オリンパス E-M1 作例

2013年10月11日発売

E-M1の仕様

2013年10月に発売された、オリンパスのマイクロフォーサーズのフラッグシップ機である。「従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機」として、像面位相差AFとコントラストAFを組み合わせた「DUAL FAST AF」でフォーサーズレンズとの統合を図り、ボディー内5軸手ぶれ補正と、防塵防滴・耐低温のマグネシウム合金ボディーを備えた。先代の見方は資料によって重点が異なり、オリンパスの発表資料はプロ用一眼レフE-5の後継機と位置付ける一方、OM-Dシリーズとしては初代E-M5に続く2代目にあたる。

シリーズ
OM-D
位置付け
マイクロフォーサーズのフラッグシップ機(プロ用一眼レフE-5の後継機)
先代
E-5
後継
E-M1MarkII
ライバル
X-T1 EOS 70D D7100

E-M1について詳しく読む

投稿写真 2831枚

日本の未来

日本の未来

最近はオリンパス・ミラーレスとシグマ・コンデジしか使っておりません。いずれも簡易にカメラを持ち出し て撮影することが出来、そんな不精が板についてきました。(笑) 一眼レフを持ち出そうかという気がなかなか起きないのですが、いつまでも小型のカメラでやっていくと 云うわけにはならないのですがその切っ掛けがなかなか掴めません。 写真はやはり自分だけのものではなくて、ましてや公共のインフラを使っての掲示板に投稿ともなると、 多少はそれなりに見せることも考えなくてはなりません。 占星術的に見て、この年末が一番厳しい状況になるかなと予想しています。特に11月は要注意ですし、 それが年末年始にまで続きそうです。そして長い眼で見ると小氷期の到来となります。気候が変動し 気温が低下するとなると、本当の意味での不況がやってきます。食料とエネルギーさえあれば世界は 安泰なのですが、これからはそうは言っておられない気がします。 そういうようになりますと、これまでようにのほほーんと写真道楽はやっていかれないように思いますね。 皆さんはコロナのことばかり気にしているかも知れませんが、風邪の流行などは本当の不況や食糧難 の前には消し飛んでしまうものです。 気温が低下するといっても1度か2度くらいなので、よく考えてみれば私の若い時期に戻るだけの話なの でそんなに心配はないのですが、それは日本だけに限っての話です。世界的にみれば高緯度地域の 気温低下は大きな問題です。小氷期は長く続きますので、これからはその時代に備えても根本的な改革 をしていかなければなりません。 前回のマウンダー極小期は1645~1715年と続きましたが、これは日本では江戸期初期の新田開発の 時期と同じです。各地で浅海の干拓や沼地の開拓、山間部の新田開発が行われました。香川でもその 多くの溜池の造成がこの時期に行われたのです。それでも東北などでは冷害で苦しみました。 香川では山間部の中間村の田地の圃場整備はほぼ終わっていて、後は後継者が受け継ぐがどうかの 問題です。これからは平野部の再開発といいますか、広域田圃に作り変えることをしなければなりませ ん。宅地の乱開発は見直さなければなりませんね。田舎の同級生がやっている農業法人は25ヘクタール 経営ですが、各田地が狭すぎて大型機械を持っていても入りきらないのが多いのです。効率は悪くて 平野部の圃場整備が急務となっています。生産性を上げること、これが大事です。 とにかく現時点でもきちんと農地を整備して法的にも見直していけば、日本は少なくとも香川県は食糧を 自給できる能力があります。四国4県も同様です。 日本では稲作が向いているのであって、家畜の飼料としても米作でやっていかなければならないでしょ う。カロリーベースとして現在の2倍の生産量が必要だろうと思います。考えてみればそれは大変なこと なんですね。 思い出してみますと、コロナ以前に県外を車を走らせて他見を見学してみたのですが、見聞して回ったの は全て農地でした。(^^ゞ 一般的な観光地などには関心がないので田園風景こそが私の原風景だという ことでしょう。香川とちがって北陸東北九州の田地は立派でした。諫早湾干拓地などはこれから生きる はずです。造っていた良かったと皆が思えるようになるでしょう。私が思うに宍道湖や猪苗代湖、琵琶湖 浜名湖、諏訪湖、霞ヶ浦などは干拓・埋め立てすればよいのではと考えています。秋田の大潟村のような 肥沃な農地になるわけですから。 前政権の観光立国なんてのは机上の話であって、もうそんな時代には戻らないだろうと考えています。 人間は食えてナンボの話であって文化などは贅沢病なんですね。風光明媚な湖を見ながらこれは立派な 農地になるだろうって見ていたのは私くらいだったかも知れませんが(笑)、しかしこれからはれそが現実 になるはずです。エネルギー確保として洋上風力発電は大事です。地熱発電も温泉観光よりも価値が ありますね。とにかく食えなくてもいいのか?の脅し文句の前には観光も文化もないからです。 こんな感じでこれから日本も大きく変わらざるを得なくなります。

