Capture Oneソフトウェア 作例

無題3

中古EF35-350を買った機会にデジイチにおける再発見が続いているのですが、そういえば肝心なこと を書き忘れていました。 それは、デジイチ=望遠レンズ&広角レンズであり、ミラーレス=広角標準レンズ限定であるというよう な使い方です。勿論ミラーレスでも望遠レンズが使えないことはないのですが、それにはEVFを使用し なければなりません。背面モニターで望遠レンズを使うのは厳しいですね。 私の場合はミラーレスは背面モニター限定なので使うレンズは広角と標準レンズだけです。 昔デジイチばかりを使っていた頃は望遠レンズでスナップ撮影をしていました。70-200ミリとか300ミリ とかですね。今、そういう望遠レンズはホコリをかぶっていたのですが、今回の機会で取り出して使う ことにしました。 だいたい望遠も300ミリ以上になりますと写る世界が変わってきます。超望遠の世界に突入すること になるわけです。今はコンデジでも1000ミリ相当までいくのでなんですが、大昔は200ミリで超望遠で あり、ライカ型レンジファインダーだと望遠は135ミリくらいでした。肉眼ではせいぜい200ミリくらいの ものしか判別できません。個人の視力にもよりますがね。 そうなってくると300ミリオーバーの世界というのは異次元の世界であってカメラ、一眼レフカメラでしか 見えない世界であるわけですね。 今回、投稿した写真はシグマ50-500という高倍率ズームレンズであり標準から超望遠までこなせると いうことで実に便利なレンズです。カメラを含めると軽く3キロオーバーですので野山の歩き撮影には 向きません。ある特定の場で重点的に使うっていうことになります。 そして望遠レンズの場合は人物スナップ撮影ではショット数は膨大になりますね。数百から数千ショット になることもありました。こうなってくると電磁波被害は大きいです。また被爆を防ぐハイアイポイントや ノーファインダー撮影もできません。きっちりファインダーを見続けての撮影であります。 思い出してみると、私にはこういう撮影から足を洗うためにデジイチを捨てたというところがありました。 ミラーレスに行きますと広角標準であり、人物スナップはせずに野山を歩いてのんびり撮影となるわけ でして、デジイチでの撮影とは大違いでしたね。 今思い出してみると、こういう撮影における大転換を私はしていたということになります。撮影対象や 撮影スタイルまで変えるって言うことは普通はしませんが私の場合はそれをやりました。カメラもレンズ も被写体も全て変えてしまったわけです。なんというか別人になったという感じですかね。(^^ゞ  いまもそういう撮影をされている方がいて、S9000さんなんかがそうでしょう。今は野鳥撮影に邁進され ていますが少し前までは望遠人物スナップでした。野鳥ではタムロン150-600とか、スナップではシグマ 135ミリとかですか。APSカメラだと200ミリ以上の世界での撮影です。 他方、同じデジイチを使っていても裏街道さんは広角標準での作品撮影をやられています。使うのは 24-105ミリくらいですので、レンズ的に見ればミラーレスカメラでも可能です。 私は野鳥撮影こそあまりしませんでしたが、だいたいS9000さんと同じような使い方をしていたという ことになりますか。カメラの電磁波が気になるところですが、彼の使っている機材はAPSの低電磁波の カメラですのでさほどのことはないのでしょう。 今回の撮影で望遠レンズでの撮影は、それがデジイチによる光学ファインダーであるならば、別格の 世界観が開けるというか、多くの方がこれに虜になるというのが改めて良く理解できるようになりました。 圧縮感とボケの世界ですかね。そして被写体の切り取りの世界でもあります。こういのは写真の世界 でしか得られないもので裸眼のそれとは大きく違っています。 ある記事に水鳥の野鳥撮影をしている方が、ファインダーを見ているだけで幸せになれる、というような ハイアマチュアインタビューでの新聞記事がありましたが、プロ機とEF600ミリの光学ファインダーで見る 光景は本当に異次元の世界ですからね。300ミリF2.8のレンズでもそうでしたから600ミリF4では尚更 です。 またある若いアマチュア(多分ミラーレス機を愛用の人)が、私の1Dカメラと望遠レンズを羨ましがって おられましたが、望遠撮影をすることにおいてはデジイチに憧れるのは当然のことかと思います。 そういえば昔、私がステージのアロハの踊りをサンニッパなどで撮っていると、それを見ていた若い男性 がわざわざ挨拶に来て、凄く楽しそうに撮っているのを見て感激しましたと言われたことがありました。 まあ傍目にもそう見えたんですかね。(^^ゞ  そんなわけで望遠撮影であるならば、ミラーレスカメラは依然として苦しくてデジイチに軍配が上がると いうことになるのでしょう。デジイチの光学ファインダー、そこでは非常に美しく神々しいまでの世界が 垣間見えるということです。写真なんか撮らなくてもファインダーを見ているだけで・・・というわけには いきませんけどね。(^^ゞ  余談を言いますと、手持ち望遠撮影は身体的には上腕筋を鍛えられます。レンズだけで1キロ以上の ものが多いのでカメラと合わせれば2~3キロとなり、それを長時間持ち上げ下げするのは、加えて歩き もありますから体力増強にはもってこいです。私がデジイチを完全に捨てないのはこの効用があるから です。 こういう話は、ミラーレスとかコンデジとは全くもって違いますから経験のない方には想像すらできない かもしれません。同じ写真ということで何でもかんでも十把一絡げ(じっぱひとからげ)にひっくるくるめて 考えるわけにはいかないのですね。 最近はシグマがソニーEマウントの150-600ミリのレンズを出したり、キヤノンがイオスR3でプロ用のEVF を搭載したモデルとかでミラーレスでも超望遠撮影ができるような体制が整いつつありますがまだまだ です。超望遠レンズとデジイチはそんなわけですこふる相性がいいんですよ。 話は変わりますが、写真というのは、実際に機材を駆使して写真をやっている方の見方と、それと一般的 に写真というものを、ただ見る側の見方とは全然違うんですね。例えば写真評論家などは実際には自分 では撮影はしなくて、データや紙になって完成した写真画像を見ての感想とかになります。その両者は まるで違います。美術評論家なんかもそうです。 私が以前に取り上げた、「写真はわからない」小林紀晴著、は実際の現役カメラマンが考えて写真を評論 しているということで大きく評価しているのですが、殆どの写真論は実践的なものではなく、メディア論議 的な写真論であるわけです。それは頭の中での机上論なんですね。 頭の中で考えたことと実際とはまるでちがう。これは今のプーチンがそうですからね。(笑) 日本の左翼 の人達の国防お花畑論もそうですし。そんなのは世間にごまんとあります。とにかく自分でやってみよ、と 言うわけでして、実践が伴わない論議は不要です。 んなわけで、今回試しているのは望遠一眼の世界の再評価ということで、もうしばらくはやってみようかな と思っていますが、正直言って既にミラーレススタイルに転換してしまっている自分としては、やりながら も違和感は否めないです。懐かしくはあるんですがね。 とにかくデジイチの撮影、とくに望遠レンズの撮影はとてつもなく楽しいんです。しかしミラーレスの撮影は ちっとも楽しくなんかない。その落差はあまりにも大きんいですね。こういうのは体験したものにしかわか りません。 しかしながら私はその楽しい快楽の世界のデジイチを捨てて、苦行にも似た喜びがあるミラーレスの 長距離歩き撮影に向かいました。一時の快感よりも長い幸福をもたらすだろうという選択をしたわけです。 こういうのは重い三脚とカメラを担いで野山を撮影するのにも似て、本格機材をつかった長い経験がなけ れば分からないかも知れませんね。ともあれ写真撮影は経験論です。 ※撮影場所は最近とみに有名になった三豊市の父母ヶ浜でのショット。数年ぶりに訪れてすっかり観光 化し様変わりした浜に驚くやら何やら。(^^ゞ 大昔の香川の西側の浜はこういう引き浜が延々と続いて いたんですが高度成長期にすっかり干拓と埋め立てで消滅しました。この引きの大きい砂浜と穏やかな 瀬戸の海の組み合わせは、県外客にも人気のようです。素足で歩いても怪我をしないように浜はよく 清掃されていました。清掃車はEVカーでした。

無題2

前回のコメントの続きとなります。 裏街道さんが、自分は写真画像を練って楽しむのが好きであって・・・と言いますのは、これは謙遜で 申されているわけでして本当は、自分の写真は単なる記録撮影ではなくて創造としての生みの写真、 作品活動としてやっているのであって・・・と、いうことになるでしょう。 そういう風に考えると、写真には2つの方向と言いますか二面性があって、ひとつは芸術的出的な創造 性と、もうひとつは記録といいますか本当は記録というよりもより良くこの世界を見たい、観察したい、と いうこの両義性です。 それで写真を簡単に言って芸術として捉えている人は、これは光学ファインダーを備えた一眼レフでなけ ればならないということです。ミラーレスカメラで芸術写真をやっているような人は見たことがありませんし また出来ないだろうと思います。 美的写真を撮るにはPCモニターの前で画像をいじるだけでなく、そもそも撮影時から意識してやらなけれ ば決して芸術写真とはならないからです。その為には優れたファインダーが何よりも必要となります。 そもそもミラーレスの液晶画面では自分の創造性が湧くものではありませんよね。(^^ゞ  そういうわけなので創造的美的芸術性のある写真を目指している方はデジイチ、とりわけフルサイズ一眼 という選択肢しかないのです。 もしもそういう芸術派の人が、ミラーレスカメラでもって自分の写真を貫こうかとすると必ず行き詰るでしょ う。そこにデジイチとミラーレスの根本的な相違というものが横たわっているわけです。 ミラーレスカメラは画質が優れていますね。ピントは正確だし専用レンズは高性能です。デジイチよりも後 で発売されたものだから総合的な技術が勝ってもいますし。 それでユーザーは最新ミラーレスに行きたがるのですが、ところが実際に使ってみると感が狂うことしかり であって、こんなはずではなかったのに。ということになるのではないでしょうか。 https://photoxp.jp/pictures/220346 この写真のコメントで、S9000さんが建物を擬人化した・・と書かれていて、彼の新鮮な発想に舌を巻きま した。ここで言う擬人化とはつまり写真の作品化ですね。 そのように考えると、写真の作品化芸術家とはおしなべて擬人化なのではないかと思えてきます。 たぶん最終的には風景写真であってもそれは撮影者自身の擬人化的投影であるということになるのかも しれません。 立派な富士の写真を撮る人は、自分もこんなに立派で美しい人間であるからこの俺を崇めろ、って暗に 言っているように聞こえます。それこそ権威主義的写真ですかね。ちなみに裏街道さんは富士を撮っても 遠景で小さくしかいれません。謙遜が働いているものと思われます。(^^ゞ  写真の擬人化とは別の言葉で言えば、写真は鏡であるということかもしれません。写真は窓か鏡か、とい うことでは、ミラーレスカメラは窓にしかなり得ず、デジイチは窓にも鏡にもなるというところでしょう。 ついでに言うとS9000さんは芸術的な権威主義的写真ではなく、ほぼ窓的な、見たい知りたいという方向 で写真をなされているようです。APSデジイチではなくフルサイズを使っていたならば、もしかすれば芸術 方向に振ったかもしれませんが。 ともあれ、これから光学一眼カメラがなくなっていきますと、写真は芸術も作品も権威も失っていくという 方向に定まっていくと思ってます。ごく普通の、見たい知りたい、そしてちょっぴり化粧も、という程度の写 真だけになっていくのではないでしょうか。 そしてそれは古くからの写真文化の喪失となります。この作品化写真と共に消滅していくのがもうひとつ あって、スナップ撮影ですね。この撮影はノーファインダー撮影を除いて優れてよく見えるファインダーの カメラでなければできない写真ですね。デジイチとかライカでなければ上手くいきません。決定的瞬間に 欠けるスナップではね。しかし現代ではそれを動画で補うという方向に来ています。いやスマホの動画撮 影こそが現代のスナップ撮影となったようです。 この古い写真文化の喪失と言いますか、時代の流れで駆逐されていくというのは残念なものがあります が世の中の流れには逆らえません。この私にしてもミラーレス機が主流であって、デジイチも使ってはい るものの、その使い方はすでにミラーレス流です。 たまに思い出したようにしてデジイチでスナップ的な撮影をしても、ああ昔はこのように撮っていたのかと ノスタルジックに浸るだけのことでした。 時代の流れは大変なものがあります。プーチン氏か昔のノスタルジックでロシアの栄光を掲げても、現実 には西側の先進兵器でコテンパンにやられているのを見るとノスタルジックよりも滑稽ですらあります。 私の場合には光学ファインダーカメラで作品的な写真こそやらなかったものの、スナップ撮影はよくしてい ました。それがもうできなくなっています。スナップ撮影文化は消滅してしまったわけなんですね。じゃあ それに代わるショート動画をするわけでもありませんし。 こんなわけでだいたいはこれからの写真の方向が見えてきたかなって思いますし、それを言質する技術 の変遷にも理解できたように思ってます。一抹の寂しさこそありますが時代の流れに沿って自分の写真 術をやり続けていくしかりません。 私の場合は写真は歩きの健康維持の為。それが主目的ですから。これからもそれに邁進することにしま しょう。

