです。 そこの所の(香川西端・愛媛東端)、雲辺寺山という1000メートルの山で、 香川らしからぬ積雪があって、それは以前に投稿したと思いますが雪景色 となるんです。 愛媛の石鎚山も積雪がありますが、これは九州と山口の関門海峡を越えて 日本海からやってきた雪雲です。 それから周防灘伊予灘の水分もたっぷり吸いますしね。 日本列島の日本海側の積雪もその原理で成り立っているわけで、もし日本海 がなければ、山形も新潟もからっ風ばかりで降雪地帯とはなりません。 夏場の台風はこの逆のケースとなって、太平洋の水分をたっぷりと含んだ 雨雲は、四国山地に妨げられて瀬戸内側には届きません。 そんなわけで瀬戸内の、特に香川は、万年水不足となるんです。そして風が なくて、夏場は湿気が高くチョー蒸し暑い。

瀬戸の寒風②

ここは遠浅の海岸ですが、波が高いとこうなる。 強風の中、指出し手袋だったので、凍傷になるかと思ったわ。(^^; 日本海に行かずして、雰囲気が味わえたというか、なかなか良かったです。 でも冬の日本海はもっともっと凄くて、こんなもんじゃないでしょうね。

酒場

こちらは、子宝湯の隣にある酒場 風呂上がりに一杯やりたいところですが、どちらも営業してないんですよね~ 営業してたら一日楽しめるテーマパークになりそうなもんですがね Biogon 1:4.5 f=21mm

宿場

かなり年代を感じさせる旅館の向かいに醤油店 宿場町らしい光景ですが、江戸東京たてもの園 風呂屋の隣の酒場もお気に入りです

なんでもない光景①

こういう何でもない光景ですが、ああいいなって思えばすぐに車を止めカメラを 持ちだして撮影します。こういう時には車は小さければ小さいほど気軽です。 そしてカメラも小さいほどいい。 こちらは立派な写真を撮るために旅しているのではなく、あくまでも良い光景に 出会いたいがために走っているだけなのです。 小さな旅が積み重なって、だんだんと瀬戸内というものの輪郭が掴めつつある ような気がしています。瀬戸内に太平洋に、そして日本海。少なくとも中四国 くらいは走破してみたいなあって考えているのですが、なかなか・・・ですね。(^^;

