オリンパス E-M1 作例

2013年10月11日発売

E-M1の仕様

2013年10月に発売された、オリンパスのマイクロフォーサーズのフラッグシップ機である。「従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機」として、像面位相差AFとコントラストAFを組み合わせた「DUAL FAST AF」でフォーサーズレンズとの統合を図り、ボディー内5軸手ぶれ補正と、防塵防滴・耐低温のマグネシウム合金ボディーを備えた。先代の見方は資料によって重点が異なり、オリンパスの発表資料はプロ用一眼レフE-5の後継機と位置付ける一方、OM-Dシリーズとしては初代E-M5に続く2代目にあたる。

シリーズ
OM-D
位置付け
マイクロフォーサーズのフラッグシップ機(プロ用一眼レフE-5の後継機)
先代
E-5
後継
E-M1MarkII
ライバル
X-T1 EOS 70D D7100

E-M1について詳しく読む

投稿写真 2831枚

雑感

雑感

私の場合、レンズの中で一番好きなのが35ミリですかね。個人的にですが。その次に好きなのが24ミリ。 そして20ミリ(21ミリ)です。これは昔も今も変わりません。35ミリとか40ミリ45ミリ50ミリとかいう標準レンズ はそれ一本で大体のものは撮れるんです。この1本で済ませられるというのが宜しいわけでして。 ズームとなると標準や広角ズームということになります。その場合、だいたいは広角側で撮影をして、 たまに上へ上げるという具合です。とにかく一本で済ませられるというのが私としては良いわけで、私の 写真の原点というのはそこら辺にあるだろうと考えています。 つまり標準から広角寄りの視点です。この視点を自分なりに確保しておきますと、翻っては世の中の 大体のものは見えてくるという気がします。これが望遠レンズがその人のスタンダードになっていますと どうしても視野が狭められてくるように思います。ある特定のものしか見ないという具合ですね。 勿論それが悪いとかよいとか言っているのではありません。そういう傾向があるだろうということです。 デジイチ初期に困ったのは、当時はAPSフォーマットでしたので1.5倍とかのミリ数になってしまい、仕方 なく当時の超広角レンズを買わざるを得ませんでした。フルサイズのデジイチが出たときは嬉しかった ですね。やっとまともにレンズが使えるということで。今でこそAPSでも広角レンズが多々出ていますが 当時は広角ファンにとっては不本意な時期がありました。 フルサイズのカメラをリリースしているメーカーはやはりフルサイズのカメラが良い画質を出せるカメラと なっています。しかしAPS止まりのメーカーもありますね。フジとか。またペンタックスも半ばそうです。 そういう場合はAPSカメラでも優れた画質を出せる製品を出しています。フルサイズに負けんのじゃない かなって言う具合で。それを言えばフォーサーズでもそうなんですね。 ようするにフォーマットがどうであれ、それしかないとなるとメーカーは頑張るんですね。画質を良くする 方法なんていくらでもありますから。 ペンタックスとかフジはフルサイズを通り越して中判デジタルがありますので大きなフォーマットが欲しけ ればそちらをどうぞ、ということになるのでしょう。 しかしやはり何と言ってもライカ版という長い伝統でもって135フルサイズフォーマットはしっくりときます。 デジイチではやや大きいかなっていうサイズもミラーレスとなると昔のメカニカルカメラと変わらない大きさ となっていますし。無理のないサイズと言いますか4/3やAPSと比べても描写が伸びのびとしてます。 画質云々かという言葉はもう私としては使いたくない言葉になりましたが、描写という言葉でいうと無理 がないというのでしょうか。適度なボケが出ますしカリカリしなくて緩やかな描写をするというか。 そしてフルサイズの良いところはフィルム時代の古いレンズを使えるということでしょう。そんなの機械オタ クの好事家がすることで写真オタクとしては邪道なのだと言われかねないのですが、それはちょっと 違うんではないでしょうかね。それを言うと古い時代の写真は、もはや写真ではないということになります から。