無題

ちとっと記録がてらに・・・ https://photoxp.jp/pictures/220368 https://photoxp.jp/pictures/220378 https://photoxp.jp/pictures/220394 キヤノン板で投稿したものですが、裏街道さんの助言のお陰で、これまでの高画素高画質カメラの弊害 というものが私もかなり分かりかけてきたように感じます。そのコメントへのリンクですね。 最初は軽くデジイチとミラーレスの違い程度に話を始めたわけですが、私の最終的な結論として、高画素 高画質カメラのVDT症候群の弊害は主に(デジイチではなく)ミラーレスカメラに於いて起きると言うこと。 これですね。 画像処理が好きで写真の画像を練って楽しむという場合に、デジイチならば相応しいかも知れませんが、 ミラーレスだとそうはならないというわけです。 ミラーレスの楽しみ方は個人的記録撮影であってそ、れ以上に踏み込むと、つまりデジイチでやっていた ように画像をねったりしすぎると、そこには危険なVDT症候群が待ち受けているというわけです。 それは何故なのかは上記のコメントに書いたつもりですが、デジイチという優れた光学ファインダーの援 助があってこそやれたことなので、それがないミラーレスでは煮詰めた写真とすることができないのだ、 ということですかね。それでミラーレスにはミラーレスなりの写真の仕方があるということ。デジイチと同じ ようにはいかないのです。 上記の220368の写真は単純にEF35-350のレンズが手に入ったのでレンズの性能を見たくて撮影に出か けただけで、それで偶然に2人の女性に被写体として遭遇しただけなんですね。ほぼ同じシーンを100 ショットくらい撮影しました。考えてみればミラーレスカメラでは考えられないショット数です。このレンズを 使うのは4度目ですが(カメラはイオス1DX、1D3、1DS3)、すべてにミラーレスカメラでは及びも付かない 撮影ショット量を稼いでいます。 ミラーレスの背面モニターでの撮影とは雲泥の違いでありまして、なるほどー、これがデジイチなんだなっ ていうことです。被写体にわずかな違いが光学ファインダーではわかります。それでショット数が多くなる んです。 それで帰宅してPCモニターで見ても各ショットでの記憶がまだ頭に残っていて、パラパラと画像をめくって いっても違和感なく画像をピックアップできるんですね。目指す写真を探し出すのが速いんです。 ミラーレスカメラだと撮影時の記憶がほとんどありません。それでいちいち画像をめくっていくのが最後は もうめんどくさくなる。それで撮りっぱなし写真になるんですね。 そうなんです。 デジイチは撮影時の記憶があるけれどもミラーレスではそれが曖昧なんです。これはPC作業においては 圧倒的な作業能率の差となって表れます。 それで無理やりミラーレスをデジイチと同じようにしてPC作業をしていくと疲労困憊となるんですね。 私はそれを、脳がやられるVDT症候群だとするのですが、私の場合はシグマのコンデジ(実質的にミラー レスカメラでした)であるDPメリル、dpクワトロ、そしてミラーレスのsdクワトロHで実体験(実験体験)をした ということになるのでしょう。シグマの場合、RAWソフトが遅いので尚更です。 考えてみれば同じシグマでも一眼レフのカメラで脳がやられるという感じはありませんでした。おそらく クワトロに入ってから、(このカメラはdpもsdもメリルに比べて多量に撮影できます)だろうと言えますね。 それに影響されてDPメリルの2連装使用にしたくらいですから。 それとミラーレスでも高画素と低画素の違いというものはれっきとしてありますね。シグマを捨てたあとは ソニーの低画素ミラーレスに行きましたから。アルファ7Sというカメラ、このカメラによって私は現在の自分 の撮影スタイルを決めることができたということで記しておきたいカメラです。このカメラはシグマに比べ ればPC展開が速くて且つ低画素なのでPCモニターの作業に負担を感じないで済みました。それは今は メインで使っているマイクロフォーサーズカメラでもおなじです。確かに低画素カメラというのはPCが楽な んです。 ソニー以降のミラーレスカメラで新しい撮影スタイルとしたのは、撮影は歩きの健康維持のため。撮影自 体は凝らずにショット数は少なくする。そして撮影後のPC作業は本当に最低限であって見ない場合もある ということ。 そして写真自体を捨てました。カメラは写真するものではなく、歩きの為の道具であり、記録であって、 それには、写真以上の自分の趣味、つまり郷土での撮影でもって地理的地学的歴史的文化的な視点で 見るということ。それが一番に大切なことであって、写真などはもう意味がないということなんなだという ことでした。 それで水の文化に関心があったので県内の溜池などを撮影していったんですね。あくまでも自分の記録 撮影です。ですかにその写真を人に見せても仕方がないんですね。そして溜池から神社というものに興 味が移っていきましたが、これも写真ではなく自分への記録です。 そういうのは考えてみれば鳥が好きな人は鳥を撮り、植物や花が好きな人はそれを撮る。ということと同 じなんでしょう。 まあ偶にオリンパスの一眼で獅子舞を撮ったり、今回のイオスで連写するのはありますが、あくまでも例 外です。まあデジイチに望遠だったからそうなっただけの話です。今ではデジイチでもミラーレスと同じよう にショット数は少ないですし、後でPCで写真を見ることはほぼないです。 そういうことではもう私の中ではデジイチ的な写真スタイルは淘汰されているということでしょうね。 ただ今回、裏街道さんの言葉に霊験を受けて、これまで繋がらなかったデジイチとミラーレス、そして高画 素高画質カメラの弊害が結びついたというだけのことです。つまりは理論的に完結したということだけです かね。(^^ゞ  これからも高画素カメラを撮ることはあるでしょうし、シグマクワトロを使うこともあるでしょう。しかしもう 以前ような写真スタイルはもうできませんしすることもありません。これからも撮りっぱなしで行きます。 一旦変ってしまった自分の写真スタイルを元に戻すことはないわけですからね。 カメラを持って歩けるだけで十分なんでしてありまして、写真がどうのこうという贅沢なことを言っていれば バチがあたりますから。(笑) とにかく今回の理論完結で、何故シグマクワトロを使っていたユーザーが全滅したのかがハッキリと判明 しました。こういうのは多分、高画素のフルサイズミラーレスや中判ミラーレスでも起こりうることだろうと 思います。 デジイチの高画素カメラというのがあって、私の場合はニコンD800やキヤノン5DSやシグマSD-1、ペンタ 645Dなんかが当たります。 高画素ミラーレスに比べれば優しいカメラだと思いますが電磁波が強かったりRAWソフトが問題だったり しますね。それでそんなに使うことができるカメラではないです。とにかく私の場合はどんなカメラを使おう とも、もう写真好きスタイルの写真はしないでしょう。 私がこの場で書いていることが理解できる人はこの掲示板にはいませんし、日本全国探しても僅かな人 しか理解はできないだろうと思います。しかし現実はそのように動いています。 ※ちょっとイオスのミラーレスを調べてみました。 ★EOS R – 2018年10月25日発売 3030万画素 最高約8.0コマ/秒 660g ★EOS RP – 2019年3月14日発売 2620万画素 最高約5.0コマ/秒 485g ★EOS Ra – 2019年12月5日発売 天体撮影専用のモデル 3030万画素 660g ★EOS R5 – 2020年7月30日発売 4500万画素 最高約12コマ/秒(電子シャッター時は最高20コマ/秒) EOS初のボディー内5軸手ブレ補正搭載 738g ★EOS R6 – 2020年8月27日発売 2010万画素 12コマ/秒(電子シャッター時は最高約20コマ/秒) 680g ボディ内手ブレ補正によって8段分の手ブレ補正実現 ★EOS R3 – 2021年11月27日発売 2410万画素 裏面照射積層型CMOSセンサー(裏面照射式のメリットは電子シャッター時のブラックアウトフリーと歪み激減) 最高約12コマ/秒(電子シャッター時は最高約30コマ/秒) 1015g ★EOS R5 C – 2022年2022年3月10日 プロ向けのデジタルシネマカメラ 4500万画素 ボディ内に手ブレ補正機構を搭載していない 680g こんな感じですかね。現時点ではEOS R6が最高ですね。いつか中古で安くなれば欲しいですね。画質は 良いですし、今のキヤノンでは最高だろうと思ってます。

