ソニー α7S 作例

ミラーレス

35mmフルサイズ・1,220万画素

2014年6月20日発売

α7Sの仕様

ソニーα7Sは、2014年6月20日に発売された、高感度撮影と映像制作を重視するフルサイズミラーレスカメラである。α7・α7Rと共通する小型の外形に有効約1220万画素のセンサーを組み合わせ、画素数の多い姉妹機とは用途を分けた。カメラ内でのFull HD記録と外部レコーダーへの4K出力を備え、静止画用の小型機を映像制作にも使う構成を示した機種だった。

シリーズ
α7S
位置付け
高感度・動画を重視したフルサイズミラーレス
ライバル
DMC-GH4

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投稿写真 359枚

御座船(御召関船)

御座船(御召関船)

高松市歴史資料館での撮影です。我が高松藩の御座船です。(^^ゞ 少しパンフレットから抜きだしますと・・ 近世の大名は各種の船を持っていました。中でも主力を関船と言い、最も大型のものを 大名の専用船として御座船(御召関船)といいました。 関船はもともと秀吉が朝鮮へ出兵した時に軍船として造られたものです。江戸時代になり 参勤交代が制度化されると、西国大名の関船は飾りのある屋形を載せた豪華船へと変身 しました。 高松藩主の御座船「飛龍丸」は初代松平頼重が1669年に造ったものです。52挺立(2人掛) 全長31.8メートル、全幅9.4メートル、全高24.5メートル、帆は18反、積載量は制限500石 ぎりぎりの497石あり船体は白木づくりでした。(幕府は諸大名に500石以上の軍船を持つ ことも建造することも禁止した) この飛竜丸は、初代の寛文年間、2代目は宝暦年間、3代目は寛政年間と続きます。写真 の模型は最も豪華だった宝暦の御座船です。数ある御座船の中でも最高に豪華な船だった そうです。 むろん参勤交代でも使用され、高松から大阪までの航路でした。当時ですから小さな港伝いに 行っていたわけですね。なぜこれで江戸まで行かんのだ?という疑問もでますが、当時は その航路で参勤交代をするのは禁止されていたのでしょうし、またあまりに豪華すぎて 外洋を走るのには向かない船だったんでしょうね。 こういう船が造れるというのが香川(高松藩)の自慢だったんでしょうし、事実、造船技術も 用船能力も一流でした。その伝統は今でも続いていて香川県は造船王国でもあるんです。 しかこの模型にどれほどのお金がかかっているんでしょうね。(笑) しかしそれだけの 値打ちのある展示品でした。 船好きの頼重公の道楽と言ってしまえばそれまでですが、こういう高級船を造り維持して いったことが現在の造船大国に繋がっているとも言えるわけですね。