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雑感

⑪ 写真には撮影時の満足感というものの他に、やはり出来あがった画像に対する満足感というのも あるのでしょう。私の場合は良い色とか発色ができれば満足というくらいですが、それだけの満足感を 得るだけでも機材などでお金を使ってしまいます。 画像の満足感を、撮影時の偶然か、もしくは画像処理の技術だけで満足のいくものにするのは難題 でして、やはりレンズやカメラという機材が大きくものを言っているということになるわけです。 考えてみれば、この発色の満足感ほど贅沢なものはないのでして、カメラやレンズだけでなく、PCや モニター、プリンターそして現像ソフトという機材類にも大きく関連してきます。 こういうのは本来の写真撮影の満足感とは別の種類のものですが、デジタル時代に限らず昔から多く のカメラマンが悩まされてきた問題です。 昔はフィルムとかレンズだけで画質は変わったものですが、現在ではフィルムがボディそのものに なってしまったわけなので多額の資金が必要になってきました。そしてレンズも以前とは違い多種多様 です。黒白写真時代が無駄遣いせず良かったねって思いますね。 この画像の満足感というのは、それこそ本来の写真としては邪道そのものなんですが、なかなかそれ を止められないというのが現実です。私だけでなく多くのユーザー、カメラマンが常に悩まされている 問題ですね。しかし撮影後の満足感としては、この画質の満足感というのは非常に大きいわけです。 つまり、この「撮影後満足感」というものは、本来の写真術とは別に考える必要がありそうです。むしろ 絵画的なそれに近いものがあるということでしょうか。つまり絵作り的な満足感なのでしょうか。

雑感

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⑫ 最近ちょっと腕時計が止まってしまい、どうせなら自分で電池交換をしようじゃないかと思い、ネット 動画でみれば簡単に電池交換ができることを知りました。私が持っているのは数千円のクラスなので 電池交換に2千円も取られれば馬鹿馬鹿しいじゃないかということです。幸いに裏蓋を開ける工具は カメラ用のがそのまま使えて簡単に開きました。その電池を家電店で買うと数百円です。 私にとっては腕時計は単なる道具なので数個しか所持してません。数千円から一万のレベルのもの。 自分にはそれ以上の欲はなくて飽くまでも道具レベルに留まっています。 ところがカメラ類となるとそうはいかないのです。時計は正確な時刻を知るだけの道具ですが、カメラ は画像を得るという道具に留まらずに、画質という発色や解像力というプラスアルファがあるからです ね。 この画質というものが曲者です。実にアナログな、明確な定義不可能なものでして、感覚そのもの。 そして相対的なものです。1万円のレンズと10万円のレンズは相対的に画質が違うのだけど、その違 いこそが面白いということです。その違いを見ることが面白くてレンズやカメラのコレクションをやめられ ないということなんだと思います。 私の場合、10万円のレンズで満足することができずに、1万のレンズ、5万円のレンズも揃えたくなる。 色んなレンズを見てみたいとなるわけで、カメラボディもそういうことになります。 世の中には10万円レンズがあればそれ以下は不要という考え方をする人が多いのだけど、そうでない 人も多くいるんですね。それは違いを楽しみたいといういうことだと思います。 簡単に言うと、各々のレンズやカメラで世界が違って見えるというわけです。もちろんこれは錯覚に 過ぎないのですが、そう見えると信じるところに意味があるというわけです。(笑) レンズ沼、カメラ 沼に浸るとはそういうことなんでしょうね。これはきっと信仰の世界そのものだと思ってます。

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⑬ 写真画像にこの世の中がどのように写ろうとも、この世界の真実はひとつです。それは時計の時刻が 正しくはひとつしかないというのも同じですね。こう言ってしまえば身も蓋もないのですが写真画像には 揺らぎという曖昧なものが許されています。 絵画の場合は製作者の画材や筆遣いひとつで変わるわけですが、写真の場合は機材がモノを言いま す。と言いますか、それしか方法がないわけです。写真は大げさになりますね。 写真は過剰で無駄が多すぎると思いますが、本来は写真における真実はひとつであるわけで、時計 の時刻がたったひとつしかないのと同じく、写真画像は本質的にひとつだけのものであることです。 しかしその真実のひとつは決してカメラで写すことはできせん。どんなに高級な機材でも真実に迫る ことはできないのです。迫ることができないということでは、高級レンズも廉価レンズでも同じです。 同価値しかないんです。このことはよく理解しておく必要があります。 そうは言っても、例えば産業カメラや軍事カメラでは良い機材を搭載したものが高性能で良い仕事を してくれます。それも事実ですね。そういう相対性と実用的レベルと絶対性の違いというものも理解し ておかなければなりません。 とにかく機材遊びは程ほどにしておかなければ財布をやせ細ることになるので、とにかく写真の画質 の真実はひとつしかなく、それに達することは永遠に不可能であるということは肝に銘じておくべきで すね。

