135mmレンズ 作例

花のような人 ~Wife is beautiful~

・・・言っちゃった。  花に限れば、私ごときをはるかに上回る表現力を発揮するかみさん。その秘密は、「花と会話することができる」ことにあるのだそうです。  ホンマかいな。  そのぶん、動体が苦手だったけれど、最近、かなり克服してきています。  テンポよく撮影して次々移動したい私と違って、一か所重点型で、そして天候と光に関して、私よりカンが働く様子で、私もその恩恵にあずかっています。  「タイトルに短歌からヒントを得る」ですが、俵万智さんとかいいですね。「サラダ記念日」など。発表された頃は「なんだこれ」と思うところもあったのですが、年月を経て、非常に共感するようになりました。 「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 という、有名な歌は、実際に旦那さんが気に入ったのはサラダではなく唐揚げだったとのこと。唐揚げ記念日で何がいけんのだ、ということも思いますが、そこは女性らしい感性で。  ちなみにかみさんの唐揚げは世界一ィ。つけこみのたれは醤油と生姜と蜂蜜で、まあ秘伝となっているらしいが、娘にはしっかり教えてやってほしいものです。  

思い出は君にも一生我にも一生

 yamaさんが「タイトルに悩む」とおっしゃりながら、とてもキュートなタイトル「アーンして」をさらっとお使いになる様子に、たいへん感銘を受けました。  同じキヤノンの「KISS」っちゅう商品名も考えてみればキュートなものですが、今では男性でも普通に使っているものの、フィルム一眼レフとして発売された当時(1993年)は、キヤノン社員ですら「口にするのが恥ずかしい」と感じるほどだったそうです。だけど、キュートなタイトルは素晴らしいものです。ちなみに、「ぶちゅっ」のキスの意味もあるのでしょうが、直接的には、賢く、静かなという意味を含んだ「Keep It Smart and Silent」の略なのだそうです。 (かみさんはKISS X50とタムロン60mmマクロを組み合わせるので隣でジーコジーコうるさいが)  ということで、ちょっとタイトルについて。  タイトルは私も苦手です。単なる記号じゃ!と割り切ることもできるのですが、「アニメ、漫画、ドラマのセリフから」「流行歌の歌詞から」「コマーシャルメッセージのキャッチコピーから」「短歌、俳句、散文詩、小説の中の表現から」などなど、あれこれ拾い集めています。    この写真のタイトルは、観覧車の短歌としておそらくもっとも有名な「観覧車回れよ回れ思い出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)」(栗木京子さん)から。  ・・・あなたはそうやって花の撮影に夢中だけど、ちょっとは私も撮ってよ・・・  御心配なく、しっかり彼女さん(奥さん?)も撮っておられました。だから「思い出は君にも一生、我にも一生」。  最近の現代短歌(あるいは恋愛短歌)には、どきっとするほど刺さるものがあります。 「名前などただの記号と知りつつもその三文字が我ときめかす」 エロティック歌人とさえ言われる鬼才、佐々木あららさんの歌。  だから、「タイトルなどただの記号としりつつ」なんて投げやりになっちゃだめなのでしょう、うんうん。

光を味方につける ~地上の女神~

 梅林には女神様がおられる、の図。旧タイトル「地上に降りた最後の女神」。  「顔ばっちしはダメですヨ」という了解なのでこの構図。  ホワイトバランス太陽光とピクチャースタイル「ポートレート」の組み合わせ。前ボケになる梅の花は、枝ともどもオートフォーカスを引っ張ってしまいます。ここでは、袖のはっきりした明るい部分にAFポイントを持ってきています。  よく、激しい動きのスポーツ(ラグビーやサッカー)では胸のゼッケンなどでAFするといい、と言われますがその流用。いつの日か、そういう被写体でも瞳AFが追従するようになるのかな。もうなっているのかな?  光は自然光が後方やや上から、縦方向の半逆光、と表現していいのでしょうか。光と梅が、私に、ではなく、この美しい女性に味方してくれました、の図です。

光を味方につける ~PS ポートレート~

「光を味方につける2018」と同様な、画板と画用紙によるレフ板効果。ここではピクチャースタイル「ポートレート」を使用、菖蒲の玉ボケの一部が色抜けするのは承知の上で、主役のほうを優先。    「とにかく明るくとにかくボケるシグシグ135mm F1.8」の開放。被写体がカメラを意識しないで済む距離からの撮影により、背景の玉ボケも適正サイズに調整する一石二鳥、の図。  ご本人と保護者の方に了解いただいてます。この子の写真ではないけれど、私もこの子もそれぞれ写真、絵画でコンテスト入選を目指しまして、私はだめだった!が、この子の絵はぜひ入選していてほしいな・・・