ノンタイトル

ノンタイトル

●東北の、例えば蔵王などは雲海の見える高所にまで容易に車で登ることができます。 考えてみますと、そういうなだらかで、しかも高山であるっていう山は、これが日本の山の標準だとは 言えないところがありそうです。もちろん四国でも、剣山とか瓶ヶ森とかのラインはこんな感じなんで すが、そこにたどり着くのは大変でありしかもそんなにはないんですね。 ところで、最近はちょっと日本の山の山容とでも言いますか、山の形態などが、何かしら人間に与える 影響について考えるところがあるんです。 例えば四国でも、瀬戸内側の、中央構造線以北の山は、香川が典型的なのですが山は低くて傾斜 も緩くてなだらかな山の形をしているんです。中国地方もだいたいそうです。 同じ四国でも南側は峻険です。高知も徳島も、そして和歌山も、山が若くて切り立っていますね。 そして複雑な褶曲山脈地帯であるわけですが、その山の中に入りますと視界が悪くて息苦しい感じが 常につきまといます。 谷にいると空が狭くてね。日はすぐに暮れるしで。もちろん尾根に登ると見晴らしは良いわけですけど 今度は向かい側に見える集落に行こうと思えば、また谷を下って登ってと大変なんです。もちろん道は 舗装はされていますけど狭くてくねくねと曲がりしかも急斜面ですし。 こういう視界の悪さ、そして移動には大変不便というのが褶曲山脈地帯の大きな特徴です。 四国にいると、一方ではなだらかな瀬戸内の見晴しのよい平野の地域と、それから峻険な山脈地帯と その2つがあるのだということがよく分かるのです。 瀬戸内側でも凄いところがあって、愛媛の四国中央市ですが南側は衝立のような1千メートル以上の 連山(中央構造線)があって北側は瀬戸内です。平野部は僅かであってその東西に細長いところに みんな住んでいるんですね。南側の高い連山の圧迫感は相当なもので、しかも北側は海なので移動 にも制限があるんです。(そう言えば神戸もそうですね。六甲山は1千メートルですし) ●話は変わりますが、香川には東北ファンの人が多いんです。東北を旅行したりとかする人が多いん ですよ。リピーターになりますし。 どうしてかなって不思議に思っていたんですが、自分でも東北の地を見てよく分かったことがあります。 それは広さと高さの規模こそ大きく違えても、平野と山の形がよく似ているんです。 山はなだらかで傾斜がゆるいということ。平野部も大きいし。そして山が峻険な連山になっていない ということです。(そういうのは九州も北海道もそうですね) しかしながら日本の中には複雑な褶曲山脈地帯というのがあります。なんといっても本州の中部の 山岳地帯。そしてフォッサマグナ地帯です。さっき言った南四国から紀伊半島にかけてもそうです。 こういうところは、そういうところに住んでいない人間からすれば驚きの山岳地帯なんですよ。 講談社ブルーバックス『フォッサマグナ』藤岡換太郎著というのがあります。 内容はかなり難しい本ですが良く売れているそうです。この藤岡氏は他にも海や山や川の地学の本 を多数だしています。 この本の中で、明治の始め、ドイツ人ナウマンが始めて日本のフォッサマグナ地帯を見て驚愕した そうです。平らな地帯からいきなり数千メートルの衝立のような連山を見たからですね。こういうのは 世界のどこにもない、驚きだというわけです。 確かにこの掲示板でも、そういうアルプスの駿立した光景を見せてくれる人がいて私などはいつも圧倒 されています。 「空から見た日本」 https://www.youtube.com/watch?v=dxuE5JqTO-I&t=151s ●とにかく同じ山と名が付いていても、山には様々な形態があるということです。 そしてね、私は考えるのですが、人間には『視界』と『移動性』というものが人間形成に於いて重要な 役割を果たしているのではないかと思うのです。(視界は視力と言ってもいいですかね) 東北でもこちら香川でもそうですが、山はなだらかですし平野部もあるということで、非常に視界も 移動性も良いんです。すこし高いところに登れば数十キロ先まで見渡せます。そして移動を妨げる 駿立した山々がありませんので移動も楽なんです。 ちなみに人間は、例えば完全な平らな平野にいるとしますと、その視界は僅か数キロに過ぎません。 それで少し高いところに登ればぐっと視界は開けます。これは水平線と同じで地球が丸いから起こる 現象です。 それで山のない大陸の大平原に住んでいる人々は、ある日突然に騎馬の盗賊に襲われる危険性が あるんですね。平らな平原は視界性が乏しい、かつ移動性は最大なのて襲撃を受けやすいんです。 平原ですから隠れる場所もありません。日本ではこういうのはないですが中国にはよくあります。 そんな感じて人間には『視界』と『移動性』というものは大変大事なことで、これが乏しいと物事をあまり よく見ることができなくなるし、移動の自由をあまり感じられなくなるというところがありますね。 ところで写真には写実と抽象(芸術とかアート)の2つがあるように思えます。そういう具合に大別すれ ばということです。 この写実派と抽象派ですが、『視界』と『移動性』と深く関係しているのじゃないかなって思うんですね。 視界・移動性の優れた能力を持っている人は写実派の写真を撮るというような。反対に視界移動性 の能力が乏しい人は抽象派に走るというような気がします。 (同じ人物の画家でも若い時は写実画であり、歳を取ると抽象になるのは眼も体力も衰えるからです。 そういう抽象画が幼児の絵に似てくるのは、幼児も眼も体力もないからですね。) よく物事が見える人はわざわざ写真を抽象化する必用はないと考えるのですし、よく見えない人は 抽象こそが写真だろうと思うのでしょう。 