無題

無題

ちょっと面白そうな記事がありましたので上げてみます。(^^ゞ  価格コムOtus 1.4/55 [ニコン用] 「一生かけてこのレンズ1本を味わい尽くしたい」 https://review.kakaku.com/review/K0000623794/#tab この記事の中でリンクを張られているのが、 「Simplicity / Ken Rockwell -シンプルということ- 」 http://d.hatena.ne.jp/Blue-Period/touch/20131013/1381670801 米国の写真家ですがサイト氏によって和訳されています。 さて実際のところ、じゃあケン・ロックウェルさんがシンプルライフを送っているかというと決してそうでは ないのですが、しかし書かれていることは実にまともで真実を突いているところがあります。 また価格コムの方も、非常に高価なレンズを購入することへの言い訳にケンさんの言葉を引いているわ けでしてね。つまりご両人とも実際の行動と語る理想とは違っていたりするわけです。(^^ゞ  これを矛盾として捉えるのではなく、そもそも矛と盾との相互邁進があったからこそ、結果としての本当の 真実というものが見えてくるというのがリアルな現実なのかなと私は思っています。 ケン・ロックウェルさんも価格コム氏も言っていることはシンプルなのでして、撮影に持ち出す機材は最低 限にすべし。つまり1台のカメラと1・2本のレンズだけで、ということなのでしょう。 そして、これを文字通り実践されているようなのが、キヤノン板におられます。(^^ゞ  現在は野鳥三昧の撮影なのでおそらく他のレンズは持ち出していないのではないでしょうか。 カメラ1台レンズ1本での撮影は、この私も現在進行中で試しているわけですが、以前のように複数の 機材を持ち出しての撮影とは、やはりちょっと違うねえっていう気がしています。 何がどう違うのかはまだうまく説明できないのですが、確実に言えそうなのが機材に関する関心が薄くな るということ(想定内)と、もうひとつは、他者の写真に対する関心も弱くなっていくということでしょうか。 キヤノンの人に特徴的なことは、自分の投稿するキヤノン板だけしか感心がないということです。同様な ことはMN研の人達にも多少は言えそうです。(板としてですが) それがどうのこうのと言うのではなくて、 そういう現象が見られるということなんでしょう。そしてこれはとても注目すべきことだと考えてます。面白 い現象ですから。 もしかすると多くの機材を駆使するということは多様な見方ができるということで、これもまたある種の写 真のやり方なのかもしれません。生物多様性に通じるとしころがあって、全体として生き残りが高くなるの はやはり多様性の獲得でしょうか。 この掲示板がこの先、短く感じられるのはその多様性を失いつつあるということかもしれません。 確かに個人としての観点からは一台一本のカメラで十分であって、それで自分の写真を追求することが できるかもしれません。しかし全体視ずれば必ずしもそうではないのかも分かりませんね。 やはり思い返してみますと、私が影響を受けた投稿者はやはり多様性の機材の人でしたし、たとえ捨て ハンであったとしてもコメントをもらって写真について考えることができたわけであったので、やっぱり写真 は自分だけの他を振り向かない路線で行くのでは限界があるように思えます。 ケン・ロックウェルさんの提言は考えてみればマトモ過ぎるのであって、理想論として現実には即していな いということが言えるかも知れませんね。現実というものはもっともっと複雑なのであって理想論で言える ものではないからです。

小氷期の到来

小氷期の到来

この河川で雨も降っていないにも関わらず、この水量は香川県としてはこの時期、異常です。常には干上 がって水は流れていないはずですから。おそらくこれから本格的に日本でも異常な気候が定着するような 気がしています。 ネットではマウンダー小氷期の再来と噂されていますね。8月の長雨は香川ではこれまで体験したことの ない長雨でした。それで稲作の作況指数は随分と落ちているように感じます。 水の乏しい香川で降雨があるのは嬉しいのですが稲が実る時期に長雨というのはいけません。ただこれ は作付け時期をずらすことで解決するかと思いますが。 試験止水のダムが予想を超えて水量を上げていて面食らっていますし、確かにおかしいところがあって 心配になります。香川県は非常に安定している天候が特徴なのですが(少雨晴天)、その安定した香川で もおかしいとなると、他見では押して図れるというものです。 文明の出す廃熱の温暖化ど同時に、太陽活動の低下が重なっているようでして、これからの食料確保が 心配です。大陸の西部地域は旱魃で東部地域は豪雨となっているわけですし、さらに気温の低下が重 なったり相殺したりするようです。 太陽活動の低下は疫病の発生だけでなく一番の問題は作物の不作です。食糧難となりますからね。 コロナ禍で世界政府とでも言うべきものが強権をもって経済活動を低下させましたが、それだけで済むと は思えません。世界の食料配分をこれからどうするのか、それができなければ戦争になりますから。 菅政権が倒れました。今後は戦争があると考えて、実力をもったトップが座らないといけません。 正直いって庶民は食うものさえあれば良いわけですが、日本の食糧自給率は極めて厳しい現実があり ます。太陽活動は一旦低下すると数十年は回復しません。(マウンダー極小期は1645〜1715年) 日本の農業を復活させる必要が急務です。平野部の宅地乱開発を止め水田の広域再開発、山間部の 農業の再生が必要です。人的にも法的にも技術的にもです。 早い話、米さえあれば日本人は生き延びしていけるので、広い農地と若い後継者さえあれば大丈夫で すね。そして食料だけではなくエネルギー確保も当然に。これは原発再稼動と石炭火力でなんとかいけ そうです。