無題

裏街道さん、つつじ写真にコメントありがとうこざいます。(^^ゞ  まず最初にちょっとだけ書きますが、裏街道さんクラスの画像処理をやっているのは、ここに投稿されて いる方々は全員ともどもです。それはデジタルでは当たり前だから敢えて言わないっていう感じですね。 全くの素のままで投稿する人間というのは私くらいですよ。(^^ゞ それでも最低限のことはやってます。 ですから裏街道さんだけが特別なことをやっているわけではないのであって、そこのところは最初に押さ えておきたいと思います。 そして次に、画像処理が好きな人達、例えばstoneさんやKazさんなんかは本格的な画像処理のレベル でやってました。それで彼らの使っていたカメラはデジイチなんでしたよね。つまり、デジイチというカメラ と画像処理趣味というのは相性がいいんです。これホントです。 じゃあミラーレスというと、結論から言うと画像処理とは相性がよくないです。それで無理やりやっちゃうと 限界がくるんです。それはどういうことかと言いますと、デジイチというのはその光学ファインダーで撮影 時によく見て、記憶にもよく残っていて、自分が撮ったショットを覚えているからなんです。どのショットに 写真としての手応えというのがあったかもよく覚えているんですよ。 ところがミラーレスというのはファインダーの質が悪いですね。それで自分が撮ったショットシーンの記憶 が曖昧なんですよ。だからPCモニターで改めてその全部の画像を検証しなおしてていかなければならな いんです。 これはデジイチに比べて2重手間になっちゃいます。ちなみにデジイチでもノーファインダーで撮影したも のは、ミラーレスとよく似た感じになっちゃいますね。これ誰が撮ったんかいな?って感じですから。(笑) ところで、私がよく言う超高画素高画質のカメラなり画像は、VDT症候群で脳をやられちゃうって言うのは 主にミラーレスカメラでの話です。私の経験から言うとその最右翼がシグマのミラーレスカメラやコンデジ シリーズです。これでばかり撮影していた時期は私の脳力は著しく低下してましたからね。 しかし同じく高画素のデジイチのシグマではそういうことは起きないということです。キヤノンの5000万画 素デジイチとかペンタの4000万画素中判デジイチでも同じくそうですね。 キヤノン5DSは電磁波が猛烈なのであまり使っていませんが、電磁波の低いペンタはよく使っています。 それでその4000万画素の文字通り高画素高画質のカメラですが本当に難なく使えてしまう。脳の疲れ はありません。 ここまで書いてくると、デジイチとミラーレスの両方を使った経験がある方だとピンと来るはずですね。 と言いますか両機種のカメラを使っていない限り、けっして分からないことなのです。 それでミラーレスを本格的に使い続けていくコツというものを習得していくのですが、それはまず、画像処 理などには凝らないこと。PCモニターの前ではさらーと流すこと。そして写真趣味が独立してあるんでは なくて、もっと別の自分の趣味をメインにして、写真はそれへの従属的な、つまり記録的な写真に留め置く ということになるんです。写真よりももっと好きなものを見出すということ。 自分はミラーレスカメラで写真趣味をするんだと凝り固まると、しかもそれがシグマsd1クワトロHのような 壮絶なものだとすると間違いなく裏切られますから。 つまり、デジイチからミラーレスへの移行は、自分の写真の概念を根本から変えていく必要に迫られるん ですね。これは無理やり抵抗しようとすると私のように脳をやられます。(^^ゞ  多くの方がデジイチからミラーレスに行くのは只単に時代の流れで流行だから、というのが実際でしょう。 別に大したことを考えてのことではないです。しかし私の場合はデジイチの漏洩電磁波の害を乗り越えた いということで、切羽詰ってミラーレスに行ったんですね。多くの人とは動機がまるで違います。 そこでミラーレスに行ったものの、本当に伏兵に襲われるようにしてというか地雷を踏んでしまったのが、 VDT症候群でした。デジイチの電磁波は身体を蝕むけれど、ミラーレスカメラのVDT症候群は脳をやられ ちゃうんですね。なんともはや、という感じです。(^^ゞ  私は今、メインのカメラというものはフォーサーズカメラなんですね。2000万画素もいかないカメラですし、 画質もセンサーが小さいですからそれなりです。もう画質も画素数も全く問いません。フォーサーズでは 光学式のデジイチとミラーレスの両機種がありますが、やはり使うのはミラーレスが多いですかね。 ミラーレスは背面液晶モニターで見て撮影してます。EVFは使いません。シャッターは可能ならば電子 シャッターでやってます。これだと電磁波は出ません。 そして撮影する対象物を主眼にして考えて撮影してます。真に写真なる趣味はゼロですね。自分の記録 としての写真なわけです。そして、やはりカメラを持って野山を歩くことこそが本当の目的なんだと自覚 してます。ただ野山を歩くだけだと手持ち無沙汰になるので、カメラを持っているだけかもしれませんね。 そして敢えて言うと地元の歴史や文化を探るのが私の写真だということかもしれません。 これは極めて個人的な目的に振った写真行為ですよね。自分の健康維持と個人的な探求趣味で写真を 利用しているに過ぎないのですから。既に写真の社会性や写真自体の探求心などはもう眼中にはありま せん。こういうのはおそらくyouzakiさんも、方向こそ違え、良く似たものではないですかね。youzakiさんは 高齢でありながらも元気に写真を撮り続け投稿をされています。あっぱれと言うしかありません。 息を吸うようにして写真を撮る。私は歩くようにして写真を撮る。理屈で写真をやるんではないんですね。 私は長文を書くから理屈っぽいと思われているかもしれません。しかし自分の実体験で経験したこと以外 は言いません。極めて手足型の地べたタイプの人間なんですね。カメラ好き人間かも知れませんがモノ を愛でるタイプではなく荒っぽい使い方しか出来ない人間です。買う物は中ぶるだけですし。 裏街道さんはデジイチしか知らないのでなんですが、デジイチを使っていてミラーレスに移った人がこの 板にもおられます。本当はそのような方々にこのコメントをささげたいなっていうことで書いてますよ。(^^ゞ  少しキヤノンのRシリーズを調べましたが、もし私が将来中古のRを買うとすればそれはR6になります。 2000万画素の、今となっては低画素くらいのしかし優れた画質のカメラで、電子シャッター式であり低照度 の撮影が可能です。その次にいいかなって思うのはR3ですか。プロにも使えそうなEVFを採用している みたいなので、その性能を知りたいところがあります。 余談を言えば、これからのミラーレスカメラの克服すべき課題は、なんといっても自然で健康を妨げない EVFだと考えてます。光学式ファンダーと同様な、いくら見続けても問題がない自然なファインダー。もし これができれば時代は完全にミラーレスカメラのものになります。しかしそれはやはり難しいでしょうね。 またまた自分の話を出して恐縮ですが、シグマミラーレス(コンデジ)に敗れて次に行ったのが、ソニー アルファ7Sです。1200万画素フルサイズ電子シャッター式カメラです。優れたモニターが装備され、日中 でも背面モニターが見やすく使いやすいカメラでした。このカメラでもって、自分なりのミラーレス式写真 の構築できたかなって思ってます。地元の溜池を次々に撮影していきました。今考えても本当に名機だと 思っています。多分キヤノンではイオスR6がそれに当たるのではないかと考えています。 このソニーからガラリと私の写真に対する考え方が変わり、それが今も続いていて、たとえ使うカメラを 違えたとしても、地元への個人的な記録写真という撮影スタイルは変っていません。 だいたいカメラというものは高画素は必要なくて、1000~2000万画素で十分なんですね。それ以上は害 はあっても益は少ないと考えてます。センサーサイズが同じならば画素数が少ないほうが画質は良いの ですし。経済学に限界効用低減の法則というワードがありますが、カメラの画素数で言えばそれがマック スのピークが2000万画素くらいだということです。 4000万画素とか6000万画素というカメラも多々ありますが、それはトリミング前提で使うということになり ますかね。プロの撮影はトリミング前提なので高画素カメラを使うのですが、アマチュアはフルフレームで 使うので2000万画素でオーケーなんです。 長い時代のスパンで見れば、デジイチというデジタルの光学ファインダーカメラは、純粋にデジタル時代 のものではなくて、フィルム時代のアナログを引きづったカメラでありまして、本当にデジタル時代のカメラ はミラーレスカメラです。このカメラから本当のデジタル写真というものは始まるというところでしょう。 ですからミラーレスカメラを知らずして自分はデジタル写真をやっているとは言えないのかもしれません ね。 それと肝心なことですが、これまでの写真は優れたファインダーに頼りすぎた写真であったこと。これは やばり事実ですね。 ファインターというかフレームです。それを打ち砕いてくれたのがファインダー性能の低いミラーレスです。 カメラ好きの人間から言わせてもらうと、デジイチの光学ファインダーはファインダーで見てレンズの良し 悪しが分かるというメリットです。余談ですね。(笑) ※投稿写真は古いフィルム時代のトキナー24-200の高倍率レンズでの撮影です。 上記の、何々に頼りすぎた、という下りは含蓄に富んでいて、ハイアマチュアが犯す過ちに、良いレンズ ばかりで撮影して(キヤノンだとLレンズとか)、そうでない低廉なレンズの味というか意味を知らないという ことが挙げられます。全ての機材の良し悪しは相対的なものであって、その一方しか知らないというのは 片手落ちというしかありません。 こういう安物の廉価レンズをそれなりに見せようとすれば本来の意味での画像処理術が必要になります。 この画像はカメラが優れているので問題はないのですが、フォーサーズなどのギリギリカメラでは限界を さ迷うことになります。良いカメラや優れたレンズばかりに頼りすぎることは写真技術の向上にはマイナス になるんですね。 私が自分の第一のカメラとして挙げたフォーサーズは、そういうことでは容易に画像や写真の限界に近ず くことができ、それが案外に楽しいじゃないかということが理由として挙げられるんです。 本当に画像処理技術を目指してスキルアップをしたければ廉価な機材を試さなければなりません。RAW ではなくJPEGで撮るとかソフトも安価なものも使うとかもそれにあたります。 ※S9000さんが、(巨大)建築とはなべて権威主義的であると申されておりました。それを言えば写真の中 のジャンルとして建築写真がありますが、そういうのも権威主義的建築家とグルになって権威主義を流布 しているということになるのかもしれませんね。(^^ゞ  写真に権威主義のあるのか、と問えば一番よく見受けられるのが高級機やブランド機材を使う写真です。 高画素カメラもそうでしょう。偉そうな高そうな機材を使う写真は暗に権威主義を醸し出していると言えそう ですね。ですから高級機材は中ぶるを買えば権威主義からは逃れられると思ってます。一番有効なのは もちろん元々廉価なものをさらに中古で購入すること。廉価、中古万歳なのが庶民的な写真術だという ことになりますまいか。(^^ゞ  そして撮る被写体でも権威主義的であるかどうかが判明します。どこにでも転がっているものを撮るのは 権威主義からは遠い写真となります。S9000さんの、どこにでもいそうな娘さん撮影は、およそ権威主義 からは遠い写真だと言えますね。まあ何々の有名人に似ているとかいうのはちょっぴり権威主義?の 匂いがしないではないですが実に可愛いものです。 冗談はともかくとして、S9000さんの人物スナップ写真は、現在では貴重な社会性のある写真文化であっ て絶やしてはならない写真ジャンルだと思っております。そして思うのは彼が使うカメラがデジイチだから こそ、人物スナップ写真という文化性を持った写真が撮れるのじゃないかって考えてます。 街角スナップ撮影がし難くなった時代です。S9000さんの絶ゆみない御健闘を祈ります。

無題

裏街道さん、瀬戸内へのコメント、ありがとうございます。私のつたない写真を見てくれるのはyouzaki さんと裏街道さんくらいなもんです。(^^ゞ  今回ちょっとキヤノン板に出しゃばったのは、ミラーレスカメラに浸潤される状況で、従来カメラ使いの 方が気落ちしてくるんじゃないかと、老婆心ながら危惧したからなんですね。 デジイチもミラーレスもどちらも長短があって、どちらかが優れているとか、時代の流れはこちらだ、とかいうではないのだと言いたがったわけです。たぶん、本当に心から自分は写真が好きだ、という方 はデジイチ(とりわけフルサイズ機)であり、自分は写真と並んで別のものにも大いに関心があるよ、と いう方はミラーレスが相応しいかなっていうところです。 私は皆さんよりも早くミラーレスカメラに行きました。オリ/パナやシグマ、ソニーなんかですね。しかし ながら未だにデジイチも大いに使っています。それでどちらか一方というのてはなく、出来れば両機種 を並行して使えば写真というものがより深く理解できるようになるのではないかということです。 今はそれが容易にできる贅沢な時代となっています。 経済合理性という観点からは、未来には光学ファインダーのカメラはやはり淘汰されていくでしょう。 いくら優れているからと言っても工業製品や商品としての一眼レフカメラが今後も安価で生き延びられ るとは言えないところがあります。それはフィルムカメラを見ていれば十分に予測可能ですね。もっと 古くはレンジファインダー式カメラが一眼レフに取って代わられたこともそうです。 しかしながら今はまだまだ光学式一眼レフカメラが使える環境じゃないですか。ならば十二分にそれで 写真を撮ってやろうじゃないかということですね。デジイチを捨てるのはまだまだ時期早々です。 ※投稿写真は35-350の35ミリ側での撮影。

無題

裏街道さんに触発されて私もひとつ投稿です。(^^ゞ  これも光学ファインダー式カメラでなければ撮れないだろうという写真かなと考えてます。この2人の女性 が砂浜を行って戻るまで100ショットくらい、ファインダーを見続けながらの撮影でした。ミラーレスのEVFで それを追い続けることは難しいですから。まず眼がやられますね。背面モニターで見るのはもっと無理 ですね。 レンズはEF35-350ミリなので画質は悪いです。加えて瀬戸内の靄ががりですのでクリアとはいきません。 しかし市の場合は撮影に主眼を置いているので画質は問いませんから。 最近、この手の高倍率ズーム(バリフォーカル)レンズが気に入ってます。なにせ標準画角から望遠まで 一気にレンズ交換なく撮影できますからね。このようなレンズは他にはシグマ50-500があり、かなり貴重 なアイテムとなっています。しかしカメラ込みで2~3キロとなるので久しぶりに持ち出すと身体にきます。 写真以外に例えば植物や鳥の博物学等の多彩な趣味があり、それを写真として記録するというのならば ミラーレスカメラでも良いわけですが、純粋に写真の世界オンリーに浸りたいとなると、やはりフルサイズ 一眼レフは必須かな、という気がしています。さらに行けば中判レフカメラかな。 もっともこれはあくまでも私の考えなので皆さんは別の考えをお持ちでしょう。人の考えに影響され過ぎる というのも良くはありませんから。

雑感⑤

この掲示板は既に殆どの方が高齢者となっていると思います。それで健康維持の為に写真の趣味を 続けていくというようなスタンスでやっているのではないでしょうか。勿論この私もその中の一人でしか ありませんが。 この健康で体力を維持しつつ、趣味たるものをやっていくというのは、考えてみますと最たる関心は御 自分の健康であり、それが写真趣味なんかより勝っているという具合なのであって、これも写真の王道 であるということになろうかと思います。 散歩ついでのスマホ写真、というのもアリかも知れませんが、やはり本格カメラで撮りたいものだと感じ ます。マイクロフォーサーズカメラとは言え、スマホに比べれば大きくてカメラらしいです。 キヤノン板を見ますと、光学一眼レフをお使いの方、2名ほどがミラーレスカメラに替えたようです。 まあ、それもまた良しなんですが、光学カメラを捨ててしまうのもなんだかな・・・という気はしてますね。 複数台のカメラを所持していたからといって余分に税金も維持費も掛からないのだから両機を万遍なく 使えばいいのではないかと私なとは思ってしまいます。まっ、人それぞれですけどね。 私は初期の頃からミラーレスカメラを使っていましたし、そもそもデジイチの時代もそうでした。しかしな がら、それだからこそ、それらのカメラの長所欠点というものがよく分かっていたと自分では思っていま す。一本にしてしまうという危険性も知っているつもりですね。 とにかくカメラは自分で使うものです。他人にどう見られているかは全く関係がありません。流行という ものも無関係ですね。

雑感④

このレンズはマイクロフォーサーズの12-40F2.8で、M-1が登場した時のキットレンズということなります。 そう悪くはないレンズですけど、やっぱりフォーサーズレンズの松や竹レンズと比べるとちょっと落ちるか なって感じます。しかし解像力は古いレンズよりだんぜん優れています。無論AFも良いし。

雑感③

先日くらいまで忙しくて時間がとれずで本格的に撮影ができていませんでした。それでやはり体調が 不順となって、とうとう小雨の中ですがカメラを持って撮影に出かけました。(笑) カメラは一台(自作グリップ着)とレンズも一本。歩けるってことは何よりも替えがたいものですね。 最初は雨だとは思ってなかったのですが、終日小雨降りでした。曇り空や小雨日和だと、カメラの 液晶モニターが見やすくて、ミラーレスカメラは使いやすいです。晴天だと光学レフが良いわけです がね。 撮影後の翌日からは体調が軽くて、やはり歩き撮影ほど良いものはないと再確認した次第。(^^ゞ 

雑感②

「写真はわからない」小林紀晴著 光文社新書刊 久しぶりの写真に関する本を読みました。最近の写真事情が理解できる良い本です。写真家、フォト グラファー、カメラマンの用語の違いの指摘が面白いです。(^^ゞ  ここで小林氏が書かれていることで大事なことは、写真だけの趣味ではもはや写真はやっていけない、 ということだと思いますね。氏は写真を志す若い学生に、写真よりももっと強い関心のあることがなければ ならないと強調していますね。 これは私もまったく同感です。もはや写真の為の写真文化などは現在では存在し得ないと思っています から。ここらは報道カメラマン出身の小林氏と私とは考えが合うのかもしれません。平凡な富士写真を 意味なしとしているのも同じような。(^^ゞ  面白いのは小林氏はフィルムカメラも使っていて、4×5でも撮影されているのです。写真そのものに 文化があるとすれば、それはデジダルではだめで、もはや4×5くらいに行かなければ見い出せないもの になっているということかもしれません。 1点、気がついたのは、著名な俳優の撮影でカメラのストロボが発光しなかった件、著者は理解できて いなかったようですが、これは電磁波障害だろうと私は推察します。テレビスタップは同室していたよう なので強力な電磁波が古いカメラの電子チップに悪影響を与えたと思われます。廉価機や古いカメラは 要注意なんですね。最近の中級機以上は電磁波シールドがなされていますのでそういうことはありま せん。