瀬戸の内海

広島県の宮島です。時間が遅くなって島へは渡れませんでした。 かなり大きな島で山ばかりですね。多分、原生林に近いだろうと思います。

瀬戸の内海

゛笑休さん雲゛です。山口県あたりにはこういう雲がよく出るのかも。 こちら側が周防大島。向こうが柳井市かな。 ミカンを買ったけど、香川のミカンの方が美味かった。

手がファインダーのカメラ

クラシックスタイルのカメラがあります。ミラーレスカメラのソニーアルファ、フジ、そして オリンパスOMDですか。 これらはミラーレスの利点を活かしてボディを薄くできるんですね。それで自由な デザインが可能で、たまたまかどうかは不明ですが、フィルム時代の、しかも、 メカニカルカメラのデザインを纏(まと)ってやってきました。 ニコンのDfもクラシカルなスタイルてすが、ミラーレスではないため、ボディは厚めで、 何だか小太りニコンという感じになってしまいましたね。 クラシカルデザインのミラーレスカメラ、概ね販売は成功しているという気がします。 ではなぜ、メーカーはフィルム時代のクラシッなデザインを採用したのでしょう? たぶんそれは、あの時代がカメラメーカーが最も儲かった良き時代だったからでしょう。 特にフジはフィルムメーカーでしたから、めちゃ儲かったメーカーなのです。(^^; というのは穿(うが)ち過ぎで、本当は、ミラーレスカメラはファインダーがない。 このカメラとしての弱点を、デザインでカバーする為に、ああいうクラシカルなカメラ らしいスタイルにしたんじゃないかと考えています。 このカメラは光学ファインダーはないけど、立派にカメラなんだよ。見てよ、このスタイルを。 と言いたいかの如くですね。カメラという記号を背負っているスタイル。 シグマのクワトロは逆に、スマホ時代に相応しいデザインでやったんですね。こっちは モダーンスタイルでやって来た。とにかくミラーレスもコンデジも、デザイン的には自由に やれるのでデジイチに比べれば大いに有利です。 ファインダー有りか、無しか。 考えてみればフィルム時代だったファインダーがないカメラがあったし、あっても 申し訳程度のカメラはいっぱいありました。大変コストの掛かる光学ファインダーを装備 したカメラは、やはり高価なカメラの部類だったわけですね。 ファインダーがあれば撮影が楽しい。じっくりとカメラを味わいながら撮影ができる。 それで私などは、一眼レフにさらにアングルファインダーを装備して、もっともっと ファインダーを豪華にして撮影をしています。 (アングルファインダーは中古もよく出ていて、格安で2倍率のファインダーを楽しむこと ができる格好のアイテムです。これを使わない手はありません。) 光学一眼レフはスルーザレンズですから、装備した撮影レンズの中を通した光を見る ことができる。これは決定的に有利で、ただファインダーを見るだけで、別にレリーズ を押さなくても楽しめるカメラです。 写真の基本は被写体をよく見るということですから、一眼レフに勝るカメラは当分出て きそうにありません。 スマホ的カメラというか、コンデジとかミラーレスカメラは、背面液晶で撮るケースが 殆んどですから、事実上ノーファインダーで撮っていることになります。 EVFを見て撮ればいいじゃんって言われそうですが、あれはかなり眼が疲れるわけで私は ほとんど使いません。ほんとにいざという時の緊急措置みたいなものです。 コンデジで申し訳程度に光学ファインダーが付いているカメラもあります。キヤノンの パワーショットがそうです。これもEVFと同じで、ないよりましと言うくらい。 クワトロに外付けファインダーを着けたのと理屈は同じでしょう。 美しく高性能なファインダー。 これにどっぷりと浸かって、頼りきってしまったのが一眼レフの時代でしたね。 しかし写真はよく考えれば、カメラのファインダーをよく見ることじゃなくて、本当は被写体 をよく見るというのが正解だということです。それならばノーファインダーカメラの方が 良いじゃないかということになります。しかし人間は、ファインダーという付加物の助け を借りて、どうしても散漫になりがちな視野を狭めた方が見やすいという特徴があるようです。 つまりファインダーは、われわれ人間がものを見るとはどういうことなのか。それを 如実に教えてくれていたのが、あの一眼レフのファインダーだったわけですね。 そのファインダーがなくなったスマホ的カメラ。 我々はファインダーの助けなくして手探りで、自分の力だけでものを見るということを 学んでいかなければならなくなる。我々自身と眼前の大自然の光景との間には何の フィルターもなく、手助けもなく、とにかく自力で切り取っていくという作業をしなければ ならないのです。 面白いことに、ファインダーのあるデジイチは眼で光景を切り撮るわけですが、ところが スマホ的カメラだと、目じゃなく、手で、カメラを持った手で、光景を切り取っていくという印象を 持っています。目で見るじゃなく、手で切り取っていくというイメージ。 つまり、コンデジやミラーレスカメラのファインダーとは、なんと、この我が手がファインダー であったということです。これはこれで何とも面白いじゃないですか。 そもそもスマホとは、この手でもってして友人とも世界とも繋がるという、そういう手の中の 機器であったわけだから、スマホカメラもその延長に過ぎないとも言えそうです。 スマホ的カメラとして、シグマやリコー、さらにソニーが加わって十二分に使っていますが、 ほんとに実力があるカメラです。そっけないほどの実用的な使い方ですが、これが現代の カメラと言うべきで、デジタル一眼レフは、もはやこういうカメラには敵わなくなっていると 思ってます。 しかしながら、デジイチのファインダーも捨てがたくて、今の時代、この2つの方式のカメラを それぞれの利点を活かした使い方をするということが求められているのだと思ってます。 ※写真は山口県上関町にて

