150-600mmレンズ 作例

アニメセル画を写真で再現する~カワセミ「ベー君」チャレンジカップ

アニメセル画を写真で再現する~カワセミ「ベー君」チャレンジカップ

 セル画を使ったアニメーションは連続して変化する静止画を素早く入れ替える事 によって、残像効果により動いているように見せる表現技法ですが、静止画だけで構成する漫画では、ストロボモーションやブレを使って、静止画に時間軸を持ち込み、動きを表現しています。  漫画とアニメの中間的な表現で、いささかギャグ調ではありますが、人物や動物の手足を実際より多数描く「千手観音」技法(「北斗の拳」が有名)は、この残像表現を誇張表現したものです。また、「新巨人の星」の魔球「蜃気楼ボール」は原作漫画では語られていなかった原理をテレビアニメにおいて、残像効果で説明したあたりに、アニメ制作者の発想を感じます。  アニメーションではなく、セル画そのものをスチル写真で表現するにあたって、そうした残像を表現するには、高速連写+合成か、長秒露光+高速ストロボ、が思い当たりますが、野鳥相手に高速ストロボはよろしくないしそもそもそういうセッティングは私には不可能なので、ここは連写と合成です。  70Dの連写は秒7コマとそう速いほうではありませんが、ここでは9枚を合成。  モデルはカワセミ「ベー君」。「おしゃまさん」とともに都市公園の一角で果敢に巣穴をほり続けていたのですが、ここは塵芥置き場のすぐそばで、頻繁に搬出用のトラックがやってくるため、早々に放棄し、その後の彼らの行方は知る由もありません。  アニメーションの素材であり、最終成果物ではないセル画は、この前申し上げたように、透過光撮影、多重露光、照明の加減、ズームやパンなどの撮影技法の力も借りて動画にしあがっていきます。また、レンズフレアや遠近感や収差の誇張など、レンズ表現を作画に取り入れた面もありますし、白・黒一色のカットを挿入することで、露出調整を表現する方法もよく見られます。  このうち、レンズ効果や露出関係の表現は、「(実際には存在しない)カメラを通した視点」を連想させるため、ガンダムの創始者、富野由悠季氏は「想像の世界を描くSFにそのようなカメラ視点があるのはおかしい」と否定的です。否定的であるのは、氏が仮想敵とした「宇宙戦艦ヤマト」にそのような技法が多用されていたことも理由ではないかと思うところです。 

アニメセル画を写真で再現する

アニメセル画を写真で再現する

 そんなことができれば苦労はしない(爆)  今のアニメはデジタルですが、1980年代までは手書きのセル画を専用撮影機材でフィルム撮りしてコマ送りすることでアニメーションが成立していました。 詳しくは https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/h11/press/japanese/housou/0626j14.htm  セル画は透明なセルロイド(実際には他の材質が使われている)に絵を描くので、着色していない部分は向こうが透けて見えるため、人物+背景+透過光による表現、またセルをずらすことでパンやズームのカメラワークを再現する、奥行き方向に異なるセルを配置しピント送りすることで、アニメ上の静止画でありながら時間軸を表現できるなど、多彩な表現技法が開発されてきています。 「奥行き方向に異なるセルを配置しピント送りをする」技法を転じて、これらの異なるセルを、違うタイミングでパンさせることで、巨大構造物がゆっくり動いているシーン、あるいは新幹線の車窓から望む景色(手前が早く、遠くがゆっくり)の再現なども可能。  お気づきのように、絵画の表現に、写真撮影技術を組み合わせてアニメが完成するのですが、普通のスチル撮影やムービー撮影と全く異なる想像力(あるいは創造力)が必要な上、毎週放送されるテレビアニメなどは作画→撮影→声優の声あて→納品のサイクルが短く、要領よく短時間で数千枚を撮影するのは高度な技術と習熟を要するもよう。  デジタルアニメとなって撮影手順が亡くなった現在では、ボケや歪曲、フレアのようなレンズ表現をデジタルで再現するなど、写真技術がアニメ技術に流入する傾向もあるようです。  詳しくは https://mediag.bunka.go.jp/article/article-18117/  30分尺のアニメ番組は、3000枚以上のコマを必要とするため、人間のアニメーターが手作業でそれを毎回書くのはとても過酷です。  そこで省力のため、静止画+パンorズーム、口だけ動かせばよい長尺セリフなどが多用されます。ここから、アニメが作画者ではなく、声優が主役である作品だと言われるところです。  なお、「巨人の星」のアニメがやたらと感動シーン(涙シーン)が多いのは、静止画が多用できるためであり、またひたすらの特訓シーンも、同じコマが使いまわせるため省力につながるものです。  ここまではアニメ側の話ですが、スチル写真撮影で、セル画アニメを再現するのはこれまた無理のある話で、現実世界は平面画で構成されていないし、都合よく透過光となる光源も存在しないので、アニメの映像表現における文法である「異様に深い被写界」「人の口からレンズフレアを放射」「動物よりも光る眼(透過光を使っている)」といったものはまず無理です。  簡単に実現できそうなのは、セル画時代にも見られた、写真撮影技術の文法がアニメに流入しているようなケースで、「巨人の星」の投打の対決シーンは、超望遠レンズの圧縮効果で再現できそうです。しかし、打者側から見て投手を圧縮効果で近く巨大に見せるには、現実の球場ではバックネットやフェンスの位置からして、カメラを配置できる場所がなく、これはやっぱりアニメにおける「仮想カメラ」の技法と言えそうです。  この桜吹雪の一枚は、特にセル画アニメを意識して撮影したものでも何でもありませんが、風はアニメにおいて、時間経過や緊張感の表現に使われるので、それなりにアニメチックな意味がある、の図なのです。むははははは。  余談ですが、セル画の画材となるセルは、撮影用のフィルムとセットで需要があるためか、コダックやフジといったフィルムメーカーが供給していました。セル画用の塗料ともども、現在では絶滅危惧種となった様子です。フィルム写真は裾野が広く、すぐに絶滅しそうにはないですが、セル画は限られた人々の才能と熟練に頼っていたため、本当に絶滅してしまうかもしれません。版画、水彩画、油彩画、また水墨画も、継続ないし発展してきているのに、セル画だけが絶滅するというのもなんだかかわいそうに思うところです。 (すでに専門学校等でもコースがなくなっている)