無題 写真②

無題 写真②

カメラひとつにレンズ1本を装着したまま。こういう機材は気軽に撮影ができるという大きなメリットが あります。気軽に出かけられ、撮影にに於いても余計なことを考えることがないのでスピーディですし それだけでなく肉眼でモノを見るということに集中ができます。 よく見ることが出来ればよく考えることもできるので、もしかすれば本当の撮影とはこういうものでは ないかなって感じますね。多くの機材を背負っての撮影とは、要するに他人に見せるための撮影であ るので、どうしても自分自身が不自由になるところがあります。 撮影中に、こうこういうように撮れば鑑賞者にとってよいかなって考えると、肝心の自分の為の写真が 撮れなくなってしまうんですね。もちろん職業カメラマンは鑑賞者のことを第一に考えて撮影をしなけ ればなりません。しかし私のように趣味で写真を撮るだけの人間は本当に自分のためだけに写真を やっていければ十分です。 数多くの写真テクニックが写真を他者に見せるために、その手段として発達してきました。そうそうし てくると写真とは他者のための写真であるという風に最後はなってくるようです。 じゃあカメラやレンズという機材のことを考えると、これはまず自分が満足する描写や画質を得るため に作られているように思います。自分が満足すれば他者もきっと満足してくれるはずだと。 しかしオーバークオリティの機材も多々あるわけで、そこまでやらなくてもいいんじゃないかっていう 機材などは、それは写真テクニックと同じように他者志向の機材になるのかもしれません。 しかし圧倒的に自分か、他者か、ということでは機材よりも撮影テクニックが大きく作用しているように 感じられます。 上手く見せる撮影術、画像処理テクニックなど、それらを駆使して究極の写真作品ができたとして、 しかしそうすればそうなるほど、撮影者やユーザー自身の満足感というのは減少してくるんではない ですかね。いや、人に見せて満足して褒めてもらって、それを自分の写真エネルギーにするという考え 方もないではないですが、職業写真家ならいざ知らず、趣味として写真をやるにはまどろっこしすぎる のではないでしょうか。といいますか構造的に言ってそれは歪を含んでいます。 ではこの私は自分の為の写真をやれているのか?と自問しますと、単純に言って写真は健康の為と 世界への関心を失わないためにやっているとして、それへの回答としては十分合格していると考えま す。これは道具としての写真術ですか。 そうは言いながらも純粋に、写真の文化としては落第であって何もできていないよねって思ってます。 この文化ということではどうしても他者の眼を借りなければならないからです。 撮影時に於いては、主に自分の記録として道具として写真をしているわけですが、実際にこうやって 写真をアップする時には、少しでも見栄えのよいものを選んでいる自分がいるわけです。また写真の絵 としていけそうな光景を撮影時にも撮っていたりしますね。 つまり完全に自分の為だけの写真はできないのであって、どうしても他者の眼を意識した写真も混じる ということですか。そうは言っても自分の為の記録としてのみ撮った写真でも、他者の眼で見ても面白い かなっていう写真もアップしています。 写真①は人に見せようとして撮った(媚びた)写真であり構図とミリ数を変えて十数ショット撮りました。 写真②は自分の記録としてのみ撮ったもので1ショットだけでした。 私としては写真②が気に入っています。

