ソニー α900 作例

2008年10月23日発売

α900の仕様

投稿写真 231枚

無題

無題

里山登りだけが足腰を鍛えられるということではないのです。特に体幹を鍛えるということでは海浜の岩の 磯場が格好のトレーニング場になります。心肺機能や有酸素運動にはなりませんが、足場がとても悪いので 身体のバランスをとらなければなりません。それが体幹の鍛錬になりそうですね。 そういう場合でもカメラを手に持ったままで岩を伝い歩きする。 岩場は標高2000メートル以上山岳でなければなりませんが、標高ゼロメートルでもその醍醐味を味わえると いうのが嬉しいですね。引潮時を見計らって半島や小島を周遊する。大潮だと最高です。しかし潮の加減を 見極めないと海水の中を歩くことになるので注意。(笑) 香川ではそういう磯場も数多くあるので恵まれています。そして潮の落差も大きいのでなおさら。 体幹トレーニングは体操として、ネットなどで容易く学ぶことができます。しかし面白くないんですね。 やはり野外の自然の中で、結果としてトレーニングになることをしたいです。 杖を使って急傾斜地を登ることも考えています。長めの太い杖です。既に自作していて、先には金属を仕込 んでいますので、そういう杖を使ってロープは使わずに登るのです。さすがにカメラ片手とはいかないので カメラはリュックに仕舞い込んで。 木登りはどうかな?とも考えるのですが、さすがに難しそうです。山には大木は無数にあるわけですが 難易度は高いです。滑落すれば怪我をしますしね。 トレイルランニングというのもあるんですが年齢的に流石に無理でしょう。それにカメラは持てなくなります。 まあ色々と考え工夫をしながらやっていきたいですね。 やはり私としては写真を撮ること結び付けていかないと山は歩けません。カメラなしで、となると興味を 失ってしまいますので。 やっぱりカメラ片手に。というスタイルが私には向いています。カメラは基本、2キロということにしていて、 それでそれに満たないカメラ、ペッタックスなどかそうなんですが、それでバッテリーグリップに鉛を仕込み ました。それで2キロになったのでこれからペンタックスも使えるかなって思ってます。 カメラはキヤノンとかニコンとかは、他の登山客には人気がないんですね。ペンタックスとかオリンパスが 人気です。これ、何ででしょうね。多分、キヤノンやニコンを使う人は無粋なところがあるのを普通の人達 は見知っているからかもしれません。無粋というか何というか、プライドが高すぎて、取っ付きにくいと感じ ているのかも。(笑) それで素人然としたペンタやオリンパスが親しみがもてると、彼らは感じているのかもしれません。 キヤノンやニコン・・・取っ付きにくい。ハイアマチュア御用達のカメラだと見られている。 ソニー・・・やや親しみが持てる。 ペンタックスやオリンパス・・・特に親しみが持てる。人気のカメラ。 パナソニック・・・地味。 シグマ・・・意味不明。 まあ、こんなところでしょうか。 そして私の場合は2キロが基準値となるので、ミラーレスカメラはレンズを大きくしても難しいですね。 やはりデジイチの光学式が向いています。とくにフルサイズ・デジイチです。ペンタプリズムがないと 重量が稼げないといいますか。 こういうカメラの役割は、他の登山客とのコミュニケーションツールとなるわけです。メーカーはともかく、 大きなカメラボディに大きなレンズ、フードもきちんと付けてるし、バッテリーグリップも装着している。 ストラップも幅広のカラフルで。 自分としては鉄アレイのつもりで持ってるところがあるんですが、登山客の方々は私が写真趣味の人間だと 思ってるわけですね。実際は違うんですけど、そうは見られない。 写真趣味の人が見れば、古臭い光学一眼レフで時代遅れだなって一発で見破るわけですが、山歩き趣味の 人達には、そういうのは分かりません。と言いますか、写真趣味の人達は里山歩きなんかしませんしね。 高倍率ズームのコンデジで野鳥を、という人は見かけましたが、歩いてはいませんでした。

OLDレンズ AI感想お願い その6

OLDレンズ AI感想お願い その6

こんばんは 貼り付け画像への感想そして次回撮影かまら設定へのアドバイスおりがとうございます それを受けて 6回目の投稿させていただきます 宜しくおお願いいたします 初投稿から6回目ですが 回答内容へのパターンが見えてきました  10回目までは頑張って続けさせていただきますので宜しくお願いいたします さて前回 4回までは機材AIへのコメントを頂きました この機材AIへの返答骨格パターン どのようなアイテムで返答されてるか 開設意図このサイト内でまことに申し訳ないのですが教えていただけますか それと 辛口AI 前回から投稿させていただきましたが どのような主旨で そのような観点からの 何を目指したらなのかコメントなのかも その判断基準など教えていただけたら幸いです 他の投稿者に対しても 色んなAIコメントが設定されているのかその意図どの板を見ればわかるのか 教えていただければ幸いです さて今回の投稿ですすが 使用レンズも大切な要素なのですが 前回もそのレンズ特定ありませんでした レンズ特定わからないのであれば はっきりと不明とください  質問AIが 機材AIでないのでとの回答でも結構です AI回答 幅広い情報のをお待ちなので 過大な期待かもしれませんが以上述べさせて頂きました 大変失礼な書き込み内容ですが一投稿者の意見 質問内容として返答していただけれ幸いです 回答表示語尾も AI様よりは少なくとも歳を重ねていると思いますが 上から目線ではなくの表現が必要かと思います(AIが言っていることが理解できればですが) 他の投稿者に対しても必要かと思います  以上コメント内容についてAIコメンとについての 回答設定パラメータ?があるのかわかりませんが あえて記載させていただきます  回答頂ければ その回答内容で判断させていただきます 画像投稿します レンズ特定の上での回答か期待いたします

雑文

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渡邊康弘氏の見解ではなく、1976年(昭和51年)の警察白書の「極左暴力集団の動向」からの抜粋 ですかね。 https://www.fnn.jp/articles/-/648706 三菱重工ビル爆破事件は1974年8月30日ですので、私もまだ学生でした。当時の私は哲学書などに 夢中でしたので(そして黒白写真にも)、ああいう新左翼系の論理などはバカバカしくて、そしてあまり にも幼稚すぎて、なんの感慨もなかったことを覚えています。 ただ若いので暴れたかった、というだけの話ではないでしょうか。そういうはオウム真理教と変わりま せんし、京アニに放火した青葉被告とも五十歩百歩です。当時の流行だったというだけのことでしょう。 ともあれ、彼は、桐島容疑者はその後、逃亡しながら何十年も生き抜きました。そちらのほうに彼の 生きた値打ちがあるといえます。50歳代の頃(占星術では太陽金星の山羊座の時)、20歳年下の女性 に結婚話を持ちかけられたそうです。とにかく彼の半世紀にも及ぶ逃亡生活は、後悔の念以外には なかったろうと思いますね。 しかし人間は過去を後悔しても何も始りません。ただ全ての現実を受け入れて今を生きるしかなかった ろうと言えます。 よく犯罪者に対して、お前はなぜそうしたのか、今の反省の気持ちを聞きたい、などと言っていますが、 そんなもの、当人にも分かるはずがないじゃないですか。 ただ巨大な時代の力と、当人に与えられた運勢の指示に従っただけ。というのが真実といえばそう なんでしょう。人間の自意識なんてちっぽけなものですからね。あってないようなものです。 とは言いながらも、もしかすれば人の自意識が勝てる部分も少しはあるのではないかと密かに考える こともあります。それはこれからの私の研究課題となっています。

雑文

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病院とか報道陣とかの写真は何だったんだろう?と思いきや、桐島聡容疑者のことだったんですね。 彼は1954年生まれですので、ほぼ私と同世代です。今とは違い、昔はああいう時代だったんだなって、 思い起こす切っ掛けになりました。 桐島聡1954年1月9日午前4時10分・福山市生まれで(時刻は想定)、ちょっと占ってみました。 まず太陽・水星・金星が山羊座で合。及び蟹座の天王星と衝。火星と土星は蠍座で合。月は魚座。 そして上昇宮は射手座。太陽水星金星は2室(牡牛座)。 射手座や魚座は人が良く、そして牡牛座は人気があり、皆から愛される人ですね。そして音楽が好き。 さらに太陽と金星の合が特に愛される星相です。 一般的に山羊座や蠍座は取っ付き難く<、お固い人が多いのですが、金星と射手座魚座牡牛座が それを大いに緩和しています。 ここまでは何ということのない普通の人に見えますが、決定的な星があります。それは11室(水瓶座) にある火星・土星・海王星です。これは年運的には、ずばり20歳代となり、反社会的な星です。そして 友人運も最悪です。また孤独の相でもあります。 全体的に見て、社会運としての星座群に、火星土星海王星冥王星天王星という凶星が入っているん ですが、同時に太陽水星金星が山羊座。上昇宮が射手座と、総体的に見れば決して悪くはないんで すね。だからこそ田舎から明治大学にいけたわけですし。 彼がもし、あの時代に20歳代でなければ。そして東京に出て行かず田舎でいれば。ああいう犯罪には 走らなかったろうと推察されます。そしてやはり全般的に見れば彼の性格は流されやすいタイプです。 半世紀近く逃亡できたのは、ある程度の彼の持つ強運のお陰でしょう。その逃亡生活がベターだった のかどうかは私は知りません。とにかく刑に服するという選択肢(場合によっては死刑もありえたかも) を選ばなかったわけですし。 彼がもっと強い性格の星を持っていれば。また悪友の誘惑がなければ。ごく普通の人生と生活を送れ たかもしれません。若気の至り、覆水元に返らずとはよく言ったものです。

