どうしたらもっとうまく撮れるの?を目的とした掲示板です。 すばらしい作品はご遠慮下さい。http://www.nature-photo.jp/
1 tonton 2017/5/2 17:42 花咲かせながらぐいぐい葉を伸ばします。花簾もずんずん伸ばしましたが、ほぼ枯れ花になりました。
花咲かせながらぐいぐい葉を伸ばします。花簾もずんずん伸ばしましたが、ほぼ枯れ花になりました。
1 kusanagi 2017/5/1 00:17 あまり花写真は特異ではないのですが・・・山に自然に生えているものをついでに撮りましたので。
あまり花写真は特異ではないのですが・・・山に自然に生えているものをついでに撮りましたので。
2 zzr 2017/5/2 06:28 おはようございます。緑と藤の花がいい感じです。藤にも沢山種類があって山で普通に見るのはこの色ですね。藤の青、なかなかこの色に撮れない気がするのは私だけでしょうか ^_^;
おはようございます。緑と藤の花がいい感じです。藤にも沢山種類があって山で普通に見るのはこの色ですね。藤の青、なかなかこの色に撮れない気がするのは私だけでしょうか ^_^;
3 tonton 2017/5/2 17:46 新緑のモミジと藤の花良い景色ですねー。とても好きな山景色です。空気が澄んで綺麗な山の香りがしているのでしょうねその清々しさ味わいたいです。
新緑のモミジと藤の花良い景色ですねー。とても好きな山景色です。空気が澄んで綺麗な山の香りがしているのでしょうねその清々しさ味わいたいです。
4 kusanagi 2017/5/9 22:02 この撮影したレンズは非常に古いもので、EF28-80Lというイオスが出始めたころのレンズです。バルサム切れ?かなと思うほどに逆光に弱くて、それでしっかりと光を読んでいないとヘンテコな画質になってしまいます。古いレンズは得てしてそういうものらしく、同じくコンタックスのGレンズもこういう描写をしてくれます。解像力は兎に角ないし逆光に弱く、しかしながら発色はドバッと出て、今となっては何とも不思議な写真になるんです。それでそこにはモノの姿の表面的な形を追うのではなく、その実質的な中身を取り出してくれるような気がするんですね。カメラは初代のイオス1DSです。
この撮影したレンズは非常に古いもので、EF28-80Lというイオスが出始めたころのレンズです。バルサム切れ?かなと思うほどに逆光に弱くて、それでしっかりと光を読んでいないとヘンテコな画質になってしまいます。古いレンズは得てしてそういうものらしく、同じくコンタックスのGレンズもこういう描写をしてくれます。解像力は兎に角ないし逆光に弱く、しかしながら発色はドバッと出て、今となっては何とも不思議な写真になるんです。それでそこにはモノの姿の表面的な形を追うのではなく、その実質的な中身を取り出してくれるような気がするんですね。カメラは初代のイオス1DSです。
1 tonton 2017/4/28 21:38 雨が降ってよかったとちょっと思いました。
雨が降ってよかったとちょっと思いました。
2 zzr 2017/5/2 06:20 おはようございます。桜や藤はいっぱい花をつけるのでなんか圧倒されてしまいます。。雫が瑞々しいですね ^_^
おはようございます。桜や藤はいっぱい花をつけるのでなんか圧倒されてしまいます。。雫が瑞々しいですね ^_^
3 tonton 2017/5/2 17:40 こんばんはもう花が終わっちゃいました^^;早過ぎと思います。いいのが撮れるといいなといっぱい撮った今季です。
こんばんはもう花が終わっちゃいました^^;早過ぎと思います。いいのが撮れるといいなといっぱい撮った今季です。
1 zzr 2017/4/28 14:12 寒河江川の堤防です。対岸には桜並木があります。正面の山は月山です。
寒河江川の堤防です。対岸には桜並木があります。正面の山は月山です。
2 kusanagi 2017/4/29 00:24 東北の風景って、何と言っても人口密度が低くて、風景に人工物が混じらないところが最大の特徴だろうと思うんですよ。それで、↓これなんかもそうでしょう。北海道・道南ですよね。(地形的に道南と東北は続きですから)https://photoxp.jp/pictures/178514この裾野の広さ、しかも家屋が一切見えないってところ。そういうのって西日本に住んでいると憧れるんですよ。それと、山々が峻険でなく緩やかであるということ。これが良いんですよね。そりゃ、四国でも高知なんかは人口密度は低いんですが(紀伊半島もそうです)、山が眼前に迫ってきて広々とした空間の余裕ってものがないんです。そういうことで東北の地形っていうか風景に私は強く憧れるんです。
東北の風景って、何と言っても人口密度が低くて、風景に人工物が混じらないところが最大の特徴だろうと思うんですよ。それで、↓これなんかもそうでしょう。北海道・道南ですよね。(地形的に道南と東北は続きですから)https://photoxp.jp/pictures/178514この裾野の広さ、しかも家屋が一切見えないってところ。そういうのって西日本に住んでいると憧れるんですよ。それと、山々が峻険でなく緩やかであるということ。これが良いんですよね。そりゃ、四国でも高知なんかは人口密度は低いんですが(紀伊半島もそうです)、山が眼前に迫ってきて広々とした空間の余裕ってものがないんです。そういうことで東北の地形っていうか風景に私は強く憧れるんです。
3 zzr 2017/5/2 06:14 kusanagiさん、おはようございます。ここは寒河江市の周辺です。左手の方に市街地、堤防の桜並木の向こうは田んぼとサクランボ畑が広がっています。ゴールデンウィーク、また青森と岩手に行ってきました。沢山撮ったので帰ってからの整理が大変です ^_^;
kusanagiさん、おはようございます。ここは寒河江市の周辺です。左手の方に市街地、堤防の桜並木の向こうは田んぼとサクランボ畑が広がっています。ゴールデンウィーク、また青森と岩手に行ってきました。沢山撮ったので帰ってからの整理が大変です ^_^;
1 zzr 2017/5/2 06:03 純正のクローズアップレンズを使用してます。
純正のクローズアップレンズを使用してます。
2 zzr 2017/4/28 14:06 伊達政宗が挑戦半島から持ち帰ったといわれる松島の瑞巌寺の梅です。二本のうちのこれは白梅の方です。
伊達政宗が挑戦半島から持ち帰ったといわれる松島の瑞巌寺の梅です。二本のうちのこれは白梅の方です。
3 tonton 2017/4/28 21:12 八重の白梅、とても初々しい姿です。この初々しさ、二月の梅姿が思い浮かびます。日本の南北への広がり長さ、しみじみ感じます。
八重の白梅、とても初々しい姿です。この初々しさ、二月の梅姿が思い浮かびます。日本の南北への広がり長さ、しみじみ感じます。
4 zzr 2017/5/2 06:00 tontonさん、おはようございます。これは四月の中旬に撮ったものです。梅の本場、大陸産の梅ということで ^_^なんとなく雰囲気が違うような感じがしました。
tontonさん、おはようございます。これは四月の中旬に撮ったものです。梅の本場、大陸産の梅ということで ^_^なんとなく雰囲気が違うような感じがしました。
1 tonton 2017/4/27 21:57 簾ってほどの数じゃないですね^^;空が高くて綺麗でしたので二枚繋いでみました。
簾ってほどの数じゃないですね^^;空が高くて綺麗でしたので二枚繋いでみました。
2 oaz 2017/4/28 10:00 お早う御座います。 シンプルに枝垂れて綺麗です。シンプル is Best
お早う御座います。 シンプルに枝垂れて綺麗です。シンプル is Best
3 zzr 2017/4/28 14:23 こんにちは。もう藤の季節ですか。。早いです。良い香りがするんですがクマバチも沢山寄ってきますよね。刺さないけどちょっと怖いです。
こんにちは。もう藤の季節ですか。。早いです。良い香りがするんですがクマバチも沢山寄ってきますよね。刺さないけどちょっと怖いです。
4 tonton 2017/4/28 15:37 こんにちはoazさん、咲きながら先へ先へと伸びて藤らしく風になびきだしますと、お日様が似合いますね。zzrさん、クマはまだ来ていないかな?!今朝はミツバチが数匹おりました。ヒゲナガも^ ^
こんにちはoazさん、咲きながら先へ先へと伸びて藤らしく風になびきだしますと、お日様が似合いますね。zzrさん、クマはまだ来ていないかな?!今朝はミツバチが数匹おりました。ヒゲナガも^ ^
1 kusanagi 2017/4/26 22:41 別子銅山 - 失われた空中都市を訪ねてhttp://www.tsoftware.jp/douzan/別子の東平(とうなる)の煉瓦遺跡の写真を見て、東洋のマチュピチュだなんてイメージを膨らませる方は大勢いらっしゃるのですが、正直言って尋ねるとがっかりなさるでしょう。あまりにも規模が小さくて、なんだ?これ、ってなるかも知れませんね。実は東平よりも、もっと規模がスケールが大きくて、これは凄いっていうのはあったのです。それは東延(とうえん)という場所ですが、上のサイトの旧別子の地図で書かれている場所でした。http://www.tsoftware.jp/douzan/pics/map3.jpgでした・・というのは、それはもうとっくに自然の土砂崩れで破壊されて、もう既に存在しないからです。http://h2o.sakura.ne.jp/bessi/Qbessi/33touen/touen.html私が別子、特に旧別子を尋ねたのは35年ほど前からなのですが、その当時は東延の勇姿が見られました。ところが以降何度か登山するうちに、東延の遺跡は大規模土砂災害でなくなってしまったのです。残念ながら当時は写真趣味を休止していた時期なので、その東延の写真はありません。別子を訪れる観光客の大半は、上の看板写真で見ますところの、⑤マイントピア別子(端出場)と、⑩マイントピア東平の2つ、さらに加えて④銅山記念館というところになるでしょう。④と⑩と⑤は自家用車ですぐに行けます。⑩などは道の駅になっていますしね。