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⑭ 腕時計とカメラには共通するものがあります。それは手に持つ、ということ。 両方とも手に持つ、手に着けるということで、本来の役目(正確な時刻、および画像を得ること)とは 別に、人の手にフィットした人間的工学的性能が求められます。そういうデザインもさることながら、 重さ や大きさに自ずと制限があるということです。 馬鹿でかくて重たい腕時計というものはありませんし、カメラ機材も5キロを越えれば三脚を使わずに 持ち歩くことはできません。私の場合はカメラ+レンズで3キロを越えれば撮影として持ち歩くことはでき ません。当然ながら軽い機材ほど撮影力は増します。 そして高級カメラ、高性能レンズほど重くなり使い勝手は悪くなります。良い画像を得るのは高級機材 ですが、良い写真を撮れるのは廉価機材であるという相反する現実が基幹に横たわっているのです。 ここに写真撮影の面白さがありますね。 面白さと言うより真実に迫る事柄です。実はこういうのは写真に限らず世の中に全て言えることでし て、単眼思考では物事は理解できないということなのです。それで結局はほどぼとの中庸レベルの ものが一番ヒット率が高いという結論に達します。 とにかくカメラ機材は基本的に人の手で持つことで成り立っていて、機械として人間の友となることが できます。手に馴染む機械であり身体に害を及ぼさないものであるべきです。健康に害を与えないと いうことでは、今のカメラはまだ合格していません。昔のメカニカルカメラの方が遥かに安全であり、 今のカメラはまだ発展途上にあります。

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⑮ 以前、狙撃手と写真の共通性について言及しましたが、一番に忘れてはならないものは狙撃のスコア を誇るな、スコアなんて忘れろ、ということでした。 これは写真に当てはめれば、自分の撮った過去の写真なんて忘れろ、ということを意味していると思い ます。 写真は常に今しかない。ということです。もしくはこれから撮るべき近未来の写真ですか。 もし歳をとってカメラが持てないようになれば写真は撮れなくなるのですが、それでも自分の眼がある 限り仮想的に写真は撮れるかもしれないということを意味しますし、眼が見えなくなれば耳で撮り、肌 で感じ撮ることもできるだろうということです。 色んな意味で写真とは常に今であり、この瞬間であって、過去のことなんて関係ないということでしょ う。 要するに写真とは人の生き様を意味するのではないですか。たかがカメラという道具によるべきことで はないはずです。カメラなんて無くなっても写真は撮れます。そう考えるべきですね。 写真と狙撃の最大の違いがあります。これは当たり前ですが、狙撃は軍隊に於いて命令によってする ことです。しかし写真は個人が自らの意思でやるべきことなんです。狙撃手は不幸ですが写真人は そうではありません。 真の意味で写真人は自由で幸運であるべきです。狙撃手は命令に反して狙撃を辞めることは出来ま せんが、写真人は自らの意思でいつでもカメラを置くことができます。 よくコメントで、連写のことを連射と間違えて書く人が多いですね。不用心ですけどかなり根本的な過ち をしていますね。射と写は本質的な違いがあります。写真とは本来、平和で受動的なものなんです。

