メーカー名 | RICOH IMAGING COMPANY, LTD. |
機種名 | PENTAX K-3 Mark III Monochrome |
ソフトウェア | Utility 5 Ver.5.10.0 |
レンズ | |
焦点距離 | 40mm |
露出制御モード | ノーマルプログラム |
シャッタースピード | 1/400sec. |
絞り値 | F5.6 |
露出補正値 | -0.7 |
測光モード | 分割測光 |
ISO感度 | 200 |
ホワイトバランス | |
フラッシュ | なし |
サイズ | 6192x4128 (17.2MB) |
撮影日時 | 2024-08-11 01:15:40 +0900 |
撮影中に88歳のオバサンと話す機会に恵まれましたが、オバサンが最初に発した言葉は・・
私のカメラを見て、「あんた、ええ身分じゃのう。^^ゞ」ということでした。つまりカメラで遊んでいる身分
を彼女なりに揶揄したわけです。
こういうぐあいにスパッと言ってくれる人は、私は大好きです。
いつもは笑って聞き流すのですが、今回の私は反撃にでました。「いや、オバちゃん、違うんで。」
「こうして野山を歩くことが健康にいいんや。人間は仕事ばっかりで歩きが不足すると必ず病気になる
んでや。」 「ええかなオバちゃん。オバちゃんは農家の仕事で、この傾斜地の畑を年から年中、歩いて
いるから元気なんやで。」 「つまり仕事をしながら同時に健康になっている。しかし普通の人は座った
まんま、立ったまんまで仕事をしているから、仕事以外に特別に野山を歩くことが必要なんや。」 と、
言いました。
これは本当のことなんですね。例えば島の人はみんな元気。瀬戸の島と言うのは山の中腹に住んで
いるようなもので、生活をすること自体で運動になっているわけです。農作業をすれば尚更。
歩く人に大病なし。とりわけ山に住み歩く人は。ということです。
私は人生最後の仕事、というか目的が写真撮影であっても良いのじゃないかと考えてます。もう充分に
社会人としての役目を果したんだから、後は健康で病気をせずにピンピンコロリといけたらいい、それが
最後の人生の目的みたいなものです。
ですから歩ける人は歩こう。カメラを手に持って外に出かけて歩こうじゃないかということです。歩けなく
なった人は、せめて心の中でも歩いて、いい空気を吸おうじゃないかということです。可能な限り、杖を
ついても車椅子を漕いでもいいから外に出かけようじゃないかということです。
犬も歩けば棒に当たる。人も歩けば何かに出会います。それが人として生産的だということです。
趣味のカメラを持って道楽かましているように見えるかも知れませんが、そうじゃないんですね。例えば
私は薬はひとつも飲んでいません。歯医者以外の医者には掛かったことがないです。私は医者を信用
していませんから。しかし優れた学者や医者が書いた本はいっぱい読んでいるし、すぐさま実践をして
います。まあ検査は受けているし医者と話をすることはあります。でも真には受けない。
それで、写真をするっていうことは、画像を弄くる芸術でも風流でもなんでもなくて、とにかく歩いて身体を
生産的に保つことだ、と私は確信しています。ただ自分が健康であることだけで世の中に役立っている
と思うわけです。なので撮る写真は、ただ自分が歩いた、出合ったという証しであるだけで、それだけの
ものなんですね。万歩計みたいなものです。