天然の良港
Exif情報
メーカー名 SIGMA
機種名 SIGMA dp2 Quattro
ソフトウェア SIGMA Photo Pro 6.2.0
レンズ 30mm F2.8
焦点距離 30mm
露出制御モード ノーマルプログラム
シャッタースピード 1/400sec.
絞り値 F7.1
露出補正値 -0.3
測光モード 分割測光
ISO感度 100
ホワイトバランス オート
フラッシュ なし
サイズ 2712x1808 (3,298KB)
撮影日時 2016-05-04 12:38:18 +0900

1   kusanagi   2016/05/19 22:12

京都府の舞鶴港ですが、その入口付近です。写真には写っていませんが左手前の
こちら側に西舞鶴港が、右側が東舞鶴港があります。
港湾の入り口には現在、ご覧のように火力発電所があります。関電の舞鶴石炭火力
発電所ですね。ガス発電所と違い広大な敷地を誇っていて一見するとコンビナートの
ようなイメージでした。

終戦から数年後、当時中学生だった叔父が、大連からこの舞鶴港に引き揚げてきたの
ですが、(親が軍属の技術者だった為、しばらく共産軍に徴用されていた)、その時の
叔父の最初の印象は、大陸(満州)と違って緑の山々に感激をしたというか、やっと
これで日本に帰ってきたという現実感を持てたと言ってました。
その叔父の言っていた緑の山々を見たくて、私も舞鶴に行ったということですかね。

多感な中学生時代を大陸で過ごし立派に赤色化して帰ってきた叔父ですが(^^;、
その叔父の「日本は緑の山々」という第一印象というのは、おそら日本は歴史上数多く
の大陸難民を受け入れてきたわけですが、その難民の一人ひとりの方々も、きっと同じ
ように、「緑の山々」という強い印象を受けたものと思われるのです。
綺麗に澄んだ深い海に、緑豊かに覆われた深き山々の美しさ。
そういうものは大陸にはなかったのです。
(あちらの山は乾燥し疎林で人が歩いているのが遠くから見えるとか)
この豊かな国で自分はもう一度やり直したい。そう彼らは心に願ったのかもしれません。

21世紀は難民の世紀だとすれば、この東アジアの一員たる日本も例外ではありえない
ような気がします。多分やがては数多くの大陸難民を受け入れざるを得ないようなことに
なるかも知れません。
話は変わるのだけど、平和主義ということでこの日本は対外的な進出ということを長らく
差し控えてきました。それが第二次世界大戦以降の言わば、しきたりであったわけですが、
それが終わりを告げるようになるとすれば、これから先、日本人はどのように動いて
いくのでしょうか。未来予測として興味が尽きませんね。

2   fumi   2016/05/20 10:08

私の周囲あるものは当たり前であり、ありふれた日常なかで暮らしています。
日本の自然や伝統など、本当のことは分かっていないのかもしれません。
平和も同じように、今の日本では日常の中に埋もれ、
理屈では分かってるが、実感として蜃気楼のように遠くで揺らめいているかの様です。
良くも悪くも、人は変わり歴史は繰り返される。
ただ、現代の争いは国家間ではなくテロによる攻撃が主流であったり、
情報を対象にしたサイバー戦争、宇宙空間での覇権争いが行われています。
戦後の日本は雛鳥が嘴を開けば親鳥がエサを与えるような受身の平和でしたが、
今後は自らが積極的に平和を掴み取る努力が必要かもしれません。

3   kusanagi   2016/05/21 00:31

fumiさん、よくぞ、このような答えにくい事柄に関してコメントをいただき、ありがとう
ございました。
我々写真愛好家は写真という画像に甘えて、いろいろなことを自分で、考え、知ろう、
という意欲を避けてきたように思います。
しかしそれではほんとうの意味での広がりのある写真文化という本来あるべき姿を、
自ら狭めてしまうように思っております。それでこのように未熟ではあっても、機材や
画像以外の、またはマニアックな趣味以外の、あらゆる事柄に関して挑戦を試みて
みたいと願っているのです。

このように考えるようになったのは、このXP掲示板には、植物や昆虫・野鳥とかに
関して学問的レベルの関心を保たれている方が大勢いて、そうだ、写真とは本来そう
あるべきだったのだ、と気がついたからです。
そしてその生物学的方向をもう少し外に広げることができたなら。とも考えているのです。