雑

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キオクシアと言えば東芝です。そしてキオクシアは最近のニュースでWD・ウエスタンデジタルとの統合 協議が打ち切りということです。でもそれで良かったんではないですかね。 えーっ風水で見ますと(笑)、ウエスタンというのは西ですね。そして東芝は東でしょう?その西と東が くっついて上手くいくはずがないんです。そもそも東芝がこけだしたのは原発のウエスチングハウスを 吸収してからです。こういう簡単なことすら見えていなかったわけですから、この20年の日本の体たらく が分かろうというものです。 ともあれ、ここ数年の日本に於ける半導体産業の巻き返しは始ったばかりですが、けっこういけるんで はないかと期待しています。熊本のTSMC、宮城のPSMC、広島のマイクロン、そして北海道のラピダス。 最後のラピダスは不安視する人が多いですよねぇ。(笑) とにかく半導体産業と言えば、もはや国家の命運が掛かっていると言わんばかりで、各国とも補助金漬 けで大わらわというところがあります。 風水、占星術のことですが、土星と木星の会合が2020年だったか、山羊座から水瓶座にかけてありま した。これが日本に幸いすると見ています。日本に利するということは中国にはマイナスというのが歴史 の法則のようなものでして、それでこれからの20年間は日本が浮き上がるだろうと見ています。 かつての2000年の土星と木星の会合は牡牛座から双子座だったんで、それで中国やロシアが大きく 発展したんですね。 鎌倉Mさんの写真を見ますと、キオクシアと東芝メカトロニクスのビルが並んでいますね。 ともあれ、東芝、力強く復活して欲しいです。もう落ちるところまで落ちたんだから、後は浮き上がるしか ないと思いますけどね。(笑)人の人生も会社も浮き沈みがあるのが当然。生き延びることが大事です。

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最近はバイク女性が多くなりましたね。男ができるものは一通り女も出来るものだということでしょう。 写真も釣りも昔は男だけの世界だったんですが、女性の二人連れの釣り人も多いです。バイクだと 女ひとりで、ということもあるんですね。 それにしても夏日浅子さんとかの素敵なバイク女性、うまく撮影できましたか。(^^ゞ  写真慣れしている人は別ですか、普通の女性は改めての撮影となると、なかなか狙ったイメージに ならない場合が多いですからね。 この頃は旅先でも、一人で黙々とスマホを弄っている人がいて残念なところがありますが、何にせよ 見知らぬ所へいけば積極的に現地の風に触れ、人とも交流したいものです。 カメラを持って写真を撮っておりますと、そもそも私は撮影は一人で、且つ、人様のいないところで 撮影をするのですが、一時の出会いの地元の人と話し込むことはとても多いです。 実はこれには種があるんですね。種というのは、種も仕掛けも・・というタネです。 それは私が大型のカメラを手に持って撮影をしているからですね。使っているのは大体はデジイチで すし、しかもバッテリーグリップは必ず付けてます。(これで中級機でも大型機に見えます) そして レンズも大体は大型のものです。 スマホとかコンデジしか知らない一般の人から見れば、びっくりするような代物ではないでしょうか。 「よくは知らんけどきっと何十万円もするに違いない」と思ってくれるからこそ、そこにクレジットというか、 人としての信用が生まれるんだと思います。それで見ず知らずの私にでも話してくれるんだということ でしょうね。スマホだけで撮影をしているとそう簡単には信用しもらえないと思いますから。 人は相手を値踏みするに、足元や手元を見るんではないですか。(^^ゞ  しかし考えてみれば、大きくて目立つカメラを持っていて、それで信用してくれるというのは、歴代の ハイアマチュア人士達のお陰ともいえます。彼らが礼儀正しく紳士だったからこその信用財産ですから。 カメラの中でも一番信用が、というか人気があるのが、やはりキヤノンですかね。そして二コンやソニー。 ここらあたりは誰でも知ってるブランドです。ペンタックスやオリンパスも人気ですかね。 そういうブランドのカメラを信用してくれるからこそ、ついでに付属物の私も大目に見てやろうか、という ことだと思ってます。(^^ゞ  こう言っちゃあ身も蓋もないようですが、カメラのひとつでもあれば、とりあえず信用してくれるということ で大変有り難いことだと思ってます。 これが車だと、逆に高級車は怪しまれてしまうというところがあります。ヤクザとちゃうか?とかですね。 高級車が犯罪に絡む事件って昔からありますからね。レクサスだとかベンツだとかは用心されますし、 やっかみを受けることもあります。 つまり車というのは金さえ出せば誰でも買って乗れます。しかしカメラはそうはいかない。インテリジェンス が一応は求められますから。(^^ゞ そこが同じブランド品でも車とカメラの違うところです。 車は事故で人を死なすことがありますが、カメラはそれで死ぬ人はいません。そういう違いもあります。 とりあえずは多くの方たちから、写真とは良いご趣味ですねって言ってくれてます。お世辞でもそう言って くれるのは有り難いことです。そんなわけでカメラを持って歩くという趣味は、この先もずっと続けて行きた いなあと願っています。 余談ですが、一般の人でも少しは写真を知っている人には、ミラーレスが最新ということで人気ですが、 全くの写真を知らない普通の人には、ペンタプリズムのあるデジイチが人気なんです。外見で判別が付く のはやはり大きさです。そして外見から判別しうるだろうところの重さです。 つまり大きくて重いだろうというカメラをわざわざ手に持っているということが、凄いねっていうことですね。 写真機であるカメラというのは、本当は金額ではなくて、その大きさ重さを、カメラマン氏は敢えて使って いるという、そのことへの多少の尊重心があるんではないかと私は思っています。 スマホでも十分に綺麗に撮れるということは素人さんでも良く知っていることです。それなのに大きくて 重い機材を使う。そのことを一般の人々は尊重してくれているのだろうと思うのですね。 デジイチ2台に交換レンズを持ては10キロくらいにはすぐなります。それで苦行僧のようにして歩いていれ ば、お布施のひとつやふたつは頂けるだろうということ。(笑)

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以下の投稿は、 https://photoxp.jp/pictures/224157 これからの続き、ということになります。 認知症の種類と それぞれの原因・症状を解説 https://www.taiyo-seimei.co.jp/net_lineup/colum/ninchi/003.html 認知症予防10か条 https://kaigo.benesse-style-care.co.jp/article/knowledge/ninchisho/yobou 第1条 生活習慣病を予防・治療する 第2条 バランスのよい食生活で健康を保つ 第3条 よく歩き、運動する 認知症を 予防するためにできる3つのこと https://www.taiyo-seimei.co.jp/net_lineup/colum/ninchi/006.html ポイント1. 食生活を見直す ①野菜、果物、豆類を積極的に食べる ②魚を積極的に食べる ③緑茶や赤ワインを適量飲む ポイント2. 適度な運動をする ポイント3. 社会活動に参加する とまあ。こういう常識的なことしか書かれていません。とは申せ、大切なことばかりですね。 占星術では、脳疾患系の病気に陥るのは。牡羊座(第1室)と火星、ということになっています。 認知症だけでなく脳梗塞脳溢血などでもそうです。だいたい第1室に大きな凶星がきている人 が多いです。 占星術では病気の星や星座として、魚座(12室)や乙女座(6室)が、病気の星座だといいますが そこに凶星があったとしても一時的な病気ですみます。それで回復できない病気の運としては 牡羊座(1室)と蠍座(8室)が重要です。それから太陽の凶星とのアスペクトも大切です。 占星術的な防止策としては、就寝時に東枕で寝るということ。これが最も重要です。そして 運動です。これは長時間の歩行が有意義となります。労働と運動とは違うので要注意ですね。 そして勿論ですが食事の大切さです。 東枕に関しては、東貧南病(東では無駄遣いが多い。南は病気になる)とか、南枕病人北枕死人 と、こちらでは言い伝えられています。 東貧南病と言いますと東はダメじゃん?となりそうですが、健康的にはそうではなく東枕がベスト ということになり、次いで西枕となり、南枕と北枕はどちらもダメという具合です。 この科学的エビデンスは極めて難しいです。ただ東西南北とは地磁気に対して、ということだけ は申し上げておきます。 認知症や病気運だけでなく、この東枕法は人の運勢の根幹を形作っており、これを人為的、もしくは 意識や意思によって変えることは極めて難しいということになります。 なぜならば占星術では生まれ持った時点でその一生の運がプログラミングされているからです。 その運勢予定を人為的に改変することは、まあ神様との契約に違反しますからね。(^^ゞ  しかし何事にも例外があるのが世の中です。上に政策があれば下には対策がある、と中国の人 も言っていますしね。(^^ゞ  この東枕効果は数年や数ヶ月での効用であり、即効性はありません。むしろ短期的にはメンケン 反応で逆の結果がでます。それを乗り越えての効用なので気の長さが求められます。しかしこれが 健康と運勢の基礎であるということは忘れてはいけません。 食事、きわめて大事です。これを突き詰めていくと一個人での話しでなくなり国の農業問題にまで 発展します。 そして食事とは口に入るもの全てですので飲酒とか喫煙というものも含みます。精神的に不安定な 人であれば暴飲暴食などもするでしょう。 私はずっと有機農法で栽培された玄米食を定期的に食しています。もうかれこれ数十年となりますか。 食事と栄養は日常のことなので強い意志だけでなく習慣づけをることが大切ですね。 納豆食は私も随分と前から継続しているのですが、最近は蕎麦食にも興味をもっています。 この納豆も蕎麦も、大体は北・東日本の食習慣です。納豆も蕎麦の健康に良いと言われていますね。 そういうのは真似ないといけません。こちら香川では納豆というと甘納豆のことですし(今はそうでは ない)、蕎麦ではなくウドンです。お陰で糖尿病罹患率ワースト何位だったかと記憶します。 食事は偏食せずに満遍なくバランスよくするのが大事ですが言うは安し行うなうは難しです。 そして、今回の認知症などの脳疾患に対して最も効果が認められるだろうと考えているのが、運動 です。しかも歩行です。さらにいうと長時間の歩きです。平地の歩行よりも山間部の歩きが良いで しょう。修験道などの難行苦行とまではいいませんがイメージ的には憧れですね。(^^ゞ  長時間というのは持久力のことでありますね。歩行と脳の関連は多くの方が言われています。 おそらく長時間の歩行は脳内の不要な蛋白質を除去排泄する働きがあるのではないかと想像して いるんですね。科学的にそうだとは言いませんがイメージ的に、です。 長時間の歩きは1日中を要します。そう滅多に実行できるものではないんですが、月一くらいはカメラ を手に持って歩けるだけ歩いてみたいと願っています。 山歩きを趣味とする人は多いですね。ただそういう方は踏破することが目的で無駄な歩きはしません。 撮影趣味の人は、徘徊的な無駄な歩きがあるというのが良いんではないですかね。 合目的な踏破は言うなれば軍隊であり農耕社会です。一種の労働とも言えますか。そして徘徊的な 歩きはそれらからの自由であり狩猟採集の文明の歩きであって、このふたつはその骨格が大きく違う と思ってます。 歩きにカメラを持つからいって、実は写真撮影はあくまで余興であって決して目的ではありません。 本来の目的は自分が歩くこと。そして色んなものを見て遊行することが目的です。 我々が言うところの「目的」とは要するに農業社会的な集団からの圧力というところがあるはずです。 スポーツで試合に勝つとか記録を出すとかいうのは典型的な社会圧であり軍隊的で労働的でストレス です。それらから自由にならなければ、脳内の不要な遺物は除去できない。(笑) そう思ってしまう のですが、こういう自由で気ままな徘徊を好むのは、占星術的に言えば海王星であり魚座です。 私はこの魚座的な考え方や行動が、認知症に対してはもっとも対策効果があるんではないかと 思ってます。行き当たりばったりで目的もスケジュールも決めずに、無理だったら平気で引き返すと いう、いい加減なやり方が良いのだろうと考えています。 認知症になりやすい人の特徴は?性格や口癖・生活習慣などについて解説 https://www.cocofump.co.jp/articles/byoki/139/ この中に、スマホが影響する認知症、とあります。IT機器を長時間使用することで脳機能が低下して しまうことが分かっています・・・と。こういうデジタル認知症が今は問題になっているようです。 これは要するにデジタル写真はほどほどにしないとデジタル認知症を引き起こしますよ、ってことですか。