雑感①

さて、プーチンは70歳を乗り越えることができるのか。まあ71歳かな。 出生時刻0時40分~1時の仮説だと、そこらを乗り越えることができれば後は何とかなりそうな気もして います。とは言っても70歳代初期にもうひとつ火星という凶星があってそこで倒れる率が高いですけど ね。 しかしプーチン自身が生き延びれば生きるほど、ロシアの寿命は短くなるというのは真実でしょう。 米国の分析では数年間はこの戦争は続くと見ているのですが、それがプーチンの政治寿命と同じである ということなのかもしれません。私はこのウクライナ侵攻自体はあと1年で終わると考えていますが、 しかしプーチンが生きている限り終わらないというのも、ある面では確かなような気がします。ですから プーチンが73歳くらいまで生き延びれば、後4年は戦争が続く、ということになります。今後も数年間も 戦争だということは、それはウクライナだけで終わらずに他の地域にまで戦火は及ぶかもしれないという ことでもあります。 そうなってくるとヨーロッパは大変ですけど、それよりももっと悲惨になってくるのはロシアそのものです。 完全に中国に飲み込まれてしまうでしょう。それではロシアの栄光も何もあったものではありません。 プーチンはモンゴルでロシアの国歌を聞きながら涙を流したそうですが、今の中国こそが昔のユーラシア 大陸の覇者であったモンゴル帝国の現代版であることに気がついていないのでしょうか。それとも当時 のモスクワ公国がモンゴルと手を結んで生き延びたことを知っているからこそ、その手先となってヨーロッ パを攻めるのでしょうかね。 しかしそれはロシアをモンゴルに、いや中国に売り渡すことでもあるわけですが。 プーチンの国防相のテーブルを挟んだ映像を見ているとパーキンソンなのは間違いがないようです。 しかしそれで直ぐに死ぬというわけではないのですが、脳への悪影響は相当にでます。政治家としての 判断力は無きに等しいものになっているわけで、それはロシアにとっては最悪の事態です。もうロシア は消滅しかかっているというしかありません。まあ私としてはロシアの肩を持つことは1ミリもないわけで すが、仮にもプーチンはロシアの国家元首であるならば、もうすこしロシアを大事にする愛国心というもの が無いのかなっていう気もします。ロシアはヨーロッパの一員ではなくてモンゴルなのかな。プーチンの 愛国心たるものを本当に疑ってしまいます。 心理学的にみますと、プーチンというのは両親が歳をとってから生まれた一人っ子(兄はいたけど夭折 してます)なんですね。それでとても大事に、甘やかされて育ってます。それで本当の自立心というもの が形成されていないところがあります。これが彼の性格の致命傷であって、彼の強い人気運と引き換え に甘えの依頼心というものが出来上がっていますね。これは犯罪者の心理学です。 それは国家元首としては米国や中国に甘えているというわけです。 それでそのプーチンの弱点を利用して突いたのがバイデンですね。バイデンは鼻っからロシアを弱めて やろうという魂胆です。相当な年月を掛けてロシアを潰してやろうという考えを持っていてその工作を 続けていました。これにまんまと引っかかったのがプーチンです。バイデンはプーチンは中2程度の人間 だと見破っていましたから。 トランプが言いましたが、俺が大統領であればプーチンは戦争をしなかっただろう、というのは本当 です。バイデンは根っからの悪人ですから、ウクライナやヨーロッパを犠牲にしてもロシアを誘い出し、 アメリカの利益を得ることが平気でできるのですが、トランプはそういうことをしません。 そしてバイデン自身もロシアにしか眼が向いていなくて、本来の米国のライバルである中国への戦略 ができていません。ロシアが潰れればそれをごっそり中国が奪っていくという、それでますます中国が 強くなっていくという視点が皆無ですね。バイデンの見方は極めて狭いです。 とにかく、そう考えればトランプがバイデンに大統領選で負けたことがよく理解できます。時代は戦争に 向かっていたわけであり、戦争を起こせるのはバイデンでありトランプではなかったからです。 これこそが世界の歴史を動かすのは、人間ではなく、天体の仕組みであるという人文天文学の原理 そのものなんですね。 中国は今回のロシアの暴挙をよく観察しています。現代の中国というのは本当によく史実とか世界の 情勢を研究していて勉強熱心であるということです。日本の失敗も成功もよく研究してそれを我が物 としているようですし。 それで今後、中国が軍事力で台湾を侵略することはやらないだろうと私は思いますね。もっと上手い やり方でいくだろうと思います。しかしそれをアメリカが座視するとも思えません。 今後、中国はロシアの国土と資源と労働力と市場を得ますが、ロシアの人材は欧米に流れます。 例えると上位2パーセントといわれるIQ130以上の、加えてEQも高い人材は中国のような専制主義国 には行かないからです。そういう世界中から優れた人材を集めるのがうまいのは米国です。 依然として先進的であり続けるのは米国や欧州ですね。 そして中国はユーラシア大陸の大半を得ることで満足をするのではないですかね。中国としても製品 輸出の市場は全世界相手ですから平和裏に行きたいと願っているはずでしょう。

雑感②

雑感② 「プーチンはウクライナ人を殺し、同時にロシアも殺している」ロシア人作家が語る“本当のロシア”とは 【報道特集】|TBS NEWS https://www.youtube.com/watch?v=K6hepfsdp4Y ロシアの分裂、内戦の話が出ていますね。私もきっとそうなると思いますよ。 そうなると千島列島は日本のものになりますかね。4島だけでなく全部。ついでに樺太も欲しいです。 領土というのは戦争をしなければ取り返すことができません。ましてやロシア相手では。その戦争を ウクライナがやってくれているわけでして、戦後の復興では日本は大きな協力をしなくてはならない でしょう。 そもそもロシア人は嘘つきなのであって、真実のロシアというものは、このロシア人作家が語っている ようなものではなくて、今まさにウクライナで虐殺の限りを尽くしている姿こそが本当のロシアですね。 ともあれ中国はロシア瓦解で経済的にはこれから大きな利益を受けるわけですけど、ことはそう簡単 にはいかないわけでしてね。中露同盟がなくなれば中国はいくら大国だとしても、一国だけで欧米日に 立ち向かっていかなくてはなりません。独裁政権の国であれば尚更で、その重圧だけで中国というか、 中共自体も分解する可能性がでできます。ええ、ぜひそうなって欲しいものです。 本当に中国が発展するのは中国共産党がなくなってからではないですか。 ソ連やロシアと違って中国が強いのは、米国だけでなく日本の影響を強く受けているからでしょうね。 それで中国には未来があると思いますよ。今後、ロシアが消滅すれば中国は共産党を維持する必要 がなくなりますね。日本的な中国になっていければ面白いかなって考えます。

雑感

ウォロディミル・ゼレンスキー大統領、ホロスコープの出生時刻は海外サイトのデータを使って、 1978年1月25日14時としました。現在44歳ですか。 彼は日本で言えば北条時宗のような歴史的役割を担って登場したのかもしれません。時宗は 1251年生まれで1268年に鎌倉幕府の執権となりました。17歳ですかね。 文永の役は1274年、弘安の役は1281年。23歳と30歳の時でした。そして1284年死没ですから 33歳直前の死という短い人生です。まさに元寇に対処するために生まれ、執権になったような 人物でした。 「北条時宗と元寇」 https://www.youtube.com/watch?v=KZsZbyZ0JIk ところで、ゼレンスキー大統領、はたして無事でいられるのかどうか。かなり危ういところがありますね。 プーチンという人は、どうも情報が隠蔽されていてよく分からないところがあります。やはり当初のように 午前11時ころの生まれかなって感じるところがありますね。もしこれだとプーチンは既に終焉している 人であって今あるのは人ではなくゾンビのような何かの残滓だけなのかもしれません。ロシアもそうなの かも知れませんね。 ロシアにはもう核しか残されていず、もしプーチンやロシアが核を使ってエスカレーションをすればヨーロッ パは終わってしまいます。そして確実に中国が世界を席巻していくということになります。これはロシアを 含むヨーロッパの自滅ですか。 中国は労せずしてユーラシア大陸を手に入れることができます。これから100~200年は中国が世界の 覇権を握るというような時代の到来です。 占星術としては中国がこれまで以上に躍進をするというのは自明ですので、もしヨーロッパが没落すれば アメリカは片肺を失ってしまいます。それではアメリカは中国を抑え込むことはできないでしょう。 ソ連もロシアも実のところアメリカが作ったものです。ロシアの核もアメリカが渡したものですね。 1980年代末に土星と天王星が合したのは射手座であって、それは占星地政学的にロシアではなくアメリ カに異変を起こさせるはずのものでした。しかし崩壊したのはソ連であって、これは長らく不思議だった のですが、そもそもソ連やロシアを事実上作り上げたのがアメリカであったとすれば納得がいく話です。 強かったアメリカが9.11でアフガンやイラクで疲弊し、今度はアメリカの支社とも言うべきロシアがクリミア やウクライナで駄目になっていく。それだけでなく盟友のヨーロッパすらも道ずれにしようとしているかの ようです。そこには核といものがあるからですね。 もしヨーロッパで核戦争が起きれば、これは歴史の大転換です。200年か400年かに一度あるかというよう な。

雑感

ちょっと気になる記事がありましたのでコピペします。 ---------------------------------------------------------- 「春に溶ける」 https://photoxp.jp/pictures/219729 1 Ekio 2022/3/14 21:56 先週は「まつだ桜まつり」の河津桜。 そして今週は小田原の近くの「和田河原」の河津桜です。 病院の合間を見つけての撮影行ですが、調子の悪い眼(今週末に注射の治療)なのでMFのマクロは苦労します。 ◎コシナ ツァイスMakro Planar 50mm/F2 ※軽くトリミングあり。WBが少し転ぶので調整してます。 2 masa 2022/3/15 11:50 Ekioワールドですね。 眼・・・くれぐれもお大事に。 3 Ekio 2022/3/15 18:16 masaさん、ありがとうございます。 眼の方は痛みは無いのですが、充血で少しボケるエリアがあるんです。 ファインダーを覗く利き目なのでMFのピント合わせに苦労しています。 -------------------------- 「春のリズム 」 https://photoxp.jp/pictures/219776 1 Ekio 2022/3/19 17:58 調子の悪かった左目の治療(注射)を昨日受けて今日は安息日です。 と言うことで在庫から。先日河津桜を見に行った「和田河原駅」から河原に向かう途中の畑ですが、 リズムが気に入って撮りました。 ◎Pana-LEICA DG VARIO ELMARIT50-200mm/F2.8-4 ASPH. ---------------------------------------------------------- この方はどうやら左目でファインダーを覗いているようです。普通は右目ですね。それはよいとして お使いのカメラはミラーレスのEVFカメラです。 EVFと背面モニターの違いは、それらの液晶スクリーンと眼の間の距離の違いです。 そして光学ファインターとEVFの相違は、自然な光とLED人工光線との違いです。 どうやらLEDは眼が焼けるって感じになるのかもしれません。

無題

このところ時間がとれずで撮影ができていないのですが、とにかく一番、いけないのが歩きが出来ずに 体力が落ちてしまうことです。このところ少し腰がいたいところがあって、これなどは典型的な歩き不足の 症状ですね。 今日は久しぶりに時間がとれて、里山の撮影に出かけたのですが、うかつにもバッテリー予備が充電 できていずで、撮影は中途半端でした。しかしもっと歩きたかったのでカメラを車に戻して手ぶらで歩き ました。なんか手がさみしい気がしましたが(^^ゞ、カメラ無しの歩きもなかなか良いものです。 撮影に際して、何のカメラを持っていこうかと決められなければ、そこは私にとってのスタンダードカメラで あるフォーサーズカメラということになります。とくに久しぶりの撮影となれば、手馴れた軽いカメラでよい わけでして、フォーサーズカメラは最適です。 このG-1は小型ですが大型の自作グリップを付けていてそれなりの大きさとなり、実はそれこそが持ちや すいカメラとなるんですね。 春の里山はとりわけ美しいです。田畑は圃場整備されていてしかも時間が経っているので既に自然に 溶け込んでいて美しい村の風景となっています。里山ほど美しい景色は他にはないと思うのですが、 香川ではこの里山が豊富にあるんですね。 とにかく歩ける幸せを噛締めながらの撮影は楽しいです。