続・スマホ時代のカメラとは

ぐちゃぐちゃと書いてますけど、書きながらインスピレーションを喚起するするというか、 前投稿も今回も単なる思案暮れーるな草稿なんですねー。(^^; それで今朝、目覚めてハッキリと解りました。私の長年の疑問が解けました。 デジイチって出た当初は、カラーフィルムに如何に近づけるかが課題だったでしょう。 画素数はともかく、発色はできるがりフィルムの発色をお手本、教師としたはずです。 それでAPSカメラも1千万画素くらいを超えるくらいになると、今度は既にデジイチはフィルム を駆逐しているから、デジイチ自身が、写真のリーダーシップを握ったのです。 ところが、スマホが普及する時代になると、デジカメも売上は止まり下降するわけですが、 その時点で、今度は写真の牽引力は事実上、スマホが握ったんですね。 この時代の変遷というか目まぐるしい下克上に気がついていない人は多いと思います。 だから今は、スマホの画質が写真のスタンダード(標準)なんですよ、きっと。 それで画素数はともかくとして、画質は、とにかくシャープを掛けて線画風で、発色は 薄くてよいという風になっているんじゃないですかね。 だからカメラが時代を引っ張る時代は過ぎちゃったわけでしょ。 勿論、スマホもカメラもデジイチも仲良く共存しているわけですし、画質が断然良いのは デジイチでしょう。そういうのは皆さん分かってます。しかしカメラの形のことを言っているんじゃ なくて、その中身の画質。これを今、リードしているのは間違いなくスマホでしょう。 多くのスマホユーザーが見慣れた画質が、現在の写真の画質であるということなんで、 デジイチも、そのスマホ画質と全く別な写真画質を提供することは不可能なんですよ。 デジイチがスマホ画質になっていくのは、ある日突然ではなくて漸次的に誰もが気が つかないうちにこっそりと変わっていったわけで、とにかく昨今のAPSカメラ2000万画素は スマホ画質と言って間違いないのじゃないかと思ってます。 しかしスマホ画質が悪いというのじゃないですよ。フイルム写真、デジイチ写真、スマホ写真 これらはぜーんぶ写真ですから。写真に良し悪しはないし、画質なんて相対的なもので すから。 とにかくシグマDPメリルなんて絶品のスマホ画質じゃないですかね。そのメリルを私は 今も気に入って使ってます。旅行の記録写真としてはこれ以上のものはなくて、デジイチ なんて重たくて馬鹿らしくて持って行けませんから。 考えてみれば、これこそがスマホ的なカメラの使い方じゃないですか。単なる道具としての カメラ。画質だけじゃなくて、その使い方までスマホチックです。 でもねー。スマホカメラ、実用的ではあるけど、写真を撮っていて、楽しいとか面白いとか、 そういうことはないです。 むかし、デジイチを2台もって祭りやイベントの撮影をバンバンとやっていたころの、夢中に なるほどの愉快さっていうのは、スマホカメラでは皆無です。 デジイチとコンデジの間に、ミラーレスカメラってのがあるわけで、私もやっとこさソニーの ミラーレスを手に入れて(専用レンズは買わないつもりです)、遅まきながらミラーレスカメラを 知りつつあるわけですが、実に簡単に撮れて、手ブレも殆どないし、画質は素晴らしいしで、 でも、なんかコンデジとあまり変わらない感覚なんですね。(^^; まあ、レンズ交換のできるシグマDPという感じですよ。 同じミラーレスでも、光学ファインダーを持っているライカM型とか、フジXPro1はちょっと違う って考えてますけどね。 この掲示板で、もうkusanagiはくどいほど何度もなんども書きますけど、やっぱり光学ファインダー、 これを持つか持たないかが、正統派カメラとスマホカメラの決定的な違いだろうと思ってます。 とにかくスマホには光学ファインダーがない。スマホ的カメラにも光学ファインダーがない。 私はコンデジのクワトロとリコーGXRには、使わないけど外付けの光学ビューを着けています。 これはせめてもの自分なりの抵抗なんですね。 ところで、ファインダーではなくて、写真の画質の話をしていたのだった。(^^; 話を戻すと、要は超高画素カメラって、スマホにトップの座を明け渡した後のカメラの姿で あるわけで、その画質はスマホに媚びているわけですよ。俺はカメラだ、これで何の文句が あるんだぎゃあ!?じゃなくて、スマホさん、こんな画質でどうでっしゃろかってお伺いを立てて いるような自信のなさの画質なんですね。 それから今のデジイチは超高感度に逃げていますよね。スマホが苦手なニッチな市場にいく しかないんですよ。それから連写性能とか。 そんな感じで、もうデジイチがリードする時代は過ぎ去ってしまったという感じです。 まあ、それはそれでよいのかな。時代の変遷というのはいつだった冷酷なわけで。 とにかく、自分としては楽しいカメラ、撮っていて面白くて仕方がないカメラというものが良い のです。もう数は撮らないし被写体は風景だし、ぼそぼそと撮れればそれでよいわけで、 それで古いデジイチを引っ張りだしているわけですね。 散歩の友としてのカメラ。老犬と同じようにカメラも自分も歳をとったわけだし、よいよいと しながら歩いてカメラも自分も共に楽しんでいきたい。そんな感じですかね。 記録としてのスマホカメラ。楽しむための古いデジイチ。この2つが私の中で同居しています。 ステッチング撮影は、古いデジイチのせめてもの反撃としてやってます。 この1億画素1ギガバイトの写真を投稿することは不可能です。それは古いクラシックなレンズ の写真を皆に見せて分かってもらえることが不可能というのと同じでしょう。 投稿したところで画質の劣化で別物に変わってしまってますから。 だから、こういうのもあるよなっていう程度でお茶を濁しているわけですが、でも本当にやって みればもの凄い画質だっていうのがわかります。これが本当のカメラの写真であるっていう ことが、自信を持って言えるのです。 自分はスマホ的記録写真は道具として撮っても、スマホ的な生き方はしたくありません。 ミニマリストになりたいとも思わない。 古いガラクタにまみれて、本当のカメラの画質、写真というものをこれからも忘れないでいき たいと願っているだけです。

