1 ポゥ 2017/5/21 17:40 いよいよ、白馬・大町地方の湿原に花の季節がやってまいりました(いえ、今までも水芭蕉とかあったんですけどね)。先陣を切るのは、白馬・親海湿原の古代花にして絶滅危惧種の「ミツガシワ」。この構図は昨年も撮影しましたが、https://photoxp.jp/pictures/164359これを撮ってこその新緑の訪れといった、自分なりのこだわりがあるので、今年もトライしました。今年の方が花の量が多かったです(ただし、風情としては多けりゃいいってもんでもありません)。これから体がいくつあっても足りないほどこの方面に出かけることとなります。超楽しみ。
いよいよ、白馬・大町地方の湿原に花の季節がやってまいりました(いえ、今までも水芭蕉とかあったんですけどね)。先陣を切るのは、白馬・親海湿原の古代花にして絶滅危惧種の「ミツガシワ」。この構図は昨年も撮影しましたが、https://photoxp.jp/pictures/164359これを撮ってこその新緑の訪れといった、自分なりのこだわりがあるので、今年もトライしました。今年の方が花の量が多かったです(ただし、風情としては多けりゃいいってもんでもありません)。これから体がいくつあっても足りないほどこの方面に出かけることとなります。超楽しみ。
2 ペン太 2017/5/21 20:46 ぱっと身でも、昨年より花の開花が圧倒的に多いですね。 その分、白の絨毯が主役の背景の眠りから目覚めようとしている新緑の木立ちを引き立てているかと思います。全く同じポジションから、同時刻 同じ露出設定でゴーストもかなり近い位置に出て春の定点観測的な作品とも言えるお写真拘りが半端では無いのが窺い知れました。
ぱっと身でも、昨年より花の開花が圧倒的に多いですね。 その分、白の絨毯が主役の背景の眠りから目覚めようとしている新緑の木立ちを引き立てているかと思います。全く同じポジションから、同時刻 同じ露出設定でゴーストもかなり近い位置に出て春の定点観測的な作品とも言えるお写真拘りが半端では無いのが窺い知れました。
3 Booth-K 2017/5/21 21:19 もう見事としか言えない花の密度と陰影のコントラストのバランス。画面を壊すどころか、フォトショップでわざわざ入れたんじゃないかと思うくらい自然で、光を感じるゴーストを自分のものにしているのは感心します。
もう見事としか言えない花の密度と陰影のコントラストのバランス。画面を壊すどころか、フォトショップでわざわざ入れたんじゃないかと思うくらい自然で、光を感じるゴーストを自分のものにしているのは感心します。
4 Ekio 2017/5/21 21:35 ポゥさん、こんばんは。昨年の作品も素晴らしかったですが、密集した花を下辺に持って来て、更に研ぎ澄まされた印象です。明暗のバランスとコントラスト、光の加減が絶妙ですね。
ポゥさん、こんばんは。昨年の作品も素晴らしかったですが、密集した花を下辺に持って来て、更に研ぎ澄まされた印象です。明暗のバランスとコントラスト、光の加減が絶妙ですね。
5 CAPA 2017/5/22 11:31 この光景は、草木たちのステージと感じました。オープニングは密度の濃い白花たちにスポットライトが当たり、やがて奥の深い緑の木立も脚光を浴び、新緑という格調のある舞台が始まっていく気がします。光の入り方、当たり方、明暗の表現がすばらしいです。
この光景は、草木たちのステージと感じました。オープニングは密度の濃い白花たちにスポットライトが当たり、やがて奥の深い緑の木立も脚光を浴び、新緑という格調のある舞台が始まっていく気がします。光の入り方、当たり方、明暗の表現がすばらしいです。
6 ポゥ 2017/5/22 23:16 皆様、コメントをいただきありがとうございます。撮影の幅が狭まってしまうと言ってしまえばそれまでかもしれえませんが、どうしても、これだけは毎回撮っておきたいというものが、いくつか、例えば龍の桜の後ろ姿なんかもそうですが、私の中にはあります。「この後には、こういう光景がおとずれるのだ」分かっていることを固唾を飲んで今かと待ち構える、あの心境が実にカメラマンん冥利に尽きます。毎年撮りたくなるだけあって、色々な想いだけではなく、計算も詰まっています。その計算が間違いなく無く機能してくれることを、ひたすら祈る、こう見えて、実はエキサイティングな撮影だったりするわけです。
皆様、コメントをいただきありがとうございます。撮影の幅が狭まってしまうと言ってしまえばそれまでかもしれえませんが、どうしても、これだけは毎回撮っておきたいというものが、いくつか、例えば龍の桜の後ろ姿なんかもそうですが、私の中にはあります。「この後には、こういう光景がおとずれるのだ」分かっていることを固唾を飲んで今かと待ち構える、あの心境が実にカメラマンん冥利に尽きます。毎年撮りたくなるだけあって、色々な想いだけではなく、計算も詰まっています。その計算が間違いなく無く機能してくれることを、ひたすら祈る、こう見えて、実はエキサイティングな撮影だったりするわけです。
戻る