(なお⑤は冬場は閉鎖ですが) しかし本当に別子の凄さを知るには、登山スタイルで赤石山系の南側、旧別子の山の中を歩かなければなりません。それからこれは残念な、というより本当は喜ばしきことであるわけですが、別子の山は植林の杉がだんだんと大きく育ってきて、遺跡群そのものを隠してしまいつつあるのです。別子の山は住友鉱山から住友林業に継承され、そもそも本来は私有地であり、観光というよりも自然に山を返すっていうことが住友側の本道であるわけで、遺跡群が樹木に覆われて自然化するのは当たり前のことであるというわけですね。そこのところが、自然放置の住友側と、是非にと観光化を目論む自治体側との違いがあったわけで、それは35年前の当時から旧別子の役場の担当者が悩んでいたところでした。自治体側としては別子の持つ観光資源に早くから着目していたようで、住友と折衝して何とか観光登山に協力してくれないかと折衝をし続けていたようです。当時は私のように旧別子の魅力を見出していた人間は殆どいずで、別子の資料を見せてほしいと役場を尋ねた私が珍しかったのでしょう。いろいろとお話をお聞きすることができました。それにしても東延の勇姿が失われてしまったのは、今思ってもつくづく残念で、あれば健在であれば、本当にマチュピチュ遺跡に匹敵するという宣伝コピーがまんま通用したでしょう。とは言え、今でも別子の鉱山遺跡群は山中に此処かしこに多く点在して見られ、この世界的な鉱山遺跡群は長く保存すべきであるという、そういうポテンシャルは十分にあります。私にとって、この別子と早明浦ダムは自分の写真の原点であり、そういう写真のドキュメントと記録というのは、私の写真哲学の原動力になっています。私は写真に、ただただ綺麗っていう花鳥風月などは求めませんが、自分の写真には今あるこの社会の原点とは何かという視点を求めて続けているつもりです。そういう意味で私の写真に対する考え方は皆さんとは随分と違うでしょうね。ところで世の中も随分と変化してきて、日本も老大国というような超先進国になってしまいました。そうなると近隣の若い元気な諸国から学びの観光客を呼び集めることができます。東アジアは世界で最も大規模な経済発展地域なわけで、今後とも多くの観光客を日本に呼び寄せ続けることができます。東京や京都・大阪にかぎらず、各自治体もオラが国自慢の観光資源の発掘に躍起ですね。香川県もウドンとアートという看板をもって観光客誘致に邁進していますけどね。(^^ゞそういう現代の世界的な視点に立てば、別子の自然回帰の緑化事業こそが本当に意味のあることなんだということになります。高野山は海外観光客にも人気ですが、巨大な杉の大木に囲まれた山中の宗教都市は神秘的なイメージを漂わせていますね。そういう具合に別子の森もそのようになる可能性があるんですよ。
別子銅山 - 失われた空中都市を訪ねてhttp://www.tsoftware.jp/douzan/別子の東平(とうなる)の煉瓦遺跡の写真を見て、東洋のマチュピチュだなんてイメージを膨らませる方は大勢いらっしゃるのですが、正直言って尋ねるとがっかりなさるでしょう。あまりにも規模が小さくて、なんだ?これ、ってなるかも知れませんね。実は東平よりも、もっと規模がスケールが大きくて、これは凄いっていうのはあったのです。それは東延(とうえん)という場所ですが、上のサイトの旧別子の地図で書かれている場所でした。http://www.tsoftware.jp/douzan/pics/map3.jpgでした・・というのは、それはもうとっくに自然の土砂崩れで破壊されて、もう既に存在しないからです。http://h2o.sakura.ne.jp/bessi/Qbessi/33touen/touen.html私が別子、特に旧別子を尋ねたのは35年ほど前からなのですが、その当時は東延の勇姿が見られました。ところが以降何度か登山するうちに、東延の遺跡は大規模土砂災害でなくなってしまったのです。残念ながら当時は写真趣味を休止していた時期なので、その東延の写真はありません。別子を訪れる観光客の大半は、上の看板写真で見ますところの、⑤マイントピア別子(端出場)と、⑩マイントピア東平の2つ、さらに加えて④銅山記念館というところになるでしょう。④と⑩と⑤は自家用車ですぐに行けます。⑩などは道の駅になっていますしね。(なお⑤は冬場は閉鎖ですが) しかし本当に別子の凄さを知るには、登山スタイルで赤石山系の南側、旧別子の山の中を歩かなければなりません。それからこれは残念な、というより本当は喜ばしきことであるわけですが、別子の山は植林の杉がだんだんと大きく育ってきて、遺跡群そのものを隠してしまいつつあるのです。別子の山は住友鉱山から住友林業に継承され、そもそも本来は私有地であり、観光というよりも自然に山を返すっていうことが住友側の本道であるわけで、遺跡群が樹木に覆われて自然化するのは当たり前のことであるというわけですね。そこのところが、自然放置の住友側と、是非にと観光化を目論む自治体側との違いがあったわけで、それは35年前の当時から旧別子の役場の担当者が悩んでいたところでした。自治体側としては別子の持つ観光資源に早くから着目していたようで、住友と折衝して何とか観光登山に協力してくれないかと折衝をし続けていたようです。当時は私のように旧別子の魅力を見出していた人間は殆どいずで、別子の資料を見せてほしいと役場を尋ねた私が珍しかったのでしょう。いろいろとお話をお聞きすることができました。それにしても東延の勇姿が失われてしまったのは、今思ってもつくづく残念で、あれば健在であれば、本当にマチュピチュ遺跡に匹敵するという宣伝コピーがまんま通用したでしょう。とは言え、今でも別子の鉱山遺跡群は山中に此処かしこに多く点在して見られ、この世界的な鉱山遺跡群は長く保存すべきであるという、そういうポテンシャルは十分にあります。私にとって、この別子と早明浦ダムは自分の写真の原点であり、そういう写真のドキュメントと記録というのは、私の写真哲学の原動力になっています。私は写真に、ただただ綺麗っていう花鳥風月などは求めませんが、自分の写真には今あるこの社会の原点とは何かという視点を求めて続けているつもりです。そういう意味で私の写真に対する考え方は皆さんとは随分と違うでしょうね。ところで世の中も随分と変化してきて、日本も老大国というような超先進国になってしまいました。そうなると近隣の若い元気な諸国から学びの観光客を呼び集めることができます。東アジアは世界で最も大規模な経済発展地域なわけで、今後とも多くの観光客を日本に呼び寄せ続けることができます。東京や京都・大阪にかぎらず、各自治体もオラが国自慢の観光資源の発掘に躍起ですね。香川県もウドンとアートという看板をもって観光客誘致に邁進していますけどね。(^^ゞそういう現代の世界的な視点に立てば、別子の自然回帰の緑化事業こそが本当に意味のあることなんだということになります。高野山は海外観光客にも人気ですが、巨大な杉の大木に囲まれた山中の宗教都市は神秘的なイメージを漂わせていますね。そういう具合に別子の森もそのようになる可能性があるんですよ。
2 zzr 2017/4/28 06:39 大きな鉱山だったのですね。坑道が700キロってとんでもない長さ。太陽の光のない穴の中での作業ってキツそう。鉱夫はどんな生活をしてたのでしょうか先日の岩手鍾乳洞巡りで軽い閉所恐怖症を自覚した私です。
大きな鉱山だったのですね。坑道が700キロってとんでもない長さ。太陽の光のない穴の中での作業ってキツそう。鉱夫はどんな生活をしてたのでしょうか先日の岩手鍾乳洞巡りで軽い閉所恐怖症を自覚した私です。
3 kusanagi 2017/4/29 00:21 軍艦島の写真集で書かれていましたが、これから坑道に入っていこうかという時の鉱夫の顔っていうのは一種独特の緊張感が顔に現れているといいます。何回地下に潜ってもその都度、気の張った顔をするんですね。慣れというものがないんです。それほどに坑道っていうのは命がけなんでしょう。戦場に出かける兵士と同じなのかな。どの鉱夫ももう二度とお天道さまを拝めないかもしれないってそういう覚悟で地上を後にする。はんばは自分の命を捨ててかからないと鉱夫の仕事はできないでしょう。世の中には命がけの仕事ってありますよね。まあその分、給料も良いんですがそれでも気合がなければそういう仕事はできません。私には絶対ムリですわ。(^^ゞ
軍艦島の写真集で書かれていましたが、これから坑道に入っていこうかという時の鉱夫の顔っていうのは一種独特の緊張感が顔に現れているといいます。何回地下に潜ってもその都度、気の張った顔をするんですね。慣れというものがないんです。それほどに坑道っていうのは命がけなんでしょう。戦場に出かける兵士と同じなのかな。どの鉱夫ももう二度とお天道さまを拝めないかもしれないってそういう覚悟で地上を後にする。はんばは自分の命を捨ててかからないと鉱夫の仕事はできないでしょう。世の中には命がけの仕事ってありますよね。まあその分、給料も良いんですがそれでも気合がなければそういう仕事はできません。私には絶対ムリですわ。(^^ゞ
1 tonton 2017/4/26 20:29 意外と花咲く時期が長い椿ですね。もうすぐハナミズキが満開でしょうか。
意外と花咲く時期が長い椿ですね。もうすぐハナミズキが満開でしょうか。
2 kusanagi 2017/4/26 22:38 こちらではハナミズキ、もう全開で咲いていますよ。(^^地味な木の花ですが、名前の響きが私は好きですね。
こちらではハナミズキ、もう全開で咲いていますよ。(^^地味な木の花ですが、名前の響きが私は好きですね。
3 tonton 2017/4/27 21:39 こんばんは椿の花模様は渋いですね。大輪と小ぶりなハナミズキがありますね。和紙仕立てみたいな花ですが、天気が良い時のハナミズキって陽の光が良く似合ってとっても華やかと思いますよー^^
こんばんは椿の花模様は渋いですね。大輪と小ぶりなハナミズキがありますね。和紙仕立てみたいな花ですが、天気が良い時のハナミズキって陽の光が良く似合ってとっても華やかと思いますよー^^
