35mmレンズ 作例

35mmは、35mm判フルサイズでは標準の50mmより広い範囲を写す広角の焦点距離である。旅行や街歩きで周囲の状況を残す日常写真に使われ、近接撮影を兼ねる製品もある。大口径F1.4、携行性を重視したF1.8、マクロ兼用という役割の違いが、選ぶ際の軸になる。

画角の基準
35mmフルサイズ
位置付け
フルサイズの広角単焦点
近い焦点距離
28mm 40mm 50mm

35mmレンズについて詳しく読む

このページはEXIFのレンズ名から焦点距離で分類しており、複数のメーカー・機種で撮影した写真を含みます。解説で紹介する製品と、掲載写真の使用レンズが一致するとは限りません。

雑文

⑱ 今回の投稿は久しぶりに二コン機を持ち出しました。いつものようにJPEGのSサイズで撮ってだし です。撮影は愛媛県西条市。今回は前回より天気がましだったので、南側に聳える四国山地、 石鎚山系などが望めました。 香川県も南側には讃岐山脈が走るのですが、しかし標高は1000メートル。西条市のそれは2000 メートル近いのですね。これは圧倒的な違いです。 今回は主に農村部、とは言っても沖積平野の干拓を含む先進的な農業地帯です。そこを主に撮影 しました。撮影中、何度もずっと、南側の山地を見上げていました。高山山脈は私の憧れでして、 いつかは行って見たいぞ長野県なんですが、四国で見事な連山が見られるのは四国中央市から 新居浜市、そして西条市と連なる四国山地の中央構造線地帯だけでしょう。 高い山脈と広大な農地を要する平野部。西条市にはそのどちらも備わっていて、四国で一番私が 好きなところですね。市外は田舎町らしくのんびりとしていますが、豊富な水と相まって豊かな町 です。農業も漁業も工業も発達していますので観光には力が入っていないようです。 ※この撮影は弘法水と言って、海の中(漁港)に噴出した出水(うちぬき)です。真水で飲めます。

雑文

⑬ フルサイズ5000万画素で黒白を撮り、それを1/4出力するというのは、なかなか良い手だだった かなって感じています。つまり1240万×4で5000万画素ですかね。 これはどういうことかというと、ベイヤーセンサーは基本4画素ピクセルでRGB(正しくはRGGB)を 構成しているからです。つまりその4画素は、レッドは1/4、グリーンは2/4、ブルーは1/4になります。 それを補完水増し処理をして、4画素にそれぞれRGBの色を持たせているというわけです。 それをやめて4画素単位でもって、それを1画素としてRGBとするという考え方です。そうすると 必然的に、総画素5000は1/4の1240万画素となります。 かなり大雑把な考え方ですが、これはシグマフォビオンのセンサーの仕組から学んだことです。 ではフルサイズ2000万画素の場合は、1/4すると500万画素となります。イオス5Dマーク2や3が これに当たりますが、正直言って黒白にすると画素数が足りないという雰囲気となります。 500万画素のカラーデジタルと1200万画素のカラーデジタルを比べれば、流石に500万画素では 物足りないとなるんですね。やはり写真として1000万画素を超えなければ不満がでてきます。 それと同じで、モノクローム専用機に対抗するには4000万画素オーバーのカラー高画素モデルを 使い、それを1/4で出力すればモノクローム専用機並みのシャープで解像感のある画像が得られ るのではということです。 こういうハチャメチャ理論の展開をしているんですが、実際に撮った画像を見るとそれはしっくりと くるんです。まずは実践ありきですね。 2000万画素のカメラでも強烈に高解像のレンズを使い撮影条件が良ければ、まあまあの黒白画像 が得られるですがそれは例外的とでもいうもの。やはりコンスタントに解像力とシャープネスが 欲しいとなると画素数の高いカメラの出番となります。 ペンタモノクロームの黒白画像でも、カラー画像と同じようにデータ量があります。RGBを捨てて黒白 2価で撮影しているにも関わらずです。何故なの?という気がしませんか。その理由は簡単です。 パソコンやデジカメというデジタル機器はカラー画像を基本としていて、たとえ黒白画像であっても、 それはカラー画像、RGBとしてしか表現ができないからですね。それでデータ量はカラーとモノクローム は違わないのです。 ここのところはフイルム時代とは根本的に違っています。黒白フイルムは黒白の印画紙で焼くのが 正式で、黒白フイルムをカラー印画紙で焼くというのではなかったからです。 そういうことではデジタル時代にモノクローム写真をするというのは、モノクロフイルムをカラー用の 印画紙で焼いてしまったという例えになります。それは邪道であるとしてしまえばデジタルでは黒白 写真はできません。 黒白のデジタル画像をプリンターでプリントするとしますと、全てのカラーインキを使って黒白の絵と してプリントします。黒白プリントにマッチしたプリンターなどはもしかすれば黒インキにプラスして グレーのインキもあるかもしれません。しかし他の赤とか青とか黄とかのインキも使っちゃうんですね。 それで実は、そういう多種の色を使うからこそ、黒白写真のプリントが生き生きとするというのがあり ます。黒は締まって深みがでてグレーも高諧調となります。 商業写真でも実は黒白写真は墨1色ではなくフルカラー、CMYKのプロセスカラーで刷っています。 そういう風に考えてみれば、黒白写真も実はカラー写真の変形であるだけ、ということになります。 こういうのは画像論ですから現実の黒白撮影とはあまり関係がありません。とにかくデジタル画像 もプリントも実際はカラーデータで処理しているんだということです。