光を味方につける 2018

 わが流法は光!と、光を操ることは夢のまた夢でも、せめて光を味方につけることができればな、ということで木漏れ日の明るいスポットを巫女さんが通過するときに露出をあわせた一枚。  白い紙、白い装束のダブルでレフ版効果。  旧タイトル「神様は光に宿る」でした。  「GENIC」で特集していた「風を味方につける」を参考に、「光を味方につける」ってのをやってみたいものです。

十月桜

 太田川沿い、湧永製薬庭園、故郷の岡山などでけっこう見かける十月桜。実は4月にも咲くのだとか。  先ほどの彼岸花同様、広島市「花と緑」公園にて。駐車場の脇にひっそりと咲いていました。  ここしばらく連投しすぎました。写真の投稿はペース調整し、状況に応じてレス等いたします。

ど根性彼岸花

 どっこい生きている丘の上。  広島市「花と緑公園」にて。  今年は彼岸花の開花が遅く、台風17号の強風により倒伏したものも多かったようです。    タイトルは吉沢やすみ氏の漫画「ど根性ガエル」より拝借。 (「ど」が平仮名だそうです、お間違いなく)  ギャグとラブコメ、ヒューマンドラマが入り混じった楽しい漫画で、アニメでも人気でしたが、作者の吉沢氏はこの作品以後はヒット作に恵まれず、けっこう厳しい人生を送った様子。  そうはいっても、娘さんの大月 悠祐子氏も漫画家として生計をたてており、やはり漫画家の大井昌和氏と結婚されています。  写真家の子どもがやはり写真家になっているのとよく似ているのかな。  話を「花と緑公園」に戻すと、台風により折れた木の枝が散乱するなど、それなりに被害はあった様子です。シャクナゲ園が有名で、本来は春の花でしょうが、この9月にもわずかに咲いているものもありました。花よりはドッグランで人気の公園で、この日も犬を連れた家族連れの交流に花が咲いていました。  

リアル高校生女子カメラ

 リアル、ではありますが、まるで漫画から抜け出してきたかのような、かわいらしい高校生女子カメラさん。広島縮景園にて。この日、写真部の撮影会ということで男女まじえた高校生カメラマンが多数訪れていました。(広島県中部の公立高校写真部)  お願いして、撮らせていただいた一枚。この子はオリンパス使いでしたね。うんうん。  漫画話の続きぃ。  「スマイル・フォー・美衣」は、80年代後半の作品でしたが、この時代は各社のオートフォーカス一眼レフが普及しはじめた時代なので、当然それもストーリーに取り込まれており、スポーツ撮影の勝負で、動体追従力が不足する当時のAFカメラを出し抜いて、MFカメラで置きピンを活用した主人公が勝利する回もあります。  また、「人っ子一人いない白昼の大都会を撮影する」という勝負では、NDフィルターを使った長秒露光を想像するところですが、それだけでは信号待ちの人々が映りこんでしまうため、深夜に月明かりでさらに長いSSを稼いで完全に人のいない大都会を撮影することに成功しています。 (白とびしてしまう街灯やビル灯りは用意周到に消して回っている)  その他おもしろいところでは、「飛行機恐怖症で海外ロケに行けない水着モデル」を使って、真冬の日本で「真夏の浜辺」を撮影するというくだりもありました。ここでは、競争相手がスタジオセットとスクリーンプロセスで真夏を再現したのに対し、主人公はスキー場でモデルといっしょに走って汗をかかせ、雪を白砂に見立てて爽快な汗に濡れるモデルを表情豊かに撮影し、クライアントを満足させ勝利する、という展開。  このようなシチュエーション設定や、フィルターやライティング、レンズワーク、リモート撮影や音センサーといった当時も今も変わらぬギミックが登場するため、この作品を現代のデジカメでリメイクすることも可能ですが、「最後まで映し終わったフィルムでさらにもう一カット撮影する」という奇抜なテクニック(トリック)は、フィルムならでは。  「スマイル」の後半は黒沢哲哉氏がストーリー担当となり、非現実的なカメラバトルに流れて行ったため、私も離れてしまいましたが、あらためて読み直すと、最終版では原点回帰して平凡な高校生に戻った主人公が、亡くなったお父さんの思い出を見つけ、母親の再婚を祝福するという、序盤からの伏線をきちんと回収して完結していることから、打ち切りのようなことはなかった様子です。 里見氏は、「スマイル」終了の翌年、愛英史氏の原作による「ゼロ THE MAN OF THE CREATION」に着手、これが全78巻に及ぶ長期人気作に成長し、キャリア・ハイとなった様子。  この写真の高校生女子さんは、おそらく「たまゆら」など最近の少女系写真漫画の世代になるのでしょう、うんうん。