まあこの2つがあってこそ、写真の文化というものは豊かになるんですしね。そのどちらが優れている とかそういうことを言っているのではありません。 ●さらに話は大きく変わります。 これは写真の話ではなく、掲示板の話なんですが、よく平気で虚妄のコメントをなされる方が稀に います。これはどうしてそんなことをするのか以前から不思議でしようがなかったのですが、(それを その人の生まれつきの人間性に求めるのは容易です)、それはどうも、『視界』と『移動性』と深く関係 しているのではないかと思えてきたのです。 つまり視界も移動性も悪いところで住んでいたり人間形成の時期を過ごしてきた人は、そういう嘘を ついても相手にバレないだろうという自信があるみたいです。自分自身の視界移動性と悪さと同じ レベルで相手もそうだろうって考えるみたいですね。 しかし視界移動性の優れたところに住んでいる人間にとってはその程度の虚言は丸見えなんです。 平気で嘘を付く人は大都会の人に多いようです。しかしながら都会に住んでいても皆が嘘をつくという のは無論当たりません。そうは言いながらも、他人がついた嘘を見破れないというのは都会人には ありそうな気がします。また気付いていても気が付かないフリをする。真実を黙殺するんですね。 ここでの問題は作り話の蒙昧が悪いと言っているのではなくて、そういう虚言を見抜けない、もしくは 許してしまうという人達がいるということが大変興味深い現象だと私は言っているんですね。 ではなぜそういう嘘が見えない、見ないふりをする人達がいるのだろう?というのは、これもまた 『視界』と『移動性』に関わる問題なんではないでしょうか。 この視界移動性は、冒頭に述べたような自然の山のことばかりでそうなるとは限りません。現代に おいては大都会の巨大な人工物が『視界』と『移動性』を大いに妨げていると思うからです。 現代の大都会は特に東京は3次元的な様相を見せています。ビルは山であり巨大な岩であり大木の 森林です。そういう場所で幼年期の人間性を形成していきますと、本質的に、『視界』と『移動性』の 乏しい人間性能になってしまうのではありますまいか。 この嘘をつく人を容易に見破ってしまうのが地方の人間です。とりわけ地方でも地形的に『視界』と 『移動性』の良いところでいる人達です。 そしてこの、『視界』と『移動性』の問題は、それが良い場合は写実派の写真になり、よくなければ 抽象派の写真になるということでもあります。 写実的写真とは、撮影にあまりテクニックを弄せずに素直にやっていこう、ということですね。絵画と 違い写真はそのままで写実ですから。他方の抽象派は、ハイアマチュアに多いのですが凝った撮影 テクニック(構図やフレーミングなど)を多用します。 それで中部山岳やフォッサマグナ地帯の写真家は、非常に凝った写真を見せてくれるところがあり、 その高度なテクニックに感心をしています。しかし関心はするけどそれだけです。 他方で『視界』と『移動性』のよい地方で撮影される方は、見たまんまの素直な写真を撮られる方が 多いようです。もちろん見たまんまと言っても被写体によってはその見たままにするのに高度な テクニックを多用している場合があるのでして、けっして手抜きというのではありません。またそういう 地方の方は抽象的な雰囲気の写真を撮られても描写がストレートなんですね。 この、『視界』と『移動性』のことは、自然と人工物とを区分けせずに同等に扱っています。ですから 大都会と言っても立体化する以前の、だらだらと平面的に伸びた市街地は無視しています。 大昔の東京とか、現代でも地方都市などは平面的な市街地であり、そういうのは農地や疎林とあまり 変わらないでしょう。私が問題としているのは、立体化した大都会は自然の山岳地帯と同じような 様相を呈してくるんじゃないかなっていうことですね。 四国の徳島の山岳地帯では平さんとか○平さんとかいう人達が多いんですね。これは源平の合戦 で落ち延びた平氏の末裔と言われています。ほんとかどうかは分かりませんが、落ち武者が山中 深く隠れて住むというのはあり得そうです。 四国山地の山深く入ってしまうともう追手は追えないというか諦めざるをえません。追えないと同時に 向こうの落ち武者も再び打ってでるということも出来ません。それは山中では『視界』と『移動性』が 失われるからです。 彼らが歴史に登場することは二度となかったわけです。 もしかすれば立体化した大都市は危ういのではありますまいか。東京に良い視界と身体レベルの 移動性を取り戻さなければ日本の舵取りは難しくなる。どうもそういう気がしてならないわけです。 せめて政治の中枢だけは、栃木か茨木あたりに移動するのが正解のように思えるのですね。そして 企業は本社機能を地方都市に移すべきです。 アメリカがニューヨークとワシントンを役割を分けているのには意味があるのです。そういえば中国も 第2の北京を増築しているそうです。 立体化都市が人間性に及ぼす影響、とかでネット検索を掛けても何もでませんでした。都市における 緑の効用とか頓珍漢なものしか出ません。まだそういう視点を持った研究者はいないようです。 この大都市や地方を『視界性』と『移動性』という視点で考察しているのは、私が最初のようです。 広い意味での写真論になるんですが、それだけに収まらずで文明論にまで波及することができます。 私の予感では3次元立体化都市はいわば現代における戦艦大和・武蔵ですかね。 とにかく少なくとも写真に於いては、この『視界』と『移動性』というのは写真の撮り方や作風にあらわ れて来ますし、それだげてなく、写真は真実を表すという本質論の問題にも大きく関わってきます。 