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⑭ 黒白専用機はカラー機に比べて画素数は同じでも解像力とシャープさは群を抜いています。それと 撮影感度も高くなります。とにかくカラーフィルターもローパスフィルターもないのですから当然となります。 そういう解像感とシャープさはフォビオンセンサーと同じですが、高感度力はぜんぜん違いますね。 このように、カラー機とモノクローム機はデジタル処理は同じですがセンサー・撮像素子が根本的に 違うというわけです。 モノクロ専用機は色彩がない分、解像度とシャープさ、高感度を得ました。失うものがあれば得るもの もあるというのが世の中の理です。 黒白写真と言えば、なんとなく暗いイメージですね。占星術で言えばカラー写真が華やかな木星とか 金星や太陽という吉星とすれば、黒白写真は重苦しい土星というイメージですね。たしかにその通り なのですが、そういう凶星の土星や天王星や海王星には手堅い実力を得るチャンスという意味もあり ます。 質素で堅実な土星、怜悧でスマートな天王星、イメージの宝庫の海王星などなど、そういう良い意味で 捉えることが大事だろうと思っています。 カラー機で黒白をする場合、モノクロ専用機とは違って、自前搭載のカラーフィルターを操作できるという 利点があります。これで色合いではなくて黒白の配分や割り当てが可能です。グレイの調整ができるん ですね。 モノクロ専用機だとレンズ側にレッドとかイエローやグリーンフィルターを着けて調整するのが、カラー機 だとメニュー画面で調整できます。もちろんRAWで撮れば後でソフトでも。これは大きな利点ですね。 私はとにかく黒白写真に慣れるということで、今はRAWを捨てて黒白JPEGで撮っていますが、これから 本当に黒白写真というものに自信ができれば、その時はRAW撮影をして、その現像段階でカラーフィル ターの操作をしようかと考えています。それで黒白写真の幅が大きく広がりますからね。 しかし今はまだその段階ではないと自覚しているので、とにかくまずはカラー写真を捨てるという初歩 の段階ですから、まだしばらくはJPEGスモールモードで撮ります。 本当の黒白写真というのは、カラー写真を捨てても構わないという覚悟がなければできないと思って ます。つまり、キラキライ色イロ主義から脱却しなければ真の黒白写真には行けないだろうということ なんですね。 これは極めて精神的なものです。豊かさを敢えて捨てるということ。幸運を捨て苦難を選ぶということ に繋がるでしょう。幸運というのは他力ですが苦難というのは自力で本当の実力を得るということでも ありますから。こういう精神的なことを考えてこそ、それが私の黒白写真なのだろうと思ってます。 とにかくややこしい話は別にして、カラー機の高画素モデルを黒白カメラにして、そこに高解像度な レンズを着ける。というのは大変に、アリで有効だということです。 フルサイズで4000万画素を超えれば、それに高解像力を持つレンズを装着すれば、モノクロ専用機と タメを張れるというか、もしかすればカモルことができるのではないとは感じています。 正直言って、カラーの場合はフルサイズ2000万画素あればよく、それ以上は必要がないと感じていま した。4000万画素も6000万画素も要らないということで。私だけでなく実際にそう感じておられる人は 多いのではないですか。それで皆さんもフルサイズ2000万前後のカメラを良くお使いです。 しかしこれがモノクロの専用機として使う場合には、解像感&シャープを得る為に1/4程度に圧縮する 必要性が出てきて、そこで高画素カメラの出番が出てくるというわけです。 結局は相対的なことなんですが、少なくとも現時点でのスタンダードしてカラー画像は2000万画素くら いでよくて、白黒写真もやはりそれくらいは欲しいなとなるわけです。実際的には1000万画素~2000 万画素の黒白データが欲しいとなります。 当然ながらペンタモノクロームは2500万画素ですが合格ですね。しかしAPSなので半分としましょうか。 すると1250万画素となります。これでも合格です。(笑) そしてカラー機を1/4化したモノクロ化カメラだと、総画素数は4000万画素から8000万画素となります。 合格できるのはアルファ7R2の4200万画素、二コンD850の4500万画素、イオス5DSの5000万画素が それに当たります。6000万画素のアルファやシグマはもちろん合格です。これだと1500万画素になる のでスペック上はペンタモノクロームを上回りますね。 こういう考え方が成り立つのかどうか。それは実際に自分で撮って実践してみるしかありません。自分 が十分に納得して満足できるものとなるのか否か。そういうことです。 モノクロ写真はカラー情報を捨ててますので、その分は解像力、シャープさ、そしてグレイ諧調という ものだけで立ち向かわなくてはなりません。黒白写真なのだから適当でいい、というのは当初は許され ますが本格的に黒白写真だけで行くとなると、持てる知識と技術を総動員しなければカラー写真には 敵わないのです。