雑感①

雑感① ウクライナ戦争は長引く様相を呈してきました。星相としては土星水瓶座□・スクウェア天王星牡牛座 の相なのですが、近いうちに土星は水瓶座を抜け出るかなって思えば、残念ながら土星はリバース逆行 をしていきます。つまりずっと水瓶座に留まり、10月下旬までリバースし続け、11月からは再び動きだし ますが、水瓶座を抜け出るのは23年3月10日です。それまでは土星□天王星の悪影響は続くかもしれ ないということです。 これは今後1年間は停戦が終わらない可能性があるかもしれないということですかね。 当のウクライナ国民、駆り出されたロシア兵の悲惨さは言うまでもないわけですが、それだけでなくて 世界経済への影響は甚大です。そもそも戦争というのはそう簡単には終わられることができないもの なのです。第一次チェチェン紛争(1994年 - 1996年)、第二次チェチェン紛争(1999年 - 2009年)などを 見てもそうですから。 ウィキペティア「ロシア・ウクライナ危機 (2021年-2022年)」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%82%B7%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%8A%E5%8D%B1%E6%A9%9F_(2021%E5%B9%B4-2022%E5%B9%B4) >2021年3月から2022年にかけて、ロシア連邦がロシア連邦軍を同国のウクライナ国境周辺に20万人 規模で集結させ・・・とあり、この前哨戦を鑑みればこの戦争は既に1年を経過しています。そして今後1年 間続くとすれば2年間の戦争となるわけです。これからさらに1年間も戦火に晒されるかもしれないウクラ イナの国民と国土は悲惨極まりなく作物の作付けすらできない可能性がでてきます。 世界中がコロナ騒ぎをしていた間に着々と戦争の準備は進み、そして現実に戦火は開かれました。 しかしコロナが殺すのは、いつ死んでもおかしくない高齢者と病人だけ。しかし戦争は若い人も子供も殺 していくわけです。その違いはとても大きいのです。 コロナは占星術的には土星と冥王星の山羊座での合でした。そんなに大したものではなかったわけです し、事実そうでしたね。(オマケとして米国の選挙不正もありましたが) しかしその後に土星と天王星の スクウェアが控えていたわけでして、私は早くからそれが見えていましたが、それでもこういう軍事先進国 どうしで戦火があるとは現実に起こるまでは実感できませんでした。 これから1年間も戦争が続くとなるとウクライナの国土はボロボロになってしまいます。

雑感②

雑感② 未来の話を言いますと、これから10年後の2032年7月ころ、土星と天王星が双子座で合します。これは 世界を揺るがすレベルですね。焦点となるのは東アジアですか。過去には1988年7月に土星と天王星が 射手座で合し、それがソ連崩壊に繋がりました。1991年12月25日に崩壊でしたがベルリンの壁崩壊は 89年11月でした。また中国での六四天安門事件も89年6月でしたね。 この星相は中国に対してのものになりそうで、大きな変革があるかもしれません。しかし変移星座での 凶角なので大々的な戦火はないものと予想したいです。 土星と天王星の星相は色んなレベルがあるわけで、一番に強烈なのが固定星座での凶角です。その 最たるものが1941-2年で起こった牡牛座での土星天王星の合です。欧州独ソ戦争太平洋戦争という 第2次世界大戦でした。固定星座、とりわけ水瓶座や牡牛座での星相は妥協ができず実際の戦争に 発展するようです。ですから今回のウクライナロシア戦争が、ヨーロッパにおいて第2次世界大戦以来の 最大のものであるという認識は正しいと言えそうです。 東アジアに住む我々にとって気になるのが中国の動向です。 かつての1940-1941年の星相は牡牛座での土星天王星の合でしたがその後は双子座での合と続いて いました。これが中国大陸を揺るがしそこを戦場としていた日本をも第2次世界大戦に参加させる要因に なったようです。しかし今回の水瓶座牡牛座でのスクウェアは東アジアには影響を及ぼさないのではない かと私は考えます。合に比べればスクウェアは影響力が狭いのです。それで私は中国は動かないと みているのですが、さてどうなるんですかね。 ともあれ10年後の1932-33年は双子座蟹座での合ですので、中国台湾日本の東アジアが激震地である のは確かです。ソ連が崩壊したように中国共産党が速やかに崩壊していくのでしょうか。 しかしそうではなく、この時期にこそ中国は力をつけてロシアの極東地区やシベリアを飲み込んでいくと いう構図も見えてきます。つまりそれ以前にロシア自体が分裂していく可能性ですね。今後1年間、果たし てロシアはその国の形を維持することができるのかどうか。極めて怪しくなってきています。 よくよく考えてみれば、ソ連が30年前に崩壊したのは彼らにとっては不本意であった、なんか騙されてし まったのではないか、という思いというか、わだかまりを彼らは抱え続けていたように思います。

雑感③

雑感③ 「歴史観を操る男 プーチン氏”スターリン化”の陰に…」【3月14日(月)#報道1930】 https://www.youtube.com/watch?v=6kDbom-C9pg メジンスキー大統領補佐官という人物がプーチンの心を変えてしまったようてす。 「ウラジーミル・メジンスキー・ウィキペディア」 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%B8%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%BC この人物は実存主義的な人間ですね。政治家でもありますか作家でもあるようです。つまり思想家です。 これにプーチンが嵌ってしまったようです。ともあれソ連崩壊は国家として精一杯戦って敗れた結果では なく、ズルズル騙されたような形で終わってしまったわけです。 ですからプーチンもロシア国民も根本的には納得していないんですね。そこが日本と違うところで、大日 本帝国は力の限り戦って負けて、それで軍国主義から平和主義の国家に生まれ変わることができたわけ です。しかしロシアはその体験をしていません。 それでなのか、今現在、ロシアは戦いを仕掛けて、そして犠牲を払って負けようとしているかのようです。 それにしても問題なのは核兵器です。これがあるためにNATOや米国はさほど強くもないロシア軍を叩く ことができません。それでウクライナ国民の被害は増すばかりです。 もし仮定としての話ですが、ロシアが核兵器(小型戦術核)をウクライナ国土に炸裂させた場合を考えて 見ましょう。都市ではなく比較的人口の住まない地域での使用です。小型とは言えヒロシマ型の威力 があるわけです。さてNATOや米軍は怯むでしょうか。 ひるむなんてことは考えられないですね。即時核報復とはならないでしょうが、NATOや米軍は総力を 挙げて徹底的にロシアを潰しにかかるでしょう。日本も参戦せよと圧力がかかるでしょうし。 それではプーチンは核を使うことがあるのでしょうか。

雑感④

雑感④ プーチンの出生図であるホロスコープは、当初はネットからの情報でもって午前11時ころと見ていたの ですが、どうもそれだと辻褄が合わないところが多くて、それで私独自のリバースエンジニアリングで 探ってみますと、無論これも仮定の話ですが出生は午前0時過ぎではないのかという気がしてきました。 この新しいホロスコープで見ると特徴的なのは人気やカリスマ性が大きく出てくるということなります。 今やプーチンは皇帝であり王・キングであるという不動の評価をロシア国民から得ているのですが、それ に相応しいホロスコープとなります。金運もよろしいですしね。 人間的には普通の人でありますが、強い人気運というか人々を魅了するところがあり権力欲や執着力 も強く、実在のプーチン像に近くなりますね。この線で後天運を見てみますと60代当初はよくても後半から ガラリと凶星が出現して運勢は悪くなります。69歳の時点で少し持ち上がりますが70代前半は再び大きく 崩れてきます。 「ロシア崩壊のフラグ。国内で起きている異変とは。チュバイス氏、国外逃亡の影響を古舘が考察。」 https://www.youtube.com/watch?v=zcUyH_OskLM 「経済制裁によってロシアはどのように崩壊していくのか、記事をもとに解説します」 https://www.youtube.com/watch?v=YqzHK1-q8pE これは実に面白い考察です。アナトリー・チュバイスとか、カミル・ガリーヴという人物がでできますね。 アナトリー・チュバイスこそが今のロシアを作った実力ある人物です。その人物が海外逃亡しました。 プーチンというのは一言でいうとハッタリが上手い人間ですね。ヤクザがハッタリを咬ますというのと同じ です。ヤクシャと言ってもいいかもしれません。ですから本当の実力というものはないのかもしれませ ん。そう考えれば核も、そのプーチン独特のハッタリのひとつですかね。 このプーチンの後天運と、実際のロシアの足取りとは食い違っています。普通は国家元首とみなります と、元首と国家のそれとは一致するわけですが、プーチンの場合は違っているようです。 皇帝プーチンを選んだというか、支持しているのはあくまでもロシア国民ですね。ロシアの未来はロシア 国民が責任をとる、ということです。皇帝プーチンではありません。

雑感⑤

雑感⑤ 「最高予言者ババ・ヴァンガが40年前に「プーチンが核戦争を起こす」と予言していた! 第三次世界大戦で人類滅亡間近!」 https://www.excite.co.jp/news/article/Tocana_201803_post_16356/ >「氷のように全てが溶ける。しかし、一箇所だけ手つかずの領域が残るだろう。それは、ウラジミールの 栄光、ロシアの栄光である」 「多すぎる犠牲者が出るが、誰にもロシアを止めることはできない」 「ロシアが全てを取り去ってしまう。そして、ロシアは残るだけではなく、世界の覇者となる」 これが現在のロシアによるウクライナ侵攻を占っているといいます。ウラジミールはプーチンの名前です が、よくある名前ですし、ゼレンスキー大統領やレーニンもウラジミールなんですけどね。 それにしても3行目までは実によく合っていますね。最後の1行はまるで予言として合わないわけですが これは致し方ないことでしょう。予言が出されたのは1979年、東側諸国でソ連を批判することはできなかっ たわけですから。本当はロシアは世界から消滅すると言いたかったのではないですか。

無題

ひろちゃん農園は高知の人ですね。土佐弁がかなり織り込まれています。高知市か南国市の方の ようです。四国は讃岐、阿波、土佐、伊予と四国ですけど、言葉はほぼ同じです。香川と徳島は 殆ど同じで、やや違うのが高知と愛媛ですかね。まっ、そちらからすれば皆同じに聞こえると思い ます。(^^ゞ そうそう岡山とか広島なんかも四国弁とさほど変りません。 動画は学ぶにはほんとに参考になります。私も車とか電気なんかはユーチューブ聴講生ですから。 畑仕事は面白いですよね。大工仕事も面白い。お米以外は自給自足を目指すってのもよいかも。 鶏なんかを飼ってもいいかな。でも動物を飼うと家を空けるときに困りますか。ペットと同レベルと 言えばそうなんですが。 就寝時に頭部を東方向に持っていくというのは物理学の範疇になります。人の健康には医学薬学 栄養学運動学とかいろいろとアプローチができますが、その根本の原理が物理学です。 つまりは地磁気という電磁気現象を利用するんですね。地磁気は偏差というのがあって日本では だいたい8度前後で磁気の極北は西に振ってます。コンパスを利用するのが一番でして、それを 見て、磁気的真東方向に寝るのがベスト、次が西方向、南北方向はマイナスとなりますか。南東だと ベクトル的にプラスにもならないけどマイナスにもならないというところでしょうか。(^^ゞ  家屋の鉄骨なんかが邪魔するケースも多いんですが木造家屋だと問題はないです。 もうひとつ、人の運勢を解析するには占星術(言わば人文天文学です)を利用します。これは人が 生まれた時の生年月日+時刻で正確にチャートを出して先天運や後天運を計算するやり方です。 実はこれと東枕法は密接に結びついているんですね。ですから東枕が良いからと言って簡単にできる ものではないんです。背後にその時の運というのが必要になるんです。時期が来れば自ずと東になっ たり南北になったりするのが人生における占星術的なアプローチということになります。 それから人生というのは楽あれば苦もあるのが人生なのでして、南北枕の苦しい時があればこそ、 人は自ら学んで実力を獲得でき精神性を高めるということになるわけです。そういう総合的な意味も 含んで東枕法というものを私は考えています。 今回のコロナとかウクライナなんかで、かなり占星術を使って考えてます。占星術は個人を占うこと もできるんですが、本当に面白いのは世界の動向や歴史なんかを見る占星地政学ですね。 こういう占星術というのは欧米では非常に盛んでして、庶民の間にも浸透しています。私は独学で 学びましたが、自分で言うのもなんですが欧米の研究家に負けないと考えています。 東枕法はその人文天文学から平易に実用として実行できるということで一部抜き出したものです。 今は東にやれなくとも是非とも覚えておいてください。いつかは思い出して役に立つことでできると 信じます。 今回のロシア、プーチンによるウクライナに全面侵攻は世界中の人達が驚いているようです。特に CIAの分析は興味深いですね。非常にいいところを突いていると思います。しかし占星術的に見れば ロシアの没落を促すためにプーチンは出現したとしか言いようがありません。そしてロシアやアラブ、 イスラムは21世紀には取り残される運命にあるんですね。 そして今何故、ウクライナかというと、現在はそういう星の回りになっているとしか説明のしようが ありません。というか、それこそが本当の原因なんですね。2000年に入ってから膨大な数の人々が 中近東の住みかを捨ててヨーロッパやアメリカなど世界各地に難民として移動しています。これからも ウクライナやロシアからの亡命難民がぞくぞく出てくるでしょう。 ウクライナやロシアの若い女性は美人ですね。日本にも大勢来て欲しいです。(^^ゞ  歩くこと、これは健康維持においては特別だと考えます。普通の労働作業では得られないものがあり ます。ただ身体に良いだけでなく脳に良いんですね。それで私は写真撮影ということにかこつけて 歩きを重視しています。とくに平坦地ではなく山道などが歩きに良いようです。きのこ狩りなどは最高 です。自分の考えがまとまらないとか、どうも至らないとか思うと、歩けば自然に答えがでできます。 月に一回でもいいから半日なり、まる一日を歩けば、身体と脳と運勢に良い結果がでると思ってます。 言わば、写真とは歩きの哲学だと思っています。