1 kusanagi 2017/4/25 22:53 久しぶりに自分なりの写真撮影に行ってきました。愛媛県新居浜市、別子銅山跡、東平(とうなる)というところです。別子銅山は広大な面積を誇っており、銅山跡の遺跡は各所に散らばっています。ここ東平は比較的観光地化されていて行きやすいところですが、それでも冬場は閉鎖されていました。別段、自分は鉱山マニアというわけではないのですが、地中から掘り出される金属というものには大変、興味深く思っています。この金属というものがなければ、そもそも文明は成り立ちません。文明=金属の歴史であって、特に産業革命以降はエネルギーも地下から掘り出されますね。遠くに見えるのは瀬戸内海、燧灘であり、その海側に新居浜市があります。無論、この別子銅山のよって都市化された町です。この銅の鉱脈が海底下まで続いていて掘り出されたのですが、その銅の算出は膨大なものであって、江戸期から昭和まで、日本の経済を支えてきました。銅は主要な輸出品だったんですね。別子の銅に限らず、足尾の銅、石見の銀、佐渡の金、そして古くは奥州の金と、日本は貴金属を産出して、それを輸出品として、中国や南蛮から文明文化物を仕入れていたんですね。今でこそ、日本は高度な工業製品を輸出して外貨を稼いでいますが、そういうのはごく最近のことであって、歴史的には日本の輸出品は金属と海産物(俵物)でした。もしこれから日本も海洋開発ができるようになり、深海からレアアースやメタンハイドレートを産出できればそれらも輸出品になるでしょう。なんかそちらの方が、本来の日本のスタイルという気がしないでもありませんね。とにかく、江戸の昔から別子の歴史は始まり、それが住友財閥というものまで作り上げ、世界に銅を輸出して日本近代産業の基礎を作ったということは間違いがありません。文明の基礎たる金属やエネルギーというのは、人里離れた深山とか砂漠とか海とかになるのですが、そこから、文明にはなくてはならない金属やエネルギーを生み出されるということ。ここで働いていた鉱夫達の食料や日用品などは全て、麓の平野部から持って来ていたわけですね。鉱夫はただひたすら鉱石を掘りその鉱石を精錬し銅の地金としていたのです。農繁期に農民が片手間に鉱夫をやっていたわけではありません。そういう専業の専門家というか職業群がいて、それを纏め上げ経営する資本家もできていたわけです。最終的には国家としての藩営とか幕府直轄とか、そういうレベルの話でしたね。今でも石油・ガスや有望な鉱山などは、政府の国営とか、巨大資本とかが牛耳っていますから。想像がつきにくいでしょうが、この遺跡の周囲は、操業していた当時は樹木などはなくて所狭しと丸裸な急斜面に住宅などが立ち並んでいたんです。それらは今、全て植林された木々の中に埋もれています。この全山全てが鉱山跡の遺跡群である、と言っても過言ではありません。
久しぶりに自分なりの写真撮影に行ってきました。愛媛県新居浜市、別子銅山跡、東平(とうなる)というところです。別子銅山は広大な面積を誇っており、銅山跡の遺跡は各所に散らばっています。ここ東平は比較的観光地化されていて行きやすいところですが、それでも冬場は閉鎖されていました。別段、自分は鉱山マニアというわけではないのですが、地中から掘り出される金属というものには大変、興味深く思っています。この金属というものがなければ、そもそも文明は成り立ちません。文明=金属の歴史であって、特に産業革命以降はエネルギーも地下から掘り出されますね。遠くに見えるのは瀬戸内海、燧灘であり、その海側に新居浜市があります。無論、この別子銅山のよって都市化された町です。この銅の鉱脈が海底下まで続いていて掘り出されたのですが、その銅の算出は膨大なものであって、江戸期から昭和まで、日本の経済を支えてきました。銅は主要な輸出品だったんですね。別子の銅に限らず、足尾の銅、石見の銀、佐渡の金、そして古くは奥州の金と、日本は貴金属を産出して、それを輸出品として、中国や南蛮から文明文化物を仕入れていたんですね。今でこそ、日本は高度な工業製品を輸出して外貨を稼いでいますが、そういうのはごく最近のことであって、歴史的には日本の輸出品は金属と海産物(俵物)でした。もしこれから日本も海洋開発ができるようになり、深海からレアアースやメタンハイドレートを産出できればそれらも輸出品になるでしょう。なんかそちらの方が、本来の日本のスタイルという気がしないでもありませんね。とにかく、江戸の昔から別子の歴史は始まり、それが住友財閥というものまで作り上げ、世界に銅を輸出して日本近代産業の基礎を作ったということは間違いがありません。文明の基礎たる金属やエネルギーというのは、人里離れた深山とか砂漠とか海とかになるのですが、そこから、文明にはなくてはならない金属やエネルギーを生み出されるということ。ここで働いていた鉱夫達の食料や日用品などは全て、麓の平野部から持って来ていたわけですね。鉱夫はただひたすら鉱石を掘りその鉱石を精錬し銅の地金としていたのです。農繁期に農民が片手間に鉱夫をやっていたわけではありません。そういう専業の専門家というか職業群がいて、それを纏め上げ経営する資本家もできていたわけです。最終的には国家としての藩営とか幕府直轄とか、そういうレベルの話でしたね。今でも石油・ガスや有望な鉱山などは、政府の国営とか、巨大資本とかが牛耳っていますから。想像がつきにくいでしょうが、この遺跡の周囲は、操業していた当時は樹木などはなくて所狭しと丸裸な急斜面に住宅などが立ち並んでいたんです。それらは今、全て植林された木々の中に埋もれています。この全山全てが鉱山跡の遺跡群である、と言っても過言ではありません。
2 笑休 2017/4/26 19:22 東洋のマチュピチュと称されて、訪れてみたいとおもってました。まむしは古い石垣がある山の中にはおりますね。石垣のなかにひそんでますんで・・近づかないことです。
東洋のマチュピチュと称されて、訪れてみたいとおもってました。まむしは古い石垣がある山の中にはおりますね。石垣のなかにひそんでますんで・・近づかないことです。
3 kusanagi 2017/4/26 22:35 マイントピア別子http://besshi.com/別子は山の中にあるのでやはり車で行くのが正解です。道が狭いので小さな車が有利です。九州からオープンカーのグループの人達が来ていました。四国の狭い山道には慣れていない様子でしたね。(^^帰りには広島からの老境写真愛好御夫婦と出会い、車中泊のノウハウを教えてくれたりもしました。歳をとっても仲の良い夫婦って良いですねー。(^^四国は夕日が瀬戸内に沈みます。それを写真撮りに本土から来る人って多いんですよ。
マイントピア別子http://besshi.com/別子は山の中にあるのでやはり車で行くのが正解です。道が狭いので小さな車が有利です。九州からオープンカーのグループの人達が来ていました。四国の狭い山道には慣れていない様子でしたね。(^^帰りには広島からの老境写真愛好御夫婦と出会い、車中泊のノウハウを教えてくれたりもしました。歳をとっても仲の良い夫婦って良いですねー。(^^四国は夕日が瀬戸内に沈みます。それを写真撮りに本土から来る人って多いんですよ。
4 oaz 2017/4/30 07:43 お早う御座います。 此方の岩美銅山も木が密植してどこが銅山の後かすら分かり難くなりました。反映した徳川、明治時代、昭和初期は遠くなりにけり。
お早う御座います。 此方の岩美銅山も木が密植してどこが銅山の後かすら分かり難くなりました。反映した徳川、明治時代、昭和初期は遠くなりにけり。
5 kusanagi 2017/5/1 00:09 oaz様、どうもご来店ありがとうございます。(^^ゞ kusanagi本舗は長文ゆえに敷居が高くて敬遠される方が多いののですが、広く何方にも開かれています。無論、読者からのコメントなどは期待はしていなくて流しで読んでくださるだけで有りがたいと思っているのですが、言うまでもなく的確なコメントを頂ければこれに勝る喜びはありません。>繁栄した徳川、明治時代、昭和初期は遠くなりにけりこの洞察は鋭いですね。敬服しました。そのとおりで、日本の近代時代は江戸時代から始まり、途中幕末に西洋文明を本格的に取り入れて明治となりましたが、日本近代史は継続的に江戸時代の初めからから明治・昭和と続きました。江戸期は封建時代で中世時代だとする左翼系の見方は間違っていますがこれがなかなか修正できずにいますね。歴史的な中世時代を終わらせたのは無論信長であり秀吉で家康です。戦乱の不安定な世の中から安定した江戸期に入り、国内の産業は大発展をしていくんですね。新田開発も各藩で盛んでした。江戸・明治昭和と約400年ありますが、200年づつ2分しても良さそうですね。後半は西洋文明を取り入れ文化力や科学技術力が大いに高まってかつスケールも大きくなっていきました。別子銅山は時代的にその日本近代の歩みと同じくしています。島根の石見銀山(後半は銅山になりました)も、ほぼ戦国時代後半から江戸時代前期にかけてですので、石見が少し早く、そして別子が少し遅くという違いがあるだけです。そしてこの2つの鉱山は世界的規模であり、日本の海外輸出品の筆頭でありその稼ぎによって日本は近代化していくことが出来たのだと思います。幕末明治に日本の各藩や幕府は膨大な武器や文物を輸入していますが、その支払は金や銀でした。どんなに日本人が意欲に溢れて優秀であっても、金がなければ何もできません。留学もできないし外国人を雇うこともできません。江戸明治にかぎらず、有史以来、日本は常に有り余るほどの金銀銅で海外の文化文明を買ってきていたんです。このことを忘れてはなりませんね。日本列島に金銀銅なる貴金属が産出するのは、地質学的にみれば日本列島が火山帯だからです。ちなみに別子銅山も古い数千年前の石鎚巨大カルデラ火山の跡地であるからだろうと考えられます。石見もそうですね。火山地帯にあります。東北の金山もそうですね。おそらく佐渡金山もそうでしょう。鹿児島の菱刈金山も正に火山地帯ど真ん中です。火山は災害ももたらすけれど豊かさももたらしてくれるわけで、これは日本の強みです。それを言えばこれから開発がまたれるメタンハイドレートやレアアースも火山地帯と深い関係があります。とにかく日本はこれからも独自の強みを生かしていかなければなりません。日本は今、海外から資源やエネルギーをまるごと輸入して、それを加工して製品とすることによって、その労力と技術力という付加価値(極めて薄利)だけで食っている有様です。戦後の一時期はそれで上手くやっていけましたが、それは米国の力が圧倒的で石油が格安に抑えられていたからです。それで石油が高騰するに連れ日本の稼ぐ力は落ちてきましたね。さらに加工貿易は中国などの新興発展国が主流となりました。日本は貧乏になり、若い人は子どもをつくることすら叶わなくなってきています。これを打破するには日本が独自のエネルギーや資源を開発するしか他に手立てがありません。歴史をみれば分るように日本は資源を産出し、しかも輸出までやっていたわけですから。これからの日本が食っていく為には、資源かエネルギーのどちらか、もしくはその両方で自給なりをしていくしか方法がありません。資源とエネルギーの輸入を少しでも減らせればオンの字です。何しろ今の日本は食料すら輸入に頼っているのですから。そしてこれから防衛力も高めて行かなければならなくなっています。このことへの国民的な認識が広く広まって欲しいと願っています。