パレード撮影

 おはようございます。  広島フラワーフェスティバル2019にて。金管楽器の映りこみ。  F.344さんがおっしゃるように、お祭りやパレードの参加者は、不特定の人に撮影される前提で参加していると私も理解しています。  ただ、大掛かりなパレードになると、参加者も晴れ舞台と認識していてしっかりカメラ目線をくれる人から、明らかに企業の一員としていやいやながら参加、という人までいろいろなので、後者の場合は避けるようにしています。(そもそも写真として魅力的にならない)    あと、開放付近の絞りを使うことで、ギャラリーの映りこみもなるべくボケるようにしています。座り込んでいる女性が脚を開いていたりするのが映るとよろしくないし、あくびしているおっさーんやゲームに興じているガーキンチョというのも好ましくないっす。  吹奏楽、特に金管楽器は娘がやっていたこともあって、好んで撮影する被写体。特にホルン、ユーフォ、チューバなどの音色は耳に刺さらずふんわりとしていて好きです。演奏はたいへんに体力と技術を必要とするらしく、娘も肺活量を鍛えるために時々走ってました。  

赤蕎麦の花(高嶺ルビー)

 咲き具合はまだまだ、でしたが、ということは9月中にもう一度くらいは撮影できそう。広島県北広島町八幡にて。  2015年以来、毎年撮影している赤蕎麦。広島県内では、おそらく最大規模。里山を背景に、暗く落として、ピンクの花を浮き上がらせてみました。

女王トランスルーセントの君

 元ネタは映画「ネバーエンディングストーリー」の「女王幼心(おさなごころ)の君」。  映画初回でこの役を演じた女の子と、次作以降の同役の女優は別人で、かつ、映画全体が軽くなっていくのですが、原作者さんは映画初回にどうしても許せない部分があるそうで裁判すら起こしたくらいで(結果は敗訴)、次作以降のほうが「まだマシ」と評価しているそうです。  いや、それが主題じゃないです、うんうん。  トランスルーセントファッションの方、「後姿も想定している状態なので安心した」という意味のことを言われていました。  わてくしもこういうところで勇気を無駄使いしていてよいのだろうか。なんにせよ、人々がウキウキしていた、春の日の一枚。  

先鋭なファッション

 何年か前、モデルのICONIQ(現:伊藤ゆみ)さんが、「透けるスカート」(腰から下がトランスルーセント!)という、超先鋭なファッションを披露したことがありました。それはまあ、クルマでいえば、展示するだけのショーモデルに相当するもので、その恰好のまんま街中を歩く人は出現しませんでした。  が、しばらくして、トランスルーセント(ファッション業界ではシースルーと表現する)のスカートは、膝から下がそれ、というものが出現して、なんと職場に着用して出勤した女性がいたので、どういう効果が期待されるのか?(こちらが何を期待しているのかは別として)尋ねてみると、「脚長に見せる視覚効果がある!」と答えてくれました。はいはい、よーくわかりました。  しかし、膝から下どころか、腿から下がシースルーになったものも出現しました。逆光時にはドッキリカメラ状態になり、夕映えの桜を撮影していたときに目の前をそういうお召し物の女性が通過されると、心底びびりました。  しかし、美脚を演出する効果は絶大なものがありますね。  秋もの、冬ものが出回るにつれて、そういうファッションも遠ざかっていくのでしょうが・・・  

オミナエシ(女郎花)

 女郎花夏は幾重も波返し (S9000駄句)  女郎花は秋の季語なので、夏と並べるのはどうかと思われますが、晩夏に咲く女郎花は、夏が、潮が引くように幾重にも波を返して去っていく(よーするに残暑)中に咲くので、そういうことで。  ちゃんとした巨匠俳人の俳句では、 孟蘭盆や仏の花に女郎花/高浜虚子 仲人口人にかたるな女郎花/井原西鶴 といったものがあるようです。  広島市植物公園にて撮影。  