雑文

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シッポ座さん、下の写真、もしかしてユーフォーですか? だとすればとんだスクープ写真です。 私も一度はユーホーを見てみたいと願っているんですが、基本眼がよくないのでむつかしいかな。(笑) この掲示板は、ある一人の管理人さん個人の貴重な篤志行為によって運営されていて、商業的な利益 は全く得られていません。それどころか持ち出し一方だろうと思います。管理人さんは東京の方だろうと 思いますが、とても優秀で若い方です。個人宅にサーバーを設置し、24時間休みなく動かしているので エアコン代も含めて電気代は相当に掛かると思います。 何年か前、管理人さんがサーバー買い替えの件で、利用している皆さんへのメッセージで寄付をして くれないかとの問い合わせがあり、それで何人かの方がそれに応えたようです。今後もそういうことも あるだろうと思うので、たとえばmasaさんなんかは、そういうことには応じますよ、是非連絡してください と述べられています。 https://photoxp.jp/photoxp ですからこのサイト、この掲示板は世の中に数多くある商業ベースのものとは違うのです。 ただ管理人さんは趣味で運営されているわけで当然に本業の仕事がが忙しくて、この掲示板の細部に わたる管理はできかねています。そこは皆さんが自主的にルールを守らなくてはなりませんね。 ここで投稿されている方々は皆さん高齢者やそれに近い方々ばかりなので、若い管理人さんの御好意 を裏切らないようにしないといけませんね。年寄りが若い人に迷惑をかけては申し訳がないです。 管理人さんがこの掲示板を廃止できない理由のひとつに、過去に投稿された方々の膨大なデータが あるという事実、その実績です。それはある意味でデジタル写真の歴史をも意味しているわけで、それを ないがしろにはできないという奇特な気持ちがあるようです。 管理人さんもまた写真好きな方なんですね。そういう社会的な視野からも写真を考えておられるという わけです。 そういうわけで、みなさん好き勝手に自分の写真を上げておられるのではなく、そういう管理人さんの 意を酌んでやっているだろうと思いますよ。 今や写真趣味は殆ど高齢者の趣味となっています。若い時は仕事や子育てに忙しくて趣味なんてする 暇も金もないわけでして、それで写真趣味と言えば、家庭を持つ前の若い時期か、もしくは現役を退いて からというのは、どうやら世界共通の現象のようです。 本当はもっと若い人や女性からの投稿が欲しいねっていうところもあるんですけど中々難しいところです。 私としては、むかし新聞社でアルバイトをしたりまた出版社に勤めていたこともあるので、この掲示板に ある程度の時事情報を織り込んでみようか、ということで文字情報主体でやってます。私の場合、投稿 写真は添え物ですかね。(^^ゞ まあそういう人間も一人くらいいてもいいだろうと。(^^ゞ  これもこの掲示板を社会的な場として私も考えているからですね。 それから基本的な投稿ルールとして、イグジフ情報は添付したいですね。これがないと掲示板のシステム が狂うことになります。写真に添付データは必要がない、という考え方もあるでしょうが、この掲示板は イグジフデータを付けてナンボ、ということになっています。 この掲示板は個人の傑作作品の見せ場ではなく、写真スキル上達の為の情報交換の場ですから、 イグジフ情報は添付はお願いしたいところです。 スマホなどではイグジフがでなかったりの場合もあるんでしょうが、デジカメ撮影ならば大体はでます。 私も一度、イグジフが出なくなってそのソフトウェアを入れ直したくらいです。 このデータがあれば、皆さんベテランぞろいですから、データを見て、なるほどと分かるところが随分と あります。そこらは素人さん達の写真投稿サイトとは違うところです。                     ※ 話はガラリと変わりますが、写真に於いて今後大いに問題となるのは、ひとつはAI写真の登場です。 そしてもうひとつは、多分ひとつめと大いに関連するのでしょうけど、写真における認知症問題です。 この認知症はこの掲示板でも過去に既にその事例が見られていたと私は考えています。例えば写真 と俳句・川柳を組み合わせて投稿されていた方がおられたのですが、写真添付のコメント欄に俳句を ポツリと書かれているんですね。それで他の人が何を問いあせても俳句の返事しかないんです。 はたまた皆さん困ってしまって、挙句この掲示板の地勢図が変わってしまったほどの影響を与えま した。 ご本人は悪気はなく認知症的にどんどん投稿をされるんですが、それが他の人とはかみ合わなかった わけですね。それで認知症の方は情況を把握する認知力に乏しいんだと知りました。 今後出てくる可能性があるのは、コメント欄にAIを使うやりかたです。生成AIを使えば文章を書くのが 苦手な人でも名文がかけます。長文もいけるわけです。また画像処理の延長の感覚で投稿写真をAIで 変えることもできるでしょう。 そういう風になっていくと、それこそ写真って何だってなるわけでして、これからのその写真が生の写真 なのか、加工した写真なのかっていうのが問題となってくるでしょう。 どんな下手な写真でも生写真ならば値打ちがあり、一方傑作写真でも加工写真ならば見向きもされない という時代になるかもしれません。 そしてAIの流行はますます認知症を広めることになるだろうと考えます。そもそも認知症だねっていう人 が登場したのはカメラがデジタル化してネット化してからです。フイルム写真の時代に認知症的な写真 が出ることは考えられないですからね。只のようなコストでいくらでも撮影できるから認知症写真となる わけでしてね。 そして安易に考えてはいけないんですが、認知症は後戻りできません。いったんその門をくぐれば最後 は行くところまでいくのではないですか。ともあれデジタル、ネット、AIはそれを強力に遂行する力がある んではないかと危惧しています。 私はこの認知症にならないようにするにはどうしたらよいのか。今、真剣に考えています。どんな人でも 認知症になる可能性は歳とともに高まってきます。脳梗塞なども怖いけれど認知症も恐いですからね。 認知症の症状として徘徊というのがあります。随分と遠くまで出かけて帰り道が分からなくなるそうです。 この徘徊は交通機関を使うのではなくて、本当に自分の足で歩いてしまうんですね。場合によっては何 10キロも。 この徘徊は症状として悪い面で捉えられていますが、もしかすれば当人は無意識に認知症を自ら改善 しようとして、足掻いて歩き回るんではないかなって思うところがあります。 考えてみますと私の写真撮影とは、よく言えば逍遥遊行、悪く言えば徘徊です。(^^ゞ ちゃんと帰れる ので徘徊ではないのかもしれませんが良く似たものです。とにかく自分の足で歩こうとして決意すると いうのが、それが症状であれ、その防止策であれ、それらは共通するのではないかと考えるようになり ました。