oaz様、どうもご来店ありがとうございます。(^^ゞ kusanagi本舗は長文ゆえに敷居が高くて敬遠される方が多いののですが、広く何方にも開かれています。無論、読者からのコメントなどは期待はしていなくて流しで読んでくださるだけで有りがたいと思っているのですが、言うまでもなく的確なコメントを頂ければこれに勝る喜びはありません。>繁栄した徳川、明治時代、昭和初期は遠くなりにけりこの洞察は鋭いですね。敬服しました。そのとおりで、日本の近代時代は江戸時代から始まり、途中幕末に西洋文明を本格的に取り入れて明治となりましたが、日本近代史は継続的に江戸時代の初めからから明治・昭和と続きました。江戸期は封建時代で中世時代だとする左翼系の見方は間違っていますがこれがなかなか修正できずにいますね。歴史的な中世時代を終わらせたのは無論信長であり秀吉で家康です。戦乱の不安定な世の中から安定した江戸期に入り、国内の産業は大発展をしていくんですね。新田開発も各藩で盛んでした。江戸・明治昭和と約400年ありますが、200年づつ2分しても良さそうですね。後半は西洋文明を取り入れ文化力や科学技術力が大いに高まってかつスケールも大きくなっていきました。別子銅山は時代的にその日本近代の歩みと同じくしています。島根の石見銀山(後半は銅山になりました)も、ほぼ戦国時代後半から江戸時代前期にかけてですので、石見が少し早く、そして別子が少し遅くという違いがあるだけです。そしてこの2つの鉱山は世界的規模であり、日本の海外輸出品の筆頭でありその稼ぎによって日本は近代化していくことが出来たのだと思います。幕末明治に日本の各藩や幕府は膨大な武器や文物を輸入していますが、その支払は金や銀でした。どんなに日本人が意欲に溢れて優秀であっても、金がなければ何もできません。留学もできないし外国人を雇うこともできません。江戸明治にかぎらず、有史以来、日本は常に有り余るほどの金銀銅で海外の文化文明を買ってきていたんです。このことを忘れてはなりませんね。日本列島に金銀銅なる貴金属が産出するのは、地質学的にみれば日本列島が火山帯だからです。ちなみに別子銅山も古い数千年前の石鎚巨大カルデラ火山の跡地であるからだろうと考えられます。石見もそうですね。火山地帯にあります。東北の金山もそうですね。おそらく佐渡金山もそうでしょう。鹿児島の菱刈金山も正に火山地帯ど真ん中です。火山は災害ももたらすけれど豊かさももたらしてくれるわけで、これは日本の強みです。それを言えばこれから開発がまたれるメタンハイドレートやレアアースも火山地帯と深い関係があります。とにかく日本はこれからも独自の強みを生かしていかなければなりません。日本は今、海外から資源やエネルギーをまるごと輸入して、それを加工して製品とすることによって、その労力と技術力という付加価値(極めて薄利)だけで食っている有様です。戦後の一時期はそれで上手くやっていけましたが、それは米国の力が圧倒的で石油が格安に抑えられていたからです。それで石油が高騰するに連れ日本の稼ぐ力は落ちてきましたね。さらに加工貿易は中国などの新興発展国が主流となりました。日本は貧乏になり、若い人は子どもをつくることすら叶わなくなってきています。これを打破するには日本が独自のエネルギーや資源を開発するしか他に手立てがありません。歴史をみれば分るように日本は資源を産出し、しかも輸出までやっていたわけですから。これからの日本が食っていく為には、資源かエネルギーのどちらか、もしくはその両方で自給なりをしていくしか方法がありません。資源とエネルギーの輸入を少しでも減らせればオンの字です。何しろ今の日本は食料すら輸入に頼っているのですから。そしてこれから防衛力も高めて行かなければならなくなっています。このことへの国民的な認識が広く広まって欲しいと願っています。
1 kusanagi 2017/4/25 22:51 丸々と肥えて美味しそうなトカゲがいました。マムシもいるとかで要注意な観光地ですね。
丸々と肥えて美味しそうなトカゲがいました。マムシもいるとかで要注意な観光地ですね。
2 tonton 2017/4/26 20:18 子お持ちのトカゲさんエナメル質の派手ウロコモ無くて質素な出で立ちですね。おかあさんらしくて良いかも。マムシとヤマカガシは山里・里山いたるところにおりますね。軽装で山歩き、足回りきっちりしないとですねー。
子お持ちのトカゲさんエナメル質の派手ウロコモ無くて質素な出で立ちですね。おかあさんらしくて良いかも。マムシとヤマカガシは山里・里山いたるところにおりますね。軽装で山歩き、足回りきっちりしないとですねー。
3 kusanagi 2017/4/26 22:23 このトカゲ、子持ちししゃもだったんですね。どうりで美味しそうに見えたわけで。(^^ゞダレて伸びきった後ろ足が可愛いです。別子は石垣遺跡だらけなので、マムシの棲家みたいなものかも。http://ulhiking.com/archives/304でもマムシよりも恐いのはイノシシかな。
このトカゲ、子持ちししゃもだったんですね。どうりで美味しそうに見えたわけで。(^^ゞダレて伸びきった後ろ足が可愛いです。別子は石垣遺跡だらけなので、マムシの棲家みたいなものかも。http://ulhiking.com/archives/304でもマムシよりも恐いのはイノシシかな。
4 zzr 2017/4/28 06:16 ニホントカゲでしょうか。こんな色のもいるんですね。ヤマカガシ沢山います。道で轢かれてるのもシマヘビやマムシよりヤマカガシが多いです。蛇の毒、日本の陸に住む蛇の中ではヤマカガシが最強なんですねー。元々はヒキガエルの毒だそうです。カエルも侮れません ^_^;
ニホントカゲでしょうか。こんな色のもいるんですね。ヤマカガシ沢山います。道で轢かれてるのもシマヘビやマムシよりヤマカガシが多いです。蛇の毒、日本の陸に住む蛇の中ではヤマカガシが最強なんですねー。元々はヒキガエルの毒だそうです。カエルも侮れません ^_^;
5 kusanagi 2017/4/29 00:30 http://www.insects.jp/kon-tokagenihon.htmこれを見ると幼体と成体は模様が違いますね。手足のない蛇と違って可愛い感じがするのは私だけではないでしょう。ひっ捕まえてやろうかと思ったのですが、尻尾が切れると可哀想なので止めときました。
http://www.insects.jp/kon-tokagenihon.htmこれを見ると幼体と成体は模様が違いますね。手足のない蛇と違って可愛い感じがするのは私だけではないでしょう。ひっ捕まえてやろうかと思ったのですが、尻尾が切れると可哀想なので止めときました。
1 kusanagi 2017/4/25 22:50 植林された住居跡に生えていたもの。何かしらん? 下の石はコンクリートですね。
植林された住居跡に生えていたもの。何かしらん? 下の石はコンクリートですね。
3 tonton 2017/4/28 21:41 マムシグサ仲間ってなんとなく幾種かあるみたいですね。どれがどれだか区別し難いのですが、以前鉢植えしてました。実はトウモロコシみたいな感じに覚えています。熟れると赤かったような気がします^^;
マムシグサ仲間ってなんとなく幾種かあるみたいですね。どれがどれだか区別し難いのですが、以前鉢植えしてました。実はトウモロコシみたいな感じに覚えています。熟れると赤かったような気がします^^;
4 kusanagi 2017/4/29 00:22 なんとまあ、マムシの名がつく草ですか。嫌な感じ(^^ゞトウモロコシみたいとなると、けっこう大きくなるんですかね。今回は山の中を歩いて一度も蛇は見なかったですが、これから出てくるのかな。でも過去にも別子を歩きましたが蛇に出くわしたことは一度もありません。しかし昔と違い木々の樹勢も深くなり、気温も温暖化していまから要注意なのかな。http://white-hot-chocolate.com/archives/4605508.html>基本的には「マムシに注意!」なのに、第三通洞は「マムシがいます!」に変わってて近寄れなかった。・・・とか。
なんとまあ、マムシの名がつく草ですか。嫌な感じ(^^ゞトウモロコシみたいとなると、けっこう大きくなるんですかね。今回は山の中を歩いて一度も蛇は見なかったですが、これから出てくるのかな。でも過去にも別子を歩きましたが蛇に出くわしたことは一度もありません。しかし昔と違い木々の樹勢も深くなり、気温も温暖化していまから要注意なのかな。http://white-hot-chocolate.com/archives/4605508.html>基本的には「マムシに注意!」なのに、第三通洞は「マムシがいます!」に変わってて近寄れなかった。・・・とか。
5 tonton 2017/5/5 14:31 リンクを貼ると投稿できませんでした時々ありますね。文頭に半角英数字などある時でしょうか検索語句「マムシグサ 実」、yahoo画像一覧ページでした。
リンクを貼ると投稿できませんでした時々ありますね。文頭に半角英数字などある時でしょうか検索語句「マムシグサ 実」、yahoo画像一覧ページでした。
6 tonton 2017/5/5 14:28 モロコシみたいな実はあまり大きくないです。粒は同じくらい。若い実、緑や黄色の頃はそう思わないですが熟れて赤くなると毒がありそう(笑)に毒々しいです。そう、名に相応しい?!