夏休みを満喫

 個人的夏休みが4日目に入りました。明日が最終日、あっという間です。今日は自宅で一人ぼっちなので、禁断の朝ビールを少々楽しんで、好きな本でも読んで、それからてくてく出かけようかな。  で、昨日、夏休み3日目は、広島市植物公園に出かけました。世羅高原農場と比べたら小規模ですが、ここにも立派なヒマワリ畑が。ハギ、オミナエシ、しぶとく紫陽花、菊桃の実、まだ青い栗、そして睡蓮などを撮影して楽しみました。  みたび、「美人はボケになっても美人」の図。

赤を制する者は夏を制する

 そんなことわざはない。きっぱり。  だけど、赤を着こなす女性は素敵です。見事な赤いサマードレスを着こなし、さっそうとひまわり畑を歩むお二人。  世羅高原農場、今思い出しても暑かったなあ・・・  昨日からはじまった個人的な夏休み、F.344さんから激励をいただいたところでうれしいかぎりです。といって、天候が不安定だったり、いろいろ雑事があったりで、今のところ写真関係に動いたのは、写真教室の展示会設営に出かけたときのみ。  写真をプリントして(今回はキッタムラに外注)額装してそれなりの場所に展示する、というのは何度やっても緊張しますねー。でも楽しいです。うんうん。  来場者に感想を記入してもらうようになっていて、私の作品に感想が集まることは少ないのですが、去年、油絵をする人から「こうしたイメージで描いてみたい」とお言葉を頂戴し、ケツがこそばいい気持ちになったことがあります。出展しはじめた頃は、周囲の ×ぢぢぃ 〇先輩方  から厳しいお言葉をいただくばかりだったけど、最近は見放されたのかあんまり言われません。  ただ、最近になって、A3サイズで自分ちでプリントしたほうがいいなとか、四つ切ワイドじゃなくて半切にしようかな、などと考えてます。額紙を変えるのにもお金かかるから、どうしようかな。  

ひまわり

 世羅高原農場にて。一面のひまわり畑は、映画「ひまわり」のラストシーンを思い出させる見事なものでした。  「映画ひまわりのソフィア・ローレンのイメージで撮影したいので、モデルになってください」と若い女性に頼んでも、「ひまわり」もその主演女優も知らない、ということになりそうです。悲恋ストーリーなので、カップルさんには頼みにくいですね。  さて、知り合いが属する写真クラブご一行がこの炎天下に撮影にむかっているようですが、あちぃので気を付けてもらいたいもの。彼らの世代はばりばりに「ひまわり」は知っていて、好きな映画の上位にランクするかも。  映画「ひまわり」は原題も邦題も「ひまわり」ですが、吹き替え版も字幕版も、それぞれ魅力たっぷりです。私が小学生の頃の映画で、はじめて見たのは大学生の頃ですね。  死んだと思っていた恋人が・・・というストーリー骨格は共通するが、舞台設定や狙いが大幅に異なるのが、麻生久美子さん主演の映画「ひまわり」。これも平成12年の作品なので、かれこれ20年前になります。  こちらの「ひまわり」はかなりホラー色が強いため、一人でご覧になるのは十分な準備が必要かも。

ひまわり畑炎天下(世羅高原農場)

 美人はボケになっても美人の図、再び。  薄曇りとはいえ、酷暑日の日中、ひまわり畑の撮影は厳しいです。あちこちに木陰があるので、そこを拠点に移動しつつの撮影でした。  そのせいか、木陰ハンモックがいつもにもまして大人気の、世羅高原農場でした。

ダイナミックなダンサーさん

 こちらは福山バラ祭りパレード2019にて。アクロバティックなダンスなので、カメラに目線を向けていただくのは無理でした。  ふと思って検索してみると、「髪の毛の描写はキヤノンよりニコン」という意見を複数見ました。黒の描写がよいのだとか。髪の毛の描写は、女性が肌の次に重視すると言われており、確かに気の抜けないところです。  カメラやレンズの描写を考えるよりも、髪のボリューム感が損なわれたり、傷みが目立ってしまうような撮り方をしないほうが大事なように思いますが、言うは易しく行うは何とやら、であります。