スマホ時代のカメラとは

ステッチング雲台、今まではジンバル雲台を使っていたのですが、アメリカ製という ことで、なんとか日本製で出来ないものかと思い、スリックとベルボンの汎用品を 組み合わせて自組してみました。 下部の三脚・3ウェイ雲台はスリック。バーはスリック。ベルボンの接写スライダーを 2組。スリックのボールヘッドのガングリップタイプ雲台。そして日本製ではないの だけど、マンフロットのレベラーで組んでいます。(脚と3ウェイ雲台の間に。これは 無くても問題なし) カメラは前後・左右・上下と微調整が利きますし、大きな移動のセッティングも可能。 もちろん肝心な水平と垂直の首振りも可能です。この程度の重さのカメラならば 搭載可能ですね。 とは言え、大きく重くなりすぎたので、使い勝手はよくないです。(^^; ●ところでフジのカメラ、高画素化したモデルがでましたね。予想通り従来の1600万 画素から、2400万画素へ行きました。 参考までに言うと、APS1600万画素は、2.3倍してフルサイズに換算しますと3700万 画素です。これはソニーの3600万画素フルサイズと画素ピッチが同じです。 それでAPS2400万画素となりますとフルサイズでは5500万画素となります。キヤノン の5000万画素フルサイズと同じですね。 APSカメラはすでに軒並み2000万画素オーバーですから、時代は完全に超高画素 時代に突入しているということですね。 ところで、写真画像には、2つの原理があって、そのひとつは「水平の画質」です。 これは簡単に言うと画素数を多くして細部を出して高精細にするというやり方です。 超高画素カメラはこの画質を高めようとしています。 そしてもうひとつは「垂直の画質」です。 こっちは1画素当たりの画質を高めて、発色やコントラストを高めるという方法です。 地味なやり方ですが、シグマは垂直画質を高めたいと考えていますね。 この2つの原理は技術的には相矛盾するもので、一方を選べばもう一方は失われます。 両方とも高めようと思えば、センサーサイズ自体を大きくする方法しか基本的には ありません。 フェイズワンは(業務用カメラです)1億画素カメラを出しましたが、センサーサイズは フィルム時代の中判645サイズですから巨大です。 またレンズも、高精細と発色は相矛盾して、両方とも高めようと思えば大きくそして 高価になります。 私は今ステッチングに関心が向いていますが、低画素カメラで高精細なステッチング 写真を得ようと思えば、50ミリレンズから準望遠レンズへと上げてやります。そうすると 細部まで高精細に写すことができますから。(こうして撮ったのが原爆ドームです) この考え方は、中判レンズの考え方と同じですね。 そう考えると超高画素カメラというのは望遠撮影に向くということになります。 フルサイズ5000万画素、及びAPS2400万画素カメラというのは、もう望遠レンズを 対象としたカメラかもしれませんね。遠くのものを細かく見たい、近くのものでも拡大 して高精細に見たいという考え方です。つまり視野は反対に狭くするということ。 それでステッチング写真とか中判カメラというのは、垂直画質を失わずに高精細に 拡大でき、かつ視野も広いままで(水平画質)写真にできるわけです。 ちなみに超小型センサーで超高倍率のコンデジが出ていますが、それも写真視野を うんと狭くして超望遠レンズに振ったというカメラになります。 ●これから多くのユーザーは、垂直画質はある程度諦めて、水平画質の写真の世界に 突入するということになります。 しかし・・・案外に日本人は超高画素カメラにも向いていると、私は考えています。 それは日本人の持つもうひとつの独特な美学がそうさせるようです。 まず、日本人はボケ美をよしとします。 ボケ美とは簡潔に言うと、本来持つカメラの能力を間引いて、情報量を極端に低下 させて、脳に優しい情報量の低い画像とすることです。 これは特に、垂直画質の高いカメラ(フルサイズ2000万画素以下のカメラ)で多用する やり方です。ボケで大部分が失われてもピントのあっている部分だけは高い垂直画質 を保っているので写真として破綻がありません。 それではこのボケ美テクニックを超高画素カメラでやるとどうなるのか? たぶんあんまり面白くないだろうと思います。それは超高画素カメラは水平画質は 十分にあっても垂直画質は低いからです。 だから肝心のピントの合わせている部分に、従来よりも威力が落ちてくるからです。 