この問題は場合によっては写真の土台骨を揺るがすことになるんですね。 そのことに気づいていない人が多いんじゃないでしょうか。 追加・・東北の場合ですが、地形的に見て『視界』と『移動性』はとても良いわけですが、実は例外が ありますね。それは積雪の期間です。1年の1/4は雪によって視界は妨げられ移動性も著しく制限 されます。 四国では中央構造線を超えて南側に行けば『視界』と『移動性』の制限区に突入するわけで、狭い 地域の中で2つの顔を見ることができますが、東北の雪国では全く同一の場所で季節によった2つの 体験ができるということになります。これはちょっとおもしろい現象のような気がします。両方の世界 を見ることができるというのは意義があります。 またこの『視界』と『移動性』論を世界的に拡大してみることも可能ですね。残念ながら私にはその見聞 がありませんのでなんとも申し上げることができません。ひとつだけ気づいたのは英国の地形です。 英国の写真を上げてくれる方の写真をみて、『視界』と『移動性』が非常に良い国なのではないかと 感じました。 ●歴史家の秦郁彦氏が書いていたのですが、(氏は旧日本軍研究の第一人者です)、かつての謀略 や残虐行為を行ったA級戦犯の人達に聞き取り調査をしていて、彼らの多くは知性も高いし人柄も悪く ないのですが、それが集団の組織となると、なぜあのような愚劣な行為をしてしまうのか。それが最後 まで分からなかったといいます。 碩学の老研究者にしてこの言葉を吐かせるという人間の不思議さ。 しかしながら、ここにも『視界』と『移動性』論を持ち込むと気持ち、分かりかけてくるような気がするの です。 私もあの先の大戦の著作を読むときがあるのですが、正直申して、いつも最後まで読み切ることが できないのでいるのです。あまりにも酷すぎて読むに耐えられないところがあるんです。満蒙開拓団の 悲劇を調べるのは苦痛でありいつも挫折してしまうんです。 その苦痛というのは直接的な惨劇の事実ではなくて、そもそもあの悲劇を起こした官僚や軍人の蒙昧 さに私の精神が耐えられなくなるんです。どうしてこの程度のことが見えないのだ?こんな大切なこと をなぜ無視してしまうのだ?という無能の馬鹿さ加減に苛立ちがつのるばかりになるのです。 このフォトXP掲示板を見ていて、あーなるほど、世の中にはこういう人間がいるのだと。そういうことが 薄々分かりかけて来たような気がします。それも現在進行形で。 『視界』と『移動性』のよくない人間というのは、個人的には優秀でよい人かも知れませんが、歴史的に は彼らは決定的な過ちを犯すタイプなのだということです。 もちろん当時の軍人や官僚が全て蒙昧であって『視界』と『移動性』の能力が欠けていたというわけて はありません。当時の組織というのが『視界』と『移動性』を大いに妨げていたということだと思います。 旧軍は視界性もよくなく人的な移動性にも大いに欠けていたということですね。 石原莞爾という軍人がいました。山形県出身の天才的な人物だったんですが、彼は当時の世界の 世の中を透徹して見えていた人物ですね。満州事変を起こした張本人と言われていますが、もし彼の 采配通りに物事が動いていればああいう結果にはならなかったのではないと思う時があります。 石原の失敗は、世の中は『視界』と『移動性』の悪い人間の方が多いのだということに気が付かなかっ たことにありそうです。 石原は戦犯には問われていないのですが、手違いがどうだとか言われていますが、おそらく連合軍も 石原を裁けなかったというのが本当だろうと思ってます。 それから『視界』と『移動性』論には地域性だけでなく時代性というのもあります。 秦郁彦氏が旧軍に深く疑問を呈したのは、氏が『視界』と『移動性』のクリアな時代に思春期を迎えて いたからですね。しかし『視界』と『移動性』が曇る時代もあるのだということを忘れてはなりません。 軍がおかしくなったのはそういう曇の時代でした。ついでを言うと今もまた再び曇りの時代が来ている ということなんですね。 今の現在も『視界』と『移動性』の良くない時代だとすれば、こういう時代における写真傾向というのも、 まずは期待ができかねますね。蒙昧な虚偽の写真こそが今風なのであるということになりそうです。 ※この私なりの写真論は下手に読まれないためにわざと多重性の展開をしています。字面を追っても まず理解できないのが普通です。読んで頂く必用はないのですが、現時点の時代の記録として書いた までです。 ※この投稿写真は肖像権の問題を鑑み、ギタリストのギターだけを切り取っています。 退屈な野山の写真ばかり続きましたので、たまにはこういうのもいいかと。(^^ゞ 私はもうこういう写真は撮りませんが、頼まれ事で仕方なく撮影をしたまでです。 正直申して私はもう写真をやっていません。写真と見えるのは実用としての記録画ばかりです。 それから写真はしていなくても、カメラは続けています。写真とカメラは別のものであるという認識が 私にはあります。ついでに言うと本当にカメラに関心があるものはブランドとは無縁です。 ブランドを追ったり自慢をしたりするのはあまり機材に対する関心がない人間のすることです。 分かりやすく車で説明すると、車というメカに関心のあるものは自分の車を改造したりよく走らせたり しますが、ブランドばかりに眼が向いている人間は高級車を買うことに関心があるだけです。それを ひらひらと乗り回して人に見せることが快楽だったりします。 しかし普通の正常な感覚としては車は実用の道具であり、どこそこに行くために車を利用するばかり です。