フェスティバルのダンサーさん

 広島フラワーフェスティバル2018における、よさこいパレードのダンサーさん。  ダンサーも観客も、いっしょに盛り上げるので、カメラを向けているとビシバシ視線をくださいます。土方艦長よろしく「バッファと電源尽きるまで、撮りつくせ!」という気合で。(元ネタは略)  で、キヤノンとソニーの肌色の違いというのは、ソニーは使っていないのでよーわからんです。かみさんが去年までα55を使っていたのですが、最近、壊れて昇天しました。  その前にソニーを使っていたのは、デジタルビデオのおまけ機能としてのカメラでしたが、それで判断されても困るのでしょう、うんうん。  フォトヒトなどの大型サイトで、タグ「人物」とか「女性」で写真を並べてみて、そこでメーカーあてクイズ!なんてやってみるのですが、正答率は半分から7割くらいですね。人物撮影をする人はわりと少ないので、撮り方で誰だかわかり、そこから使用カメラも想像ついてしまう、というのもあります。  こういう遊びはおもしろいです。機材選択の参考になるかどうかはわかりませんが。  フォトヒトよりもっと細かい評価設定をしている写真サイトがあって、そこではおそらく「どんな被写体をどんなカメラとどんなレンズ、どんなソフトで撮った写真が好まれるのか」といったユーザーの嗜好を探るために、クロス分析もされていたと思うのです。 漫画の世界でも、こういった分析結果で商売するという設定のものがあったりします。写真ではなく、ミリタリーのジャンルでしたが。それはまた別途。

ラスト・ウォーク in 福山バラ祭

福山バラ祭での一枚。昨年のローズ福山さんが、これをもって卒業されるので、万感の思いをこめ、一歩一歩を踏みしめる、の図。  パレードの進行速度は早くないにせよ、ハイヒールはつらいのかな、と思うところです。  漫画話。  最近、月9でドラマ化された、「パーフェクトワールド」。作者は 有賀リエさん。キャリアは10年に満たない(と思われる)、若手(ただし年齢非公表)の実力派で、もどかしい男女の思いをドラマ化する名手でらっしゃいます。  「パーフェクトワールド」は、杉咲花さん、山本美月さんといったそうそうたる女優、俳優さんたちによって実写映像化されており、作者有賀氏もその撮影シーンを見学することによって、ご自身が見落としていた、ハンディキャップをもつ人々のよりち密な描写に気づくなど、プロ根性が交錯するすばらしい作品となっています。  さて、有賀リエ氏については、初期の読み切り作品「ストライド」が特に記憶に残っています。  平凡な女子高校生の日常を描いた短編読み切り漫画ですが、内容はすごく充実しており、女子の夢物語的な少女漫画ではない、男性が読んでもよい読後感が残る名作です。  高校女子陸上アスリートの主人公は、アイドルなみのルックスをもつ姉にコンプレックスを持ち続けているが、その姉にも、隠された恋の秘密があり、はたから見るほど満たされた人生を送っていたわけではない、という物語。  この中で、片思いの相手にふられた姉が、泣きながら、パンプスでできた靴擦れに絆創膏を貼るシーンがあります。それを見た主人公は、自分の陸上競技と同様に、姉もまた傷みをこらえてルックスを磨き、挑んだ勝負があったことを知り、想いを共有するという、名シーン。  この漫画を見て、この作者さんはいずれすごい大物になるだろうと思っていたら、「パーフェクトワールド」の映画化、ドラマ化が実現し、メジャーな存在となった様子です。  ハイヒールやパンプスは、女性の脚線美を演出するものですが、足を痛めずにすむ工夫はできないのかな、とも思うのですが、かみさんに言わせれば「手振れ補正もついていて明るい大口径ズームでそれでいて軽いレンズを作れ、というようなものだ」と、実にわかりやすい説明をしてくれたものです。  桐谷美玲さん主演の「人は見た目が100%」でも、「おしゃれとは時に寒く、痛く、厳しいものだ」というセリフがありますが、それにしても、快適さと美しさをバランスできれば、世の中もっとハッピーになるような。

美人は玉ボケになっても美人の図

 そりゃそうですね。  玉ボケを重視して、絞り開放付近を多用していると、ピント範囲が極端に狭くなります。そのままで、女性二人を撮らせていただいて、ご希望によりデータ送信もしたのですが、あとになって、女性お一人だけにしかピントがきていないことがわかり、青くなったこともあります。  この場合、「桐谷美玲さんと佐々木希さん」くらいに拮抗・切迫した二大美人だったので、たいへん申し訳ないです。(そうでなくてももちろん申し訳ないですヨ、あたりまえです)  世羅高原農場、チューリップ祭りにて。