無題

300ミリf2.8、通称サンニッパは重すぎですのでフィールで使うのには苦しいですね。 私が所持しているものは古いものばかりで、マニュアルのタムロン製SPニコンマウント、AFのタムロン ミノルタアルファマウント、ニコンのMFと3本あります。一番軽いのがニコンですね。これまでに使った のは、頼まれ撮影とかでのイベント撮影だけです。イベント会場内だけの移動ですから使えたのです が野山の歩きで使おうとは思いません。 サンニッパもテレコンバーターを噛ませば1.4倍2倍で使えます。それよりかは、古いシグマの50-500 とか、タムロン200-500(AFとMFの2本あり)とかのズームレンズです。テレ端ではかなり絞らないと きちんと写らないので三脚に乗せて撮影できればと考えています。まあ、これは遊びですね。(笑) 200とか300とかの望遠だとごろごろありますので、それらのレンズがどこまで写るのか、それもちょっと 興味があるところです。 最近はもう新しい機材を購入することもなく、使っていない古いカメラやレンズなどを再び取りだして 使うようにしています。ちょっと機材を持ちすぎたきらいがあって管理ができかねる状態です。 そちらの山は熊さんが出てくる時期なんですね。(^^ゞ ハイクスキーだと移動がスピーディになるので ちょうど自転車に乗ったようなかんじでしょうか。文明の利器を使わない手はないですね。 2年続きのコロナで、こちらの仕事も大分苦しくなってます。特別融資して貰った借入金の元本返済が これからの負担となりますね。会社、持つのかな?(笑) まあ、引退してもいいくらいの年齢となって ますんで私はかまわないんですが、若い人のためにも可能な限り頑張らんといかんかなって思って ます。幸い身体や頭に衰えもあまり感じていないので、後10年やろうか、なんて老害を撒き散らすのも 何だかなっていうところ。(^^ゞ  とにかく健康と体力維持のためにも意識して撮影は続けて行きたいと考えてます。コロナで感ずる ところがあって、体重を6キロほど減量しました。今がちょうどいい感じですね。 だいぶ気候は暖かくなってきました。そちらの感覚では5月くらいの気温でしょうか。もうストーブも要ら なくて窓を開けてもいいくらいですね。 9rさん、就寝時の東枕、続けていますか?健康維持にはこれが一番大切です。最近はこういう物理学 と天文学で、人も世の中も全て解けるんじゃないかなって思うようになりました。(^^ゞ 

無題

この神社は狛犬もありますが牛の像が多いんです。昔は農耕牛の売買の市場があったところなので 牛の石像となっているのでしょう。香川では有数の農耕地域です。 私の生家でも昔は農耕牛を1・2頭飼っていて、牛の餌の世話をするのが幼い私の役目だったりしました。 牛はほんとうに可愛いんですね。べろーんと舌で顔をよく舐められましたが。(^^ゞ  しばらくは時間がとれなくて撮影ができていません。しかしもう春ですね。早く撮影ができるようになりたい です。少し考えているのは望遠レンズを使ってみようかというものです。500ミリクラスの望遠で、大型三脚 に据えて撮影ができればよいかなって考えています。 三脚は数多くあり、加えて以前にレンズサポーターも入手していたので、それらを駆使して撮影できれば と考えています。レンズサポーターは自分で工夫をして様々な形態にてきるわけで、ボディ、レンズ三脚 座、レンズ先端と、基本的に3点の支持ができます。3点とも固めればブレは極めて少なくなりますね。 雲台は3ウェイ、自由雲台、ジンバル、ビデオ雲台と選べます。ギア雲台は所持していないのですが、 それもいつかは試したいですね。 使ってもいないのに大型三脚がコレクションされていて、なのに少し前にはジッツオの新品並みのアルミ 製大型三脚を格安で手にできました。こういう大型の重い三脚は全然人気がなくて超格安なんですね。 カーボン製は人気で高価ですが、やはり安定感ということでは大型金属製はだんぜん優れています。 しかし車がない人は使えませんし、車から撮影地まで移動するのも大変で、これも以前、手押し車を買い ましたので改造したいと考えてます。 望遠レンズと大型三脚での撮影は、被写体の方が動いて展開してくれる場合になります。古いレンズ ばかりなので高絞り撮影となりスローシャッターと為らざるを得ず、且つAFではなくMFレンズが多いので、 大型三脚とレンズサポーターは必須となりそうです。 一箇所に三脚を設置して次々と被写体が入れ替わり動いてくれるものとなりますと、航行する船舶、 飛行場、鉄道、幹線道路&高速道路での大型トラックの撮影などを見込んでいます。つまりはトラフィック の撮影となりますか。鉄道と飛行機を除いて普通はあまり注目されない被写体ですがモノの移動は産業 の基幹なのであって、そういう視点で撮影できればよいかなって考えています。 要するに大型三脚と望遠レンズを使いたいが為の言い訳方便に過ぎないわけですけどね。(笑) 三脚撮影は、それを設置する楽しみがあるみたいです。設置というよりも大型なので建設する喜びです かね。(^^ゞ 1基当たり確実に10キロになるだろうと思いますしそれを複数台設置するとなるとほぼ建築 みたいなことになります。三脚とカメラを組み立てて自分で愉悦にいるという図かもしれません。 最近は望遠レンズを使っての野鳥撮影が人気です。だいたいは手持ちでの撮影でしょうね。手振れ補正 のカメラやレンズが多くなったので、しかも高性能に、それで比較的容易く野鳥撮影ができるようになり ました。それは良いんですがやはり野鳥撮影はショット数が多くなり、それがネックになります。どうしても 電磁波を被ってしまうというか。電子シャッターであれば問題がないわけですけど。 やっぱり撮影はなんと言うか、手軽な装備のカメラで歩くことを主体にして撮影するのが一番です。 カメラ1台で気軽に歩けて撮影できるのが負担になりません。 写真として画像処理に力を入れていく、というのはやはりそういう場合は写真として長続きしませんね。 PCの前でも画像処理は面白いかもしれませんが、どうしても眼や脳を酷使してしまうので、長続きする 写真趣味とはなりえません。必ず限界がくるようです。 写真はやっぱり撮影をメインにして、しかも軽装備で気軽に出かけられ、長く歩けるのが写真としては 最も有利となります。私も小型のオリンパスなどのカメラ一台にレンズ2本くらいまでの軽装備での撮影 が主体となっています。このソニーの撮影もカメラ1台、それに着けたレンズ1本だけでの撮影でした。 後は替えのバッテリー1個、もしもの時のメディア1枚、ダミーのバッテリーグリップだけ。 あまり軽いカメラだと物足りないな、と感じれば大型のカメラにすればよいだけです。フルサイズのデジイ チとか。ミラーレスカメラは電子シャッターが使える有利さがありますが、やはりファインダーが物足りない というのがあります。背面モニターにしてもEVFにしても、撮影しているという感覚が持てないのが残念 ですね。 シグマのカメラは最近は使っていません。どうしてもPC処理が遅くななってしまって手軽に撮影すること ができないからです。PCを最新の高速なものにすれば良いのでしょうけどね。 そういえば最近もらったゲーミングノートPC、M.2SSDが抜かれていましたがそれを入れればかなり高速 で動くのかもしれません。いずれ試してみたいと思ってます。 とにかく写真は気軽に撮影に出かけて気を使わなくてすむものが最適ということでしょうか。画質などは 2の次3の次でよいわけです。 それにしても9rさんのZ7の画質は素晴らしいです。(^^ゞ カメラも小型で持ち出しやすいですしね。 Z7って4500万画素でしたっけ。高画素カメラでそれでこの画質なんですから参ってしまいます。(^^ゞ  まあ、レンズも良いわけですけど。やはりニコンの画質は良いですねー。ヌケの良さが際立っています。 高級ミラーレス専用レンズは凄いの一言です。 キヤノンもニコンも最新ミラーレスカメラと専用レンズの凄さは、過去の機材とは段違いとなってます。 もう次元が違っているという感じです。ただ繰りかえしますが残念なことに光学ファインダーが装備され ない。(笑) ここが最大のネック。画質も素晴らしく電子シャッターも使えて安全なのだけど、光学ファイン ダーで撮影時にレンズを通したリアル光景をみることができません。つくづく残念だなあって。(笑) しかし欠点はそこ1点だけなのでニコンZ系もイオスR系も素晴らしいカメラとなっています。