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⑮ 黒白でのみ写真をしていると、カラー写真が本当に羨ましく感じます。(笑) 皆さんがカラー写真で満喫堪能されているのを見ると、なんてセレブな人達だろうって感じますね。 方や私の方は赤貧の生活を送っているようなものです。とにかく、カラーと黒白の間にも物凄い格差が あるんですね。 カラー写真はほんとうに素晴らしいです。それはカラー写真を捨てると身に滲みて分かります。 しかしながら、カラー写真が羨ましいと感じているのでは、またまだ私は黒白写真を知らないのだろう と思ってます。 【海外の反応】「日本人は恐ろしい民族です」と中国のTV放送で語るハーバード大学の教授の真意とは!?【総集編】 https://www.youtube.com/watch?v=_IvR-ivvwR4 ここではマイケル・サンデル、P・F・ドラッカー、ラムザイヤーの3氏が紹介されているのですが、私が 関心を持ったのは、ドラッカー氏が室町時代の水墨画や禅画などに関心を持ち、コレクターであったと いうことでした。雪舟に代表される水墨画はほぼ黒白の絵です。これは、なるほどと感じました。 ドラッカーは経営学者であるわけなんですが、それは占星術では土星となります。 とにかく、カラー写真は黒白写真の次に来た写真であって、あらゆる面で黒白写真よりも優れているの ですが、それは情報理論、とくに情報量の大きさに関してです。黒白写真は絶対的にこの情報量に 関してはカラー写真に太刀打ちできません。 しかしユーザーが、人が感じるその情報の質的なものに関しては話は変わってくると思っています。 つまり多すぎる情報量は返って質的感覚として妨げになる場合もあるのではないでしょうか。 黒白写真はカラー写真からすれば、削ぎ落としの理論とも言えなくはないですね。情報の削ぎ落とし として黒白写真を見るということ。つまりは贅肉を落とすということですか。 非常に根本的な話をしたいのですが、我々が写真の趣味をすることは、その目的というものは、それは 一体何なんでしょうかね。 写真のコレクションでしょうか。色んなものを沢山撮ってそれを集めることでしょうか。写真も物のひとつ だとすると物集めの楽しみでしょうか。 現実的にはそのようになってしまっているかも知れませんが、それを写真行為の目的だとはっきり言え る人はあまりいないだろうと思います。結果として写真がコレクション的に集ったということはあるでしょ うがそれが本当の目的ではないですよね。 また写真をすることの楽しみやその集積とか思い出とか言うのも簡単すぎます。 写真行為を重ねることで何らかの人生的な獲得物があるのではないかと考えるのが普通だろうと 思われます。写真はモノかも知れませんが、写真行為はモノではなくもっと何かの得がたいもの、それ を捜し求める、いや結果として獲得することか目的と言えばそうなのかもしれませんね。 簡単に言えば人の頭の中にあるもの、それが本来の目的かもしれません。 ディアスポラという言葉があります。これは民族離散の憂き目にあった彼らの歴史を言うのだそうです。 その迫害の歴史を持つユダヤ人が、度重なる迫害によって、どうしても失うことがないものは一体何か というと、それは奪われることのない頭の中の知識とか智恵とか思考能力とか、そういう物質でなく 形のないものであって、これだと迫害を受けても無一文になって放り出されても生きていけるということ だそうです。 それでユダヤ人は子弟に教育を受けさせて、その頭の中のもので生き抜いていきなさい、ということ らしいです。よく知りませんけどね。 人生において築きあげた家庭や家とか土地とか仕事や会社とかいうものは、これは迫害を受ければ 簡単に喪失してしまいます。家族は離散し、物は何一つない無一文で放り出されてしまいます。命が あるだけまし、という具合です。 そういう究極の状態で我が身を保つものは何かと言えば、それはやはり個人の頭の中の蓄えた何かと いうことになります。その財産のようなものです。とにかく生きている間はそれが頼りになるという具合 です。ユダヤ人が優秀だといういうのはそういう考え方の歴史があるからのような気がしますね。 これは究極の個人主義的な生き方とも言えなくはないのですが、我々日本人には想像もつかない厳しい 歴史的現実があったればこそかもしれません。 こういう話をしたのは、もしかすれば写真の行為のその原理というのも、そういうものと無関係ではない のだろうかということです。もちろん知識全般がそうであるわけですが、その中のひとつに黒白写真と いうものがあるのかもしれないということです。 写真は知識体系の学問と絵画芸術の間に位置するという感じですけど、物質というものがなくても成り 立つということでは、芸術というよりも知識に属するのかもしれません。 予め自分の結論を出してしまいましたが、カラー写真はともかく、黒白写真というものは画像というモノ、 物質がなくても成立する写真ではないかということです。現実が物質としてのカラー写真だとすれば 黒白写真はそのゴーストのような気がするのです。 これは飽くまで現在のデジタル時代における私の印象です。デジタル黒白写真は、写真でありそうで いて、写真ではないのかも知れないと。物ではなく頭の中のゴーストのようなものかもしれないと。 しかしそのゴーストのようなものが、いざとなれば生きることに大変な威力を発揮してくれるのではないか ということなんです。そういう生きる知恵のエッセンスが詰まっているような感じだと。 ところでピータードラッカー氏がその経歴からみてユダヤ人ではないのかと思う人は多いでしょう。 調べるとやはりそうだったようです。正確にはユダヤ系というようです。20世紀の知力の代表的な存在 であるドラッカー氏ですが、そういう人物が水墨画などの黒白芸術を好んでくれたのが嬉しいような気持ちになります。