モロコシみたいな実はあまり大きくないです。粒は同じくらい。若い実、緑や黄色の頃はそう思わないですが熟れて赤くなると毒がありそう(笑)に毒々しいです。そう、名に相応しい?!
7 kusanagi 2017/5/9 21:45 この数日後、別のところでマムシグサを見つけたのですが、白の大きな花芯というか、それは雌しべでしょうか。とにかく姿形が変わっていました。草花には疎い自分ですが、こういうバライティに富む植物を産む本当の力(フォースで作用)というものは何なんだろうか?と、ついつい考えてしまいます。もちろん結論など出ようはずがありません。
この数日後、別のところでマムシグサを見つけたのですが、白の大きな花芯というか、それは雌しべでしょうか。とにかく姿形が変わっていました。草花には疎い自分ですが、こういうバライティに富む植物を産む本当の力(フォースで作用)というものは何なんだろうか?と、ついつい考えてしまいます。もちろん結論など出ようはずがありません。
1 kusansgi 2017/4/25 22:46 川底にまで降りてきました。水のせせらぎが気持ちよく、新緑が眼に眩しい。本当はもっと鮮やかな薄緑なのですが上手く現像できていません。(古いカメラなので殆ど手動で現像です)この石組みは、何らかの鉱山設備の跡らしいです。そこに鹿の角が落ちていました。せせらぎの水に浸かりたいという欲求は強かったのですが、あまりに冷たい冷水に負けてしまいました。脚と手を洗ったのみ。この下はちょっとした瀑布になっていました。野鳥も目前を横切っていきました。まさに桃源郷。
川底にまで降りてきました。水のせせらぎが気持ちよく、新緑が眼に眩しい。本当はもっと鮮やかな薄緑なのですが上手く現像できていません。(古いカメラなので殆ど手動で現像です)この石組みは、何らかの鉱山設備の跡らしいです。そこに鹿の角が落ちていました。せせらぎの水に浸かりたいという欲求は強かったのですが、あまりに冷たい冷水に負けてしまいました。脚と手を洗ったのみ。この下はちょっとした瀑布になっていました。野鳥も目前を横切っていきました。まさに桃源郷。
1 zzr 2017/4/24 06:45 少し彩度を落としてみました。
少し彩度を落としてみました。
1 zzr 2017/4/24 06:43 鶴岡や酒田の市内の桜は終わりましたがここは満開でした。
鶴岡や酒田の市内の桜は終わりましたがここは満開でした。
1 zzr 2017/4/24 06:38 昔の厚さが不均等なガラス、今でも銀山温泉などの旅館用に作られてるそうです。
昔の厚さが不均等なガラス、今でも銀山温泉などの旅館用に作られてるそうです。
2 kusansgi 2017/4/24 21:56 調べると、こんなのがありました。https://www.des-glass.com/blog_001.php昭和レトロガラス、だそうです。(^^ゞ
調べると、こんなのがありました。https://www.des-glass.com/blog_001.php昭和レトロガラス、だそうです。(^^ゞ
3 zzr 2017/4/25 05:52 kusanagiさん、おはようございます。輸入品でしたか。今のガラスの加工品だとすると厚めなんでしょうか。。昔の窓ガラスは今のと比べるととても薄いんですよねぇ ^_^
kusanagiさん、おはようございます。輸入品でしたか。今のガラスの加工品だとすると厚めなんでしょうか。。昔の窓ガラスは今のと比べるととても薄いんですよねぇ ^_^
1 zzr 2017/4/22 13:21 蔵王の麓、エコーラインから少し外れた場所にある一本桜です。
蔵王の麓、エコーラインから少し外れた場所にある一本桜です。
1 zzr 2017/4/22 13:17 古い枝垂れ桜が満開でしたが、この時間風があって上手く撮れませんでした。
古い枝垂れ桜が満開でしたが、この時間風があって上手く撮れませんでした。
1 zzr 2017/4/22 13:14 休みをとって桜を撮りに出かけました。
休みをとって桜を撮りに出かけました。
2 kusanagi 2017/4/23 00:12 さすがにもう平野部には雪は完全に無くなっているようですね。(^^ゞ普通、県都と言えば海沿いにあるのが普通ですが、山形では県中央の盆地に所在するようです。山形県は盆地が大きくて広い。蔵王に登ればそれら盆地平野が眼下に見渡せると思うのですが、上手くいけば日本海と太平洋を同時に見ることができるんですかね。私が持っている山形県の地図(昭文社)では、新庄盆地、山形盆地は緑色で、薄緑色が米沢盆地です。つまり新庄盆地も山形盆地も標高は100~200メートルまで。米沢盆地が300メートルまで。そんなところですが、不思議に庄内平野は色が違うんです。ピンク色になっていて、それは標高が20メートル以内であるということのようです。ということは、庄内平野は少し前までは潟になっていて湿地帯か浅い海であったということでしょう。ちょうど八郎潟とおなじ形成だったろうということですね。そして米どころということでは庄内も八郎潟も全く同じです。鳥海山に登れば、庄内も八郎潟も見えるのではないか。そんな想像が膨らみます。(さすがに鳥海山では八郎潟は無理かな(^^) そして庄内平野がまだ海だった頃、羽黒山は海に近い山だったわけでしょうね。羽黒山と言えば、月山、湯殿山とならんで修験道の聖地と言われています。聖山と言われている古今の山は、もしかすれば海からよく見える山であることが条件であったのではないかという、そういう想像が働くのですね。山岳信仰(さんがくしんこう)というのは、まず海から見て、かっこいい山ってのが基本条件であって、こちら四国でも、石鎚山や金毘羅さんがそうなのです。伯耆大山もそうですし、立山、白山、富士、みんなそうですね。古代から船で航行する場合、陸地の目印は大きな山です。とくに見る方角によって山容が変わって見える山が特に有利です。もちろん羽黒山は小さな山であり月山の前山でしかないわけですが、月山は海の航海の目印でありそれが高じて山岳信仰の山になったという気がしてならないんですね。もちろん鳥海山もそうです。目印の月山が見えてくると古庄内湾があり、そこをさらに最上川沿いにたどれば豊かな山形盆地にたどり着くことができる。これは古代の大切な航路であったろうと思うのです。その意味で月山は山形の象徴であり中心地であったわけでしょうね。出羽三山はあくまで月山(その前山の羽黒山)であり、3つ目の湯殿山はかつては鳥海山や葉山がその代わりをしたこともあるそうなので付け足しという感じですかね。ところで月山は1984メートル標高。こちらの石鎚山は1982メートルです。よく似ています。庄内平野は今でこそ豊かな平野ですが、昔は潟湖(浜名湖やサロマ湖のような)であり、砂州で日本海と隔てられていただけだったのでしょう。最上川がもたらす土砂によって次第に陸地化していったわけですが、日本海からの風が強く今の豊かな沃野とするには多くの先人達の努力が必要でした。地図で見るとかつての砂州は現在標高の少しある防風森となっているようです。最上川の河口には酒田市があります。西の堺、北の酒田と言われていたようですが江戸期には大いに栄えた港です。「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と言われた酒田本間家が酒田市にありますね。戦後の農地開放までは日本最大の地主と言われた豪商です。1750ヘクタールあった農地はただ同然で売り渡され、本間家には4ヘクタールのみが残存したそうです。https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1388544048左翼系の人には不人気な地主階級の本間家ですが、塩害対策の植林などの功績があるわけで、また藩の財政も支えていたということでその功績には多大なものがあるようです。本間家のような地方豪商は日本各地に存在し、こちら香川でも東讃の佐野家(井筒屋)や多度津の七福神と言われる豪商達が有名です。現在、彼ら豪商の残された邸宅などの保存を通じて再評価がなされています。
さすがにもう平野部には雪は完全に無くなっているようですね。(^^ゞ普通、県都と言えば海沿いにあるのが普通ですが、山形では県中央の盆地に所在するようです。山形県は盆地が大きくて広い。蔵王に登ればそれら盆地平野が眼下に見渡せると思うのですが、上手くいけば日本海と太平洋を同時に見ることができるんですかね。私が持っている山形県の地図(昭文社)では、新庄盆地、山形盆地は緑色で、薄緑色が米沢盆地です。つまり新庄盆地も山形盆地も標高は100~200メートルまで。米沢盆地が300メートルまで。そんなところですが、不思議に庄内平野は色が違うんです。ピンク色になっていて、それは標高が20メートル以内であるということのようです。ということは、庄内平野は少し前までは潟になっていて湿地帯か浅い海であったということでしょう。ちょうど八郎潟とおなじ形成だったろうということですね。そして米どころということでは庄内も八郎潟も全く同じです。鳥海山に登れば、庄内も八郎潟も見えるのではないか。そんな想像が膨らみます。(さすがに鳥海山では八郎潟は無理かな(^^) そして庄内平野がまだ海だった頃、羽黒山は海に近い山だったわけでしょうね。羽黒山と言えば、月山、湯殿山とならんで修験道の聖地と言われています。聖山と言われている古今の山は、もしかすれば海からよく見える山であることが条件であったのではないかという、そういう想像が働くのですね。山岳信仰(さんがくしんこう)というのは、まず海から見て、かっこいい山ってのが基本条件であって、こちら四国でも、石鎚山や金毘羅さんがそうなのです。伯耆大山もそうですし、立山、白山、富士、みんなそうですね。古代から船で航行する場合、陸地の目印は大きな山です。とくに見る方角によって山容が変わって見える山が特に有利です。もちろん羽黒山は小さな山であり月山の前山でしかないわけですが、月山は海の航海の目印でありそれが高じて山岳信仰の山になったという気がしてならないんですね。もちろん鳥海山もそうです。目印の月山が見えてくると古庄内湾があり、そこをさらに最上川沿いにたどれば豊かな山形盆地にたどり着くことができる。これは古代の大切な航路であったろうと思うのです。