雑感

雑感

渡部さとる氏の2Bチャンネルはちょくちょく視聴しているのですが、ニューカラーの話は写真の歴史を 知る上でとても役に立つ話でした。 写真を趣味とする上で、やはり写真そのものの歴史を知ることは大事ですね。ただなんとなく写真が 好きだからではなくて、自分の写真の立ち居地を知っておくことは大切だと思ってます。 ニューカラーは、時代における写真を、リアルということで突き詰めた結果に登場したスタイルのよう ですが、このリアル感やリアリズムというのは、日本語で言えば、やはり写真の真という言葉に相当 するのかもしれません。写真はその属性に於いてリアルや真実という言葉から離れられないのかも しれませんね。 どんなに美学的芸術的に優れていてもそれが時代を写すリアル感がなければ意味がない、という捉え 方は、写真が単なる美学芸術ではなく、むろん模倣芸でもなくて、現実を刻々と映し出す、実に写真た る考え方だろうと言えますか。実在感といってもいいですし、時の真実を写しだすと言ってもよいので しょうか。 マーク・パワー氏は都営交通の写真を撮られていますね。 https://www.youtube.com/watch?v=obiAJQnXOXU&t=19s 記録写真の範疇になるのだと思いますが、私の写真も社会的ではありませんが個人的な自身への 記録写真だと思っています。 さすがにこのところ暑くて写真を撮る気になりません。(^^ゞ 無理をせず写真趣味をやっていきたいと 願っているのでしばらくは撮影はお休みといったところ。 最近は黒白写真ばかりに凝っているので、何か新しいものはないかと引き出しを物色すると、黒白 写真用のレッドやオレンジのフィルターが出てきました。着けてみるとちゃんとAFが効きます。 これで多分、空の色を落とすことができ、少しは違う写真が撮れるかもしれません。 フィルターか・・・その手があったねって、そう考えると、R72フィルターというのがあるそうです。これは 近赤外線の写真が撮れるというやつです。普通の可視光はカットして赤外線のみを通すヤツですね。 ネットで調べて見ますと、これを使った赤外線写真がかなり出てきました。みなさん結構こってらっしゃる ようです。(笑) ただしこのフィルターを付けるとAFは無理だろうし長秒シャッターになるので日中野外でも三脚撮影と なります。普通のカメラでも機種によっては僅かに赤外線を通すようで、長秒シャッター撮影をすれば 赤外線写真がいけるようです。 赤外線写真は主に星天写真で使います。それ専用のカメラが時々メーカーからも発売されていますね。 しかし猛者は普通のカメラを改造して(改造してくれる店があるそう)使うようです。 こういう改造カメラは日中風景ならば手持ちで撮影できるみたいなんですね。私も三脚を使ってまでも 撮りたいとは思わないので二の足を踏んでいたのですが、ちょうど手持ちの、あるカメラが簡単に赤外 IRフィルター(ボディ内の)を取り外せて、それにレンズにR72フィルターを噛ませば手持ちで赤外写真が 撮れることを知りました。 赤外写真はカラーだと色変換が面倒ですが黒白写真だと簡単です。まあ、カラー赤外写真も幻想的で 良いんですけど面倒なことが嫌いな私には無理かもしれません。とにかく黒白はオーケーということで フィルターを注文しました。できるかどうかはまた別の話ですけどね。(^^ゞ  瀬戸内は晴れの日でもモヤ掛かりの天気が多くて、山などの遠景がクリアに描写されません。これが なんとも残念で長らく気にかかっていたんです。他所の県に参りますと空気が澄んでいてくっきりと遠景 が描写されてうらやましいなって思っていました。 そして随分と前ですが、この見慣れた瀬戸内の光景を黒白赤外線フイルムで撮られた写真を見たことが ありました。その記憶は鮮明でして、これしかないなって長らく思い続けていたんですね。 もしかすれば私にもデジタルで赤外線写真が撮れるのかも・・ということでちょっと挑戦してみようかなっ て考えてます。 ※投稿した写真は28-70ズームだったかな?期しくも自分の好みのミリ数になっていました。 最近はスタンダードレンズと言われる50ミリ40ミリ35ミリくらいの単焦点レンズを使うのが好きになって、 肉眼で見たまんまの自然な描写をしてくれるのが気に入っています。そういう単レンズで、もしくは 標準ズームレンズ一本で気楽に、歩く足の向くままに撮影できれば幸せだねっていうところがあります。 撮影に対してはもうあまり欲はなくなって失敗してもへっちゃらでして、撮影に出かけたものの地元の 人と長く立ち話をして時間を潰すこともよくあります。 欲がなくなりつつあるのはイワユル加齢現象というやつですかね。(笑)  そうは言いながら、よく考えてみると自分の撮影と写真は自分が若かったころとちっとも変わっていない というところがあります。半世紀経っても自分の写真スタイルが変わっていないことに驚かされると いうか、そこに写真の不思議さを感じるんですね。と言いますか、写真というのはそもそもカメラが撮る のであって、カメラがほとんど変わっていないのだから当然と言えばそうなのでしょう。 私の投稿写真は自分のモニターで見たものよりも、ネットで様々な人が観ることを慮って意図して コントラストと濃度を強くしています。そのままで投稿すればシッポ座さんのような淡い色になります。 今はフレックススキャンを使っていますが、以前はカラーエッジとかマックを使っていました。 プロ用のモニターはやはりきつくて眼に良くないという配慮で一般用に変えました。PCのグラフィック カードは発色を優先したエヌビディアのカードですが以前はプロ用ATIとかマトロックスを長らく愛用して いました。 やはり歳をとると、モニターを見ることでの疲労感というものが気になるものてす。以前からモニター 疲れということを強く意識していて、わざわざ小さいモニターにするとかモニターの輝度設定も低めに するとかで対処しています。しかし画像処理専用のPCはあまり立ち上げたくないというのが本音です。 ネットネットを見るのは別のPCでして三菱製の古いデュアルモニターを長く使っています。(今のLED モニターは苦手) そのモニターも輝度は低くて、ディスクトップの地面はダークグレイにしています。 最近言われるブルーライト問題以前から私はモニターには気を使っています。そして電磁波問題も ありますね。ブラウン管時代は地中アースで対処していました。今でもPCなどの家電はアーシングを しています。 このモニター問題、きちっと対応していないと、写真趣味の人は、特にヘビーユーザーの方はまず潰れ ます。長く写真を継続できなくなるんですね。それから仕事で職業でPCモニターを長く見続ける人も なおさらそうです。今はもう何でもかんでもスクリーン・モニターの時代じゃないですか。デジカメのEVF からスマホ、PC、テレビとスクリーンだらけです。それでも最近は有機ELモニターになってきたので大分 ましになってきたようですが(そもそも輝度が低い)、それでも眼や脳が疲れないような配慮は必要です。 有機ELも大分安くなってきたのでそろそろ買いどきかなって感じてます。 個人的に黒白写真に未来を感じるようになりました。 ひょんなことから黒白写真に突入したのですが、カラー情報を捨てるということはカメラにとっても観る側 の人間にとっても有利なところが多くあるんではないかと考えるようになりました。 まず解像力はカラーカメラとは次元が違います。極めてシャープで解像度に関しては2倍から3倍は違う のではないかと感じるほどです。 そして何よりも鑑賞することにおいて眼や脳の疲労感が少なくなるというか、楽なんですね。 私が投稿した写真は横倒しになっていますが、オリジナル画像をクリックしてもらえれば正立になります。 2500万画素ピクセルで画素数は落としていませんが画質は落としています。それで実際はもっと解像度 があります。これをモニターいっぱいに拡大しても、やはり黒白ですから、ちょうど紙の黒白印刷のように 眼は楽で額縁の看板のかすれた文字もそこそこ読めますね。 簡単に申せば黒白写真は読み取るのには楽であるということです。色が邪魔をしないということ。 カラー写真で言えば、シッポ座さんの写真は見るのにとても楽です。発色も控え目でコントラストも低く 抑えているからです。しかし解像度は低いですね。いや低くしてるからこそ見やすい写真となっていると 言えます。 https://photoxp.jp/pictures/223923 このハスの写真など、綺麗な中間色で彩られていて、これこそがカラー写真ではないかと改めて認識 するほどです。じゃあ皆さんが投稿しているキツメのカラー写真とは何だろうか、ということになりそう ですが。(^^ゞ  思い出してみますと昔のデジカメは数百万画素、もしくは1千数百万画素くらいであって、その時代は カラー写真も観るのが楽でした。ところが2千万画素を超えるようになると写真を見るにつけ疲労感を 感じるようになっていったのではないですかね。いや無意識のうちに疲労を感じていたと思うのです。 それが黒白写真になるとガラリと違ってきて、2千万画素オーバーの同じカメラでもモノクロにすると ピクセル等倍画像でも難なく見れる感じするのは、やばりカラー情報がないからだろうと思います。 翻ってみれば、カラー画像を出すということは、よくよく考えてやらなければ過情報の押し付けになると いうことでしょうか。 モノクロに徹してやってみると逆にカラー写真が見えてくるという気がしてます。 この超過情報の押し付け、という考え方は面白いのじゃないかと思ってます。過ぎたるは及ばざるが如し ということですけど、カラー写真は本来どうあるべきかということに繋がると思っています。 情報量のもともと少ない黒白写真はフルパワーをかけられますが、情報量の多いカラー写真はセーブ していなければ過情報で潰れてしまうということでしょうか。 ペンタックス板の https://photoxp.jp/pictures/224082 この黒白写真は凄いと思ってます。水滴の丸ボケが一瞬、カラーに見えてしまう錯覚を起こすほどで、 モノクロ写真のことがよく理解されている方だと言えますね。まあ、レンズも良いです。カラーでも黒白 でもやはりレンズの良し悪しはモノを言うようですね。43ミリとf1.9露出でこれはリミテッド単レンズで あるというのは直ぐに察し出来ますから。 このようにイグシフ情報が提示されていますと理解が進むのですが、その情報がない場合は写真を 見ようという気すら起こせません。 このような優れた写真を見ると、私の写真はまだまだだねってわかりますね。ちょっと皆さんにわかる ようにと迎合しすぎたと思ってます。 ペンタK3M3MはJPEGかRAW-DNGで撮っているのですが、このDNGデータはアドビ用でして、やはり ペンタ独自のRAWデータでなければ美しい黒白画像とならないのかもしれません。それとやっぱり シグマのレンズでは限界があるのかもしれませんね。 まあ、あまり手間をかけるのが苦手なのでそこそこにやっていきたいと思っていますが、カメラの性能 をフルにだすというのは大変なことだと感じてます。 思いつくままにごちゃごちゃと書きましたが、これからもぼちぼちとやっていきたいと考えてます。