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⑯ この掲示板もコロナ禍をかい潜ってから随分と変わったというところがあります。総体的に皆さん大人 になったような気がして、落ち着いてきたというか思慮深くなったような気がしてます。そういう意味では コロナの流行下で写真をあまり撮れなかったというのがプラスに働いていると思ってます。中には驚く ほどに(良い意味で)変わられた方もおられますね。 コロナ禍であまり写真を撮れなかったというたけでなく、その2・3年間分だけ歳をとった、というところも あるんでしょう。なるほど、高齢化社会を地で行く掲示板ではありますね。(^^ゞ  写真行為は自我を発揮する極めて個人主義的なものです。そういう意味で西洋文化の系統に属する でしょう。自分が写真なるものをしたいからするのであって、あまり他人目というものを気にしない文化 のように思います。つまり他者に迎合することの少ない芸で趣味ですか。まあ空気なんか読んでいては 確かに写真はできませんしね。 そして世の中の時流にそって、さらに自身の運勢に沿っても、自分の写真も変えていくというのが写真 というものであると思ってます。 それでも写真は永遠に極められないものなんですね。極点などというものはどこにもありません。ただ 淡々と自分の写真をやっていくというだけしかできません。 この掲示板は一般的な写真投稿サイトとは違って、あくまでも自分でカメラをもって写真を撮影するという 写真愛好者たちの掲示板です。それで自分の作品を見せるというよりも他の投後者の写真を見て、 ご自身が啓発されるという面が大きいのではと思ってます。 ああこの人はこういうカメラを使ってこういう写真を撮るのか、という具合で自分が発するサインよりも 受け取るシグナルのほうが高いのでしょう。そういうのはこの掲示板が始まった当時から、そういうよう な伝統があるようで、今となっては極めて稀な写真のサイトになっているみたいです。 こういう掲示板がもう何年も十何年も続くというのは奇跡のような思いがします。 私が積極的に掲示板に投稿しだしたのは東日本大震災の年の2011年からですから、それからも既に 10年以上経っています。私が本格的にデジタル写真を始めたのは2000年ころからですが、その時の 自分の予想では、まあ10年はこの写真趣味でいけるだろうが、それ以降は続かないだろうと考えてい ました。 それがいまだに写真をやっていて通算20年余もデジタル写真の趣味を持つことができています。それは ひとえに、この掲示板のなせるお陰ではないかと感じ入っています。 この掲示板を運営し維持してくれている管理人さんには感謝の念しかありません。そしてこの掲示板に 写真投稿をされコメントも書かれている多くの方々にも御礼を申し上げたいと思います。 橘玲著 バカと無知 -人間、この不都合な生きもの 新潮選書  橘玲・安藤寿孝共著 運は遺伝する -行動遺伝学が教える成功法則 NHK出版新書 というような本を今読んでいるのですが、こういう本で述べているような現実があるというのがこの世の 中の通例でして、とくにネットでのやり取りなどは非常によく正確に書かれていて関心をしています。 私としてはそういうことは有り得て当たり前だという感覚でしたので、当初から自分のコメントでの発信は 一方通交にしています。いちいちの追コメントに応えることなどはしていません。そんなことをしていては 自分の写真論などは出来ないだろうと最初から感じていましたので。 私が純粋にデジタル写真をやっていたのは最初の10年間であって、この掲示板に投稿しだしてからは 写真ではなく写真論をやっていたのだろうと思ってます。写真行為論とでもいいますか。 そしてその場を提供してくれたのはこの掲示板であって、これがなければありえなかったろうとでも言える ものでした。 例えば私の今の黒白写真は写真表現としての黒白写真では全くなくて、写真行為としての黒白写真 です。前者は画像でありモノですが、後者は人の行為そのものを言います。 撮影をオートマチックではなくてマニュアルで撮影をする。とか、オールドレンズを態々使いにくいデジイチ で撮影をするというのも、それも写真行為ですね。 写真論は最終的に写真をする人の総体的な行為論に収束するのではないかと考えています。 ですから写真する人、そのものが作品と言えば言えるのでしょうか。(^^ゞ 