その意味で月山は山形の象徴であり中心地であったわけでしょうね。出羽三山はあくまで月山(その前山の羽黒山)であり、3つ目の湯殿山はかつては鳥海山や葉山がその代わりをしたこともあるそうなので付け足しという感じですかね。ところで月山は1984メートル標高。こちらの石鎚山は1982メートルです。よく似ています。庄内平野は今でこそ豊かな平野ですが、昔は潟湖(浜名湖やサロマ湖のような)であり、砂州で日本海と隔てられていただけだったのでしょう。最上川がもたらす土砂によって次第に陸地化していったわけですが、日本海からの風が強く今の豊かな沃野とするには多くの先人達の努力が必要でした。地図で見るとかつての砂州は現在標高の少しある防風森となっているようです。最上川の河口には酒田市があります。西の堺、北の酒田と言われていたようですが江戸期には大いに栄えた港です。「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」と言われた酒田本間家が酒田市にありますね。戦後の農地開放までは日本最大の地主と言われた豪商です。1750ヘクタールあった農地はただ同然で売り渡され、本間家には4ヘクタールのみが残存したそうです。https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1388544048左翼系の人には不人気な地主階級の本間家ですが、塩害対策の植林などの功績があるわけで、また藩の財政も支えていたということでその功績には多大なものがあるようです。本間家のような地方豪商は日本各地に存在し、こちら香川でも東讃の佐野家(井筒屋)や多度津の七福神と言われる豪商達が有名です。現在、彼ら豪商の残された邸宅などの保存を通じて再評価がなされています。
3 zzr 2017/4/24 06:24 kusanagiさん、おはようございます。大昔の庄内平野は暖かくて浅い海だったようで標高500メートル位の場所から珪藻土やサメの化石が出てます。砂丘があって海岸から月山が見える場所は少ないですが沖からなら見えるのかな。月山の頂上からは温海岳、鳥海山や蔵王連邦、朝日岳が見えます。天気の良い日は磐梯山も見えるそうです。この磐梯山が無かったら富士山も確認できたらしいです ^_^
kusanagiさん、おはようございます。大昔の庄内平野は暖かくて浅い海だったようで標高500メートル位の場所から珪藻土やサメの化石が出てます。砂丘があって海岸から月山が見える場所は少ないですが沖からなら見えるのかな。月山の頂上からは温海岳、鳥海山や蔵王連邦、朝日岳が見えます。天気の良い日は磐梯山も見えるそうです。この磐梯山が無かったら富士山も確認できたらしいです ^_^
4 tonton 2017/4/24 19:06 こんばんは化石になる程、大昔の鮫…。日本の地質学、化石調査の現在は恐竜大国「ニッポン」となっていると言います。サメじゃなくて恐竜かもしれませんよ。
こんばんは化石になる程、大昔の鮫…。日本の地質学、化石調査の現在は恐竜大国「ニッポン」となっていると言います。サメじゃなくて恐竜かもしれませんよ。
5 zzr 2017/4/25 05:44 tontonさん、おはようございます。歯の化石が出る所は恐竜の時代ほど古い地層ではないらしいです。大きさも1〜2センチ位だし ^_^;暖かい海だったというのが不思議な感じです。今より温暖だったのか、もっと南に位置してたのか。
tontonさん、おはようございます。歯の化石が出る所は恐竜の時代ほど古い地層ではないらしいです。大きさも1〜2センチ位だし ^_^;暖かい海だったというのが不思議な感じです。今より温暖だったのか、もっと南に位置してたのか。
6 tonton 2017/4/28 21:50 昔は古代生物の化石ってアンモナトや三葉虫みたいな小さなものがメインでしたね。大型になってナウマンゾウくらいだったようです。恐竜化石が発見され、日本にも恐竜がいたんだ@@!と認識されたのはほんの最近のことのようです。こんなのというかそんなの幾つも見つけたけれど恐竜化石と思わず、捨てていた(笑)って話がごろごろしていると聞きます。古代って言ってよいのかどうか分かりませんが、同時期に恐竜がいないって思わないほうが良さそうです。だって小さな恐竜(手に乗るくらい)もいますから^^;
昔は古代生物の化石ってアンモナトや三葉虫みたいな小さなものがメインでしたね。大型になってナウマンゾウくらいだったようです。恐竜化石が発見され、日本にも恐竜がいたんだ@@!と認識されたのはほんの最近のことのようです。こんなのというかそんなの幾つも見つけたけれど恐竜化石と思わず、捨てていた(笑)って話がごろごろしていると聞きます。古代って言ってよいのかどうか分かりませんが、同時期に恐竜がいないって思わないほうが良さそうです。だって小さな恐竜(手に乗るくらい)もいますから^^;
1 tonton 2017/4/18 05:05 ソメイの花サイズとさほど変わらないくらい小さな八重桜が咲いてました。先の山寺桜の隣に植わっています。
ソメイの花サイズとさほど変わらないくらい小さな八重桜が咲いてました。先の山寺桜の隣に植わっています。
1 tonton 2017/4/18 05:00 ピンクが濃い桜が時々混じっているサメイヨシノ並木特に色濃い桜のアップを撮ってみました。
ピンクが濃い桜が時々混じっているサメイヨシノ並木特に色濃い桜のアップを撮ってみました。
2 zzr 2017/4/22 19:02 こんばんは。私もピンクがかってるのは見た事ありますがここまで濃いのは記憶に無いです。
こんばんは。私もピンクがかってるのは見た事ありますがここまで濃いのは記憶に無いです。
3 tonton 2017/4/29 21:02 こんばんはソメイヨシノってこれだけアップに見ると白花?!と見えますよねー(^^; 普通。隣に植わっているのが関山「八重桜」なのでフェードイン&アウト演出かも。
こんばんはソメイヨシノってこれだけアップに見ると白花?!と見えますよねー(^^; 普通。隣に植わっているのが関山「八重桜」なのでフェードイン&アウト演出かも。
1 kusanagi 2017/4/17 22:00 放電アルミテープを貼って何も効果がないというのはありません。全て何らかの効果があります。例えば室内に貼って体調を崩すっていうのも、ある意味効果のひとつです。まず最初にzzrさんの車が何なのか。これにより、テープを何処に貼ってどのような効果を期待するのか、という基本計画が最初に必要になるのです。仮に車を中型・小型のSUVのAWDと仮定しましょう。トヨタ・ハリアーとかホンダ・ヴェゼルとかね。こういう車のは、その大きな車輪と車重によって直進安定性は元々良いのです。ですから高速の直進安定性をさらに高める必要はありません。私の車は小さくて非力に車だったので、しかも箱形で空気抵抗が悪い。またサスペンションが柔らかくて、ハンドリングも軽く、直進安定性がとても悪かった。それでアルミテープの目的はただ一つ、高速直進安定性を高めることだったのです。それで中型・小型のSUVのAWDでアルミテープを貼る目的は、空気抵抗の現象、それによる軽快なハンドリングと低燃費という方向になります。むしろ直進安定性はここでは無視します。ちなみにハンドリングが軽くてシャープっていうのは、私の車がそうですけど、運転していてとても楽しいんです。そりゃうそうでしょう、まっすぐしか走らない車なんて面白いはずがありませんから。なお、直進安定性と軽快なハンドリングは相反するものであり、どちらに振るのかという問題です。この写真をオリジナル拡大をしてみますと、タイヤハウスの縁、ホイールアーチの部分、テープを貼っているのが分かるでしょうか。このテーピングによって直進安定性は増しました。このタイヤの部分は空気抵抗が特に発生するところで、ホントはカバーがあれば良いんですがそうもいきません。テープの幅は3センチを半分に切って巻きつけました。ついてに言うと、アーチ内部のプラスチックカバーにも貼っているんですけどね。大型タイヤのSUVではこのアーチは巨大であり、テーピングによって大きな効果が得られるでしょう。さらに、アルミホイールの部分も注視してください。細かな小片のアルミテープをたくさん貼っています。これにより軽快なハンドリングが得られます。実はボディ各部にテープを貼って、直進安定性がよくなったものの軽快なハンドリングが無くなったので、それでホイールに貼ったんですね。ホイールのテープは外側だけでなく内面のフラットな部分にも貼ってます。1本当たり数十枚貼ってますよ。ギザギザハサミで空気との接触面を増やしています。このホイールに貼るのは、ハンドリングだけでなく確実に空気抵抗、及び燃費に好影響があると考えています。ブレーキ冷却にも効果があるかもしれません。特にホイールの大きなSUVに絶大な効果があるものと推察できます。なお、テープはアルミで十分でありステンレステープの必要はありません。ホイールのテーピングは、そもそも路面とタイヤとの摩擦から膨大な静電気が発生するのですから、それを出来る限りボディに伝えない為のものであり、非常に効果があるのだと思ってます。タイヤに貼るのが一番効果的ですが、タイヤに貼っても剥がれ落ちてきます。ですから、ホイールのテービングは、ただ単に走行中の空気摩擦の低減効果だけではないのです。ここは非常に重要なポイントなんです。次はフロント及びサイドのアンダースポイラーの部分です。私の車は、以前付けていたフロント下部スポイラー部分のテープは取り除きました。実はサイド下部にテープを貼って、それで直進安定性が大きく削がれたことから、フロント部分も剥がしたのです。それはどういうことかというと、私の車では車体下部には空気を入れないようにするのが良いということなんですね。ですからイメージとしては、車体下の空気は前方や両サイドに力ずくで押し出して走るというイメージです。つまりそれが本来のスポイラーの意味そのものなんですが。しかしながら中型・小型のSUVのAWDとなりますと、むしろ積極的に車体アンダーにも空気を流し込むのが空気抵抗・好燃費としては良いのではないかと考えることもできます。つまりSUVは最低地上高が十分にあり、また最新の車だと車体下部はわりとフラットです。