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⑯ キヤノン板から・・裏街道さんの撮られた美しい写真です。 https://photoxp.jp/pictures/220698 「越前海岸の柱状節理の鉾島神社」 https://ameblo.jp/yukibayonetta/entry-12710058975.html 越前加賀海岸国定公園の鉾島は観光地『東尋坊』と同じく、岩体が柱状になった節理が見られます ね。 また神の島といわれる雄島も有名なようですし、地質学的にはもっと南の若狭の水月湖が別の意味で 面白そうです。(水月湖の年縞) さらには柱状節理で有名なのが、玄武岩の名の由来となった兵庫県 豊岡市の玄武洞ですか。(越前海岸は安山岩や流紋岩のようですが) こういう美しい写真に啓発されて色々とネットで調べるだけでも興味が尽きませんね。観る側に調べる という楽しみがあります。 しかし近頃はただ風景を綺麗だけとして終わらせるのではなくて、風景や被写体の原質をもっと深く 追求しながら撮影をなさる方が多く見られます。植物植生や動物野鳥昆虫等を撮影なされる方々が 特に顕著すね。 昔とは時代が変わったという気がします。つまりはネイチャーフォトということだと思いますが、かなり 学識があり博物学の知識がないと写真は撮れなくなったということなのかも知れません。 私はそういうのは苦手なんでして、ただキレイと自分が感じれればそれだけで写真にしても良いんじゃ ないかと思うんですがね。この写真の裏街道さんもきっとそうでしょう。 写真の本質として、本当に大事なのは被写体ではなくて撮影をされる人間の方のように思いますか ら、そういう意味では最近の写真術は、肉声が乏しく無機質性が漂っているように感じられます。 優等生すぎるというか、最近の教育現場に似たようなところがあって、反作用としてイジメが横行する んですけど、これは日本独特の現象なのかもしれません。もっとも若い人達の写真はそうではないと 思うので、きっとこれは日本の高齢者写真だけの現象なんでしょうかね。 余談ながら日本的高齢者写真術の動静を見たければフォトXPを見るべし、なんてことになっているの かも。(笑) そういえば高齢者写真とはすなわち認知症写真なのかなあ。そう考えればかなり興味深 いことではあります。認知症とはなにか?から始まるわけですしね。 よく平和ボケといいますけど、ボケは認知症の意味ですから、平和の意味をよく理解できていない認知 症的現象というくらいの意味でしょうか。 とにかく写真における認知症研究でも始めれば面白いことになるかもしれません。私もそういう年齢に 差し掛かってきて、他人事ではなく思うことがあります。 あっ、ひとつ発見しました。認知症現象を。現在のフォトXP掲示板は各板を統合したものですが、今だ に個別の板に閉じこもっている人達が多いのはきっと認知症のひとつだと思います。(笑)

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⑰ 写真とは結局は人である。このことは忘れないでおこうと思ってます。 写真は人を離れては存在しきれないものですからね。撮影者とは無関係に写真は存在しえません。 ですから写真の評論は撮影者への評論になるのであって、只単に写真画像というそのものがこの 世の中に撮影者と無関係に存在して、その写真だけを評論できるものではないのです。 それを言えば撮影者がもし認知力を喪失した場合、その写真とは何なのか。興味深いところです。 多分、それはただの画像なのでしょう。 このkusanagiが、この掲示板のコメントで撮影者に関してコメントをするのはけしからんことだ。とよく 言われるわけですが、そのご意見は本質的に間違っています。写真=撮影者であって、その写真を 評価するには撮影者への思いを馳せなければなりません。また撮影者の意図とかも深く。 おそらくそういう方は、写真というものが撮影者の個性や人間性とは関係なく存在しえて且つ上達でき るものだと考えているのかもしれません。 しかし現実は、写真は撮影者という人間性から生み出されるものであって、AIやロボットが撮影したも のではないですね。 写真が撮影者の人間性とは無関係にあるものだと考えている方は写真の本質を知らないでいます。 それから写真評論の本も記事も読んだことがないのでしょう。 これは一種の認知症でして、例えば武器があるから、基地があるから戦争が起きるのであって、それ ら禁じれば戦争は起きないという不思議な論理とよくにています。そもそも戦争とは侵略する側の国家 の人間達が明確に意図して起こすものであって、武器や軍隊組織自体がかつてに起こすものではあり ません。武器=写真、侵略者の人間=撮影者であるわけですね。 こういうことからして、写真評論とは当然の帰結として撮影者への(写真的)評価となりうるのです。 しかし最近は写真が無機質化してきて撮影者という人間の匂いがしない写真が多くなってきています。 私はそれを写真ではなく画像だとして考えるのですが、これはデジタル時代の特徴かもしれませんね。 しかし無機質写真という画像は同時に認知症写真でもあるわけです。

