150-600mmレンズ 作例

コゲラ君も子育て時期

コゲラ君も子育て時期

 この個体は3か月前の撮影ですが、初夏はコゲラたちも子育て時期のようです。  今週からはじまった新しい朝ドラ「おかえりモネ」は、気仙沼と登米が舞台で物語が進行していますが、登米の森林における効果音として、野鳥の声が豊富に使われています。今朝はオオヨシキリのさえずりと、何らかのキツツキ類のドラミングが使われていました。  森林にオオヨシキリがいるかどうか別にして、終了間際にはドラミングが聴こえてきたときは、思わずセリフそっちのけになりました。    これぞオタク、それでこそオタク、オタクの前途に栄光あれ(#^.^#)  と、オタク音頭はさておきまして。  音頭、音と言えば、音だけで私がどのキツツキであるかを判別できるはずもないです。しかし、物語の舞台は堅い針葉樹の植林だったので、打突力の弱いコゲラがつつけるタイプの樹ではなさそうです。とはいえ、樹に空洞があれば、コゲラと思しきキツツキが、反響を利用して見事なドラミングを響かせているのに遭遇したこともあります。だいたい20~25Hzくらいの、プロ用一眼レフの連写音より少しサイクルが早いくらいの音。例えば1DXマーク2の音がシャラララララ、だったら、コゲラがコロロロロロロロロ、という感じで。    そんな愛しいコゲラ君も、最近は樹木の葉が生い茂ってきたため、冬ほどには目撃できなくなってきました。留鳥で、行動半径は広いけれどどこかに行ってしまうわけではないから、あちこちで出会えそうです。とても凛々しい顔立ちなので、お気に入りの野鳥。  ところで朝ドラ「おかえりモネ」主演の清原果耶さんは、川口春奈さんをも脅かしかねない新進気鋭の美人女優。劇中では、今の段階で、実年齢と同じ、つまりリアルな19歳を演じてます。今後が楽しみ。

ツバメは急旋回が得意

ツバメは急旋回が得意

 ツバメの最高速度は、風洞での実測結果では70~80km/hだとか。しかし、最近まで、百数十km/h出せると信じられていた様子です。ツバメ君としては、自称したわけでもないので、そこは人間の解釈次第。  吉例漫画バナシ。  1970年代のスーパーカーは、特にイタリア車を中心に、最高速度のカタログデータを楽天的に取り扱っていました。漫画「サーキットの狼」で作者池沢さとし氏は、「実際にはその数字の80%に満たないものがほとんど」と作中で解説していました。これは若干、リアルな方向に振りすぎのようで、計測結果が80%に満たなかったのは、「日本に入ってきていたのは、排ガス規制のためパワーダウンした北米仕様車だった」「最高速チャレンジのメッカ、谷田部高速周回路の設計速度は180~220km/hにすぎず、実力を出し切るのは危険だった」というオトナの事情もあったようです。  こうしたことは池沢氏も承知していたようで、作中で「ヨーロッパ仕様のマセラティ・ボーラ」にメーター読みで280km/hを記録させています。一方、こうした車の速度メーターがふかし気味であったという作者の体験も反映し、ポルシェの疾走シーンで「メーター読み275km/h、実速250km/h超」といったナレーション書きも加えるなど、芸が細かい漫画でした。  話をツバメに戻すと、私の肉眼で見るかぎり、ドバトのほうが早く感じます。しかし、急旋回は他のどの野鳥より得意なようです。  直進スピードより急旋回が得意、とは、野鳥のF1マシーンというところ。   ほぼ同じ大きさのカワセミが、ホバリングしないかぎり急角度で曲がれないのに、ツバメは物理の法則を無視するような運動をいともたやすく決めています。歩行が苦手、という点は両者共通していますが、ツバメの場合は苦手を通り越して、歩行不能ではないかと思うときもあります。

拝啓ジューコフスキー先生、私ホオジロは元気です

拝啓ジューコフスキー先生、私ホオジロは元気です

 あるいは「ラメンスコイエより愛を込めて」  いや、単なるホオジロの飛翔シーンです。むふふふふ。  ニコライ・ジューコフスキーは、航空力学を専門とする物理学者で、翼理論を確立した人。だそうです。  その名前をいただいたロシアの都市がジューコフスキー市であり、その一地区であるラメンスコイエ(あるいはラメンスコエ)に大規模な飛行場がありまして、かつてソ連邦の時代にはここで新鋭の軍用機が開発されていたため、ジューコフスキーは軍事都市として、封鎖都市であったとのことです。  偵察衛星によりラメンスコイエは西側陣営が定期観察しており、そこで発見された新鋭機には、見つかった順に、Ram-×と、コードネームがつけられたものです。衛星写真ゆえに、写りは不鮮明ではあったところ。    ここで、今回のホオジロ君、ピントやSSがあわず、不鮮明であるところの言い訳につながるわけです。くけけけけけけのけ。  最近よく見かける、中洲の主のようなホオジロ君。さえずりが独特なので、その存在にすぐ気づきます。どうやら、この一帯を、わが縄張りとして支配するご意向のようで。  軍事上の機密であった最新鋭機も、いったん実用化すると今度は示威行為に使うわけで、1980年代中盤から、Ramシリーズはソ連邦のテレビ番組に登場するわ、西側軍用機に接近して見せつけるわ、はては西側陣営の航空ショーに参加するわ、でグラスノスチの波に乗ります。  日本に限らず、全世界の飛行機オタクは知らんと欲す、という時代でした。