カメラと歩行

カメラと歩行

カメラと歩行 https://photoxp.jp/pictures/217836 キヤノン板ですが、この2番。カメラの重さについて取り上げています。 カメラや機材には重いカメラと軽いカメラがありますね。デジイチは重いですし高級機はさらに重いです。 加えて高額レンズを着ければさらに重くなります。軽いカメラではコンデジやミラーレスがあるんですが、 ミラーレスでもBG(バッテリーグリップ)やマウントアダプターでデジイチのレンズを着ければ重くなったりし ます。 今回、私は2か月ほど、コンデジのシグマdpクワトロや、ミラーレスのオリンパスM-1(BGは着けずで、 ミラーレスレンズで)ばかりで撮影しました。カメラは重さとしては持っていないのと同じ感覚でした。こう いうのはこれまで何度も繰り返してきたのですが、やはり軽いカメラは長続きしない気がしています。 コンデジやミラーレスで2.3か月。重めのフルサイズミラーレスにBGとデジイチレンズでもせいぜい半年で す。 ひとつの理由としては、やはり光学ファインダー見ることができないという点。もうひとつはやはりカメラの 重さでしょうか。私の場合、撮影中はずっとカメラを手に持ったままでやります。2台持てば1台は肩掛け をしますが、とにかく1台のカメラは常時手に持ったままです。 このカメラの重さは極めて重用だと認識しています。上に紹介したリンクでも、50代以降は体力温存と いうのが写真撮影では大切な要素になっているものと考えるからです。 私が撮影中はカメラを肩かけせずに手に持ったまま歩くのは、この体力を作るためですしその結果として の精神的な意欲も温存したいからです。 人が手ぶらで歩くというのは生理学的に言って理にはかなっていません。人はサルから進化しましたが、 そのサルは前足である腕が発達した動物でした。人が直立し歩行したときにはおそらく手に何かを持って いたはずです。武器としての棒や石とかそういうものがあったのではないですかね。 同じく2足歩行をする動物に恐竜がいました。中には前足が退化した恐竜もいました。しかし恐竜の2足 歩行は尻尾でバランスをとっていますので力学的に言えば3足歩行とでも言うべきものです。 人類が2足歩行をしたとき、その片手には棒とか槍を持っていたとすればまさにこの恐竜の3足歩行を 真似たものとなっていたわけです。そうやって初めて完全な2足の直立歩行となるんではないですかね。 そういうわけなのて、ある程度の重さのカメラ機材は重要かなって考えてます。手に持つ機材の重さは 個人差がありますのでミラーレスでも十分という方もおられれば、重量級のデジイチでなければ、という 方もいるはずです。自分の身の丈にあったカメラを使えばよいのでしょう。 面白いことに人は老人になれば杖をつきます。3足歩行ですね。(^^ゞ 私も山を登る時は杖を使うこと があります。そういう場合はカメラは肩がけします。 若い人は体力が十分にありますので2足歩行で問題がないかもしれません。また日頃身体を鍛えている から大丈夫という方もおられるでしょう。しかしこの3足歩行は覚えておいて損はないですね。 ところでじゃあ私が何故、定期的に一眼ではなくコンデジやミラーレスを使うかと言いますと、それはデジ イチの電磁波からしばし遠ざかるためです。(^^ゞ もしデジイチが電磁波を発生させないとなればずっと デジイチを使っているのでしょうか。しかしそれでも気分転換に、偶には軽いカメラを使ってみたくなるで しょうね。 カメラというものはただ画像を得るためだけのものではないというお話でした。究極の軽量小型カメラは スマホやモバイルですかね。そういう写真もあってよいわけですが、画像を獲得するだけがカメラではな いと思ってます。

無題

無題

ちょっと一気に写真を上げてみました。最近はもう投稿がめんどうくさくなっていて、掲示板を見るのも コメントするのも写真をアップするにも意欲が減退しています。しかし誰かが写真を投稿していかないと この掲示板は廃れてしまうのは確かです。 コロナ禍であらゆる活動が狭められていて、社会全体が沈んでいますね。活力が大幅に落ち込んでい ますから。本当はこういう時にこそ新しい考え方の写真が登場すべきなのですが、そうはなかなか行き ません。(^^ゞ  今回は最近使っている小型のカメラで投稿してみました。持参するのはその小型のカメラ一台と替えの レンズが一本あるかないかという撮影ばかりです。それでほとんどカメラを意識することはありません。 手ぶらと変わらない感覚ですかね。複数台の大型のデジイチのカメラとは大違いです。 しかしどんなに小さなカメラでも、そのカメラがあることで、出かけよう、見てみよう、という意欲が湧いて きます。そこにカメラという存在感と意義があるのであり、写真というものの効用だと思ってます。 上げた写真は熟考などせず適当に見つけたものばかりでおよそ作品などとは言えません。単なる記録 写真です。こうしてみると石仏が多いのに気づきます。たぶん石像は人物撮影の私なりの代替物だろう と思ってます。(笑) 撮影地は香川と徳島高知ですね。人と接することも避けての撮影ですのでどうして も心象的な写真ばかりになってきます。 とにかくカメラを手に持って山海に遊ぶということには、こういう時期だからこそ大きな意味があるのだと 考えていますね。そしてカメラは何でもいいんだということ。それはつくづく思いますね。 そういうわけで近頃は新しい機材(と言っても中古しか買えませんが)に対する意欲が消滅しつつあります。 これはこれでよいのかなって思うところもあって、そろそろコレクションマニアとしての看板は下ろかなって 思ってます。(笑) 簡単なカメラとレンズ一台だけで十分に撮影の意欲は保たれるということを知りまし たから。もしかすればこれが新しい時代の写真の行き方なかではないかと思うところがあります。