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⑱ 「独ソ戦」〈絶滅戦争の惨禍〉大木毅著 岩波新書 これから読もうと思っていてる本です。2019年7月 初刊で22年4月で22刷ですのでベストセラーだと思います。 ロシアではこの独ソ戦を大祖国戦争と言われていて、ソ連や現在のロシアの国家的存在意義となる 戦争だそうです。戦争が、防衛戦争が国家の存在意義というのは日本では考えられませんが、それを 言えば今の憲法は日米戦争がもたらしたものですので多少の関連はあるかもしれません。しかし左翼 ではない普通の日本人の感覚では国は戦争だけで成り立っているものではないわけですね。 プーチンの頭のなかでは今もってこの独ソ戦とナチズムがあるみたいです。そしてソ連がね。 20世紀になぜイデオロギー戦争が起きたのか。その根本には国家総動員体制の戦争が起きた時代と 深く関わっていると感じてます。国民大衆を総動員するには人為的宗教動員が必要だったからではな いでしょうか。イデオロギーとは人為的な擬似宗教ですよね。日常の利益損得とは関係ないですから。 しかし21世紀の時代はもはや宗教の世紀ではありません。何の科学的根拠のないイデオロギーなど は無用の長物です。憲法9条はイデオロギーそのものですからやがてなくなると思います。

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⑲ 最近は神社を撮影することが多いのですが、この日本の神社なるものは、おそらく古代のイスラエル の民の遺産というか、彼らの風習が日本に残ったものだと考えるようになりました。 神社の広い境内は本来狭い日本の風土とは別物の感覚ですし、直線基調のレイアウトもそうです。 そういうのは砂漠の民のユダヤ教と深い関わりがあったんではないですか。 古代イスラエルの民の末裔は秦氏と関わりがあるようです。かなり高度な技術を持った集団だったよう ですが、秦氏が日本の政体に何か影響を及ぼしたということが見られません。また日本語にも日本の 風習にも多くの影響を及ぼしているようですが、日本人の政治や宗教に影響を与えたということが見ら れません。ただその形だけが不思議に継承されているようですね。日本神道の神社もそのひとつのよ うですし。 ユダヤ教は一神教ですが日本は多神教です。その多神教のシンボルである神社が古代イスラエルの 形を真似ている。なんとも摩訶不思議なことですが、ただ結果としてみると仏教伝来の時代への、もう ひとつの対抗勢力となったのは事実のようです。 仏教、すなわち古代中国の影響だけでは片手落ちとなり、それを防いだという役割があったのではな いでしょうか。 学識的には神道は日本古来の自然宗教から発したものだと言われています。私もそういう考え方が 正しいと思いますが、それだけではなかったのではないでしょうか。自然宗教は本来は建築物を持ち ませんね。しかし仏教に対抗するには何らかの権威付けが必要です。それに秦氏の古代イスラエルの 風習なり技術が使われたのではありますまいか。 日本に稲作が伝わり、田圃というのは耕作地だけでなく、用水や溜池という大規模なインフラが必要で 自然を大きく破壊します。これは自然宗教としては耐え難いことであり、それへの申し開きとして神社と いうものが自然発生したのではないでしょうか。 それで神社には必ず鎮守の杜(自然林)が付随していますね。 特に香川では溜池には必ず神社、池の宮があるんです。溜池ほど自然を改変、破壊する程ものはなく て、それで失われた自然を祭る神社は必須だったのだろうと思います。 それなのに不思議に、神社には広い何もない地面の丸出しの境内というものがあります。自然宗教に なってないじゃん。と言いたいところですが、そこは権威付けとして古代イスラエルの風習の形を真似 たと考えれば納得がいきます。 そういえば門(鳥居)からストレートに奥社に配置されるレイアウトも自然破壊を伴ってますし。 何やかやで矛盾がいっぱいの神社ですが、私はこの神社空間が好きです。神社の魅力はひとつは 自然な森と、そして砂漠の民的な人為的空間です。 とにかく神社は面白い。そう思います。矛盾がいっぱいだけど、そこが日本の良さというか強さだという 気がするんですね。なんでもかんでも取り込んで図太く生き延びる。これからも日本はそうでありたいと 願っています。