Camera Profile

α7Sについて

発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。

登場した時代

国内では2014年5月16日に発表され、6月20日にボディ単体のオープン価格商品として発売された。ソニーは、高感度の静止画撮影に加え、プロの映像制作にも向く小型フルサイズ機として訴求した。1公式 ソニー小型フルサイズ α7S 発売

2013年11月に登場したα7とα7Rは、それぞれ約2430万画素の標準機と約3640万画素の高解像機だった。そこへ約1220万画素の高感度・ダイナミックレンジ重視機を加え、似た外観と操作系の中で撮像素子の特性を選び分ける製品群とした。2レビュー デジカメWatchソニーα7S(機能編)

ラインナップ上の位置付け

α7Sは、35.6×23.8mmのExmor CMOSとBIONZ Xを搭載した。高画素のα7Rを置き換える機種ではなく、フルサイズの撮像面を高感度と動画へ振り向けた別の選択肢である。1公式 ソニー小型フルサイズ α7S 発売2レビュー デジカメWatchソニーα7S(機能編)

常用感度は静止画と動画のいずれもISO100~102400となる。静止画はISO50相当~409600相当へ拡張できる一方、動画の下限はISO100である。最高ISO409600という数値には、通常の設定域から拡張して使うという条件が付く。3公式 ソニーILCE-7S 主な仕様

本体のみ446g、電池とメモリースティックを含めて約489gで、国内の付属品にはNP-FW50電池二個、外部充電器BC-TRW、ケーブルプロテクターを含んだ。携行するボディに加え、電池を交換して使うことや外部機器との接続も考慮した構成だった。3公式 ソニーILCE-7S 主な仕様

先代からの進化

Sシリーズとしては初代であり、α7・α7Rと比べた特徴は、センサーの特性と動画機能にある。画素加算を用いない全画素読み出しに対応し、メーカーはモアレやジャギーを抑えた映像を訴求した。発表資料に示された全画素読み出しの条件は、4KとHDの24p・30pである。1公式 ソニー小型フルサイズ α7S 発売