無題

無題

最近は画像をせずに写真行為ができないものかと考えています。一般的には写真=画像であるわけで すが、この画像がデジタルの場合は大いに問題となるわけで、多くの方々がそこで躓いていると思うんで すね。 結論から言いますと写真とは画像ではなく、また機材でもなくて、人(ひと)なんではないかということです。 この人というのは、写真人であり和製英語で言えばフォトヒトですか。(^^ゞ ここら辺り、たぶん管理人さん も最近はそういう考え方になってきているみたいです。 写真画像を分析する場合、かつてはカメラやレンズという機材で分類していたようです。写真雑誌の廃刊 が相次いでいますか、それらは大体は○○カメラとか名が付いていました。この掲示板でもカメラメーカー ごとに分類されているところがありますね。もちろんジャンル別というのも昔から存在していますが。 これは機材で分析するのが手っ取り早いからでしょう。 しかしながらここで機材を扱うカメラマンも一種の仮想的機材として考えれば、そこにヒトとしての分類や 分析も可能になるのではないかということです。やがてはAI(人工知能)も写真を撮るだろうとすれば、この 考えはあながち的外れではないだろうと考えています。 大体のカメラマンはというか写真人は終生よく似た傾向の写真を撮りつづけるのであって、その写真人の 写真に対する見方とか考え方が有意性を持っているものといえそうです。 そして何よりも、写真文化には最終的というかその文化のエッジとして、写真作家活動というステータスが あるわけですが、それは機材でもジャンルでもなくてやはりヒトなんですね。その人の思想や哲学です。 https://photoxp.jp/pictures/217321 ここに管理さんの今後の掲示板運営のあらましのようなことが書かれています。 「具体的には、個人単位で掲示板を作れるようにして・・・」というような一節があり、それ多分、価格コムの 写真投稿版であるフォトヒトと同じようなやり方で行くのかなって思えてきます。 確かに現在の写真動向を見ていくと、そういう人を単位とした類分けでないと難しいところがありそうです。 これは多分、投稿者名でも表示が可能というくらいの意味だろうと思ってます。 とにかく、写真とはやはり最終的には写真を撮るカメラマン、写真人というヒトのなせる技であり、その写 真人としての活動、つまりは哲学思想が世間に対しての本当の意味を持つ、ということではないでしょう かね。 多くの写真人は、大まかには文科系や芸術系の人間であり、ごく稀に理系の方もおられるという構図に なっています。それで私の場合はこの少ない理系としてのキャラクターを買って出ているのですが、そう いう技術系の眼からすれば殆どのカメラマン氏は不用心です。そんなんで写真がまともにできるはずが ないだろうと思うのですが、事実そうなのであって長くできている人は偶々の運でやっているに過ぎない ところがありますね。 デジタルカメラ、デジタル技術の発展は凄いものがあって、私はもう着いていけてません。今のデジタル 写真は生身の人間ができるものではなくなって来ているように思えるのですが、兎に角あまにも技術だけ が進み過ぎてしまったかのようです。そういう現状のなかで敢えて写真をやっていきたいとなると過去の 写真のセオリーには無かったようなことまで持ち出してこなければいけないような気がしています。 写真≠画像というのはそういう意味で書いているのであって単純に捉えてもらっては困ります。 最近の私の撮影は投稿写真のようにオリンパスのミラーレスにほぼレンズ一本を着けたまま、という具合 でやってます。撮影に際しては何も考えずにこのカメラ1台だけを持っていく。簡単ですね。(笑) 当然にミラーレスなので電子シャッター設定で、そしてコンデジ風撮影の背面液晶視でやってます。この 撮影手法が一番に身体への負荷が少なくて済み、どんなに撮影しても身体への悪影響は最低限となり ます。 そして膨大な写真がゲットできるわけですが、その殆どの画像はPCモニターでは見ておりません。撮影時 に記憶のあった手応えのあった画像群をほんの少し見るだけです。そして基本的に画像処理は最低限と しています。撮影時ほぼそのまんまですかね。 最近はそんな具合で、たしかにカメラを持って出かけるものの、その実、写真撮影の為にやっているので はないよね、というところですかね。(^^ゞ  写真の為に出かけるのでなければ、じゃあ何のためにやっているのかと言うと、それはすこぶる単純で あって、自分の興味のあるものをこの眼で見たいから。ということに尽きます。(^^ゞ  つまりは写真の為の写真はしない。写真の為だけの行動はしないぞ、ということです。付随としてカメラや 写真はあるかも知れないけどあくまでオマケです。 多くの写真人は自分のためではなく、なんだか分からない写真という空気の為に写真をやっていることに 私も遅ればせながら気がつきました。これは明らかに行き過ぎでしたね。こうこういう写真をすればみんな が喜ぶのではないか、という間違った動機で写真をやっていただけだと思うのです。 添付した写真は四国高知県東洋町の淀ケ磯、という南下すれば室戸岬というところの海岸です。景勝地 でも何でもなくて撮影の為に車を停めるにも苦労しました。四国徳島の阿南市辺りから、紀伊水道側の 太平洋を南下するのが国道55線なのですが、その国道を散策しながらここが最も景観的に相応しいので はないかと考えたからです。 それは弘法大師空海の若きし頃の修行の道であったわけでしょうね。たぶんここらの海岸の道なき道を 歩いたのだと思われます。1200年前の話ですから当時は海岸線の浜を歩かざるを得なかったと思います。 この先、ずっとずっと先に室戸岬はあります。そして最難関はこの磯浜ではなかったろうかということで しょうか。撮影時はずっと雨でしたので、また夕暮れの撮影だったので画質は最低限ですね。だいたい カメラ自体が画質を云々するカメラではありません。レンズもパナソニックの安物のズームレンズです。 この道は遍路道でもありまして、この偶に歩き遍路の巡礼が見受けられます。私もいつかはこの55線を 歩いてみたいものだと考えていますがさてどうなることやら。(^^ゞ  弘法大師空海の人となりは極めてユニークですね。これほどの人物が讃岐に出現したとは思えないほど なのですが当時の日本の文明領域は狭かったので可能だったわけでしょう。 空海は只単に当時の先端の思想技術を日本に招来しただけ、とも考えることができます。しかしながら 当時の東大を中退して山野に放浪した若き時期があったことを思えば、それだけではなかったろうという ことです。自身の内面から吹き出る衝動のような希求心があったればこその新仏教思想の導入だったろ うと思います。同時にそれは正に時代の要請でもあったのかもしれません。 占星術的に言えばもはや21世紀の現在は平安時代の空海の時代ではなく、その後の法然親鸞や栄西 道元日蓮の時代となっています。それであまり空海を知ったところが今の時代には役に立たないたろうと 思うのですが(笑)、やはり過去を知ることは大切です。空海の思想は例えていえばカラーフィルム時代の 思想ですかね。デジタル写真はその後の鎌倉仏教の思想でなければ解けないと思ってます。