雑

雑

昔のデジカメは画素数が少なかったですね。最近のカメラは通常が2000万画素であって、昔の数 百万画素という時代は遥か遠くになりました。 新聞記事で知りましたが、最近の若いZ世代の若者が、古いコンデジに興味を示しているというのが ありました。中古なので極めて安いというのもあります。 これはつまり端的に言って画素数の違いのことです。コンデジの味わいがどうのと記事にはありまし たが、本当はそうではなくて、最近の多画素カメラ(スマホも含む)に違和感を感じているということの 裏返しの現象だろうということですね。 写真というのは趣味としても、と言いますか、その情報量というのは想像以上に大きくて、脳内ストレス が大きくかかります。20歳代の直感の優れた若い人は、趣味写真としては画素数の少ない古いタイプ のコンデジが良いのではないか?というところかも知れません。 参考までにいうと、文章というのはPCデータでもごく小さいのですけど、脳内に於いても同様であって その処理量というのは高が知れています。文章を頭に思い浮かべて字を打つという作業は、写真の 画像データを見て処理ずることに比べれば、ほんとにさほどのことはなくて要するに頭を酷使しないの です。脳のストレスが小さいんですね。 写真は特に画素数が多いとか、画質が優れている(例えばRAWデータ)という場合に、はさらにストレス が掛かるようです。それで可能な限りスマホのように自動処理をするのが脳にはよいわけですが、 しかし写真には画像画質を見て楽しむというところがあるわけで、なかなか写真趣味というのは一筋縄 ではいきません。 私はRAW撮影をしていますが可能な限り、画像処理はしないというスタンスをとっています。そして 撮影量は、1回の撮影では多い方だとと思いますが、PCで見る画像はとことん少なくして、要するに モニターで見る写真を少なくしていくというやり方になっていきましたね。 フルサイズ2000万画素というのが、これが出現する時期において盛んに言われていたことですが、 135フィルムのリバーサルタイプの画質に相当するとことだったと記憶します。その最初のカメラが ソニーアルファ900だったかな?記憶はさだかではありませんけど。 当時は一千数百万画素のカメラが通常でしたので2000万画素というのはエポックメイキングだったと 思います。私も当初、このA900を手に入れたのですが、そのあまりにもの多画素の画質に恐れをなし、 A900はあまり使わずにもっばら使ったのは1000万画素余のクラスのカメラでした。例えば二コンD700 とか。 現在ではフルサイズ2000万画素クラスを私も多用していますが、それでも4000~5000万画素の カメラはあまり使わずにいます。もしそういうカメラを使ったとしても2000万画素カメラと同様に扱うこと にしています。高ピクセルの画質を強く見つめるということはしません。 そして一番使いやすいと感じるのが1000万余のカメラ、1000~1500万画素クラスのカメラだということ です。だいたい、そこらあたりがフィルム時代で言えば通常のネガフィルム相当なんですね。 フィルム時代でも中判カメラとなりますと、それはもちろん現在のデジタルで言えば24000万画素以上の 画質となりますが、フィルム時代でしたからその撮影量はたかが知れていました。 現在では2000万画素オーバーの多画素高画質のデジタル写真が無限に撮れるという時代であって、 それは人間の脳内処理能力の限界を超えているということなんです。したがって無理やり時代に合わせ ようとすると脳内ストレスも無限になるということ。ですかね。 自分は撮影しなくて、ネット上に上げられた他者が撮った写真を評論するという御仁がおられましたが そういう人は本当の写真の現場を知りません。ネットに上げられた写真は、撮影者が画像処理をして 画素数を小さくした写真でしかなく、わざわざ閲覧者の為に見やすくした画像なんですね。 それだけを見て自分は写真評論ができると思うのは大きな勘違となります。スマホで写真を撮る場合も 同じです。スマホが画像処理からデータ量まで全て自動でやってくれるので、これもまた写真の実際の ところを知らないで済ませられます。 ネット上で流布されているものは画像であれ文字であれ、それにはすべて加工済みなんです。食べ物 で言えば加工食品ですかね。ソーセージを食って生の豚肉を想像できるのか、ということです。 RAWデータを直に見ることのできるRAW現像ソフトで見ますと、それが投稿用にJPEGとして画素数も 落とした画像などは本当に別物だということがわかります。 そして文字であっても、私の場合もそうですが全て加工済みであってリアルなことは書かれていないと いうことです。投後者名kusanagiと言う架空の人物を作り上げているということであって、これにも気が 付かない人がいます。kusanagiという人物がこの世に本当に存在すると思っている人がいます。それ には驚いてしまいます。 要はネットに於いてはリアルな写真も文字も何も存在しないということです。それを本当のことのように して見るのは、例えば小説を読んで夢中になり、あたかもその小説に書かれていることが本当のことの ように考えることと同じであるわけです。 私がつくづくネットや掲示板でみて思うに、今の人たちは物事を知らなさすぎて、生産者ではなく消費者 の立場でして物事を感じていないということです。つまり加工食品しか知らない人ばかりです。もちろん そういう人ではない優秀な人もおられますが、ほんとうに極わずかです。 人様から与えられた低品質のものしか知らないし、また体験したことがない。そういう人も一方で職業で は生産者の立場にいるわけですが、最近の生産現場というのは詳細に分断されていて各人はマニュ アルによって細部化され、そこで働く人は本当の意味での生産というものを知りません。そして営業職に おいてもコンビニ店員のようなセールストークしか知りませんね。 偶然に最近知った50歳くらいの若い人(私からすれば)の仕事能力の無さには驚きを通り越しました。 物事を知らなさ過ぎる。自分で思考することができない。それでいてプライドだけはあるという具合。 おそらく、50歳前後の世代の特有な現象かもしれません。しかも男性に限りです。(この世代の女性は 優秀です) 氷河期世代といわれる世代の最初の年齢かもしれませんね。 色んな世代論がありますけど、時代の変革期に青少年期を過ごした場合、心の形成があやういところ があるのかもしれません。 話を元に戻しますすと、デジタル写真には2000万画素の壁、というものが存在します。もっと突き詰める と1000万画素の壁だと、と言ってもよいでしょう。 1000万~2000万画素までが我々が応用できる写真画像なのであって、それも無限に撮られた写真では なく厳選された少数の写真であるということです。 数百ショット撮った写真でも実際に処理するのは数ショットくらいにしないといけない。 実際にリアルに自分でカメラを持ち、実際に撮影にでかけて写真をやってみると、そういうことが身に沁み て分かるということです。そういう写真のリアルな生産現場というものが、実際に行う写真趣味の現場にも あるということです。 それでカメラの画素数や画質が上がるにつれて掲示板の投稿は少なくなるはずです。かつての数百万 画素時代のようにはいきません。そして実際に撮影者自身も撮影量が減るはずです。 久しぶりにKazさんがキヤノン板で投稿されましたが、彼のように休みやすみをしながら撮影も投稿もやっ ていくというのが順当です。 私においては、写真は撮影運動という展開をしています。写真においては画像はもう関係がない、撮影 という身体運動にこそ意味があるという立場をとっています。頑なに画像こそが写真だと思い込んでいる 人には肩透かしであるわけですけど、時代と共に写真の意味も変わります。 私は比較的長文といわれるものを書くわけですけど、これにも意味があります。文章を書くには思考を 伴います。長分はその思考の訓練になるわけですね。思考は人が生きていくには欠かせないものです けど最近は思考をしなくても生きていける時代です。 昔の写真には実は思考が隠されていました。写真を見て多くの考えが浮かび頭を巡らせて見るのが 写真でしたが、今の写真は感じるということだけになっています。 その失われた写真思考をコメントとして書くということなんだろうということですかね。これもまた時代と ともに写真の形態は変わるものだということです。 時代に合わせて写真も物事も変化します。その変化に気づき、時代についていくということが大切です。 昔の写真にはジャーリステックな写真が多かったですね。しかし現在では写真趣味という個人的な分野 では、社会的な視点は失われて写真は個人的で美意識なものだけになっています。これは社会的には 劣化現象のひとつであるわけでずか多くの人たちはそのことに気が付いていません。 社会と接点が失われて自分や同趣味の人の間だけの狭いものになっています。それを打破する為にも コメント欄は大事かなって考えます。 文を書くにはコツがあります。できるだけ一文(句読点で区切る)を短くすることです。一文を長くしない ことです。そうすると不得意な文語体ではなく慣れた口語体に近づきますね。多くの人は本などの文語体 には慣れていません。しかし話し言葉(口語体)には慣れているでしょう。その短い口語体に近い文を数 多く並べることで結果として長文になります。 流麗な文章は必要ありません。短文を多く羅列することで意味はちゃんと通じるのです。可能な限り 一文は短くする。これが文章を書くコツです。私の書く文はだいたいそれです。 大事なのは自分は何を言いたいのか。書きたいのか、ということです。これは話し言葉での対話におい ても大事なことです。何を言いたいのか分からない話し方をする人も偶にいますが、常に自分が伝えたい ことを頭の中に置いておくことが大事です。 もっと大切なのは、自分が世間や物事のなかで、日頃発見すること、気づくことがあるのかないのか、 ということです。これがなければ、そもそも自分の中に考えそのものが浮かびません。 誰かに何かを言われて、その反応として自分はこう思う、こう感じるということを言う人は多いです。 しかしそれは思考ではないと知るべしです。単なる生化学的化学反応でしかありません。他人に何かを 言われて反応するのではなく、自分からゼロから発信をすべきなんですね。それが本当の思考力です。 こういうフォロアーな人が多すぎる時代になりました。人々が思考しなくなった時代なんでしょう。 多くの人々が自分で考えなくなった時代というのは極めて危ないです。これは本当で、先の大戦の前夜 がそういう時代でした。そういう時代には大量殺戮が始るのです。これは時代の一種の間引き現象と いうものでしょう。自分が間引かれる立場に置かれているのかどうか、よくよく考える必要があります。 私は写真画像そのものはあまり好きではないのかもしれません。デジタルになって益々そう感じること が多いですね。それよりも画像を生成するカメラやレンズという機械に関心があるほうですし、何よりも 撮影は楽しいです。撮影だけして後で画像をPCで全く見ないこともかなりあります。 私の写真撮影は写真画像の獲得を目的としていない。そういう具合にも言えますね。これは写真の否定 なのかどうか。必ずしもそうとは言えないと思います。 逆に考えると画像獲得に躍起になって、撮影時に被写体の観察が疎かになる場合も多いからです。 それこそが写真における大きな本末転倒という気がしてます。 他人が驚くような良い写真をゲットしよう。そればかり考えて写真撮影本来の楽しみをスポイルしている 人が多いのではないかと考えるからです。 ともかく自分が長く楽しめるやり方でないと写真は長続きしません。そういう自分流の写真のやり方を 自分で発見しないといけませんね。 写真なんて面倒な趣味を止めてしまってスッキリするという手もありますが、結局は他のコンシューマー 的な、誰かから与えられたものしかできないというのが大体の落ちです。 こちには最近、撮影はあまりできていません。本もあまり読めていませんね。 意欲が出なければ休むというのも大事で、無理やり撮影に出かけていってもよいことはありません。 そういえば、本と言えばちょっと面白かったのが、 「ラザルス」ジェフ・ホワイト著 草思社刊。 世界最強と呼ばれている北朝鮮のハッカーグループのドキュメンタリーです。コンピューターやネット、 金融の知識が多少要りますが、なかなか面白いです。現在の時代とはこういう時代なのだということが よく分かる本となっています。