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⑳ 神社空間が古代イスラエルの文化を形象的に伝えているとすれば、これは国の文化としては、仏教だ けの文化だけよりは重層的になり、文化的宗教的に厚みが増して国としては強くなります。 日本は中国から多くの文化を移入し漢字から建築物からほぼ全てのものを受け入れました。仏教も 発祥はインド圏ですが中国を伝わって伝来しておりますので極めて中華的です。 古代イスラエルの文化はそれへのカウンターカルチャーとして当てられたと思います。こういう歴史的 な経緯があったとすれば面白い話ですね。 現在の世界は中国が極めて強くなり、この日本も中華圏に組み込まれようとしていますね。もう経済的 には中国から離れてはやっていけないような状況です。しかし考えてみれば日本の歴史とは、この 中国との接近と離反を繰り返しているのであって、この日本ほど中国との関係を熟知している国はなさ そうです。 中国からの文化に完全に取り込まれることを良しとせず、かつても漢文漢字だけではなく和文やカナを 発明しております。ちなみにカナは古代イスラエルの文字とよく似ているそうです。 いまは神社ブームということになっているようですね。若い女性が神社詣でをして御朱印をいただいて コレクションもしているそうな。また古墳も若い女性の間で静かなブームとなっているそうです。 ここらはアンチ仏教、アンチ中華の新しい風が吹いていると見てよさそうです。現実の中国の影響が 強くなればなるほど、それに対抗する文化が復活するというわけです。 何か強いものが強大になると、それへの対抗としてアンチ的文化が出没し主張する。これは世の中の テーゼのようなものです。 人は無意識に、被害者でありながらも強いものに自ら進んで取り込まれようとする傾向があります。 デジタル写真時代には、それが無機質な人間性を喪失したような写真に自らを追い込んでいくのです が、それでは正常な人間感覚が保たれなくなるという危惧意識がもう一方で芽生えてきますね。 おそらくこれから、無機質なデジタル写真文化に対抗するようなものが出てくるでしょう。そういえば インスタント写真の復活もそうかもしれません。

雑感

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① やっと念願かなって映画トップガン・マーヴェリックを観ることができました。コロナで2年間も上映が 据え置かれていたんですよね。(笑) トムクルーズもだいぶ歳をとったかなという感じですが、むしろ良い感じに渋くなったという気がしてます。 映画の最初の場面で、教え子の前で主人公マーベリックが、F18(作戦に使う戦闘攻撃機)の分厚い マニュアル本をゴミ箱に捨てるシーンが印象に残りました。と同時に主人公は、古い愛機の整備を自ら 油まみれになりながらのシーンも2回ほど場面に織り込まれておりました。 Kazさんによればこの古いムスタング(戦闘機)はトムクルーズ本人の愛機のようです。 もう現在の最新戦闘機は人間が乗るには辛すぎるほど高性能になってしまい、無人機と化すのは 時間の問題のようですね。しかし映画の中で主人公に、イッツ・ノット・トゥディ(それは今日ではない)と 言わせていて、それを言えばカメラもあまりにも高性能になりすぎてしまいましたね。でも、いずれ無人 カメラの時代になるとしても、それはイッツノットトゥディなのでしょう。 最近ミラーレスカメラは、ほぼ半分は無人機同様でしてユーザーは動く三脚みたいなものかもしれま せん。それはそれでいいかもね、と思うところもあります。今までとは全く別の写真の視点が芽生える のではないかという気はしていますが、やはり自分が今、何を撮っているのかをクリアに意識できる 光学一眼レフもまだまだ活躍できると思ってます。 なおこの映画ではシグマのシネマレンズも使われているそうです。