描写

 桜シーズンも、追っかけ旅行でもしないかぎりはあっという間です。夕映えは、 一日の終わりというイメージからか、桜の儚さをより印象づけるように感じます。  ぢゃ、漫画話しましょうね(裂)  「描写」といって、写真の描写のことではなく、レース漫画における「死」の描写について関心を持っています。「サーキットの狼」では終盤で最大のライバル、親友である早瀬左近が死んでしま います。彼の死は、その何巻か前、主要人物3人が雑談をする中で 「我々3人が3人とも、F1で活躍するなんてことは、確率論的に 言ってありえない」というセリフで、暗転が予告されています。  池沢氏は、こうした伏線の設定が上手で、おおむね全てきちんと 回収されてストーリーが完成しています。この漫画は構想期間が 長かったとも聞きますし、十分に練ったうえでの執筆だったので しょう。  暗転と言えば、「サーキットの狼」で池沢さとし氏は、死亡 シーンでネガ描写を多用してます。事故死者はすべて即死という 描かれ方であり、搬送された病院で息を引き取るというパターン はありません。  つまり、主人公は、レース中に、他の主要人物の死を認識しな がら、精神力でレースを走り切るのですが、しばしば「・・狼」 では、卑劣な手段を用いた相手に復讐するシーンもあるし、我を 忘れて、ヘルメットを脱いだまま走り始めるといったこともあり ました。後者は、失格になってもおかしくない行為ですが。    「・・狼」から10年後の、F1でホンダエンジンが全盛時代を謳歌 していた時期のレース漫画が、六田登氏の「F~エフ~」。  この漫画は、必ずしも主人公の「勝利」では完結しないのですが、 結末は悲劇的ではありません。テクニックやマシーンのメカニズム よりも、人間模様に重点を置いたドラマ描写であり、主人公はしば しば命に係わるような事故に遭い、一度は臨死体験する様子も描か れています。  連載当時は、立花隆氏のNHKスペシャル番組など、臨死体験が ちょっとしたブームになり、いろいろな解説本(脳科学や スピリチュアルまで様々)が出てました。  「F」における臨死体験シーンで、主人公は早逝した先輩レーサーや自身の恋人に出会い、ティータイムを共にします。ここで は恋人が用意したサンドイッチがテーブルに並ぶのですが、主人公 (赤木軍馬)は手を付けることなく、生命への執着から泣き崩れ、 死者たちから別れを告げられ、生還し、自分が「この世とあの世の 中間にいた」と悟るわけです。  臨死体験本で読んだ、これとよく似た話に、作家・僧侶の今東光 氏が、生死をさまよった際に、「尾崎士郎氏に大物の鯛を託された 一心太助に出会い、その場で刺身にさばくからお食べなさい、と 勧められる」というものがあります。  尾崎氏は今東光氏の同級生でありその時点で故人なわけで、 今東光氏は「今は食べたくない、尾崎によろしく言っておいてくれ」と断って、やはり生還したそうです。で、「この世とあの世の 中間で食事をしてしまうと、この世に戻れなくなるから、食べなくてよかった」と安堵する、と。  六田氏がこのエピソードを参考にしていたのかどうかは不明です が、「F」で描かれた臨死体験シーンは、霧を基調に時間感覚を 超越した世界を演出する、美しいものでした。  また、臨死体験をした人物は、死生観が変化し、激烈な人物も 穏やかになるなどの性格的な転換があると言われていますが、 主人公も対立していた父親や兄との関係が変化し、自らも子を設け るなどしています。  こうした臨死体験が、普通の夢の延長にあるかどうもわかりませ んが、「個人を含めて、時系列がごっちゃの人物が、ありえない シーンに集合する」という夢は、仕事で切迫しているときによく 見ることがあり、気分転換を必要としているな、と判断するバロメーターにしています。うんうん。  

サバンナRX-7

 実にピカピカな、初代サバンナRX-7。 「サバンナ」を名乗ったのは、初代と二代目まででした。そのうちに、「サバンナ」と呼ぶ人はいなくなったように思います。  RX-7二代目と三代目が活躍した漫画がしげの秀一氏の、「頭文字D」ですが、正直、あまり好きではありません。好きでない理由は、 お色気描写が、前作「バリバリ伝説」よりへたくそになったから。 (略)  しげの秀一氏は、池沢さとし氏の「サーキットの狼」をよく読んで いたのかどうか、よく「架空のテクニック」と批判された「幻の 多角形コーナリング」に独自の解釈を加え(たかどうか知りませんが)、作中で、「ブレーキを小刻みに踏み込むことで後輪ロックを 繰り返して段階的な回頭を行うテクニック」として、登場させて います。  「サーキットの狼」は、格闘漫画や魔球系野球漫画と同じく、 「技モノ」(技の開発と打倒が主軸、技は必ず大声でその名を 叫んで繰り出す)の系統であったため、その原理よりは、雰囲気 を重視するものでした。  「頭文字D」は、劇中で登場するテクニックを実際にまねした ドライバーが死亡事故を起こす悲劇も発生していますが、私の 実家近くにもそういう峠があって、この漫画が連載されていた時期 にはきゅきききき音がよく響いてました。  「サーキットの狼」は舞台をサーキットに移行するのですが、 「頭文字D」は峠を舞台としたまま終えており、それはレース漫画 が公道を舞台にしているうちは人気だが、サーキットに移行すると 落ちてしまうことを考慮したため、と言われています。  しかし、「頭文字」は終盤の間延び感が半端なく、途中で読むの が苦痛になってしまい、実は私は結末をあんまり知らないのです。 漫画でこういうことは少ないのですが・・・うんうん。