それでフロントパンパーのスポイラー部分の下部にもテープを貼って良いのだし、リアスポイラーは当然に貼っても構わないということになります。流石にサイド下部のテープはどうかな?というところですが、やはり此処は貼らないほうが無難でしょう。前方下部から入った空気はストレートにリアにまで流して排出するっていうイメージですかね。下手にサイドにまで空気が流れると直進安定性やハンドリングに悪影響があると思うからです。以上、ホイールアーチ、アルミホイール、スポイラー下部の話をしましたが、これらは貼ったとしても外観上の美観を損ねません。それから、私の車の外観からは見えない部分、例えばエンジンルームやドアの内側(室内ではなくて)の部分にも相当に貼っているんですよ。バンパーだって外から見えない下側部分にも貼っています。とにかく出来る限り、ボディに帯電した静電気を車外に放電させる。そういう考えでやっています。ただし今回書いたように、絶対に室内には貼らないこと。これは守ってください。車内の空気が汚染されて人体に悪影響がありますから。エンジンルーム内ではエアインテーク関係は徹底して貼ってます。ここもダクトの中を高速で空気が流れますからね。それへの静電気対策です。それからサスペンションのショックアブゾーバーの部分も貼ってます。私はステンレステープを貼りましたがこれもアルミで十分です。ショックアブゾーバー内にはオイルとか空気が入っていて常に激しい上下運動に晒されています。此処に溜まる静電気を逃がすのは効果的で、乗り心地や性能を高めます。この部分も外からは見えません。マフラーは出口の細いパイプ部分に貼ってます。太鼓の部分にも貼りましたが剥がれましたね。テーピングのコツは少しづづ効果を自分で確かめながら貼っていくことです。そうしないと効果が分からなくなるからです。テープはホームセンターのもので十分。一応は日本製のが信頼できるようです。(接着糊が薄くないと電荷を伝えにくい為) 後はカッターやハサミ、ギザギザハサミ(百均のはダメ)くらいです。最初に述べたように、中型・小型のSUVでは放電アルミテープは、燃費の改善(つまり空力を良くすること)と、軽快なハンドリングを達成することを目的とすべきでしょう。やってみれば非常に面白い。自分の車がまったく別の車になったような効果が得られます。
放電アルミテープを貼って何も効果がないというのはありません。全て何らかの効果があります。例えば室内に貼って体調を崩すっていうのも、ある意味効果のひとつです。まず最初にzzrさんの車が何なのか。これにより、テープを何処に貼ってどのような効果を期待するのか、という基本計画が最初に必要になるのです。仮に車を中型・小型のSUVのAWDと仮定しましょう。トヨタ・ハリアーとかホンダ・ヴェゼルとかね。こういう車のは、その大きな車輪と車重によって直進安定性は元々良いのです。ですから高速の直進安定性をさらに高める必要はありません。私の車は小さくて非力に車だったので、しかも箱形で空気抵抗が悪い。またサスペンションが柔らかくて、ハンドリングも軽く、直進安定性がとても悪かった。それでアルミテープの目的はただ一つ、高速直進安定性を高めることだったのです。それで中型・小型のSUVのAWDでアルミテープを貼る目的は、空気抵抗の現象、それによる軽快なハンドリングと低燃費という方向になります。むしろ直進安定性はここでは無視します。ちなみにハンドリングが軽くてシャープっていうのは、私の車がそうですけど、運転していてとても楽しいんです。そりゃうそうでしょう、まっすぐしか走らない車なんて面白いはずがありませんから。なお、直進安定性と軽快なハンドリングは相反するものであり、どちらに振るのかという問題です。この写真をオリジナル拡大をしてみますと、タイヤハウスの縁、ホイールアーチの部分、テープを貼っているのが分かるでしょうか。このテーピングによって直進安定性は増しました。このタイヤの部分は空気抵抗が特に発生するところで、ホントはカバーがあれば良いんですがそうもいきません。テープの幅は3センチを半分に切って巻きつけました。ついてに言うと、アーチ内部のプラスチックカバーにも貼っているんですけどね。大型タイヤのSUVではこのアーチは巨大であり、テーピングによって大きな効果が得られるでしょう。さらに、アルミホイールの部分も注視してください。細かな小片のアルミテープをたくさん貼っています。これにより軽快なハンドリングが得られます。実はボディ各部にテープを貼って、直進安定性がよくなったものの軽快なハンドリングが無くなったので、それでホイールに貼ったんですね。ホイールのテープは外側だけでなく内面のフラットな部分にも貼ってます。1本当たり数十枚貼ってますよ。ギザギザハサミで空気との接触面を増やしています。このホイールに貼るのは、ハンドリングだけでなく確実に空気抵抗、及び燃費に好影響があると考えています。ブレーキ冷却にも効果があるかもしれません。特にホイールの大きなSUVに絶大な効果があるものと推察できます。なお、テープはアルミで十分でありステンレステープの必要はありません。ホイールのテーピングは、そもそも路面とタイヤとの摩擦から膨大な静電気が発生するのですから、それを出来る限りボディに伝えない為のものであり、非常に効果があるのだと思ってます。タイヤに貼るのが一番効果的ですが、タイヤに貼っても剥がれ落ちてきます。ですから、ホイールのテービングは、ただ単に走行中の空気摩擦の低減効果だけではないのです。ここは非常に重要なポイントなんです。次はフロント及びサイドのアンダースポイラーの部分です。私の車は、以前付けていたフロント下部スポイラー部分のテープは取り除きました。実はサイド下部にテープを貼って、それで直進安定性が大きく削がれたことから、フロント部分も剥がしたのです。それはどういうことかというと、私の車では車体下部には空気を入れないようにするのが良いということなんですね。ですからイメージとしては、車体下の空気は前方や両サイドに力ずくで押し出して走るというイメージです。つまりそれが本来のスポイラーの意味そのものなんですが。しかしながら中型・小型のSUVのAWDとなりますと、むしろ積極的に車体アンダーにも空気を流し込むのが空気抵抗・好燃費としては良いのではないかと考えることもできます。つまりSUVは最低地上高が十分にあり、また最新の車だと車体下部はわりとフラットです。それでフロントパンパーのスポイラー部分の下部にもテープを貼って良いのだし、リアスポイラーは当然に貼っても構わないということになります。流石にサイド下部のテープはどうかな?というところですが、やはり此処は貼らないほうが無難でしょう。前方下部から入った空気はストレートにリアにまで流して排出するっていうイメージですかね。下手にサイドにまで空気が流れると直進安定性やハンドリングに悪影響があると思うからです。以上、ホイールアーチ、アルミホイール、スポイラー下部の話をしましたが、これらは貼ったとしても外観上の美観を損ねません。それから、私の車の外観からは見えない部分、例えばエンジンルームやドアの内側(室内ではなくて)の部分にも相当に貼っているんですよ。バンパーだって外から見えない下側部分にも貼っています。とにかく出来る限り、ボディに帯電した静電気を車外に放電させる。そういう考えでやっています。ただし今回書いたように、絶対に室内には貼らないこと。これは守ってください。車内の空気が汚染されて人体に悪影響がありますから。エンジンルーム内ではエアインテーク関係は徹底して貼ってます。ここもダクトの中を高速で空気が流れますからね。それへの静電気対策です。それからサスペンションのショックアブゾーバーの部分も貼ってます。私はステンレステープを貼りましたがこれもアルミで十分です。ショックアブゾーバー内にはオイルとか空気が入っていて常に激しい上下運動に晒されています。此処に溜まる静電気を逃がすのは効果的で、乗り心地や性能を高めます。この部分も外からは見えません。マフラーは出口の細いパイプ部分に貼ってます。太鼓の部分にも貼りましたが剥がれましたね。テーピングのコツは少しづづ効果を自分で確かめながら貼っていくことです。そうしないと効果が分からなくなるからです。テープはホームセンターのもので十分。一応は日本製のが信頼できるようです。(接着糊が薄くないと電荷を伝えにくい為) 後はカッターやハサミ、ギザギザハサミ(百均のはダメ)くらいです。最初に述べたように、中型・小型のSUVでは放電アルミテープは、燃費の改善(つまり空力を良くすること)と、軽快なハンドリングを達成することを目的とすべきでしょう。やってみれば非常に面白い。自分の車がまったく別の車になったような効果が得られます。
2 zzr 2017/4/22 13:39 Kusanagiさん、こんにちは。車の四つ角、スポイラーの内側に貼ってみようかと考えてます。ルーフレールの内側、リアウィンドウの縁とかはどうでしょうか。目立たないように中に沢山貼るつもりでしたが室内はダメなんですよね。
Kusanagiさん、こんにちは。車の四つ角、スポイラーの内側に貼ってみようかと考えてます。ルーフレールの内側、リアウィンドウの縁とかはどうでしょうか。目立たないように中に沢山貼るつもりでしたが室内はダメなんですよね。