Camera Profile

E-M1について

発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。

登場した時代

E-M1は2013年9月10日、フォーサーズシステムとマイクロフォーサーズシステムの両規格に対応する機種として発表された。同時に、新レンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO」と、防塵防滴仕様のフォーサーズアダプター「MMF-3」も発表されている。1プレス オリンパスニュースリリース:従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機「OLYMPUS OM-D E-M1」発売発売はボディーと12-50mm EZレンズキットが10月11日、12-40mm F2.8 PROレンズキットが10月19日で、価格はいずれもオープン価格だった。2プレス オリンパスお知らせ:「OLYMPUS OM-D E-M1」発売日決定のお知らせ

同じ2013年にはニコンD7100とキヤノンEOS 70Dが発売され、APS-Cの上位機の刷新が相次いだ。E-M1は2014年5月、「カメラグランプリ2014」のカメラ記者クラブ賞を受賞した。3プレス オリンパスニュースリリース:OLYMPUS OM-D E-M1が「カメラグランプリ2014 カメラ記者クラブ賞」を受賞

ラインナップ上の位置付け

オリンパスの発表資料は、E-M1を「従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機」とし、プロ用一眼レフE-5の後継機とも位置付けた。一方でOM-Dシリーズとしては、2012年3月発売の初代E-M5に続く2代目にあたる。先代をどちらと見るかは、資料によって重点が異なる。1プレス オリンパスニュースリリース:従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機「OLYMPUS OM-D E-M1」発売

開発本部長の杉田幸彦氏は、ハイエンドの一眼レフであるE-SYSTEM、OM-D、PENの3ラインナップを、OM-Dに最上位のE-M1を加えることで2ラインナップに統合したと説明した。4インタビュー デジカメWatchインタビュー:メーカーインタビュー2013:オリンパス編商品開発を担当した城田英二氏によれば、企画の出発点は「オリンパスとしてのフラッグシップ機」であり、どんな環境でも持ち歩けて最高の画質を提供することを目指したという。5インタビュー デジカメWatchインタビュー:「OLYMPUS OM-D E-M1」の進化に迫る

先代からの進化

E-M1は、有効約1628万画素の新開発Live MOSセンサーと新画像処理エンジン「TruePic VII」を搭載し、AFにはコントラストAF81点と像面位相差AF37点を組み合わせた「DUAL FAST AF」を新たに採用した。手ぶれ補正はボディー内5軸でシャッター速度換算4段分、ボディーは防塵防滴に加えて-10℃での動作を保証する耐低温性能を持つマグネシウム合金製である。連写はAF追従時で最大約6.5コマ/秒、S-AF時で約10コマ/秒、EVFは35mm判換算0.74倍・236万ドット、シャッター速度は最高1/8000秒である。1プレス オリンパスニュースリリース:従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機「OLYMPUS OM-D E-M1」発売これらを備えながら、質量は本体のみで約443gである。6レビュー 価格.comオリンパス OLYMPUS OM-D E-M1 ボディ [ブラック] スペック・仕様

E-M5との違いとして、dpreviewはより洗練されたAFと「あらゆる操作にボタンを割り当てる」設計を挙げ、グリップが深くなって大きな手でも快適に持てるようになり、ボタンも大きくなって操作しやすくなったとした。7レビュー dpreviewOlympus OM-D E-M1 ReviewデジカメWatchのレビューは、AF追従連写がE-M5の4.2コマ/秒から向上したとし、北村智史氏はE-M5よりホールドしやすい形状になったと評した。8レビュー デジカメWatch新製品レビュー:OLYMPUS OM-D E-M1

ライバル機種との比較

同じ2013年のAPS-C一眼レフでは、キヤノンEOS 70Dが有効約2020万画素のセンサーを積み、ライブビュー撮影時に撮像画面の縦横約80%の範囲で位相差AFが効く「デュアルピクセルCMOS AF」をEOSで初めて採用した。連写は最高約7コマ/秒である。9プレス キヤノンデジタル一眼レフカメラ“EOS 70D”を発売ニコンD7100は有効2410万画素で光学ローパスフィルターを省き、51点AFと最高約6コマ/秒の連写を備える。本体のみの質量は約675gで、E-M1より200g以上重い。10プレス ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したニコンDXフォーマット デジタル一眼レフカメラ「D7100」およびワイヤレスリモートコントローラー「WR-1」を発売