ピケティの21世紀の経済学というのが関心を集めているようですが、そのピケティ氏に
よりますと21世紀は人口が減少していく世界であるといいます。
人口減少傾向の世界では基本的に大戦争は起きないでしょう。しかし同時に世界は
風通しがよくなり、人々は気楽にというか容易に国境線を越えていくようになりました。
そういう意味では難民の世紀であり、この現象は後世の歴史に刻まれることのように
思われます。

とは申しましても、現実には我々個人が海外に行けばすぐに分かるように個人の安全を
保証してくれるのはあくまでも国家であり祖国であるという間違いのない事実があります。
世界人口は増加率が衰えるようになるとはいえ、現在70億人もいるわけで、そのなかで
日本人という1国家1民族という珍しい形をとっている我々は、世界から見れば、1/70の
割合の極めて弱小な存在でしかありません。まさに孤児とも言うべきもので、またこの
狭い列島にしか我々の棲家はありません。

トランプが勝つ理由はちゃんとある 米国大統領選
https://www.youtube.com/watch?v=_O4n4DiSOo4

戦後の日本の平和と繁栄を保証してくれたのは米国です。いや憲法9条だという方も
おられるかも知れませんが、その憲法も米国製なのですから同じことです。
その米国が、アジアから、日本から、西太平洋から、手を引けばどうなるのか?
その力の空白に大陸勢力が触手を伸ばすのは間違いのないことです。

平和時でありながらも常に戦闘態勢であるというのが軍事的にあります。サイバー戦も
そうですが、潜水艦隊ですね。先立っての日・豪との潜水艦契約問題に言われます
ように、日本の平和と経済的繁栄を陰で保証してくれているが実は潜水艦なのです。
日本はこの潜水艦隊と、敵潜水艦を把握する飛行哨戒部隊を世界的なレベルで保持
しています。

これは戦争時になってから威力を発揮するのではなくて(無論そうですが)、平和時の
常日頃から抑止力として現実に威力を発揮し続けている軍事力です。これがなければ
今の日本の平和も経済も1ヶ月として保てません。
東シナ海や南シナ海などを中国に抑えられれば、日本の商船は帰ることも出ることも
できなくなり、自由貿易立国は絵に書いた餅になります。
そのように自由と平和というのは、その陰で現在も軍事的に戦っている人々がいるから
保たれているんですね。潜水艦というのは戦時であろうが平和時であろうが港を出港
すれば常に戦闘態勢なのです。黙って沈められても文句の言い様がないわけで。

現在の戦争がテロになったというのは、これはマスコミの自作自演のようなところが
あります。と言いますか、マスコミをしてそのように言わせしめている勢力があるわけです。
イスラムのテロは、その背景には米欧露国家群の軍事力や軍事支援の行使があります。
その反撃として彼らはかすかな規模でのテロで応酬しているに過ぎません。
米欧露諸国の軍事的攻撃によってイスラム諸国民の多くの命が奪われ住む家や生活
の場すらなくなっているのです。その空爆などはすさまじいものがあります。
ここを見逃すと非対称反撃であるテロとは何であるのかが分からなくなります。

こんな風に書きますと、日本では軍事オタクだなあっていう言われ方をするのですが、
間違った平和主義ということで軍事を語ることはタブー化されて久しいのです。
実際に私も数年前までは何も知らなかった大勢の中のひとりでした。
しかしこれからは親鳥としての米国の役目は終わり、日本は自立して巣立っていかな
ければならなくなるわけですね。その為にはまず、国民の一人ひとりの意識改革から
始まって行くように思います。

日本列島はほんとに狭いですね。私もこのところ小さな車で西日本だけでもと、うろつき
回っているのですが、その狭さに改めて驚いています。
瀬戸内は列島の中では比較的安全な位置にあり、外界には直接に曝されていません。
そういう意味では平和な日本の中のさらに平和な国なのですが、ラジオをつければ
夜間には韓国放送が入ってきますし、高知の太平洋に出ればそこは外洋です。

今の日本は、ちょうど徳川末期の幕末の時代と似ているのかも?と考える時があります。
徳川300年の眠りではなく戦後70年のそれでしかないのですが、それでも70年といえば
もはや先の大戦を直接に見知っている世代がいなくなった時間ではあります。
そしてリアル感覚な日本人の常として、本当の危機がやってくれば速やかに変わり得る
という予感は保ったままでいます。

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