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⑰ 占星術的風水的に申しますと、黒白写真行為というものは(カラー写真に比して)不足のそれですから、 土星・天王星・海王星という所謂凶星下にあります。 そして華やかなカラー写真は、吉星としての木星・金星・太陽という具合ですね。 私も最初はデジタルでカラーをやっていました。面白かったなあっていう時期は、デジカメが1000万画素 以下の時代でした。その当時はCCDセンサーのカメラでしたね。画像としては不足感のあった時代です。 それが1000万画素、そして2000万画素となり現在は数千万画素の時代なんですね。 そして自分としては画素数が上がり、カメラの画質も洗練されていくにつれて、違和感が芽生えていった という気がします。 これは何故だろうかと考えますと、凶星の星の下に生まれたこの私にとっては、豊で華やかで綺麗な 現在のカラー写真には向いていないということだろうと思います。それで不足感や抑圧感のイメージが ある黒白写真に再び自分の居所を見出したのだろうということなんですかね。 ですからこれは、つまり黒白写真行為は、あくまで私だけの特殊な話であって、多くの人々は恵まれて 豊かな吉星のもとに生まれているのだから、最新の優れたカラー写真が最適だということです。 事実、私の皆さんが撮るカラー写真を見るのは楽しみです。そういう写真を見るにつけ、自分もそんな 写真を遠慮なく撮れたらいいのになあって思うのですが、それは私には分不相応であることを知って います。 つまり写真行為というのは人によって違うのであって、それはけっして一様ではないのです。 人それぞれにピッタリと当てはまる写真というのがあって、それを各人が見つけ出す。ということだろう と思いますね。 私の場合は、カラー写真ならば600万画素くらいがちょうど良かったのです。しかし技術発展は留まって くれませんから、どんどんと画素数という情報量も画質も上がっていきます。そうすると私には分不相応 になってしまったのです。 黒白写真はカラー写真に比べて情報量は単純化すれば1/3から1/4ですね。RGBやCMYKというのを 思い出してくれれば分かると思います。それで逆算して600万画素を3倍から4倍すれば、現在のカラー 写真のレベルになるだろうと言うことです。 そしてさらに私はカラー写真機を黒白専用機のレベル(その解像感やシャープさ)に上げようとすれば さらに1/4になるので贅肉を削ぎ落としたものになるのです。 5000万画素で1250万画素匹敵、3600万画素で900万画素匹敵という具合です。それをまた1/4とすれ ば、400万画素とか300万画素ですかね。(笑) そういうカメラ、昔はありました。イオス1Dやイオス30D です。そういうカメラほ昔に使っていた時代は充実していたと思います。 一頃フォーサーズ機に親しんだ時期もありました。1千数百万画素のカメラで、何といってもそのセンサー が小型で、その情報量が大きなセンサーに比べれば少なかったというのが理由だったかも知れません。 今はそういうカメラはスマホになるのでしょうか。スラムさんの投稿写真を見て、スマホ写真も良いじゃ ないかって思ってます。 私はまた一頃、超高画素高画質のカメラを批判していたことがありました。そういうカメラは自分を見失う のではないかということだったわけです。 しかし皮肉なことに今は5000万画素のカメラを黒白化して使っていますね。使い切ることができないと 感じていたカメラも、黒白化して画素数を1/4にすれば、ちょうど良いんですね。(笑) とにかく私にとっては、デジタルカラー写真ならば300~600万画素くらいがちょうど良かったのですね。 その当時は、まだフイルムカメラが主流だったんではないですか。カラーフイルムはライカ判リバーサル ならば情報量としてはデジカメの2000万画素くらいだろうと言われていました。デジカメ600万画素の 時代、フルサイズ2000万画素というのはなかったんですよ。 あのデジカメにとって古き良き時代が今も続いてくれていれば、ほんとうに良かったんだけど、そうは いきませんでした。時代は非情なんですね。 そして上に政策があれば下には対策、対抗策がある。ということで私は黒白写真行為というものを捻り 出したのではないでしょうか。