無題

無題

写真の面白さはやはり画像にこそ有り得ます。写真行為そのものは画像を超えるべきものであるわけで すが、それを他者に伝えようとすれば、どうしても画像しかないというのが現実です。 そこにジレンマがあるのですがそれを解決し乗り超えなければ写真の文化を成立させることができませ ん。今回私が使ったカメラは画質としても機能としても最低限のカメラです。中古で2万円もせずに手に 入れたカメラですが雨でも夕暮れでも十分に働いてくれました。これで十分じゃねえ?ってところです。 親鸞さんはただ南無阿弥陀仏と名号を唱えるだけで往生ができると言いました。空海さんのように重装備 の思想や物量モノではなくて、その名号もこのオリンパスも到って簡単至極ではないですか。(^^ゞ  しかしナムアミダブツと名号を唱えるだけでは満足ができないのが我々凡人です。どうしてもモノが必要 になり、この写真のように下々のものまでが石仏などを必要とします。(笑) そういう私も石仏や地蔵はよく撮ります。それらを見かければ本能的に撮影をしてしまうのは、この私も 庶民以外の何ものでもないという証しということですか。(^^ゞ  本当はカメラやパソコンなんか必要としなくとも写真ができればよいのですが、そうはできていません。 いずれはそういう時代になるかもしれませんが、それはそれで恐ろしい時代かもしれませんね。人間自体 がカメラやコンピューターになるということですから。 ですからこの地蔵さんのように、簡単な道具やモノで写真ができるのが一番だということになりますか。 カメラやパソコンは道具です。カメラは日本製が多いので律儀に道具の分際を守ってくれていますね。PC はやや最近は逸脱してきておりますがね。 ではスマホはどうでしょうか。単純に自分の道具だとは言い切れないようななっていますね。むしろ主人 はスマホで、人間があやつられる道具としての様相を見せて来ているようです。スマホがなければ日がな 日も暮れないという具合で。 私も最近携帯を新調したのですが、電話だけできれば良いのにと思いながら実際は無用なデータ通信を 勝手にやっているのが最近のモバイルだということを知りました。OSは従来の日本製トロンではなくアンド ロイドOSだったのでそういうことをするのでしょう。これはスマホやモバイルがクラウドの端末ターミナルで しかなくなったといういうことです。主人はユーザーではなくクラウドのメーカーですね。 今はそういう時代ですか。我々が機械や道具を使っているのではなく、それらに使われているということ。 そしてそういうことに誰もが一向に気が付かなくなっている時代だと言うこと。 そういうことではデジカメは日本製ゆえにまだそこまで行ってませんね。私のように自分本位でカメラを使 うことができます。PCもまだそういう領域にあります。 もし仮に自分で撮った写真データをカメラから取り出せなくなって全てクラウドに直送されてそこから許可 を得てやっと見ることができるという、そういうカメラになると皆さん、どうしますか。(笑) 不都合な写真は自動的に削除されたりして。またご丁寧に画像処理された写真になっていたりもして。 そんなのはもう写真ではないですよね。まあ画像ですはあるんですが。もしアメリカや中国がカメラを作れ ばそういうことになりかねないです。 今回のウイルス&ワクチン騒動をみておりますと、所謂クラウド達は全人類の免疫すらも我が物にしよう としているが分かります。人の免疫機構は脳や精神と並んで最も高度な仕組みなのですが、それらを全 てクラウドの端末化にしようという企てに驚いてしまうしかないです。 しかしこれは成功するのでしょうか。ウイルスを果たして家畜化できるとでも彼らは思っているのでしょう か。そこに見えるのは人類への多少のダメージと仕掛け人達の破綻かも知れないのに。 占星術的に言えば彼らクラウドの目論見は失敗するでしょう。これまでの20年間の時代とは違う時代が これから訪れようとしていますから。とにかく現在はまさしく戦時下にあります。 余談ながら免疫とはお腹であり心と深い繋がりがあるように思えます。こころを強く持つということはなか なかできることではなく生まれつきなところがあるんですが、自分の好きな楽しいことをしていれば良いの かなっていうところはあるでしょう。それで写真が好きならば塞ぎこまず積極的に撮影をしていきたいです ね。人間、好きなことをするというのは大切です。そして黙々と歩きましょう。 写真というのは一瞬の目の前にあるものだけが真実、というところがあります。いろいろと未来のことは 分からないものなのですが、この場の真実だけはきっちりと見ていくということ。写真人としてはそれだけ で十分なのではないですかね。 とにかく今のカメラはそういうことではまだ個人の自由に使うことができます。自分の考えで写真をしカメラ を扱うことができます。カメラかスマホか、と問われれば私はすぐさまカメラだと答えます。 この地蔵さんの写真ではカメラを車から出たり入ったりしたのでフィルターやレンズの曇りが凄くて困った のですけど、それで画像は鮮明ではありません。しかしこういうのも逆にいいかなって感じるところがあり ます。(^^ゞ 鮮明に写るだけが写真ではないのだというところですか。実は曇ってしまったレンズもあるの ですが、そういうレンズも上手くやれば使えるかもしれませんね。