無題

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「新版・運動脳」アンデシュ・ハンセン著 で学ぶことは、考えてみれば歩きとは、それは写真撮影時 だけの問題ではないわけですね。やっと遅ればせながら今それに気が付きました。(^^ゞ  撮影は良くて1・2週間に一度です。それくらいのペースですが、そんなもんでは危ういほどに、この歩き に関しての脳や身体との問題は深刻であるということです。そういうことに気が付いたということ。 そして掲示板でヘビーユーザーの投後者がやめて姿を消していった背景には、確かにVDT症候群と か電磁波問題はあるでしょう。しかし本質はそれだけでなくて、それらに本人が打ち勝てなかったという ことが何よりも本質的に挙げられるのじゃないかということです。 現代人は圧倒的に運動不足になっているとのことです。歩く歩数が少なすぎるという指摘が著作の中 で何度も書かれています。 それでここ数日、私は仕事中や日常生活で速歩きを実践しています。大またでそくさと歩く。だらだら とは歩かない。これだけで随分と違うなあって感じました。手ぶらに近い格好なのでカメラを持っての 撮影行とは違いますが、体に重さが掛からない分、速さが違います。風を切って歩くという感じ。(笑)  もう少し行くと走りになりますかね。 写真の撮影では実践できていることを日常に於いても取り入れようということです。つまりは写真に学ぶ ということでしょうか。写真は写真、日常は日常では、それは本当の写真の哲学とは申せません。写真 で学んだ良いところは全人格的に取り入れなければいけないということ。 そういうことに今、やっと気が付きました。(^^ゞ  まあ、現実的には写真撮影の時間がだんだんと少なくなってきているという事情があって、それへの 対処というところがあります。 占星術の話をすると、身体や脳のアップには、要するに運勢を向上させるには、4つの柱があり、 ①就寝時の東枕の実践、電磁波を避けることも ②食事への気遣い、栄養です ③運動と、何より歩くこと ④快適性、例えば衣服は暖かく、きつくせず柔らかくです。そして休養も それぞれ①山羊座、②蟹座、③牡羊座、④天秤座に対応しています。この4つの柱をきちんとやれて いれば運勢は自動的に向上し、健康で体力もあり続け頭も明晰になるということです。 簡単に書きましたけど、それそれ皆ひとすじ縄では行きません。私自身、何十年も実践し続けている のですけど常に新しい発見がありますね。 掲示板から遠ざかって行った人たちは、多分、写真に画像としての質とか美意識を追い求めたのでは ないですかね。そして他方で身体性への意識というか配慮が希薄になったのだと思います。 ※このカメラ、ISOがオートでないのを忘れていて、ブレ写真を大量生産してしまいました。 そして天候がよろしくなくて、こういう古いカメラはピタッと画質が決まりません。この天候が良くないと いうのは、私にとっては、湿度が高くて日射が強い状態を言います。瀬戸内によくある天気でして画質 が崩れて泣かされます。 私は美意識は求めていないのですけど画質はリアルであって欲しいと願っているのですけど、考えて みれば天候で画質が崩れるというのも、それも一種のリアルな事象なのかも知れません。

無題

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非常に古いジャンクレンズです。タムロン28-200ミリ3.5-5.6。ピントが合っているのは中心部だけ。 後は全て収差で流れていますし、解像力も極めて低い。多分、高倍率ズームが登場した初期のもの でしょう。無論フィルム時代のレンズです。発色もノスタルジックな単純さですね。 しかしこういうダメレンズを敢えて使ってみるのも面白いと思ってます。 このタムロンは随分前に所持していたことがあるのですが手放していました。少し前にジャンク箱の 中から、懐かしく思い出したのでゲット。数百円だったかな。けっこうスタイルが気に入っているところ があります。 ----------------------------------------------------- 新型コロナに関しては、そのウイルス自体の出処として・・・ 米エネルギー省 新型コロナ起源は中国研究所と分析(2023年2月27日) https://www.youtube.com/watch?v=F7suNQ3BmSo 新型コロナウイルスの起源、中国研究所の可能性が「最も高い」=米FBI長官 https://www.bbc.com/japanese/64807076 こんな具合で再び研究所からの漏洩疑惑がでてきています。それはどういうことを意味するかと 言いますと、その場合、自然なウイルスから人為的に遺伝子が改変されているということです。 オミクロン株が出現してからもこれはおかしい、やはり人為的なのではないかという専門家もいます。 普通ではありえない動きをするとかで。 このウイルス人為説と、新型ワクチンとは別問題であるわけですが、日本に於いてはワクチン問題 が深刻となっているようです。現在、日本が世界一の被害を被っていて、コロナ感染者数、感染死亡 者数、ワクチンでの死亡者数が世界一・二位になっているそうです。ワクチンを接種すればするほど コロナに感染しやすくなり、かつその状態も重くなり、そしてワクチン自体の副作用でも被害を受けて いるという三重苦のようです。 日本における2021、2022年の超過死亡が著しく高くなり、まるで戦争でもあったのではないかという 事態になっているそうです。 こういうのは身近にコロナ関連の死者がいないのでピンときませんが、最近とくに体調の不良を訴え る高齢者が多くなったという気はしています。ワクチン接種回数が多い人にそういうのが。

無題

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私のジャンクレンズの半分ほどはサードパーティ製メーカーのものです。安ければ数百円、高くても 数千円のものなので気軽に買えるのですが、手元に多くなれば保管場所を食い、ええ加減にしない といけませんな。(^^ゞ  私が見つければ絶対に買うというレンズがあり、それはコムラー、コムラノンのレンズ。かっこいいん ですね。(^^ゞ 簡単にバラして整備できるの良い点。 しかしほとんどはシグマやタムロン、トキナーといった現在も存在するメーカーです。むろん、純正の メーカーレンズもあります。安いのはミノルタやキヤノンの今はなきマウントのレンズです。そういう のはデジイチでは無理ですが、ミラーレスカメラにのみ取り付けて楽しむことができます。 ----------------------------------------------------- ウイルス学者の宮沢孝幸氏の一連の新書本が面白いです。 「京大 おどろきのウイルス学講義」や「なぜ私たちは存在するのか」PHP新書 難解ですけど無性に面白い本です。何度も何度も読み返さないと理解についていけないのですが これからもまだ読むだろうという本です。 最近は本をスマホなんかで読む人がいるそうてすが、こういう込み入った内容の本はスクリーンで 読むことは不可能でしょう。スクリーンで読むことの出来る本は内容が薄いものだけです。 そうは言っても読書が趣味という人たちはその蔵書の置き場に四苦八苦しているんですね。それで 私もこの数ヶ月をかけて本の置き場の新設に挑んでいます。(^^ゞ そして捨てるものは捨ててスリム 化を。その分別途中にも古い本を読み出してきて、これでは完成はいつになるのやら、という有様。