それで超高画素カメラではボケ美テクニックはあまり使えないということになります。 それで、日本人にはもうひとつの美意識があるんですね。 それは超高精細な線画テクニックです。木版画とか漫画の世界です。 これは線画の美を追求したもので、発色は薄いか、もしくはモノクロです。 この線画の美学が、実は超高画素カメラに向いているとて思っています。それで フルサイズ5000万画素というカメラには、発色を薄くしてシャープネスを際立たせた写風 が合うのではないでしょうか。立体感には乏しいかもしれませんが、その超高精細で 2次元的な写真は、これはこれで面白いと考えます。 この線画のテクニックも、水平画質画質の情報量が多くなれば今度は垂直画質情報 を落としてやるという、これまた日本人独特の情報の間引きテクニックを使っている ことになます。 とにかく情報量の間引きということでは、ボケ美テクニックも線画テクニックも同じです。 本来、フルサイズ5000万画素カメラとか、645中判1億画素とかいうカメラは、プロの カメラマンが使えば、その性能をフルに発揮した写真を撮るはずです。 超高精細で且つ色もコントラストも両方あるという写真になるのですが、アマチュアの方 が使えば情報間引きの線画風にして、つまりその性能を発揮させない使い方をする ようです。 ここが面白いところで、アマチュアは、わざと性能を落として自分の身の丈に合わせて 使うわけですね。ここが、仕事のプロと遊びのアマチュアの決定的な違いなんでしょう。 そういうことでは、日本人の美意識、ボケ美とか線画テクニックというのは、性能や情報量 をわざと落としたりして、誰にでも使いやすい、また鑑賞しやすい画像にするということで、 これはこれで簡潔な美学の本筋を行っているという気がしています。 しかし、現実問題として、ボケ美と線画は同じ日本人の美意識ではありますが、長くボケ美 に親しんできた人には、線画の美には違和感があるかも知れませんね。 私はステッチングをやっていますが、これは日本人には向かないテクニックだと考えて います。高い垂直画質や水平画質を同時に保ったままの膨大な情報量を持つ写真には、 とにかく日本人には向かない写真だと思うからです。 ステッチングやパノラマ撮影は欧米ではわりと盛んですが、日本では殆んど見られません。 ところで、ここでよく日本人は、と私は書きますが、別に日本人だけじゃなくて全世界でそう なのですが、アマチュアは情報量の高い写真は苦手なのですね。 一方プロの人はこれは仕事ですから情報量の高い高精細で高コントラストな写真を撮ります。 日本のプロカメラマンでもそうです。ボケ多用の薄い発色の写真ばかり撮っていれば多分 仕事はなくなります。 線画のテクニック写真が日本人が好きだというのは、シグマメリルが大人気だったのに、 クワトロに行ってから人気が下火になったということからも、アマチュアは高精細と濃厚な 発色の両方は苦手であるということが伺えます。 メリルは高精細という水平画質をとって、濃厚な発色という垂直画質は捨てたカメラです。 それがアマチュアには返って良かったわけです。 おそらくAPS2400万画素のカメラの画質って、メリルの方向に向いた画質なんじゃないか なって考えています。もちろん実質解像度はメリルの半分くらいでしょうけど。 ところで、ステッチング撮影をしますと、セッティングが大変なのでショット数はとても少なく なります。ワンシーンでよく撮って3群ショット数くらい。1群ショットの時もあります。 出来上がった画像は1億画素レベルなのでデータ量も1ギガレベルとなります。これはもう 今までの写真の考え方とはぜんぜん違ってきます。 三脚も大型もしくは超大型でないともちません。撮影対象は限られてきますし、昔で言うところ の中判大判カメラに相当するのでしょうか。 ということは、水平画質も垂直画質も同時に満足する写真を撮ろうと思えば、撮影枚数は 低下するということですか。これは原則論を言っていますので、シグマがフルサイズクワトロ のカメラを出せば撮影枚数を低下させずに多数ショットを得ることが可能です。 ●とにかく現実的に見て、これからの超高画素カメラ時代は、あまり高画素ということを意識 せずに撮影するのが賢明だろうと考えています。つまりフルに総画質を使う必要はないと いうこと。つまりピクセル等倍で鑑賞することは止めようということですね。(^^; 発色は薄く繊細になりますが、これは線画の美意識に頭を切り替えていくしかありません。 時代の流れに逆らわずに自分の趣味を永続させていくということ。