PF先生をしのぶ

PF先生をしのぶ

 「サーキットの狼」にも登場したポール・フレール氏、小林影太郎氏の招へいで親日家となり、日本のいくつかの自動車メーカー技術者とも親交を持つ他、雑誌「カーグラフィック」に連載も持つようになり、「PF先生」という愛称で長年親しまれ、2008年に逝去。  「・・狼」で紹介された著書は「ハイスピード・ドライビング」(1966年)の一部で、内容は「高速コーナリングでは内輪をラフに落としてコーナーをショートカットする手法を勧める。ラフは路面が粗いが、高速コーナリングでは内輪に荷重はほとんどかからないので問題ではない。おまけとして、草や土くれを後続車に目つぶしとして浴びせることもできれば、それも一興。」というものでした。  この一節を引用した劇中のワンシーンは、少年漫画とはいえ、作りこみを感じさせ、いわば「オタクの血が騒ぐ」わけで、しげの秀一氏はこの「内輪をラフに落とす」プロットを流用し、コーナリング時に内輪をL字側溝に入れる、あるいは内輪を浮かせてU字側溝を跨ぐ、といった描写をしています。  道路整備、維持を行う業界に籍を置く者としては、そんなことやめてくれと言いたいものですが、まあ、それはそれ。  PF先生と赤瀬川源平氏の文章には共通要素があり、嗜好の対象となる事物(車やカメラ)、登場する人物(ドライバーやカメラマン、萬集家等)の描写、距離感が等間隔で、灰汁味が少ないです。 (もちろんオタクワールドではありますヨ)  オタク文筆家はこれを不得意とするところで、もちろんオタクである私も苦手です。なお、PF先生は、日本語翻訳家にも人を得た面があり、原文の軽妙な文章がうまく再現されているようです。

いつもオタクがいた

いつもオタクがいた

 「オタク道はるか遠く・パロディの世界」の、VWエンブレム原画。このように、映り込みはアウトフォーカスするので、CMのような映り込み画像をほんとに一枚撮りするとすれば、エンブレムも無限遠の位置において、望遠撮影することになると思います。  その場合でも、映り込みの歪曲は避けられない。  ところで今回のタイトル「いつもオタクがいた」は、自動車評論家ポール・フレール氏(故人)の自叙伝「いつもクルマがいた」から。ル・マン総合優勝、F1グランプリ最高2位の実績を持つレーサーでもあり、「サーキットの狼」にも著書からの引用ナレーションがあります。  そのポール・フレール氏にも負けない腕前のテストドライバーが望月修氏(故人)。「サーキットの狼」劇中で、作者池澤氏の所有するポルシェ・ターボのゼロヨン挑戦を担当し、(この項は実話らしい)、フレール氏のタイム13.5秒を破る12.63秒を記録しています。ただしこのタイムは一説には12.98秒だったともいわれている。  「サーキットの狼」は、オタクとして読んでいて楽しい漫画ですが、実話をベースにした展開で、ストーリーもしっかりしています。クルマに関して作者の好みが強く出ている(例えばポルシェ>フェラーリ>ランボルギーニ)ものの、実車の実写(シャレにあらず)を多数活用して、精緻な描写がなされていて、その後の自動車漫画に影響を与えた様子です。  1970年代は、国内の自動車レースが低調で、海外のレースを紹介する雑誌も少数だったため、作者が直接、海外に取材に出かけたことも劇中で語られているのですが、そのための連載休止も記憶になく、「実話をもとにしているからネタに困らなかった」のは確かなことのようです。  さらに話をつなげると、ポール・フレール氏は、自動車評論家の小林影太郎氏(故人)と親交が深く、小林氏を師と仰ぐ徳大寺有恒氏にも影響を与えたものと思います。徳大寺氏もレーサー出身で、小林氏ともども、「サーキットの狼」続編に、彼らをモチーフした語り部役が登場します。  その徳大寺氏の著作「間違いだらけのクルマ選び」は、その他のオタク分野にも影響を与え、中川右介氏が企画した「間違いだらけのカメラ選び」(田中長徳氏著)につながっています。  ここでオタク話が一周するわけですけれど、上記登場人物は、中川氏・田中氏をのぞいて全員故人なので、時間の経過も実感・・・