4Kの3840×2160映像はHDMIで出力し、対応する外部レコーダーで記録する。カメラ内のカードへ4Kを保存する機能はない。HDMI出力はYCbCr 4:2:2の8bitまたはRGBの8bitで、カメラ内ではXAVC Sによる50MbpsのFull HD記録に対応し、60pなどを選べる。出力先によって、記録できる解像度と撮影システムの組み方が変わった。4公式 ソニーα7S プロフェッショナル動画機能3公式 ソニーILCE-7S 主な仕様

720pでは120fps撮影ができるが、その際はAPS-C相当の画角へ自動的にクロップされる。24pの映像へ編集すれば最大五倍のスローモーションとなるため、撮影時の画角と仕上げのフレームレートを合わせて考える機能だった。4公式 ソニーα7S プロフェッショナル動画機能

映像の階調処理にはS-Log2ガンマを備え、メーカーは1300%・14ストップのダイナミックレンジと説明した。ピクチャープロファイルは最大七種類を保存でき、複数カメラ間で設定を共有する用途にも対応した。4公式 ソニーα7S プロフェッショナル動画機能

静止画では電子シャッターのサイレント撮影を加えた。ただしAF駆動や絞りの作動音は残り、動く被写体やカメラの移動で像が歪む場合、蛍光灯などの下で帯が出る場合もある。シャッターの機械音を抑える機能には、被写体や光源による条件があった。5公式 ソニーサイレント撮影

後年のα7S IIは、2015年10月16日の国内発売として発表された。初代が外部出力で扱った4Kを本体内で記録できるようにし、5軸手ぶれ補正も追加した。6公式 ソニーα7S II 発売

ライバル機種との比較

Photography Blogは、映像用の主要な競合にパナソニックGH4を挙げた。GH4は4Kを内部記録できる一方、α7Sには外部レコーダーが必要である。4K対応という言葉が共通でも、カメラだけで記録を完結できるか、別の記録機器を組むかというシステム全体の違いがあった。7レビュー Photography BlogSony A7S Review

開発の背景

ソニーの技術資料では、α7に対して画素ピッチを広げ、感度特性を約三倍、飽和信号量を約2.3倍にしたと説明している。これらはメーカーが示したセンサー特性の比較値である。フルサイズの面積に置く画素数を抑え、一画素の受光と信号量を増やすことが、α7Sの性格を支えていた。8公式 ソニーα7S 高感度・広ダイナミックレンジ

低画素化に加え、配線層を低くする高集光プロセス、大きな受光部を確保するワイドフォトダイオード、周辺への光の入射角に合わせたギャップレスマイクロレンズを採用した。読み出しには列ごとのAD変換回路を用い、アナログとデジタルの双方でノイズを減らす。受光部、配線、読み出し、信号処理を組み合わせる設計だった。8公式 ソニーα7S 高感度・広ダイナミックレンジ

BIONZ Xについては、α99のBIONZ比で約三倍の処理性能と説明した。センサー特性のα7との比較とは対象が異なる。16bit処理と14bit RAW出力も掲げたが、長秒時ノイズリダクション、バルブ撮影、連続撮影などでは12bit出力となる。RAWの出力にも撮影条件による違いがある。8公式 ソニーα7S 高感度・広ダイナミックレンジ

発売翌年の2015年、ソニーはIR資料で、静止画と動画、業務用と民生用をαマウントで結ぶ施策を説明した。その具体例としてα7S、業務用FS7、FE PZ 28-135mm F4 G OSSを挙げている。α7Sは小型の静止画機に動画機能を持たせるだけでなく、交換レンズを含めて映像機器とつながる製品として事業上も位置付けられた。9公式 ソニーSony IR Day 2015 IP&S

利用者の評判

Photography BlogとDPReviewは、低照度での撮影と高感度画質を共通する長所に挙げた。動画も両媒体が本機の強みとして扱っている。高画素の姉妹機と用途を分け、暗い場面と映像撮影に重きを置いた製品として評価された。7レビュー Photography BlogSony A7S Review

2026年10月1日時点の価格.comボディ版は91件で、満足度は5点満点中4.62だった。画質4.53、携帯性4.56に対し、バッテリーは2.80、操作性は3.68である。投稿者の評価では、画質と小型性に比べて電池持続の得点が低く表れていた。10掲示板 価格.comα7S ILCE-7S ボディ レビュー

評判の出典

4件

内容の確認日: 2026年10月1日

α7Sで撮った写真の話題

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