Exif情報
| メーカー名 | Canon |
|---|---|
| 機種名 | EOS 5D Mark III |
| ソフトウェア | Digital Photo Professional |
| レンズ | EF70-200mm f/2.8L IS II USM |
| 焦点距離 | 200mm |
| 露出制御モード | マニュアル |
| シャッタースピード | 1/664sec. |
| 絞り値 | F3.5 |
| 露出補正値 | +0.0 |
| 測光モード | 分割測光 |
| ISO感度 | 6400 |
| ホワイトバランス | オート |
| フラッシュ | なし |
| サイズ | 2500x1666 (3.45MB) |
| 撮影日時 | 2017年06月16日(金) 08時00分 |
一昨日投稿したのとほぼ同じシーンになりますが、 こちらはテレ端撮影にトリミングを加えたものを、 モノクロ現像してみたものです。 「貴方が虚しく生きた今日は、昨日死んでいった者があれほど生きたいと願った明日」 韓国の作家・趙昌仁さんの作品「カシコギ」に出てくるフレーズです。 巣から落ちそうなほどに身を乗り出し、 親の顔を丸呑みするほど大きな口を開けて食べ物を頬張る雛鳥。 親鳥に対する感謝も、もしかしたらあるのかもしれませんが、 おそらく、「生きたい」。という本能のみが、そうさせているのでしょう。 ただただ「生」に貪欲であり、いつか、奈良井千件の軒から軒を、 旅ゆく人々の見上げる空を、風のように渡る日を夢見ている。 その純真が、とても美しいと思うのです。
今年私も、餌を貰う雛達を見ていて 生き物の”生存本能”の強さをまざまざと見た覚えがあります。 だれにも教わらず、巣を汚さぬように 糞をするときは 向きを変えるのですが、 たまにその際に落っこちそうになり まだ幼い羽を必死にばたつかせて 何とか踏みとどまった一部始終が 鮮明に記憶に残っています。 (本来 落巣は、雛には死を意味しているはずなので。。) 絵的には、これ以上ないタイミングの切り取りであり 情報を白と黒だけにしたことで 雛の羽毛の質感、緻密さが凄いです。
本来命というのは、こうあるべきと感じます。最近年間の自殺者が○○人(忘れてる)とか聞いて多いなぁと思いました。自分で命を絶つのは人間だけ? このお写真見ると、前向きに生きなければと思わされます。
野鳥は本能だけで感情がないはずですが、 親がせっせと子育てをするシーンを見ているとそうとも思えなくなります。 野鳥撮影をしていると残酷な光景もたくさん目にしますが、だからこそ愛情を感じてしまうのかもしれません。
「逃げちゃいけない」って考えるのは人間だけ。 「死んでしまいたい」って考えるのも人間だけ。 どんなに充実した日々を送っていても、誰でも 多少のジレンマは抱えて生きてる、それが人間ですよね。 それが決して悪いことでは無いともうのですが、 ツバメを見ていると、そんな悩みなんかより、 もっと大事なものを見つめて生きてるんじゃないか、って 思うのです。
同じEOS 5D Mark IIIで撮影された写真
EOS 5D Mark IIIで撮られた他の写真です。Exif情報つきで撮影設定を確認できます。
ポゥさん、おはようございます。 ツバメの雛たちの貪欲に餌をねだる様、仰るとおり「本能」が求めるものかと思います。 モノクロ写真での表現、雛たちの一生懸命さが表現されています。