雑感

コロナはほぼ終わった感じですが、ロシアの暴走で、やはり戦争が起きてしまいました。こちらは 直接には戦争の危機はないのですが、新たな冷戦構造が出てくることになり経済的な打撃は 大きいです。色んな意味で多分この10年で世界はガラッと変わるだろうと思いますね。 ただ私が思うに、世界が一極集中するよりもかつての冷戦時代のように双極体制の方が現実と して安定化するのではないかと考えるところがあります。今後、ロシアは中国と密接に繋がり、 ロシアは中国に資源や食糧を輸出し、工業製品は中国から貰うという関係になるわけです。 力関係としてはロシアはもう中国には敵わないでしょうね。今回のウクライナ侵攻でロシア軍の 弱体化が表に出できました。軍事力も経済力もロシアはもう絶対的に中国には敵わなくなって きたわけです。やはり経済力が落ちると軍事力が落ちるというのは原則ですからね。 ウクライナは小麦やトウモロコシなどの大産地であり世界でも随一の肥沃な地力を持った穀倉地帯 です。ヨーロッパの食料庫とも言われていましたか。この作物の作付けは今年はできるのかどうか。 そしてロシアも小麦の大産地であり輸出しています。経済制裁で西側に流れないと小麦価格は 高騰するのですが、中国が買ってくれれば助かりますね。 とにかく西側に流れていた食料やエネルギーを中国が買ってくれることが望ましいわけで、その分 世界市場での価格高騰を押さえ量的不足を補うことができます。 ロシアのガスやオイルなどのエネルギー資源を西側が得ることができないとなると、原発が復活 してます。そもそもCO2云々と世界が言い出したのは、この化石エネルギーの不安定さを解消し ようとしてのことでしたから、それはけっして地球温暖化が直接の問題ではなかったわけですね。 まあ話は元に戻るだけです。 再生可能エネルギーというのは勿論悪くはないわけですが安定したエネルギー供給としては限界 があります。日本の3.11後、世界は主要エネルギーを天然ガスに大きくシフトしたわけですが、 ここに来て、ロシアという不安定要素が全面的に出てきました。欧州は確実にエネルギーを原発 に振り向けると思います。そしてやがては数十年後には核融合発電になるわけですから(その 資源は海水です)、オイルやガスというのはエネルギーとしての役目を終えるわけでしょうかね。 工業製品としては依然として有用ですけど、アラブやロシアが威張れる時代は過ぎ去るというわけ です。 CO2のことを言わなければ石炭火力が復活してきます。石炭は余っているので供給には問題は ありません。褐炭からアンモニアを作りそれを直接燃やしたり水素を分離して火力発電することも 比較的容易にできそうです。 米国はロシアではなく中国との覇権を争い撃破する考えです。これから世界が2極体制となるわけ だとしても、やはりトップはアメリカが務めなければならないというわけです。 面白いことに歴史的には、ソ連を育てたのは当時の米国、そして現在の中国を育て上げたのも 米国なんです。ソ連にも共産中国にも、米国は初期に大きな投資や援助をしています。それを言え ば戦後の日本も米国の援助で戦後復興をしていますから。何を言いたいかというと、それほどに 米国の力というのは並みずれているということです。中国が経済的に大国となり軍事力を着けて 来たといっても、それは米国の大きな援助や投資があったればこそであり、そのことを当人の中国 は忘れています。欧米の資本が中国に眼を着けたのは膨大な安い労働力と消費者だけです。 それに魅力がなくなると米国資本は引き上げます。技術も与えられなくなり中国は衰退していきま すね。 米国の力が落ちているとかそういうことを言う識者は多いのですがそれは本質を見誤ります。 コンピューターは英語で動いていますし世界言語は英語ですし資本は米ドルですから。この構図は ちっとも変っていません。そして世界最大の軍事力はアメリカです。技術力科学力も人材も米国が ダントツであるわけです。 しかしながら中国はこれからも大いに発展していくと言えます。中国が自ら瓦解したりとかアメリカの 制裁で窮するというのは、一時的なものであって時代は中国の味方だと言えます。確かに現在の 共産党支配のあり方では行き詰るでしょうけど少しやり方を変えれば、今後も中国は大きく発展して 行き、さらに今後旧ソ連地域とロシアを支配下に置けば巨大な大国を維持していくことができます。 そういうポテンシャルを持っている中国と米国は覇権を争うわけですから、覇権の行方はそう簡単で はありません。 ただ確実に言えることは、やはり新しい技術を握るのはアメリカや西欧であるということです。ここの ところは変りません。時代をリードするのは西欧であるということ。GDPの規模では中国が勝るように なると思いますが政治軍事としての覇権はやはり米国に握られるといえそうです。 中国の地域が経済的に発展し続けるのは構わないが、それを資本的に政治的に主導していくのは (支配していくのは)けっして中国政府(共産党)ではなく米国であるという構図です。 日本はそのことを身にしみて分かっているので米国追従 ( これは聞こえが悪いのですが本来は同盟 関係ですよ)路線を外しません。アメリカと歩調を合わせていけば必ず勝ち馬に乗れますから。 今回のロシア侵攻で顕著に見えてきたのはドイツの復活です。軍事予算を大幅に上げることにしま したね。ウクライナに軍事援助もしました。経済は一流でも政治軍事には及び腰だったドイツが復活 したということだと思います。 この影響はだふん日本にも影響を与えるだろうと予測しています。第2次世界大戦以後、ドイツと日本 は小さくなっていましたらね。何かというとナチスだの悪辣な日本軍だのと持ち出されて縮こまって いるしかなかったのですが、それは今回の戦争から変ってくるということかもしれません。 いつまでも戦勝国5大国に大きな顔をされてはいけませんから。 アメリカの東は大西洋であり西ヨーロッパと同盟関係を結んでいます。NATOです。これは世界最大の 軍事同盟です。そしてアメリカの西は太平洋であり日本と軍事同盟を結んでいます。世界第2の軍事 同盟ですかね。東アジアには日本以外に強力な国が見当たらないので日米同盟で十分ということの ようですが英国連邦のオーストラリアもあります。 日本の立ち位置は西欧と同じであり、もし日本が中国・ロシア側になびけば米国は太平洋側が危険 になります。海というのはどんなに大きくても、全部取るか全部取られるかの2つしかないのであって もし日本や台湾やフィリッピンなどを中国に取られれば米国は窮するのです。これは地政学上のテーゼ です。 ですからアメリカは絶対に日本や台湾を見捨てることはありません。ですから日米軍事同盟は対等な 関係であって日本は米国から守られていますが同時に日本は米国を中ロから守ってもいるんですね。 まとめると、世界の海の半分以上、大西洋・太平洋は米欧日同盟で固めているということです。 そして対峙するのはユーラシア大陸であり中国大陸です。そしてどちらの側にも着き難いというのが ユーラシア大陸の海側の周辺部です。東南アジアとかインド半島、中近東、アフリカなどですね。 今回、今後の課題として出てきたのが核兵器です。これは新たな技術が出現して核ミサイルを一瞬に して破壊するような新兵器が出現するまでは悩まし続ける問題なのですが、たとえば強力なレーザー ビーム兵器などが出現すれば核の脅威はなくなります。これは核融合発電と同時に出現する可能性 がありますね。実現するのはそんなに遠い未来ではありません。 そういう新技術新兵器が出現すればロシアは文字通り完全に消滅します。 核兵器を作ったのはアメリカです。その技術をソ連に渡したのもアメリカ人です。そして核兵器を無効化 する技術を作り上げるのもアメリカでしょう。 中国という東アジアの発展地域を支配下に抱えた米国や西欧が、今後も世界をリードしていく。これが 今後数百年の、世界の描ける世界の歴史ではないかと考えています。言わばパックスロマーナ、パッ クスアメリカーナ(パックスアトランテック)というわけです。世界が平和で栄えるにはこれはかないのでは ないかと私は考えますね。 ジンギスカンのモンゴルが一時的にユーラシアを制覇しましたがそれは百年くらいしか持ちませんでし た。それでは世界の平和は保たれません。やはりローマ式でないと長い平和と繁栄は続かないようで すね。そういうことではソ連も共産中国も百年くらいしか寿命がないわけでして一時的な制覇で終わる わけです。 アメリカが世界の警察官を辞めるって言ってますがそれは米国一国で世界を支配することではなくて 西欧や日本、そして全世界の同意のもとの同盟関係の構築でやっていくというらいの意味だと思って います。ソ連やロシア、そして共産中国が長続きしないのは独裁一国覇権主義で行くからですね。 つまり専制主義権威主義独裁主義というのは長続きしない政体だというわけです。やはり自由と民主主 義に勝る政体はありません。そこが世界の覇権を握らなければ戦争と残虐は絶えないというわけです。 東日本大震災が起きてから11年が経ちました。新聞で見ると被害を受けた跡地に広大な農業法人の 設立が相次いでいるようです。1社で200ヘクタールの規模があるものも。これは日本最大規模クラス です。時間は掛かりますが確実に新しい動きが出てきています。その主体は若い人達ですね。 これからは南海トラフ大震災が来るわけですけど被害を最小限にする努力が求められています。 自然現象なので止めることはできませんが可能な限り防災を充実して被害を少なくしていくしか方法は ないのですが、その後は同様に新しい建設がまっているというわけです。ここらは前向きに捉えていきた いと思ってます。

雑感

プーチン パーキンソン病&認知症 https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202203100000323.html https://news.yahoo.co.jp/articles/34f6aa427e68ed8540fe2b80e4f078852fc552ab 週刊現代』2022年3月12・19日号より https://gendai.ismedia.jp/articles/-/93148 出てきましたね。これだと思います。 私の占星術でも、プーチンのホロスコープには特徴的なものがあって、アセンダント①室に火星が 乗っていて、それは何らかの脳の疾患が出るというものでした。ここに火星などの凶星があると 脳溢血脳梗塞や認知症などが出で来るんです。また牡羊座の人も場合によってはそうなります。 うつ病とかの精神疾患なども。パーキンソンなども典型的な脳の病気であるわけですね。 それともうひとつ、プーチンは早熟です。射手座が強くて早くから成功をするわけですが、それが 晩年期には逆作用となって加齢とともに劣ろえが激しくなるということです。 とにかくプーチンを引きずり降ろさなければロシアは、勿論被害者のウクライナもそうですが大変 なことになり、ロシアは終わってしまいます。今回の事件で際立っているのがドイツの軍事的復活 ですね。プーチンはドイツを政治軍事的に目覚めさせてしまいました。EU ヨーロッパが強国になる という路線を引いてしまったという感じです。 もうひとつはクズと化したロシアを中国が支配していくという新たな道筋も見えてきました。これは 12世紀のモンゴル帝国の復活みたいなものでしょう。当時も風象の時代であり現在と同じです。 プーチンのホロスコープをみると、こんな程度の人間がロシアのトップに立てるのが不思議なほど なのですが、見方を変えればロシアの消滅を導くために時代はプーチンを登場させたのかも知れ ません。 国のトップがこの程度なのかというのはトランプもそうですし習近平も同じです。能力的には平凡な 人物が、ただ野心だけが際立ってあってトップに立てる時代というのは、この時代そのものが末期的 だということになります。 本当の問題は、病的に暴走したプーチンのロシア政府を国家としてそしてロシア国民が正せないと いう悲劇です。その弱点がロシアの本当の問題なのであって、それによってロシアは正に終わって しまうということになるのかもしれません。 日本ではこのような独裁者は出現しないわけですが、ぬるま湯に浸かった国民をぬるま湯のままに 終わらせようとするトップしか出てきません。悲劇ではなく喜劇ですかね。とは言っても岸田さんは 安部よりは随分とマシですか。 それにしても脳の疾患は非常に恐ろしくて、当人も気がつかないという問題を抱えていますね。 私がカメラや写真の電磁波なりDVT症候群を口すっぱく言うのも、この問題と深く関わりがあるから です。脳と心臓だけは再生が利きません。衰えればそれまでなんです。

雑感

https://cweb.canon.jp/personal/ichikaralab/wakamonostudy/report1/ キヤノン ワカモノスタディ・リポート プロジェクト.2020ワークショップ.1 2020.10.12 『若者の「ビジュアルライフ」、写真に求めるものとは?』 --若者といえば撮った写真をアプリで盛って、映える写真が大好き! 映える写真はSNSに投稿して  みんなで共有! そんなイメージをお持ちではないでしょうか? 第1回ワークショップでは若者の写真 に対する意識、写真を盛ることや 映える写真についてどう思って いるかをレポートしました。-- --事前課題:①写真フォルダを振り返り、あなたが好きな「自分で撮影したビジュアル」を選ぶ  ②写真フォルダを振り返り、あなたが好きな「自分以外が撮影したビジュアル」を選ぶ  ③ビジュアルにまつわる、若者ならではの特徴的な行動をあげる ・・・・今の若者は写真をこんな風に捉えている・・・・ ●開催日:2020年10月12日 テーマ:若者の「ビジュアルライフ」写真に求めるものとは? ●課題:  ①写真フォルダを振り返り、あなたが好きな「自分で撮影したビジュアル」を選ぶ  ②写真フォルダを振り返り、あなたが好きな「自分以外が撮影したビジュアル」を選ぶ  ③ビジュアルにまつわる、若者ならではの特徴的な行動をあげる形式 ●形式:個別発表とグループディスカッション ●開催場所:オンライン(ZOOM) ●調査対象:大学生10名 《《ありのまま・自然体がいい》》  SNSで映えるために写真を撮るのではなく、ありのまま・自然体の写真を残したいという意識に変化。  自己肯定のために映える写真をSNSにアップすることはあるものの、写真を撮る=映える写真を撮る  ことではなく、写真を撮る=自然体でいいという意識に。 『映えにはごわらない』  映えているところを見せるために写真を盛ってSNSにアップしても、リアルとかけ離れているなら意味が ないと思うし、映える写真を撮らなきゃというプレッシャーに疲れてきた。 『らしさが見える写真が好き』  誰が撮っても同じキメ顔より、その人らしさがでていたり、関係性があるからこそ撮れる自然体の写真  に価値があると思う。 『加工することで気持ちに嘘をついている感覚に違和感』  盛ることは自分の気持ちを加工するようにも感じ、他人に見栄を張る気持ちになる。 《《情報やその時の感情を記録するため》》  SNSにアップするために写真を撮るのではなく、その時の情報や感情を記録するために写真を撮ると いう意識へ変わってきている。その時を記録し、あとで見返すことで、当時の瞬間を思い出して元気に なることも。たくさんの写真を撮ってきた若者たちだからこそ、見返せることに写真の価値を感じている。 『写真は思い出の情報量が大事』  ビジュアルとしての美しさや映え以上に、思い出や感情をどれだけ呼び起こしてくれるかが大事。 『言葉にできない感情を残す日記の感覚』  写真に残すことで、その時の感情も一緒に保存することができる。   『自分を癒すため、認めるための写真』  誰かのためではなく、自分で振り返った時に“自分を癒し”たり、“自分を認める”ために写真を撮る  ようになった。 《《コミュニケーション手段として》》  自分の写真を誰かに撮ってもらう時、自分の表情が自然体だったり、素の笑顔だとその人が自分の ことをわかってくれている感覚や、大切にされている関係性を再認識できる。 友達と写真を共有することにより、思い出を共有するだけでなく、仲間意識も強まっている。 『写真にはやわらかな共有力がある』  SNSの発達で言葉の衝突に敏感な世代だからこそ、言葉だけでは表現が難しいことも、写真と一緒  だと柔らかなニュアンスで伝えられると感じる。 『写真を撮るから仲がいいわけではない』  写真を撮り合うから仲がいいわけではなく、内容が大事。写真の枚数と仲のよさも比例しない。仲が  よくていつでも会えるからこそ、わざわざ写真を撮らないが、後悔することも。 『写真を撮られることで居場所の再認識』  写真を撮られることで、自分が大切にされているという実感を得ることができる。  SNSの普及により、一時期は「映え」を意識した写真を撮っていた若者も年々意識が変化しています。 更にコロナを経験したことで自分自身と向き合う時間が増え、原点回帰し「自然体」の写真を撮るように なってきています。 これは、個性的な芸能人の発信が広がったことで、ありのままでリアルなスタンスを受け入れやすくなった からかもしれません。 作らず、飾らないありのままの自分を受け入れてくれる親しい人と、その一瞬の感情や思い出を共有する ことで、より深いコミュニケーションを築いているように感じます。 ・・・以上、ちょっと書き写しましたが、なかなかのもんです。調査対象はオンラインで大学生10名のディス カッションとのことなので、若者のレベルとしては決して普通ではなく、かなり高いですね。 それで出て来た結論は、私の若い時分と同じであって何も変りませんでした。つまりこういう写真に対する 考え方は、時代を超越した写真原論なのだろうということです。それを今の若い人も的確に捉えていて、 流石だなと思いました。 ただ飽くまでも断っておきたいのですが、これは現在の若い世代のスタンダードではありません。突出し て優れた一部の若者の考えなのであって、今の多くの若い人達の考えを代弁しているというわけでは ないということです。依然として多くの若者の写真に対する考え方は、綺麗で見栄えの良い写真である わけですね。現在ではそれをAIが補佐していくというやり方にやっていきつつあります。 ところで・・・ 右脳左脳と言いますか、思考には画像のビジュアルな思考と、言葉の思考と、この2つがあるんじゃない かなって考えてます。画像思考は感情とか感性とかに言い換えればよいかもしれませんが、とにかく 思考というのは、何も言葉、ラングレッジだけじゃないということです。 ところが普通は言語だけの思考となってしまうわけですね。ビジュアルに対しては、感じるという前言語 段階で終わってしまうところがあります。しかしながら記憶ということを考える時、言葉だけでなく映像とし ての記憶が多いのじゃないですか。 それで右脳がよく発達した人は、この映像や画像の思考力が非常に高いのではないかと私は感じて いるんですね。右脳も優れた人というのは、両利きの人に多いように思います。スポーツを本格的にやら れている人がそうですかね。それと左利きで生まれて両利きに直した人。 つまり左脳の思考にプラスして右脳思考ができる人というのは考え方が固定していないという気がして ます。自由な思考が出来て、単脳思考の人より脳の衰えが少ないということも。 そう考えると両脳思考ができる人は脳力もあるし脳寿命も長いということになります。シングルとダブル の違いって大きいですよね。2倍とは言いませんが1.5倍くらいの差があるんじゃないでしょうか。 とは言いながら、初期発達としては左脳だけの人が勝ります。言語を制しているのが左脳なので有利 なんですね。両利きの人は人生後半から威力が出てくるという感じです。 両脳思考が身についている人からすれば単脳思考の人は単純思考しか出来ない人に映るんではない ですかね。とにかく最終的には両方の脳でパラレルに考えられる人というのはポテンシャルが非常に 大きいという気がしてます。 話をパソコンに例えますと、シングルCPUよりもデュアルCPU、今はマルチコアと言いますが、CPUが 1個よりも2個のほうが優れています。もっとも現在ではCPUとGPUというのが的確かもしれません。 そういうのはHDDやSSDも複数の方が高性能なのです。PCだって1台よりも2台を駆使するほうが有利 でしょう、それと同じ。そういう具合にタスクを分散処理するのは性能が高くなりますしそれだけでなく 寿命も長くなります。カメラも1台ではなく2台、そんなところですかね。 それで写真のような画像や映像というものに親しんでいますと、それが若い時であれば容易く両脳を 鍛えることができるんじゃないですかね。その能力は直ぐには役に立たないかもしれませんが長い人生 では特に後半期で生きてくるという気がします。右脳が発達すれば画像や映像の長期記憶が膨大に溜 まってきて、それで人生経験を積めば積むほど有意に働くからです。 それからたとえ歳をとっても右脳を鍛えることで、要するに左手や左足を意識して使うことで右脳は活性 化するんじゃないかと感じます。そうして右脳を鍛えることで、写真に対する見方も随分と変ってくるん じゃなかなって思います。 強い記憶があるんですが、40歳代まで写真をやったことがない人が始めて本格カメラを持って(コンタック スGシリーズだったか)、撮った写真に驚いたことがあるんです。スナップ撮影でしたが素人とは思えな かったですからね。それでその人は伝統太鼓を若い頃から本格的にやっている人だったんです。 太鼓というのは完全に両利きでないと打てません。 右脳というのは言語に頼らない思考ができるそうです。つまりは直観力ですかね。上手く説明はできない けど、これはこうこうだ、というわけです。いきなり確信のある結論からでるわけです。それを他者に伝え ようとすれば人間社会では言葉に翻訳しなければならないわけですけど、自分だけでよければそのまま でも良いわけです。つまり顕教か密教かという具合でしょう。 言葉を使わない思考ってあるの?と思うかも知れませんが、動物はみな人間以外は言葉を喋れません が意識や思考力はあります。植物だって思考しているといいますから、言葉の思考というのは狭い範囲 のものだといえそうです。昆虫や植物の擬態なんて意思や思考力がなければ出来ませんよね。 そんなわけで上記のキヤノンのサイトは興味深いものでした。本当は両脳ともフレキシブルで活性化して いる若い時期に写真を意識するのが早道ですけど、成人になってからでも高齢者になってからでも決して 遅くはないという気がします。それには両脳を鍛える、利き手利き足以外の手足を意識し盛んに使うこと で得られるかもしれません。というわけで私もこれから左の手足を意識して使ってみようと思いました。 そういえば考えてみると、車のマニュアルミッションは左手&左足を使いますよね。私はオートマとミッショ ンの2つの車に乗っていますが、これは考えてみれば脳の為にはマニュアルミッションの車が良いわけで す。ペダルの踏み間違いで事故を起こすのはオートマだけです。 それで私はオートマ車に乗る場合は停止時には必ず左手でニュートラルにしています。そしてサイドブ レーキを掛け、右足は休ませる。これはいざという時には安全です。ブレーキのつもりでアクセルを踏んで も空ぶかしで済むからですね。 それをいえばカメラもAFではなくマニュアルで、左手でピントや絞りを操作すべきではありませんか。 とは言っても現在のAFカメラのフォーカシングスクリーンは手動ピント合わせにはできていません。昔の スプリット式スクリーンが好かったですね。