国産スーパーカー

 御存じホンダ・NSX。えぬえすぺけと読むんですよ、そっちの業界 では(だから、どっちだ)。  マツダロータリーのファンミーティングに紛れ込んでいた一台。さ すがに居心地悪いと感じたのか、駐車場に入らずに去っていきました。  じゃ、漫画話いきましょうか(激)  「サーキットの狼」より先行して、少年ジャンプでレース漫画を 連載していたのが、村上もとか氏。「燃えて走れ」「赤いペガサス」など。「赤いペガサス」は、主人公を日系英国人という設定 にして、F1チャンピオンまで上り詰めるストーリーですが、 連載時期が「サーキットの狼」と被っていたこと、スーパーカー 人気ほどにはF1は盛り上がらなかったことからか、そこまで知名度 が高くなく、村上もとか氏の代表作として世に知られているのは、少年剣士を描いた 「六三四の剣」、現代の医師が幕末にタイムスリップする「JIN -仁-」などです。  現状、ほぼ埋没して語られることのない、村上氏のもうひとつ のモータースポーツ漫画が「ドロファイター」(1978~80年、 少年サンデー連載)。  これは、しばしばKazさんが紹介される、アメリカンなレース 世界を描いたもので、ミゼットレースから始まって、大陸横断 レース、そしてアクロバット複葉機と自動車の競争、最終的には NASCARレース、そしてF1も制覇・・・と、のしあがっていく、 日系アメリカ人レーサーが主人公。  それまで、ヨーロッパ調の、スマートなパッシングテクニック を中心に描かれていたモータースポーツ漫画に、アメリカンな パワーと激突を中心とした新風を吹き込んだ意欲作で、主人公 兄妹の家族愛と、それをとりまく人々の愛憎劇も秀逸で、人間 ドラマとしてみれば、「サーキットの狼」より圧倒的に上、です。 (池沢氏もドラマ構成は上手だが、サーキット外の人間模様は 意図的に省き、少年漫画の王道としての「技モノ」という性格を 前面に出していた)  この「ドロファイター」では、耐久レース仕様のマツダRX-7 が、大陸横断レースの主役メカです。「3人乗車して270km/h出る」(メーターはマイル表示) というので、デイトナやルマンで実際に走ったグループ4ない しIMSA GTO仕様のレース車に、公道用装備(後部座席含む)を 施したクルマ、という設定のようです。  史実のRX-7は、1979年のデイトナ24時間レースでは、初出場 にしてクラス優勝と、立派な成果を残しますが、同じ年のルマンで は、苦労してスポンサーを獲得したにも関わらず、屈辱の予選落ち と、奮いませんでした。  クラス優勝したとはいえ、デイトナでも、総合優勝したポルシェ 935ターボには「15周ごとに周回遅れにされた」とのことで、 ほぼシケイン扱いされている観すらありました。  そんなマツダも、1991年にはルマン総合優勝を果たし、翌年も 4位入賞と、けっしてまぐれではなかったことをアピールしていま すが、その後の景気悪化でモータースポーツどころではなくなって しまい、マツダ本社としては活動から撤退しています。    「ドロファイター」におけるRX-7の活躍は、マツダから村上氏に 一台プレゼントしてあげてもいいのでは、と思うくらい痛快なもの でした。「サーキットの狼」の池沢氏のところには、国産各社か ら「うちの車も活躍させてほしい」とのお願いがあったらしいので 村上氏もお中元やお歳暮くらいはもらったのかもしれません(笑)