これが肝心ですね。 この写真のように古い低画素のカメラとフィルム時代のレンズでもって写真を続けていく というのは、考えてみれば反時代的ですね。時代の流れに逆らっているわけで、あまり お勧めできるものじゃありません。 ところで「ミニマリスト」という生き方があるそうです。最小限主義者ですか? 出来る限り物を持たないで生活していく主義ですかね。若い人達の間で流行っているそう ですが、彼らの部屋はガラーンとして小奇麗です。古いものはどんどんと捨てて、今ある 最低限の最新のモノだけで生活していく。 写真趣味もこれからはそうあるべきじゃないかなって思いますね。古い機材は全部捨てて 身軽になって、時代と共に仲良く生きていく。 シグマのDPメリルやクワトロのようなコンデジが正にそうで、しばらく私もそういう写真趣味 をやってみて、これはこれで良いもんだなあと思いました。 しかし本当のミニマリストは決してデジカメなんか使いません。彼らが持つのはスマホや モバイルツールです。 しかしさすがにミニマリストもスマホは捨てられないようですね。(^^; だからミニマリストって 単なるスマホ主義者であるだけだということでしょう。 このスマホっていうことですが、要は超高画素カメラって、スマホ的なカメラであるのだと 私は考えています。時代はモバイルが勝利して、それでカメラもスマホの引力に引き寄せ られているというか、カメラは全てコンデジ化して、画質は超高画素の水平画質になって、 それらは全部、スマホが牽引していることだと思うんですね。 クワトロなんてスタイルからしてスマホじゃないですか。スマホという強いツールになびく のですね。私は超高画素カメラの本質というのは、スマホの威力にカメラがひれ伏したの だと思ってますよ。 スマホの画質に出来るだけ近づけようとすれば、これは超高画素カメラになります。 別段我々は超高画素カメラが欲しいとメーカーに望んだわけじゃありませんね。しかしこの 世の中のスマホ主義者が、スマホと同じような画質のカメラが欲しいと無意識に望んで いるのかも・・・そうかも知れないですね。 メリル搭載の素子は、最初はモバイル用に開発されたものを、そのままカメラにもっていた だけだと聞いたことがあります。そう、ここでも牽引していたのはカメラではなくスマホなん ですよ。 だから、スマホって凄いんです。完全にカメラを支配下に下したわけですから。スマホの センサーに、それをさらに大きくして、大きなレンズを着けられるようにしたのが、現在の 超高画素カメラだっていうこと。 こういうことに気づいている人がどれだけいるのだろうかという気はしますが、それが今の 時代の流れですから、黙ってそれについていくのがまっとうな生き方なのかも知れません。 古い頭のカメラ主義者としては、間違ってもスマホ画質の写真に頭を垂れることは出来ません。 スマホ写真とは、超高画素カメラの線画の美を楽しむことであり、それしか頭にない ミニマリストでありましょう。 スマホ写真こそ、デジタル時代の初めての写真シーンであるとも考えていますが、つまり これまでのデジイチ写真というのは古い時代のフィルムカメラの血筋を半分は受け継いで いたわけですね。 それが完全に古い時代のカメラや写真を払拭してしまったのがスマホ写真だということです。 だから本当のデジタル写真はスマホから新たに始まっているということ。 http://dc.watch.impress.co.jp/docs/news/20160115_739274.html フジの人は、デジカメ市場の現象は、スマホでは得られない魅力的なカメラが少なくなった との分析をしていますが、その画質については何も言及していません。きっと画質はスマホ レベルで十分だと考えているのでしょう。いやスマホと同じ画質でもって、スマホとは違う クラシックなカメラの外観を求めているようです。 カメラはスマホには絶対に敵わない。ミニマリストもカメラは手放すけれどスマホは肌身離さず もっているわけだから。 カメラ主義者、フィルム時代から連綿と続くハイアマチュアが、その真の敵がスマホである ということに理解が届いているかどうか。これはかなり疑問ですが、この認識がない限り、 真のデジダル時代(スマホ時代)のなかで、カメラ主義者写真主義者は青息吐息で息絶えて いきつつあるということなのです。 写真はスマホ時代となっても生き続けていくだろうけど、間違いなく、カメラの時代は終息を 迎えようとしているのです。