無題

3月3日、火星が正確に冥王星と合となります。金星とも合ですが。 同時に、太陽と月が合します。木星とも合です。吉凶同時に星がコンジャンクションするわけでずが、 気になるのはなんといっても火星と冥王星ですかね。最悪のケースは核です。よりましなのがバルト 3国侵攻でしょうか。ありえるのはキエフ陥落です。流石に核使用はないと思いますが。 プーチンがおかしいというのはどうやら定説ともなりました。しかしそのプーチンを選び引きずり降ろせ ないロシアも間違いなくおかしいわけです。ロシアはもう終わったと言ってもいい過ぎではないかも知 れません。 桜が咲いていました。メジロが寄ってきていまして、さらには鳥カメラマンも引き寄せているようです。 そのカメラマン、ブスッとして何かに取り付かれたようにしてカメラを連写していたのが印象的でした。

雑感①

① 『URASHIMA VILLAGE』ウラシマビレッジ https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000068298.html https://www.facebook.com/URASHIMAVILLAGE/ ウッドデザイン賞2021で最優秀賞を受賞 https://www.city.mitoyo.lg.jp/hotnews_old/reiwa3/202112hot/9249.html 今年初めての撮影となりました。もう少し撮影は休止するつもりですが、気になる物件があったので 撮影に行きました。ウラシマビレッジ、三豊市にある新築の宿泊施設ですね。 この三豊市は観光産業に力を入れていて、その成果は十分に結実しているようです。こと観光業に 関しては香川県随一の優良自治体と言えるかもしれません。 こういう観光業はお祭り騒ぎとなってしまい、果たして儲かっているのかどうかの検証が疎かになる ことが多いのですが、三豊市に関しては合格しているようです。日本のウユニ湖の父母が浜、天空の 鳥居の高屋神社があり、インスタグラムなどのウェブ発信が主で、さほどお金を掛けずに若い人達に 有名になったところがあります。他に古くからの観光地である燧灘の有明浜や、荘内半島の紫雲山 もありますね。 しかしただ観光客が来てもらうだけでは地元に金が落ちません。宿泊設備を作って産業として成り立 たせないと意味がないわけです。それで官民地元を上げて宿泊設備に取り組んでいるところです。 この場所は昔から知る人は知っているという風光明媚な撮影場所であって、それは父母が浜も高屋神社 も同じですが、それらと違って場所が狭いので多くの人達に来てもらうというわけにはいきません。 この場所で撮影していると、地元の方が自分の写真のプリントを持って、盛んに宣伝してくるんですね。 自称ボランティア宣伝マンを買って出ている方なのですが、このウラシマビレッジを県外資本が作ったと 言っていて、こういう間違った宣伝は困ったものですね。(^^ゞ これは上にあるとおり、地元資本です。 地元の資本でなければ、こういう観光的に優良な土地を占拠してもらっては困りますからね。 考えてみますと高度成長時代の香川の海浜は、埋め立てによって製造業の工場で占拠されてしまった わけですし、そして現在では観光産業によって、僅かに残った景勝地も開発されようとしているわけです。 こういう資本の論理というものがありますから、海浜の観光資源は、よそ者に食い荒らされては困るわけ です。製造業は資本と技術力がモノを言いますから県外資本でなければできなかったのですが、観光産 業は第3次サービス産業ですから、工夫をしで地元の人達でやらなければなりません。 しかしまあ、この自称ボランティアガイドのオジサンはとっても元気でした。(^^ゞ お使いのカメラはソニー の廉価機であり、十分に活躍しているようです。 この場所には、夕日の撮影に来られていたハイアマチュアグループの方が4人おられて、まだ日も高いと いうのに準備をしていました。少し若い人1人と高齢者の方が3人。香川の方たちです。ただ三脚の前で ボーっとしているだけ。時間の無駄という気がするのですがご当人達は満足げ。使っているカメラはニコ ンやキヤノンの最新フルサイズ高級機。レンズも高級レンズで三脚や雲台も一流のものです。 無理やり話しかけて聞き出そうとしましたが、まあ実際、彼らも写真には飽きてきていて半ば惰性でやっ ているという感じでしたね。機材だけは一流であり意欲は三流というところですか。先ほどのボランティア のオジサンとは大違い。結局、大げさな機材を揃えると、自分の写真を見失うというのは、どうやら法則の ようなものになりましたかね。(^^ゞ  写真というのはやはり機材負けするところがあり、むろん例外はあるものの大概の人は高級機を手にす ると撮影意欲が大きく減退するようです。と言うか本当は、写真だけのために写真を撮っていては限界 があるということかもしれません。

雑感②

② 面白いなあと感じたのは望遠三脚を並べた4人の中でひとりだけ、野鳥も撮る言う人がいました。その方 のカメラはニコンZ9です。今回、一番アクティブに感じた人でしたね。 なるほど、野鳥撮影はよっぽど面白いのかと思いました。普通の撮影では簡単に撮れすぎてしまって 写真が面白くなくなる。しかし鳥はそう容易くは撮らせてくれませんからね。殆どの撮影はもう鉱脈が尽き てしまっているのですが、そうではないジャンルもまだあるということで、野鳥撮影はこれからもブームが 続くと思いました。 Z9はミラーレスの電子シャッターオンリーの最新カメラです。それで電磁波被爆というのがありません。 シャッター数が多くなりがちな野鳥撮影には最適なカメラだろうと思います。 電磁波漏洩のないカメラですが、大きな欠点もあります。EVFは、撮れたっ、という感覚が得難いカメラだ ということです。それでショット数はさらに膨大になります。加えて撮った画像をPCモニターで見なければ 最終的には、写真としてゲットしたかどうかが分からないという点です。それで長時間のモニター作業と なり、今度はDVT症候群に悩まされる結果となるのです。 そういう感覚はビデオ撮影と良く似ています。もはや写真というよりも動画趣味に近い感覚ですね。 カメラはこれから出る製品はミラーレスばかりになるはずです。デジイチとして残るのは普及用のクラス だけで高級機は全てミラーレス機になる予定です。 それで写真撮影としては、自信のない撮影となり、これは写真の根幹を揺るがすくらいの事態となるはず です。 電磁波被爆を選ぶのか、DVT症候群を選ぶのか。これは究極の選択となるわけですが、これからの写真 趣味はそういう選択をしなければならないでしょう。

雑感③

③ 「マユリ~ナの暇つぶし 香川と九州 食べ歩き」 http://kure1129.livedoor.blog/archives/25312139.html さぬき市にある大川オアシスという大型のドライブインです。60年前の昭和の時代に作られたということ で、そのノスタルジックな雰囲気が若い人達にSNSなどで話題となり今脚光を浴びているようです。 この、若い人達が時代の人気を牽引するというのは今も昔も変りません。現在は昔と違い個人発信が てきるのが以前と違うところですね。 どんなものかな?って行って来たわけでずか、印象に残ったのは全館ピカピカに磨き上げていることでし た。設備は古くとも清掃されて清潔感があります。もちろん景勝は抜群でありレストラン内部から海を見る ことができます。設備は大きくて、昔に地元バス会社が造ったものですが駐車場も広くて現在でも通用す るものです。 前回のウラシマビレッジでも感じたことですが、最近では脚光を浴びる観光地なりその設備としては、 お金を掛けないで、むしろ古い設備を利用して行くというやり方のようです。多分もう新しいものには今の 若い人は飽き飽きしているのではないですか。以前のようなスクラップ&ビルドでは人を呼べない。それ よりも過去の文化を醸し出してくるものが良いと言うことのようです。 三豊市のウラシマビレッジは、上モノこそ木造の新築ですか基盤(傾斜地なので鉄骨構造がある)は、古 い店舗のそれを再利用しているはずです。たしか昔は小さなお店が建っていたんですね。それで大規模 なリフォーム建築とも言えるものです。 古い設備の継続利用とか、リフォームで再利用していくというのは資本的にも有利です。観光産業は地元 でやって行きたいとなると大きな資本は投下できないからです。宣伝にしても、若い人達が利用するSNS やインスタグラムに乗っかかるのが安上がりです。豪華なパンフレットを作り、いくら宣伝しても効果は薄 い時代ですから。 とにかくお金を掛けないで知恵を絞ってやっていくというのが現在の観光業であるべきということですか。 香川は小さな県ですし大自然も温泉も目玉の観光地もありません。むしろB級観光地として意識して 少ない資本で、広く観光者を集めるというやり方でなければうまくいかないでしょう。 最近は古民家などの不動産業も盛んです。都市部の人達のセカンドハウス需要を狙っているんですね。 リフォームをしますので地元建築業が潤いますし、若い人が来れば人口減少の歯止めにもなります。 働き方がネットを使ったリモートになりますと、何も都会に住まなければならないという分けでもなさそう ですね。