無題

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偶には海岸での撮影は良いものです。このレンズは比較的新しいのですが、ボディが(映像エンジン) 今となっては古めかしい。それで思う色を出すのに苦労します。ソニー・ツァイス24-70f2.8。一応デジ タル時代初期のレンズかな。 このA900はファインダーが優れていて、30センチくらいカメラを離してもファインダーの中心部が見えて、 そういうハイアイポイント撮影に向いているカメラです。無論そうしないとダメなほど漏洩電磁波が高い カメラなんですが。(^^ゞ  ----------------------------------------------------- 現在は自分の健康維持、運動不足の解消ということで写真撮影をしているわけですが、若ければ そういうことをしなくてもよいわけです。デジタルカメラを本格的に使いだして20年余となるわけですけど、 この20年間で相当に体力は落ちていますね。年をとれば当たり前のことですけど、やはり生きている 限りは、健康で体力もあったほうが良いですよね。(^^ゞ  筋力と脳力は加齢に対してわりと抵抗性があると思います。この2つを常に忘れずに維持することで、 他の内臓力とか免疫力などもレベルダウンせずに保っていきたいと思ってます。 就寝時の東枕はずっと続けています。これが健康維持への大前提ですね。これを崩せばどんなに 頑張ってみても健康と体力を維持することは不可能です。そして東枕法は個人の与えられた運勢に 従っていることも知っています。 人の健康度や運勢は何も東枕法だけで保てるわけではなく、一番に崩れやすいのは食事法です。 最近は努めて味噌(コーヒー代わりに味噌汁を)を摂取することにしています。発酵食品は衰えた内臓 の消化吸収力や代謝機能をカバーできると言われていますので常に気をつけていますね。 少し残念だったのは、長く食していた極めて強力な有機農法の玄米が手に入らなくなったこと。今は 次善の県内産玄米でやってますが、まあこれにも慣れましたか。良い食物を手に入れることはなかなか 難しいところがあるのです。

無題

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人工の海岸です。自然な砂浜が浸食されてしまい、その補修対策としてつくられたようです。親水形式 としたので相当に建設費が掛かっていると思われます。 ----------------------------------------------------- 自分の健康を維持することは自分の幸せに通じます。これが一番大切なのであり余裕ができれば 周囲に目を配ればよいのです。健康を求めるのは自分が痛い思いや辛い思いをしないためです。 極めて直接的な発想ですね。(^^ゞ しかし自分が健康で体力があれば自然と周囲によい影響を与える のではないですか。 もとより健康で体力も魅力も人望もある人は、そのパワーでもって自己実現ができます。野心も野望も 志も実現することが可能です。トップに立つ人はそんな人たちですね。そういう人は強力な運勢を生ま れながら持っています。普通の人々はそういう優れた人の周囲に集り、担ぎ上げて集団化し法人化し ます。法人の最も大きいのは国家です。つまり覇王の形成です。 人の能力、知力体力の差は大きいです。これは生まれながらに決まっているもので、それを後天的に 変えることはできません。遺伝子レベル、もしくはそれに匹敵するもの(脳内にあるか)で決められてい るようです。 もしこれを人為的に変えることができれば大変な科学技術となります。 私が求めたのはそんな大そうなものではなく、普通に誰がでもできる日常習慣を意識することで自分の 運勢を少しでもよく維持できるノウハウです。軍事で言えば歩兵が生き延びる術のようなレベルですね。 凡人に相応しいものですが、こういうノウハウは大昔からあり、現在の多くの有志によって逐次更新さ れ続けています。私のその一人かも知れませんね。 私は自分の写真も何も本にして残したいと思いませんが、この人の健康と運勢のノウハウのようなもの はもしかすれば本にするかも知れません。仕事柄、人様の自費出版は多く手がけていますからその 大変さはよく知っています。あーっめんどくせ!と言葉がつい出ますけど、いつかは出すとしても、まだまだ自分には研究が足りないと自覚しています。

無題

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溜池の堤防というのは定期的に造りかえられます。土を盛っただけの堤防(水際の部分だけコンクリート) なので安上がりですけど溜池は数多いので常に何処かで作り変えられていますね。この池は数年前に 造られたのでしょう。土止め対策の小花の植生が可愛い。 ----------------------------------------------------- 私が好きな写真は、本当に普通に撮られた写真ですね。大向こうを張らずに自然に撮られた写真です。 構図が凝ったりとか、発色が凄かったりとか、とにかく凝りすぎ、また如何にも観光写真というのも。 そういうハイアマチュアが陥りそうなものには興味がありません。 写真は人を動かす場合かあります。私が遠い東北に行きたいと思ったのもそれです。本当の意味での 優れた写真は他者をして行動させる力があります。 写真たるものを知らない一般の人には、歌舞伎役者のような見得を切った写真が好まれるかも知れま せんが、こちらも写真をやっている人間です。厚化粧の写真は興ざめです。 普通に撮った写真でも、本来写真には撮影者も気がつかないほどの豊富な情報量があります。こちら とは違う光景だね、とか何か空気感が異なるねっていう発見があるのです。そういう新鮮な写真をみる のが好きです。 こちら香川は小さな県ですけど、東のほうと西の方とでは不思議に空気が違うのです。それが何故な のか、いまだに発見できていません。いずれは判明すると思いますが、そういうのを考えるのも楽しい ですね。 皆さんが撮られて投稿された写真に啓発されることが多々あります。いつかは其処へ行ってみたいと 願いながら、そうは簡単に問屋が卸してくれません。日々の生活や仕事であっというまに日々は過ぎて いく。しかしそういうお写真は心に留めておいているので本当にいつかは行って見たいと思っています。

無題

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池の堤防にあった古い地蔵さんも新しい堤防に移設。地蔵さんは子供の水害を防ぐ役割があるみたい ですが、実際に被害が出てから設置する場合もあります。 溜池は重要なインフラでして、大きな溜池には立派な神社が付随するケースがあります。香川では田が あれば必ずその上の山手には溜池があり、神社や祠があるという具合です。 ----------------------------------------------------- 普通に撮られたストレートな言えども、写真をして人様に見せようとするとこれは大変な労力を伴います。 人様の眼を意識することは本当は大変なことなのです。 それで人様の眼を意識して写真として楽しませようとすることは大きな負担であり、写真を長く続けること はできません。それができるのは写真を売って暮らせるプロの方だけです。 写真は人々を幸せにするのか、と問えば確かにそうです。しかしそれには自己犠牲が伴いますね。 私はそういうのは嫌なので、他人を幸せにする写真は撮らないようにしています。(^^ゞ 写真はあくまで 自分の為です。アマチュアは自分が利益する写真だけを撮っていればいいんです。 こういう具合に自己本位に考えないと、写真はやれたものではありませんね。 こういうように言うと見も蓋もないように聞こえますが、どんな写真も観る側の力量で写真の力を知ること ができます。

伊予三島

伊予三島

オールドMFレンズ沼に浸っているのでずか、それから何か得られるものがあるのだろうかと考え るに、今のところさしたるものは得られていません。しかしかつての三脚遊びのように決定打を得た こともあるのでもうすこし様子見ですかね。 三脚では、直棒導体による生体電流との関係が見えましたのであれは大収穫だったと思いますが、 MFレンズは至って地味なものです。 MFレンズ遊びは結局のところ、ミラーレスカメラがあればこその所作であって、それがなけければ 成り立たなかったものでしょう。そしてMFレンズはオールドクラシックだけでなく、最近は特に中華製 のレンズが目立つようになっています。 私も偶然店頭で見かけた格安の中華製レンズを1本ゲットしました。作りは至ってシンプルでして、 電子接点はありません。50ミリF1.1のスペックでAPS対応レンズですがフルサイズでも使えないことは ありません。 面白かったのはミノルタの古い標準レンズ。千円でしたがレンズの状態は抜群。しかし絞りリングも ピントリングも動きません。それを2晩かけてグリス交換し正常動作するようにしました。50ミリF2で 写りは見事なものです。前ユーザーがばらしたものの組み立てができなかったケースです。 MFレンズはやはり標準レンズに限ります。そのレンズで実際に何かを撮影することはないのですが、 いじくっているだけで自分は満足、というものです。(^^ゞ  ミノルタとキヤノンの旧マウントレンズはジャンク市場には豊富にあり、価格も安いです。ズームレンズ も安価なのですが、これはスペーサー(接写リング)を付ければ近接撮影用として実用になります。 古いズームレンズにはカッコイイものもあって壊れていても所有感が満たされますかねえ。 可能な限りばらして清掃し稼動するようにしていますが、技術に限界もあるのでそこそこの修繕で満足 しております。 そして実際にの撮影では、やはりAFレンズだねって改めて感じましたね。ミラーレスカメラになって デジイチと比べれば格段に撮影はしやすくなりましたけど、やはり撮影はスムーズではなく、私の本来 の目的の、歩きのペースが妨げられるのはいけません。 そして感じたのは背面スクリーンを見続けるのは身体にはよくありませんね。スクリーンはあくまでも AFレンズでの撮影で、大体見当のアタリとしてみるのが正解でして、それでピントを合わせるためのもの ではないということです。 そういうのはスマホの画面を見続けるのと同じでして、人間は本来、そのようなものを見続けるようには できていないということです。スマホ花盛りの現在ですが、ああいうものを日常的に見続けることは、 将来的に大きなしっぺ返しを食いそうですね。 見続けてよいのは光学ファインダーですか。歴史と伝統がありますから。それでデジイチに着けてMF レンズを使うのはよいだろうと思います。ピントが外れていてもいいんじゃないですか。 ミラーレスカメラが出る以前は、マウントアダプター遊びはイオスのデジイチと相場は決まっていました。 ピントは怪しかったですけど、あの遊びはマトモでしたね。 ミラーレスカメラ+MFレンズはスマホである。という考え方もできそうです。それで昨今のオールドレンズ 遊び、これには少し要注意ですかね。とはいえ、なかなか楽しい遊びなのであって、多くの方々が夢中 になるのも分かりますけどね。 タムロンAF28-70F3.5-4.5で撮影しました。手元に2本あり、外観が違うだけで光学系は同じでしょう。 2本で2000円。しかし軽快に撮影できます。写りもそう悪くありません。小さなレンズでして大きなカメラ に着けても軽さが利点となり撮影行に妨げになりません。 EF40ミリF2.8パンケーキレンズも小型レンズであり、大きなカメラが持ち運びし易くなります。こういう 気軽なレンズで元気良く歩いて撮影するのが私の本来の嗜好であって、大きなレンズで撮影するのは 本来の趣旨には反してますよね。 手元の数多くのオールドジャンクレンズを整備していて感じるのは、本とうにレンズとかカメラとかの機材 は何でも良いんだということです。数十万の高級レンズなんかより自分で苦労して修繕したレンズの 方が愛おしく感じるわけなんで、そもそも世の中の常識というのが間近っていたということです。 そういう間違った常識を根底から覆してくれるのが、MFオールドジャンクレンズです。バラバラにして 自分で整備して組み立てみましょう。レンズとは何か、というのが身に沁みて良く分かるだろうと思い ます。