長崎にて

こんにちは。 荷下ろしの時間まで恒例の現像遊びです。 私の場合、良い仕事していると言うより楽しく仕事が出来ているって感じでしょうか。 市電の乗務員さん達も同じ気持ちだと思います。

夕景 不知火

瀬戸内で一件目の荷を降ろし二件目に向かう道中で休憩がてらの現像遊びです。 これまで『ノイズ』など気にもとめていなかったのですがライトルームCのAIノイズ除去を試してみると スッキリとした絵になる気がします。

潮見坂の砂浜にて

こんばんは。 国道1号浜名湖BPを下ると静岡と愛知の県境に海を眺めながら足湯を楽しめる道の駅潮見坂があります。 浜辺まで続く遊歩道があり気軽に楽しめるポイントです。 太陽が沈む方向が小高い丘となっており15時を過ぎると日陰がどんどん広がってくる場所でもあります。 どなたが何の目的で作られたのかハート方のオブジェが・・・。 どんどん陰に飲み込まれてゆく姿に面白みを感じた次第です。

我が戦場

こんにちは。長時間待機に絶えかねてのお遊びです。 職業ドライバーとしては当然なのですが家で過ごすよりトラックで過ごす時間が長いです。 二畳クラスのキャビンの中に生活用品が雑然と・・・。 自分では気がつかないけれどぶちまけたカレーや味噌汁、コーヒーといった臭いが染みついているのだと・・・。(^_^;)

実りの季節 縦

こんばんは。 三連休初日の土曜日、箱根新道は大渋滞でした。 動けるうちに使ってしまえという魂胆なのか連休になると仕事を振ってくるのには呆れます。 高畠町で雲の感じが気に入って撮った縦構図ですがいつものように手持ちでチャチャチャです。(^_^;) ND等で長時間露光に調整すれば違った雰囲気になるのかなぁ~などと考え中であります。

実りの季節

早苗の時期に帰り荷を積んだ高畠町にて刈り取りの季節に再び積込みです。 真新しい銅板で葺かれ屋根と朱色に塗り直された塔がある風景、見てみたいものです。

早く来い来い

太宰府よりこんにちは。 お気に入りの道の駅夕日パーク三隅付近で撮り鉄に変身、海側から狙ってみるつもりでした。 構図を三分割黄金比率右付近に決めて早く来い来いと願ったのですが11時後半から14時台前半までは通過する列車が極端に少ないと言うことを知りませんでした。 山陰本線恐るべし・・・。

