SIGMA Photo Proソフトウェア 作例

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シグマの路線は、このDP2Qから本質的に変わったのではないか、 という気が多いにしています。 もっとも、中身のフォビオンセンサーや映像エンジンは、これまで どおりの路線で進んでいて、そこのところは安心しています。 しかしカメラの外観というか、コンセプトが大幅に変わってしまった。 このカメラ、簡単に言うと、スマホにレンズとバッテリーグリップを 着けただけなのだ。だからカメラという形をしていない。 数十年続いたコンパクトカメラの歴史を否定していて、カメラ以外の 形になった初めての(シグマでは)カメラだろうと思う。 こういうコンセプトは以前にもソニーやキヤノンとかリコーからも出て いたと思うので目新しくもないのだけど、大手が出したカメラは、 初めから遊びと割り切っていたし売れるつもりもなかっただろう。 しかしDP2Qはシグマのメインカメラなんです。その虎の子を大胆 にも遊び感覚で出してきた。 私もしばらく使ってDP2Qに手が慣れるにつれ、いや、どうしても 手は慣れないのだけど(笑)、正直申し上げて、大丈夫か?シグマ。 という疑問がだんだんと膨らんできています。 だからこんな具合で自作グリップを、ああでもないこうでもないと 試行錯誤をしています。 本来、このカメラはスマホ感覚だから、片手で撮影するのが正統 なのだと思います。ひょいとバッグから取り出し右手で軽くシャッター を押す。そして再びバックに仕舞い込む。 もしくはずっと肩に掛けたままでファッション感覚で見せびらかす。 両手で持つ撮影はし辛いし、縦位置撮影は本来は禁止だろうと 思います。プログラムオート、ISOオート、JPEG撮影の片手で撮る カメラ。 そういう今風のスタイルを推奨しているように思います。 これは多分、若き統帥、山木社長の好みが100パーセント反映され ているのだと言えます。 無骨だけど手堅いスタイルだったこれまでのシグマカメラから すれば、このカメラは全くの異形なのですが、さて多くのユーザーは これをどのように評価し結論付けるのか。 それはやがて明らかになります。 素晴らしいセンサーによく制御された映像エンジン、そして見事に 鍛えられたレンズに、健康を損ないにくい良心的な低電磁波設計。 シグマ歴代のなかで最高のAFに液晶画面、レリーズ音も見事。 その中身は素晴らしいのです。このカメラをよくぞ10万円で出した ものだと思います。 長年のシグマファンはこのことを良く知っているから、このデザイン には何も不満を言わない。言わないことが暗黙のルールみたいに なっている。 しかし新規に、このカメラを初めて使うユーザーは、そんな経緯や 中身のことは何も知らないから、外見だけで、使い勝手だけで判断 をしてしまうことになるのだろう。 外見に惹かれて買い、そして使い勝手に呆れて手放すかも知れない。 小さなカメラバッグには、DPメリルならばすんなり2台入ったけれど、 今度のやたら角張ったDPクワトロは1台しか入らない。 これだけで売上半減だ。

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写真撮影で一番充実しているのは、朝から夕暮れまで歩きに 歩いた時。くたくたになりながらも心は充実感に溢れてくる。 虚しいのはやたら車に乗って走っての撮影。ただせわしない だけだ。 写真行為が人をして、幸せにするかと問えば、それはないと 思う。むしろ写真は麻薬であり依存症であり、詰まらない物欲 の発露なのだと言ってしまいたい。 写真をして不幸になる確率は高いと思う。これを消尽という。 いちばんさっぱりするのは写真から足を洗うことである。 それができないから、このようにぐだぐだと言っいるわけである。 だから、せめて写真というものを自分の中で何モノかにコンバート して、オイラ、写真なんかやっていないって誤魔化すしかない。 写真をやって実際に不幸が忍び寄ってきた人を何人も見てきて いる。写真はもともと魔性を秘めているのだし、さらに昨今の デジタル写真は、知らず知らずのうちに身体を蝕んでしまう。 だから写真は長く続けるべきではないと思う。長く続けたければ 少しづつ写真を、小出しに細々とやっていくのが正解だと。 このフォトXP掲示板のGG氏は非常に運の良い人であると思う。 その運の良いGG氏が、べらぼうに撮影できるキヤノンから、最近 はシグマのカメラに移り気を示している。これは注目に値すると 思っている。 運の良い人というのは、何故だか説明は出来ないのだけど、危険 を避け、不思議に良いチャンスをものにする人だと言える。 それらは全て無意識で行われるから本人は、なぜそうするのかは 自分では正確に説明できない。しかしそれでいいわけだ。 要は、結果オーライというわけ。 写真行為を、カメラ趣味と写真(撮影)趣味ということで区分けを する人がいる。分かったようでいてこれは不正確だ。 この2つは分けることが本来できないものであり、簡単にいえば、 主に道具にお金を掛ける人と、その道具を移動させることにお金を 支払う人との違いくらいでしかないのだ。 道具の移動。これは自分の手足で稼いだ距離を省いた交通機関 でのことを言う。むろん自家用車はその最たるものだし、飛行機 で海外に行けば瞬間最大値となる。 しかし本当に自分が満足でき、写真が本来持つ消尽性を最少に 抑えるのには、道具も移動も最低限に抑えるというのが肝要だと 思う。真に伸ばすべきは自分の手足である。 要するに、カメラもクルマも必要悪であって、そのマイナス面をよく 自覚しての、写真行為であるべきだということなのだろう。