写真の病理

写真の病理

アサヒカメラ(既に休刊)の2020年6月号に立木義浩氏の写真観が掲載されていました。 フィルムカメラのことを主に書かれているのですが、このようなことを言っているようです。 ・・・今ではモニターで写真をみるのが当たり前になっているが、写真はプリントが最終形だ。 透過光で見る画像は一見インパクトが強く感じられるが、細部が味わいにくく存在感に欠ける。 対して反射光で見る優れたプリントは平面でありながら奥行きを感じさせ、長く見続けても 飽きない。・・・ これ、別の言い回しをすれば、透過光のモニターは長く見続けることができない、ということ かもしれません。そして細部もよく見えていないということでしょう。考えてみればこれは写真 として致命的なような気がします。 透過光の画像としては映像がそうです。動画の映画、デレビなんかです。反射光での動画は まだ実現されていませんね。静止画ではスライドがそうです。これらはアクションとして、また 同時に多くの聴衆に見せるには便利なのですが、細部までよく見て鑑賞し、写真というものを 深く読み取るという意味では相応しくないものなのでしょう。 デジタル写真は透過光モニターで鑑賞することが可能です。もちろんデジタル写真でも立派に プリントをすることは可能ですし、現在の全ての印刷物は写真も含めて全てデジタル媒体で やってます。 しかし透過光モニターで見る写真は立木さんの言うように本当の写真ではないのかもしれま せん。長く見続けることができず細部も不鮮明では、写真鑑賞として致命的なのかも知れな いわけですね。 その結果、現在ではどのようなことが起こっているかと言いますと、物事を深く見ることができ ない、深く考えることが出来ないというようなことが習い性になっているのではありませんか。 私は印刷業という職業がらで文字の校正をよくするのですが、この場合、モニターで確認という のはよく間違いを起こすのです。それで必ず紙にプリントをして確認をするというのが鉄則です。 文字だけでなく図形もそうです。各パーツのレイアウトも紙だしでないと上手くバランスが確認 できません。結局モニターではほとんど分かっていないというのが事情なわけです。 ある産業衛生に関わっておられた方がおっしゃられていたことが思い出されました。最近は 企業の従業員のなかでも誇大妄想的な発言や行動をとる人が出てくるそうなんです。患者当人 は自信を持って絶対正しいと思いこんでいるのですが、攻撃的であり周囲に軋轢を起こしてし まいます。そしてこのようなことは昔はなかったことだと言いますね。(躁鬱病) これで気になったのは、ネット世界での自主警察的なことや、自動車でのアオリ運転や暴走 事故なんかですね。ようするにネット接続やネット上での発言というのは、とても安易で誰にで も可能なことです。キーボードを押せばすぐさま字がでてきます。今まで文章なんか書いたこと がない人でもなんとなく文章がでできたような気になります。そして驚くべきことにこれを世の中 に向けて発信できるのです。車でもそうですね。最近の自動車は誰にでも運転できアクセルと ブレーキひとつで接近走行や暴走走行が可能なんです。 どうやらそういう安易さが時代の病理を生んでいるということかもしれません。 デジタル写真もプリントをするとか印刷に回すとなると格段に難しくなってきます。モニターで 見て綺麗だったのに印刷したものはそう綺麗じゃない。そう思う人がいれば、それは元の写真 データそのものが大したことがなかったということなんです。と言いますか、モニターだけでは 何も見えていなかったということが言えるんですね。 印刷業では個人でイラストレーターなんかでデータを作り、それを印刷屋に持ち込んで商業印刷 をすることが可能です。しかし個人であれデザイン屋さんであれ、そのデータはだいたい不完全 です。モニターで見ている分には完璧だと思っても本当はそうではないのです。ネットで使う分 には通用するかも知れませんが。いやでも考えてみればネットでもそうではなくで隙を突くハッカー などにやられるんじゃないですかね。 そう考えれば、モニターというのは一種の幻の画像なのかもしれません。 Artist Daido Moriyama – In Pictures | Tate https://www.youtube.com/watch?v=foWAs3V_lkg&t=1s これは森山大道の動画ですが、中で森山氏がパソコンのオペレーターに指示を出しているシーン があります。森山氏自身は高齢でもありPCでの画像処理などはしないようです。彼自身は黒白 フィルム写真時代に薫陶を受け写真を始められた人です。当時は自らの手ででフィルム現像をし 紙焼きプリントをされていました。 また写真とは印刷をしてナンボだと彼は言ってます。森山は膨大な東京の写真を撮り、出版をして いるのですがその写真は全て、最終形は印刷であるということのようです。 森山氏は既に世界的に評価の高い写真家であり、特に若い人の人気も相当なもののようです。 奇しくも立木氏もそして森山氏も同じことを言っていて、写真とは紙にプリント、印刷をするという ことなんですね。それでプリントも印刷もしない写真というのは、ネットやモニターで見る写真のこと ですが、それは写真ではなくて未完成の画像だということになります。 これは肝に命じておくことかなって思います。そしてこの未完の画像をやればやるほど、のめり 込んでいくほど、人は病むのかもしれません。 今現在進行形で、この掲示板てその病む姿というものが見られます。結果的に非常に貴重な 記録となっているわけですが、これは何方でもそのような病理に陥るかも知れないのです。 少しメモがてらに記すと、 その病理に陥らない有効な手立てとして ①高級機は使わない、カメラは中級機以下で十分 レンズは手頃で十分 ②PC/モニターも普及レベルでよい 高性能、大画面を使うな ③何かひとつは拘りのものが欲しい 例えばポートレートでの職人技 またマニュアルライクで  の撮影とか ④撮影はとにかく歩くこと 森山大道も東京を歩いてます ⑤撮影範囲は身近でよい 森山大道は地元東京ばかりの撮影です。郷土愛かな(^^ゞ そして  自分の写真に長いテーマを持つこと 写真以外の関心を常に持つこと ⑥写真は芸術だとは考えないこと よしんば芸術だとしても、モニター画像は絶対に芸術なんか  じゃない。芸術をやりたければプリントをしろ

地蔵さん

地蔵さん

これも古いカメラに古いレンズの組み合わせ。レンズはフィルム時代の古い タムロン300ミリF2.8です。AF撮影ができるやつ。手持ち撮影ですので、ブレが 出てます。 こういう地蔵は、常には広角や標準レンズで撮るんですが、今回は意匠を変えて 望遠レンズで撮影してみました。案外に新鮮な感じの撮影でしたね。 望遠レンズでスナップポートレートを撮る方がいて、では私も、とはいかずで(^^ゞ、 人物の代わりに地蔵さんの撮影でやってみました。 だいたいデスタンス(撮影距離)10メートル前後での撮影ですね。 撮影中、通りがかりの人が不思議な眼で通りすぎ行きましたね。そりゃそうです。 地蔵さんに10メートルも離れて撮影する人なんて普通はいませんから。(笑) さすがにこれが地蔵だはなく人物だと、私はこういう撮影は出来ませんね。地蔵 さんだから何も言わずに許してくれるわけでして。(^^ゞ この地蔵さんは首だけ新しいものにすげ替えられています。元の顔がどうだった かは、もう誰にも分かりませんね。もったいないの精神で(信仰心)で、お顔だけ おニューになりました。涎掛けが新しくなったばかりで、聞くと年に2度新調される そうです。全部で300体近くの地蔵さんがありますので、けっこう大変な事業です。 コロナが今後も長く続くようだと、よだれ掛けと帽子にマスクも追加されるんじゃ ないかと心配ですが、まあそんなことはないでしょう。(笑) 古いカメラにレンズというのは、地蔵さん撮影に向いていて温かみがあります。 こういうのはしばらく忘れていた感覚ですね。緻密な解像度を持つ新しい機材は 遠景風景撮影には向くかもしれませんが、こういう特定の被写体を選んでの撮影 の場合は昔のカメラやレンズの方が良いかなって感じてます。

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