翌2014年2月に発売された富士フイルムX-T1は、AF追従8コマ/秒の連写、倍率0.77倍のEVF、防塵防滴と-10℃の耐低温性能を持つフルマグネシウムボディーを備える。11プレス デジカメWatch富士フイルム、“レンズ交換式Xシリーズの決定版”「X-T1」を披露画質については、デジカメinfoが紹介した海外メディアePHOTOzineのレビューが、E-M1を「これまでのm4/3機でベストの画質」とし、ISO6400〜12800でもE-M5より豊富なディテールと良好な色再現を保つと評した。12レビュー デジカメinfoオリンパスOM-D E-M1はこれまでのm4/3機でベストの画質

開発の背景

城田英二氏によれば、開発段階ではフォーサーズ方式とマイクロフォーサーズ方式を並行して検討し、「マイクロフォーサーズ方式に技術を集約させて進歩させた方が今後の可能性がある」と判断した。AFでは、システム開発担当の金田一剛史氏が像面位相差AFだけで合焦させることにこだわり、精度を確保できるAF画素を撮像素子に埋め込むことを決めた。ボディー設計担当の高瀬正美氏は、剛性と防塵防滴性能をE-5以上にすることを目指したと述べている。5インタビュー デジカメWatchインタビュー:「OLYMPUS OM-D E-M1」の進化に迫る

杉田幸彦氏は、フォーサーズ用に設計されたE-SYSTEMのレンズを、マイクロフォーサーズでも「実用レベルで差のない使い勝手」にできるかがテーマだったと語った。一眼レフとミラーレスの最も大きな違いはファインダーだとし、E-M1では高精細で像の大きなEVFをコンパクトに実装できたとも述べている。4インタビュー デジカメWatchインタビュー:メーカーインタビュー2013:オリンパス編カメラグランプリ2014のカメラ記者クラブ賞の選考では、フォーサーズレンズとの統合、防塵防滴性能と小型軽量なシステムによるプロユースへの対応、E-M5を磨き上げて画づくり・レスポンス・操作性を高い次元で釣り合わせた点が評価された。3プレス オリンパスニュースリリース:OLYMPUS OM-D E-M1が「カメラグランプリ2014 カメラ記者クラブ賞」を受賞

利用者の評判

価格.comのユーザーレビューでは、満足度は4.58である。項目別では手ぶれ補正、ホールド感、デザイン、液晶がカテゴリ平均を上回る一方、バッテリー持ちと画質は平均を下回る。良い点にはデザインと堅牢性、DUAL FAST AFによる高速AF、手ぶれ補正、直感的な操作性が挙がり、悪い点にはバッテリー持続時間の短さ、シャッター音、高ISO時のノイズ、本体の重さが挙がる。13レビュー 価格.comオリンパス OLYMPUS OM-D E-M1 ボディ [ブラック] レビュー評価・評判

専門媒体では、デジカメWatchの北村智史氏が、位相差検出画素の内蔵による画質低下を心配していたものの、ローパスフィルターレス仕様とファインディテール処理IIによりE-P5より画質が向上していたと評した。一方で、フォーサーズレンズ使用時のAFスピード不足とSWDのハンチングによるがたつき、撮影可能枚数が約350枚と少ない点を不満に挙げている。8レビュー デジカメWatch新製品レビュー:OLYMPUS OM-D E-M1プロカメラマンの川口正志氏は、画質・性能・使い勝手の釣り合いと約236万ドットの高精細なEVFを評価し、E-M1で「E-5では諦めていたことさえも可能になった」と述べた。ただし液晶モニターはフリーアングル式でなく、縦位置でのハイアングルやローアングルの自由度はE-3やE-5に劣ると指摘している。14レビュー デジカメWatch特別企画:オリンパス派プロカメラマンによる「OM-D E-M1」体験記

評判の出典

8件

内容の確認日: 2026年9月26日

E-M1で撮った写真の話題

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