鬼火の如く

糸田町からこんばんは。 お気に入りの道の駅にて車中泊です。 思い込みで危害を加えられてはたまりません。 この先は日本も外国並みにテロ事件が多発する感じがします。

窓

夏には涼しくて最適な環境のようです。

蕊

「ぼたんなにさく」の柔らかい花びらと蕊の美しさに・・・。

検証 感度分の1f16 下谷

こんばんは。 低速で流れるキャビン内からノーファインダーでの一枚。 f16まで絞ると多くのゴミが映り込みショックでした。

検証 感度分の1f16 大師

新年おめでとうございます。 なんとなくカメラを出す気になれず写真に関するユーチューブサーヒィンばかりの 昨今でかなり出遅れてしまいました。 HowTwo本より動画の方が理解度を増すようです。

テンニンギク

別名は特攻花とも・・ 初夏から咲き続けていますがついに最後の2輪いなりました。 蕾が2輪ありますが咲くかは? 霜に合えば終わります。

小さい花ヒイラギUP

今年は家のヒイラギは花をつけていません。 前の家のヒイラギは沢山の花をつけていました。 塀越しに道から撮りました。

ZD35mmF3.5 macro+AdapterMMF-1

E-M1ni短焦点ZDレンズを付けて撮りました。 AFが効き手持ちで撮れました。 JPG撮って出しです。 *他のM4/3cameraG3,G1.GH1、E-M10ではAFが作動しません。

ZD35mmF3.5 macro+AdapterMMF-1

短焦点ZDレンズを付けてテストで撮りました。 AFが効きマクロ撮影が出来ました。 JPG撮って出しです。 *他のM4/3cameraG3,G1.GH1ではAFが作動しません。

無題

このカメラにはバッテリーグリップというようなものがないので、カメラグリップの右手のみてカメラを持ち続 けることは身体によくありません。それで棒状の10数センチのミニ三脚を左横の三脚穴に着けて左手でも 持てるようにしました。これで左右の手で交互にカメラを持てるようになったのでよかったです。 最近はフォーサーズ機ばかり使っていましたので、カメラを持つ手の力が大分衰えていました。撮影の歩 きには同時に手や腕も負荷をかけることが大事だと思っていますので、カメラは両手で交互に持つように しています。通常のカメラはバッテリーグリップがあり、左手はそのグリップ部を持ちます。なお私は撮影 中はカメラを肩には掛けません。肩掛けするのはバックやサブカメラです。 645Dは優れた光学ファインダーを持ち、ハイアイポイント設計なのでファインダーから眼を離しても良く見 えます。そしてミラーシャッターの動作音は絶妙でよい音がします。漏洩電磁波はデジイチなので大きい のですがボディの大きさの割には低いほうです。これは高速連写を謳っていないカメラですからね。 このカメラはフィルム中判カメラと間違われるようですね。それで作品撮カメラマンと見られるわけですが 私がするのはスナップ撮影なので感が狂う感じでしょうか。(^^ゞ 三脚は持ちませんので。 中判デジタルカメラには行かないと思っていたのですが、例外的にペンタックス645Dを手にしているので すが、すでに申し上げたように、このカメラは単なるグラシックデジタルなので、形こそ中判カメラですが 中身はフォーサーズ機と大差ありません。 フルサイズの高画素高画質機やシグマで随分と懲りていますので、フジなどの本物の中判デジタルには 行くことはないでしょう。 CCDカメラは既に絶滅していますので、このカメラはある意味で貴重ですね。改めて思うにCCDは良い 感触があります。それを言えばフィルムはさらに柔らかくて眼に優しい写真なんですよね。フィルムカメラ もまだ少しとっておいているのですが、スキャナを使わなくてはならないのでやはり負担は大きいです。

橋杭岩

また見たいが 遠い和歌山の最南端。

花と蝶

雨上りを待っていたように、ヒョウモンチョウが蜜を求めて 飛び廻っていました。

何しているの

キョトンとした目は可愛いけど、 顔はよく見ると怖いですね。

ルリイトトンボ

子供の頃はオニヤンマに糸を付けて採っていましたが、 最近は田舎でも殆ど見なくなりました。 イトトンボは小さなトンボですが、色彩がとても綺麗です。

PhotoXPでの投稿傾向

35mmに分類された投稿のEXIFから集計した上位です。撮影時の値であり、レンズの開放F値や焦点距離域そのものではありません。

EXIFのレンズ名

EF35mm f/1.4L II USM 329
RF35mm F1.8 MACRO IS STM 272
35mm F2 242
ZUIKO DIGITAL 35mm F3.5 Macro 199
35mm 179