Nikon!

縮小したので見づらいかも知れませんが、この潜水艦の潜望鏡もニコンです。 男性の顎の右にNikonのロゴがあります。(鉄のくじら館にて) これがドイツの潜水艦だと、きっとツァイスでしょう。 じゃあアメリカの潜水艦は?もちろん米国製のはずです。(^^;

未来のネイチャー

これの本物は、東シナ海深くに沈んだままです。あまりにも巨大なので、多分 次の氷河期が来て東シナ海が陸地になっても、大和はその原型を尚もとどめて いるでしょう。 この巨体を見た当時の軍関係者は、この船体に軍神を見たのかもしれません。 我々カメラマニアが、神レンズとかいうのとその気分は変わらないでしょう。 しかし、所詮はレンズも戦艦もただのモノです。 事実、大和は戦局に役に立ちませんでした。瀬戸内周防灘に沈んだ戦艦陸奥 もそうです。軍神と拝められこそすれ、最後は戦わずして爆沈しました。 こういう実際には何の役に立たないもの。それを崇める人間というものは何とも 不思議です。

石垣の城

私のステッチングパノラマ撮影は、2013年にパノラマをTakayaさんに教えてもらって からやり始めたんですが、その後、超高画素カメラの先駆けたるシグマ・メリルを手に して、さらにDPメリル、クワトロへと高画素カメラ路線に行きました。 もうずっとステッチング撮影は忘れたまんまでしたね。 しかし今、もう一度ステッチングをやってみたいという気になっています。 超高画素カメラと、ステッチングは、結果としての画素数は同じでもやはり根本的に 違うって感じるようになっているんです。 それが何なのかは未だ私は分かりません。 でもどちらが自然かと問えば、私にはパノラマステッチング写真が自然に思えてくるん ですよ。それは普通のユーザーの感覚とは真逆かも知れませんけどね。(^^; ステッチング撮影をやれるかどうかは、それ用の三脚や雲台をうまく手に入れられるか どうかにかかっているみたいです。しかしフォトショップのソフトはかなり融通がきき、 細かなところを無視すれば、誰でも簡単に撮影できるのも事実です。 とにかく簡易ながらもパノラマに適した雲台が手に入ったというのはきっかけとして 大きいですね。 超高画素カメラはこれからの主流であって、フルサイズならば4000~5000万画素が 普通になるでしょうし、APSならばこれも3000~5000万画素になるでしょう。 そういう細密な描写が普通になる時代ですが、ほんとにそうなって良いのかなっていう 気がしてなりません。 これはもう、写真に対する根本的な問いなので、安易に答えられるものではないと 思ってます。 しかし時代は、多くのユーザーに対して超高画素カメラを押し付けてくるのは間違い ありません。 と言いながらも、私も普通に超高画素カメラを使っています。しかしそれはあくまでも 記録写真としてであって、その写真を見て写真を心から楽しもうというものではありま せん。正直言って撮りっぱなしの写真です。 それで写真をやってみて面白いなあというのは、やっぱり、一眼レフであり三脚使用 のステッチング写真だなって再認識しましたね。 他方、記録写真撮影としては、時間も節約でき簡単に超高画素画像が手に入れられる、 高画質タイプのコンデジやミラーレスが便利じゃないかっていう考え方をしています。 ※写真は丸亀城の石垣。まあ石垣しかない城ですから。(^^; 最近ずいぶんと整備されてきて、市当局も観光地を目指しているみたいですが、 城ブームの昨年でやっと年間10万人だったかな。そんな程度なので、ゆったりと見学 できるのがミソです。

何とかパノラマ撮影、出来たかな

再度の挑戦にしてやっとこさ、念願のパノラマ撮影ができました。 上段6カット+下段6カットの12カットでの撮影です。ほぼ180度の円周撮影ですね。 手前の道は大きく曲がってますけど、実際の道もある程度はカーブしてました。 電線はパノラマ撮影のネックで、この写真も食い違いがでてます。 実はパノラマのセッティングは完全でなくて、レンズ軸と三脚回転軸が完全に合って いませんでした。 RAW現像はフォトショップでTIFF8ビット画像を作り、それをキャプチャーワンで、 おもいっきりアンシャープネスマスクを掛けて、JPEGに落としました。 圧縮前のパノラマ元画像は330MBの約4500万画素でした。 4500万画素と言えば、元々のカメラが600万画素ですから、それの面積7倍という ことになります。 また4500万画素と言うと、最新のソニーフルサイズやキヤノン5Dsとほぼ同じかな。 今回のパノラマ撮影で理解したことは、今の高画素カメラって、元画像からは 非常識な程にシャープネスをカメラ内で掛けているんだな、ということでした。 そうしないと超高画素というのは事実上、作れないのだということかもしれません。