Camera Profile

E-M1について

発売当時の発表資料、専門媒体のレビュー、利用者の声から、この機種の位置付けと評判をまとめました。

登場した時代

E-M1は2013年9月10日、フォーサーズシステムとマイクロフォーサーズシステムの両規格に対応する機種として発表された。同時に、新レンズ「M.ZUIKO DIGITAL ED 12-40mm F2.8 PRO」と、防塵防滴仕様のフォーサーズアダプター「MMF-3」も発表されている。1プレス オリンパスニュースリリース:従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機「OLYMPUS OM-D E-M1」発売発売はボディーと12-50mm EZレンズキットが10月11日、12-40mm F2.8 PROレンズキットが10月19日で、価格はいずれもオープン価格だった。2プレス オリンパスお知らせ:「OLYMPUS OM-D E-M1」発売日決定のお知らせ

同じ2013年にはニコンD7100とキヤノンEOS 70Dが発売され、APS-Cの上位機の刷新が相次いだ。E-M1は2014年5月、「カメラグランプリ2014」のカメラ記者クラブ賞を受賞した。3プレス オリンパスニュースリリース:OLYMPUS OM-D E-M1が「カメラグランプリ2014 カメラ記者クラブ賞」を受賞

ラインナップ上の位置付け

オリンパスの発表資料は、E-M1を「従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機」とし、プロ用一眼レフE-5の後継機とも位置付けた。一方でOM-Dシリーズとしては、2012年3月発売の初代E-M5に続く2代目にあたる。先代をどちらと見るかは、資料によって重点が異なる。1プレス オリンパスニュースリリース:従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機「OLYMPUS OM-D E-M1」発売

開発本部長の杉田幸彦氏は、ハイエンドの一眼レフであるE-SYSTEM、OM-D、PENの3ラインナップを、OM-Dに最上位のE-M1を加えることで2ラインナップに統合したと説明した。4インタビュー デジカメWatchインタビュー:メーカーインタビュー2013:オリンパス編商品開発を担当した城田英二氏によれば、企画の出発点は「オリンパスとしてのフラッグシップ機」であり、どんな環境でも持ち歩けて最高の画質を提供することを目指したという。5インタビュー デジカメWatchインタビュー:「OLYMPUS OM-D E-M1」の進化に迫る

先代からの進化

E-M1は、有効約1628万画素の新開発Live MOSセンサーと新画像処理エンジン「TruePic VII」を搭載し、AFにはコントラストAF81点と像面位相差AF37点を組み合わせた「DUAL FAST AF」を新たに採用した。手ぶれ補正はボディー内5軸でシャッター速度換算4段分、ボディーは防塵防滴に加えて-10℃での動作を保証する耐低温性能を持つマグネシウム合金製である。連写はAF追従時で最大約6.5コマ/秒、S-AF時で約10コマ/秒、EVFは35mm判換算0.74倍・236万ドット、シャッター速度は最高1/8000秒である。1プレス オリンパスニュースリリース:従来型一眼レフを統合するミラーレスのフラッグシップ機「OLYMPUS OM-D E-M1」発売これらを備えながら、質量は本体のみで約443gである。6レビュー 価格.comオリンパス OLYMPUS OM-D E-M1 ボディ [ブラック] スペック・仕様