RX-7今は昔

 サバンナRX-3の後継車がRX-7。このクルマ、RX-7とは呼ばれずに SA、FC、FDと、形式番号のほうで呼ばれることが多いようです。    「サーキットの狼」は、RX-7が登場した1978年時点では、 フォーミュラカーレースにシフトしていたため、劇中にRX-7が登場することは ありません。その後の続編では、主人公の強敵が乗るクルマとして 登場(3代目FD)し、主人公(初代とは別人)に手痛い敗北を味合わせることに なります。  このRX-7、いろいろ言われながらもすごいクルマだったらしく、 1985年登場の2代目は、ゼロヨン14秒台、最高速度235km/hと、 70年代のスーパーカーに遜色ない数値を叩きだします。しかし、 本場ヨーロッパのスーパーカーも進化しており、フェラーリF40 やポルシェ959といった「本当に300km/h出るクルマ」が出てきた ため、RX-7を日本製スーパーカー、と呼称したとはあんまり聞かな いですね、うんうん。もひとつおまけにうんうんうん。

Q車・サバンナRX-3

 マツダ好きの叔父が乗っていたこともあるサバンナ。 といって、乗っていたのはほんの短期間で、すぐルーチェに買い替えてましたが。  「サーキットの狼」には、ツーリングカーレースのスーパークラス (1300cc超クラス、ロータリーなので係数換算)の王者、として登場しますが、総じてモブキャラ で、活躍シーンはありません。    さて、「サーキットの狼」について、後半のフォーミュラレース 編で描写が雑になる・・・と感想を書いたところですが、あらた めて23巻から最終巻まで読み直してみると、車や主要人物の描写 は雑ではなく、きっちりしてます。「雑」という印象のもとにな っていたのは、ブルーノ・ジャコメリやジャッキー・スチュワート といった実在人物の描写において、漫画作風の中にとりこめて いない点でした。  史実のスチュワート氏は、漫画連載中はF1レーサーを引退して 間もない、30代の青年でしたが、劇中では50代のような風貌と なっていましたが、表情や服装は、1973年の来日時の様子をよく 反映しているようで、作画資料はしっかりしていたようです。  実在人物を漫画に登場させる手法は、スポーツ漫画で普遍的に 採用されていますが、取材相手への謝意敬意を表する面以上に、 物語にリアリティを加える効果を期待して、と思われます。  また、「サーキットの狼」において作者池沢氏は、70年代の日本 におけるレース業界の社会的認知度、レーサーの地位の低さについ て憂えていることを登場人物に語らせ、「日本のプロ野球選手どころでない名声と地位がヨーロッパのレーサーには約束されている」「日本人レーサーの地位向上にはF1で活躍 する日本人が出現することだ」と結んでいます。  物語は、日本人初のF1レース勝者が生まれる(ことが確実視 される)シーンで終わるのですが、2019年現在まで、現実世界では まだ日本人勝者は出現していません。  70年代の日本人レーサーの待遇が悪いことは、生沢徹氏が 1970年のJAFグランプリで、それを理由に「選手宣誓を拒否する」宣誓、 を行ったことでも有名でした。暴走族や交通事故死者数 増加、オイルショックといった社会問題もあって、レースとかスポーツカーなどへ の風当たりは強く、「サーキットの狼」はもともと暴走族を描写 したシーンも多いことから、白い目で見られたであろう漫画ですが、 「ぶっちぎり=圧勝する、大差をつける」「タイマン勝負= 一対一の真剣勝負」「タメを張る=互角に渡り合う」といった 暴走族由来(かもしれない)の言葉を一般化した功績はあるよう で、今日にいたっては学校の先生でも生徒に「君がぶっちぎりで 学年一位だったよ」「うちのエースは、〇〇高の××君とタメを 張る」くらいは普通語として話す様子です。  

縮景園にて

 広島は空梅雨が続いてます。まだ水不足の心配はないのですが、 しっとり濡れた紫陽花を撮影できてません。  蓮がきれいでした。

きれいな人々

 「玉ボケときれいな女性」の一秒後のカット。広島観光親善大使さん方は、イベント広場がまだ気になってらっしゃる様子。  いずれもおきれいですね。一耕人さんが言われた方は、まるで 少女漫画の登場人物みたいで、白い歯が光ってます。  ピントが完全でないのがちと残念ですが、私の技量はそんなもの でして・・・

ひろしま宝しまレディ

 ひろしま、は、宝のしま、ということで。  左の方が目線くださったカットもあるのですが、そのとき縦構図 だったので右の方が切れてました(TT)  ほとんどトリミングしてませんで、135mmでこれだけ近くに寄れ るのは、福山ばら祭りの特色。

ひろしま宝しまレディ

 失礼、ひろしま「宝」しまレディでした。福山ばら祭2019にて。  こちらは広島県の観光親善大使さんにあたり、広島市にも観光親善 大使がおられるので、重複したネーミングを避けているようです。  笑顔がはじけているのは、視線の方向にお友達が応援にきているの を見つけたから。