クラシックデジタル一眼でのパノラマ撮影

最近の余りにもの自分の体たらくに、ちょっとは頑張ってみようかと思い立って、 古い一眼レフを持ちだし少しばかりパノラマ撮影をしてみました。 それから遅まきながら、あけましておめでとうございます。(^^; まあ、この写真のように、三脚を使ってのパノラマ撮影をしようかと念頭に置いて いたのですが、この日の撮影では見事に失敗こきました。(笑) 初歩の初歩てある単3電池の充電の仕方から、もうすっかり忘れているんですね。 カメラの操作も失念していたし、パノラマ撮影のやり方もうろ覚え。現像の仕方も 忘れちゃっていた。無論パノラマ作成のやり方も。何から何まで全~部、忘れて いましたよ。(^^; 自慢じゃないけど、自分は忘れっぽさは超一流なので。 日頃、超簡単に撮影ができるコンデジ、特にシグマのdpクワトロとかをメインに使って いると、もうほんとに写真の撮影の仕方を忘れちゃいます。 これ、ホントですよ。DPメリルも簡単ですし。 とにかくコンデジというカメラは、確実にユーザーの撮影能力を奪ってしまうようです。 やっぱり、一眼レフを使っていないと、撮影の基礎を忘れてしまって写真の技術は 大きく劣化後退していくんですねー。 そういうことが、今回は身にしみて分かりました。

まるでトイカメラ

なんだかわからないけど、今、古いカメラを再度使ってみたい気になっています。 時代遅れもいいとこなんだけど、たぶん古い機材を使いたいという気分になったのは、 今年一年で三脚をそれなりに知ったからだと思ってます。 三脚には古い新しいはあまり関係なくて、(重いけど)むしろ古い三脚ほど使いやすかったり しますから。それでモノっていうのは案外に時代を超越しているところがあるんじゃないか と感じたわけです。多分、新しい古いっていうのは、その時の流行でしかないのでは ないかなと思ったわけです。 古いデジカメ、さらに遡れば古いフィルムカメラ。そういうものはもう、誰しも遠い記憶の 彼方に追いやられてしまっていると思うのですが、実際に再び取り出して使ってみると、 これが不思議に新たな発見があるんですね。 ようするに手に入れた当時は、まだまだ使い切れていなかったんだということです。 それで新しい機材もいいけれど、古いものも負けずに自分には価値があるんだと思い 直しているわけです。 それから古いものを知ることは逆に未来を知ることに繋がることだと考えています。 新しいものとは、要するに現在進行系のもの。そればかり追い求めることは、移ろう永遠の 現在から抜け出すことが出来なくなって、ごく狭い範囲の時間軸に自分が閉じ込められる ことでもあります。 現時点から、遡って過去へ。その2点の時間系列ができると、未来という3点目の時間軸 にも思いがはせられるのは自然です。そういう時間系列を持った考え方が自分にも できればいいかなって考えるわけです。 また、昔は自分も使ったんだという、単なる思い出だけでは危ういところがあります。 実際、この京セラも古いイオスも、過去には十分使ってきたという自負はあったのですが、 再度取り出して見てみると、それは全くの誤りであったと考えなおしています。 以前と今とは撮影対象が変わったというところが大きいのですが、厳密に撮影しようと 思うと、それなりの改造(アクセサリー追加)をしなくてはなりませんね。 自分が昔使ったという記憶は、その時の自分の狭い範囲内の関心内だけでしかカメラを 見ていなかったのだということでしょう。 古いレンズをマウントアダプターでもって今のカメラで使うっていうのはよくある使い方です。 特にソニーフルサイズのミラーレス機が出てから爆発的に流行しているようです。 それでこのやり方が温故知新に繋がるかというと、それはないだろうと考えています。 ミラーレス機のマウントアダプター方式は極最近の流行であり、現在のデジタルシーンの ひとつに過ぎないからです。 昔のマウントアダプターは光学一眼レフでやりました。これと今のミラーレス機のそれは 違う世界のものだと私は考えています。 マウントアダプターと一口に言っても、時代の流れと共に流行があるわけですね。 ※写真は夕暮れ時のいい加減な撮影なのですが、今のカメラであれば綺麗に撮れたでしょう。 しかし改造無しの古いカメラではこんな風にしか写せない。手抜きをすれば古いカメラは 見事に拒絶してくれます。 まるでトイカメラ写風だな。(^^;