使用カメラ

EOS 5Ds R 303
EOS RP 200
EOS Kiss X2 95
SD1 Merrill 84
E-300 73

撮影時の絞り値

F2.0 199
F1.4 173
F3.5 164
F2.8 146
F8.0 124

Lens Profile

35mmレンズについて

メーカーの資料と専門媒体のレビューから、この焦点距離の使い方と代表的なレンズをまとめました。

画角と写り方

フルサイズでは35mmは広角域にあたり、標準50mmより広い範囲を収める。1公式 パナソニック焦点距離による画角の変化 ソニーFE 35mm F1.8の対角画角はフルサイズで63°、APS-Cでは44°である。APS-Cでの35mm判換算は52.5mm相当となり、標準域の画角として使うことになる。同じ実焦点距離35mmでも、使用するフォーマットによって写る範囲が変わる。2公式 ソニーFE35mm F1.8 仕様

向いている被写体と撮り方

ソニーはFE 35mm F1.8の用途として、旅行、街歩き、日常の撮影を挙げている。周囲の様子を残しながら日常を写すことが、フルサイズで使う35mmの一つの役割である。3公式 ソニーFE 35mm F1.8

近接撮影にも使うなら、焦点距離に加えて製品の撮影倍率を見る必要がある。RF35mm F1.8 MACRO IS STMは最大0.5倍まで写せるため、花や細部に近づく用途も兼ねる。日常の広角写真と細部の接写を一本で行える点は、この製品の近接能力によるものである。4公式 キヤノンRF35mm F1.8 MACRO IS STM

焦点距離の来歴

一眼レフ用のEF35mm F1.4L II USMでは、キヤノンはBRレンズを用いて色収差の抑制を図った。大口径の光学設計を追求した35mmの例である。5公式 キヤノンEF35mm f/1.4L II USM 2018年11月発売のRF35mm F1.8 MACRO IS STMは、近接撮影と手ブレ補正を備える。35mmの選択肢には、明るさだけでなく撮影機能の違いもある。4公式 キヤノンRF35mm F1.8 MACRO IS STM

レンズの選び方

開放F1.4を求めるならEF35mm F1.4L II、携行性を重視するなら約280gのFE 35mm F1.8というように、まず必要な明るさと質量を整理する。対応マウントも異なるため、同じ35mmというだけで交換できる製品ではない。5公式 キヤノンEF35mm f/1.4L II USM3公式 ソニーFE 35mm F1.8

近接撮影を重視する場合は、最短撮影距離と最大撮影倍率が判断材料になる。RF35mmは最短0.17m・最大0.5倍で、近接用のハイブリッドISも備える。広角単焦点に接写の役割まで持たせたいときの選択肢である。4公式 キヤノンRF35mm F1.8 MACRO IS STM

代表的なレンズ

EF35mm F1.4L II USM

一眼レフのEFマウント用に作られた、開放F1.4の大口径広角レンズである。BRレンズに加え、非球面レンズ2枚とUDレンズを採用している。キヤノンは、絞り開放時を含めた色収差の抑制を訴求しており、明るさと収差への対処を光学設計の主題にした製品である。5公式 キヤノンEF35mm f/1.4L II USM

RF35mm F1.8 MACRO IS STM

2018年11月発売のRFマウント用で、質量は約305gである。最短撮影距離0.17m、最大撮影倍率0.5倍のマクロ撮影に対応する。近接用のハイブリッドISを備え、EOS R使用時のCIPA基準で5段分の補正効果をうたう。4公式 キヤノンRF35mm F1.8 MACRO IS STM

専門媒体のレビューは、AFの作動音が聞こえる点を共通して指摘している。静止画撮影だけで使う場合と、内蔵マイクで音を収録する動画撮影では、作動音の重要さが異なる。6レビュー DPReviewRF35mm F1.8 Macro Review

FE 35mm F1.8

フルサイズのEマウントに対応する、開放F1.8の単焦点である。質量は約280g、最短撮影距離は0.22m。ソニーは旅行や街歩き、日常での携行を用途に挙げている。大口径F1.4やマクロ兼用とは異なり、小型のF1.8として選べる35mmである。3公式 ソニーFE 35mm F1.8

内容の確認日: 2026年10月23日