E-M5との違いとして、dpreviewはより洗練されたAFと「あらゆる操作にボタンを割り当てる」設計を挙げ、グリップが深くなって大きな手でも快適に持てるようになり、ボタンも大きくなって操作しやすくなったとした。7レビュー dpreviewOlympus OM-D E-M1 ReviewデジカメWatchのレビューは、AF追従連写がE-M5の4.2コマ/秒から向上したとし、北村智史氏はE-M5よりホールドしやすい形状になったと評した。8レビュー デジカメWatch新製品レビュー:OLYMPUS OM-D E-M1

ライバル機種との比較

同じ2013年のAPS-C一眼レフでは、キヤノンEOS 70Dが有効約2020万画素のセンサーを積み、ライブビュー撮影時に撮像画面の縦横約80%の範囲で位相差AFが効く「デュアルピクセルCMOS AF」をEOSで初めて採用した。連写は最高約7コマ/秒である。9プレス キヤノンデジタル一眼レフカメラ“EOS 70D”を発売ニコンD7100は有効2410万画素で光学ローパスフィルターを省き、51点AFと最高約6コマ/秒の連写を備える。本体のみの質量は約675gで、E-M1より200g以上重い。10プレス ニコン高い描写性能と被写体捕捉性能を小型・軽量ボディーに凝縮したニコンDXフォーマット デジタル一眼レフカメラ「D7100」およびワイヤレスリモートコントローラー「WR-1」を発売

翌2014年2月に発売された富士フイルムX-T1は、AF追従8コマ/秒の連写、倍率0.77倍のEVF、防塵防滴と-10℃の耐低温性能を持つフルマグネシウムボディーを備える。11プレス デジカメWatch富士フイルム、“レンズ交換式Xシリーズの決定版”「X-T1」を披露画質については、デジカメinfoが紹介した海外メディアePHOTOzineのレビューが、E-M1を「これまでのm4/3機でベストの画質」とし、ISO6400〜12800でもE-M5より豊富なディテールと良好な色再現を保つと評した。12レビュー デジカメinfoオリンパスOM-D E-M1はこれまでのm4/3機でベストの画質

開発の背景

城田英二氏によれば、開発段階ではフォーサーズ方式とマイクロフォーサーズ方式を並行して検討し、「マイクロフォーサーズ方式に技術を集約させて進歩させた方が今後の可能性がある」と判断した。AFでは、システム開発担当の金田一剛史氏が像面位相差AFだけで合焦させることにこだわり、精度を確保できるAF画素を撮像素子に埋め込むことを決めた。ボディー設計担当の高瀬正美氏は、剛性と防塵防滴性能をE-5以上にすることを目指したと述べている。5インタビュー デジカメWatchインタビュー:「OLYMPUS OM-D E-M1」の進化に迫る

杉田幸彦氏は、フォーサーズ用に設計されたE-SYSTEMのレンズを、マイクロフォーサーズでも「実用レベルで差のない使い勝手」にできるかがテーマだったと語った。一眼レフとミラーレスの最も大きな違いはファインダーだとし、E-M1では高精細で像の大きなEVFをコンパクトに実装できたとも述べている。4インタビュー デジカメWatchインタビュー:メーカーインタビュー2013:オリンパス編カメラグランプリ2014のカメラ記者クラブ賞の選考では、フォーサーズレンズとの統合、防塵防滴性能と小型軽量なシステムによるプロユースへの対応、E-M5を磨き上げて画づくり・レスポンス・操作性を高い次元で釣り合わせた点が評価された。3プレス オリンパスニュースリリース:OLYMPUS OM-D E-M1が「カメラグランプリ2014 カメラ記者クラブ賞」を受賞

利用者の評判

価格.comのユーザーレビューでは、満足度は4.58である。項目別では手ぶれ補正、ホールド感、デザイン、液晶がカテゴリ平均を上回る一方、バッテリー持ちと画質は平均を下回る。良い点にはデザインと堅牢性、DUAL FAST AFによる高速AF、手ぶれ補正、直感的な操作性が挙がり、悪い点にはバッテリー持続時間の短さ、シャッター音、高ISO時のノイズ、本体の重さが挙がる。13レビュー 価格.comオリンパス OLYMPUS OM-D E-M1 ボディ [ブラック] レビュー評価・評判

専門媒体では、デジカメWatchの北村智史氏が、位相差検出画素の内蔵による画質低下を心配していたものの、ローパスフィルターレス仕様とファインディテール処理IIによりE-P5より画質が向上していたと評した。一方で、フォーサーズレンズ使用時のAFスピード不足とSWDのハンチングによるがたつき、撮影可能枚数が約350枚と少ない点を不満に挙げている。8レビュー デジカメWatch新製品レビュー:OLYMPUS OM-D E-M1プロカメラマンの川口正志氏は、画質・性能・使い勝手の釣り合いと約236万ドットの高精細なEVFを評価し、E-M1で「E-5では諦めていたことさえも可能になった」と述べた。ただし液晶モニターはフリーアングル式でなく、縦位置でのハイアングルやローアングルの自由度はE-3やE-5に劣ると指摘している。14レビュー デジカメWatch特別企画:オリンパス派プロカメラマンによる「OM-D E-M1」体験記

評判の出典

8件

内容の確認日: 2026年9月26日

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