3 kusanagi 2017/4/23 00:13 放電アルミテープはどこに貼っても必ず何らかの効果があります。その効果を自分で確かめながらやっていきましょう。(^^荷物を乗せる為のルーフレールとかサイドミラーとかいう突起物は、そこにテープ貼れば静電気を放出し空気抵抗や騒音の低減に効果があります。(騒音といえばタイヤノイズもそうですね。ブリジストンのレグノは低騒音タイヤで人気ですが、アルミホイールに貼っても騒音低減になるみたいです)トラックなどは突起物の固まりなんですが、サイドミラーを始めとして各所に貼っていけば燃費向上が見込めると踏んでいます。ボデイの先端部、後端部は空気の流れを切り裂き、そして剥離させる重要な部分ですので、効果は大です。原理として車の前端に貼れば直進安定性が増し、後端に貼ればハンドリングが軽くなるというイメージですかね。空に飛ぶ凧には尻尾を付けますが、この尻尾は敢えて空気抵抗を増すことで凧の安定性を得えているわけです。スポイラーもこれと同じ考えです。しかし尻尾もスポイラーも動作の安定性には良くても、空気抵抗が増しますので速度や燃費、騒音の元です。ですからそれらを上手く制御しながらトータルとして、各種の性能を上げてやる。それがテーピングの醍醐味ですかね。リヤウインドウの端などは外側に貼っても視界には影響はなく、且つガラスに溜まった静電気を放出するので効果大です。私はアルミテープにマジックインキを塗り黒くして貼っています。マジックインキは洗剤で洗うと取れますが雨くらいでは大丈夫です。車の後端。とくにバンタイプのスタイルですと後端はスパっと裁ち落としですので、空気の流れを大きくかき回して、それが空気抵抗となり速度と燃費にマイナスとなっています。後端部の各所にテーピングをすることにより少しでも空気の抵抗や撹乱を減らせられれば効果は大きいです。室内だけはテーピングを控えましょう。これは喩えて言えば排気ガスを室内に放出するのと同じだということです。エンジンにとっては車外であろうが室内であろうがガスが排出できれば同じですが、乗っている人間にとっては大変なことになりますね。室内には一切、テープは貼らないこと。また運転席側の窓を開けても車外に貼っているテープの放電が流れ込まないようにしなければなりません。
放電アルミテープはどこに貼っても必ず何らかの効果があります。その効果を自分で確かめながらやっていきましょう。(^^荷物を乗せる為のルーフレールとかサイドミラーとかいう突起物は、そこにテープ貼れば静電気を放出し空気抵抗や騒音の低減に効果があります。(騒音といえばタイヤノイズもそうですね。ブリジストンのレグノは低騒音タイヤで人気ですが、アルミホイールに貼っても騒音低減になるみたいです)トラックなどは突起物の固まりなんですが、サイドミラーを始めとして各所に貼っていけば燃費向上が見込めると踏んでいます。ボデイの先端部、後端部は空気の流れを切り裂き、そして剥離させる重要な部分ですので、効果は大です。原理として車の前端に貼れば直進安定性が増し、後端に貼ればハンドリングが軽くなるというイメージですかね。空に飛ぶ凧には尻尾を付けますが、この尻尾は敢えて空気抵抗を増すことで凧の安定性を得えているわけです。スポイラーもこれと同じ考えです。しかし尻尾もスポイラーも動作の安定性には良くても、空気抵抗が増しますので速度や燃費、騒音の元です。ですからそれらを上手く制御しながらトータルとして、各種の性能を上げてやる。それがテーピングの醍醐味ですかね。リヤウインドウの端などは外側に貼っても視界には影響はなく、且つガラスに溜まった静電気を放出するので効果大です。私はアルミテープにマジックインキを塗り黒くして貼っています。マジックインキは洗剤で洗うと取れますが雨くらいでは大丈夫です。車の後端。とくにバンタイプのスタイルですと後端はスパっと裁ち落としですので、空気の流れを大きくかき回して、それが空気抵抗となり速度と燃費にマイナスとなっています。後端部の各所にテーピングをすることにより少しでも空気の抵抗や撹乱を減らせられれば効果は大きいです。室内だけはテーピングを控えましょう。これは喩えて言えば排気ガスを室内に放出するのと同じだということです。エンジンにとっては車外であろうが室内であろうがガスが排出できれば同じですが、乗っている人間にとっては大変なことになりますね。室内には一切、テープは貼らないこと。また運転席側の窓を開けても車外に貼っているテープの放電が流れ込まないようにしなければなりません。
4 kusansgi 2017/4/24 21:55 追記︰放電アルミテープ。室内のものは全部外して1ヶ月になるんですが、それで剥がしても車の挙動には変化がなかったと前に書きました。これはやはり間違いでした。なるほど通常道の時速80キロまでは何ら影響はでなかったです。ところが高速道に乗って走って見ますと、100~120キロ時のレンジですが、やはりかなり直進安定性は損なわれていました。それで試しにステアリングコラム下のカバーに3~5センチのテープを2枚、ステアリングそのもの(裏側です)に3センチ四方のものを2枚。合計4枚を貼って走行試験をしました。そうするとピタッと安定するんですね。(^^ゞこれは参っちゃいましたね。トヨタが言うとおり、室内のステアリング関係のテーピングは凄く効果があるんですよ。実はステアリングのアームロッドには既に貼ってます。これは車体下部にあります。しかしそんなものとは関係なしに、ステアリングとステアリングコラムカバーのテーピングは極めて直進安定性に威力があるんですよ。もっともこれは私のチビボロ箱車が背伸びして高速道を走るっていう話なので、大きい普通車に乗っている人、軽でも最新の車だと元々直進安定性は良いのだからテーピングの必要はありません。そこのところは誤解がないようにしてください。そんなわけで、私の場合、高速道を使って遠出をするときだけ、室内に(ステアリング関係)テープを貼ることにしました。やむを得ずなので通常は外します。ちなみに、試験走行で行きはテープ無しで走り、帰りはテーピングして帰ったのですが、帰りの走行は、何だか室内がヒンヤリするというか皮膚感覚的にガサつくという感じがありました。それから何か金属の臭いがする感じも。これは感覚的なものなんですが決して良い感覚ではありませんね。積極的な外気の入れ替えが求められます。それと同時に、ホイールのテーピングを前輪だけですが、さらに貼り増ししました。これは通常走行でも気づくほどに、走行中タイヤノイズが低くなったのが分かりました。1センチ~3センチ、5センチのギザギザ切りしたテープを1車輪当たり50枚ほど貼りましたかね。アルミテープで走行音が低くなるというのはボディ関係もそうですが、そういう風切り音だけでなく、ホイールに貼ればタイヤのロードノイズも低くなる。これは見逃せませんね。それにしても、以前はノロノロと走っているトラックの後ろをひたすら隠れるように走っていたんですが、今ではトラックは全部追い越していけますね。何か知らんが、お前も随分と偉くなったやないか。と揶揄されそうですが(^^ゞ、それほどに性能が上がったのは全てこれ、放電アルミテープのお陰です。それに合わせて、タイヤは12から14インチにしましたし、ガソリンもハイオクになりました。しかしそれ以外は何もしていません。以前と比べて断然速いし何よりも安定しているし、乗り心地も良くなり、騒音も静かになっている。それらはぜーんぶ、アルミテープのせいなんですよ。まあ、世の中にはこんな感じで、力ずく金ずくでなく、考え方一つでスマートにやれることってあるんですよね。(^^ まあ良い勉強になりましたよ。
追記︰放電アルミテープ。室内のものは全部外して1ヶ月になるんですが、それで剥がしても車の挙動には変化がなかったと前に書きました。これはやはり間違いでした。なるほど通常道の時速80キロまでは何ら影響はでなかったです。ところが高速道に乗って走って見ますと、100~120キロ時のレンジですが、やはりかなり直進安定性は損なわれていました。それで試しにステアリングコラム下のカバーに3~5センチのテープを2枚、ステアリングそのもの(裏側です)に3センチ四方のものを2枚。合計4枚を貼って走行試験をしました。そうするとピタッと安定するんですね。(^^ゞこれは参っちゃいましたね。トヨタが言うとおり、室内のステアリング関係のテーピングは凄く効果があるんですよ。実はステアリングのアームロッドには既に貼ってます。これは車体下部にあります。しかしそんなものとは関係なしに、ステアリングとステアリングコラムカバーのテーピングは極めて直進安定性に威力があるんですよ。もっともこれは私のチビボロ箱車が背伸びして高速道を走るっていう話なので、大きい普通車に乗っている人、軽でも最新の車だと元々直進安定性は良いのだからテーピングの必要はありません。そこのところは誤解がないようにしてください。そんなわけで、私の場合、高速道を使って遠出をするときだけ、室内に(ステアリング関係)テープを貼ることにしました。やむを得ずなので通常は外します。ちなみに、試験走行で行きはテープ無しで走り、帰りはテーピングして帰ったのですが、帰りの走行は、何だか室内がヒンヤリするというか皮膚感覚的にガサつくという感じがありました。それから何か金属の臭いがする感じも。これは感覚的なものなんですが決して良い感覚ではありませんね。積極的な外気の入れ替えが求められます。それと同時に、ホイールのテーピングを前輪だけですが、さらに貼り増ししました。これは通常走行でも気づくほどに、走行中タイヤノイズが低くなったのが分かりました。1センチ~3センチ、5センチのギザギザ切りしたテープを1車輪当たり50枚ほど貼りましたかね。アルミテープで走行音が低くなるというのはボディ関係もそうですが、そういう風切り音だけでなく、ホイールに貼ればタイヤのロードノイズも低くなる。これは見逃せませんね。それにしても、以前はノロノロと走っているトラックの後ろをひたすら隠れるように走っていたんですが、今ではトラックは全部追い越していけますね。何か知らんが、お前も随分と偉くなったやないか。と揶揄されそうですが(^^ゞ、それほどに性能が上がったのは全てこれ、放電アルミテープのお陰です。それに合わせて、タイヤは12から14インチにしましたし、ガソリンもハイオクになりました。しかしそれ以外は何もしていません。以前と比べて断然速いし何よりも安定しているし、乗り心地も良くなり、騒音も静かになっている。それらはぜーんぶ、アルミテープのせいなんですよ。まあ、世の中にはこんな感じで、力ずく金ずくでなく、考え方一つでスマートにやれることってあるんですよね。(^^ まあ良い勉強になりましたよ。
1 kusanagi 2017/4/16 21:37 イナゴの赤ちゃん?
イナゴの赤ちゃん?
2 tonton 2017/4/17 05:40 触覚が長~いヒゲタイプなのでキリギリスの仲間だと思います。クサキリ、ヤブキリ、キリギリスあたりでしょうか。イナゴは触覚が太く短いバッタ系なのです。殿様バッタは仮面ライダー一号のモデルになりました。
触覚が長~いヒゲタイプなのでキリギリスの仲間だと思います。クサキリ、ヤブキリ、キリギリスあたりでしょうか。イナゴは触覚が太く短いバッタ系なのです。殿様バッタは仮面ライダー一号のモデルになりました。
3 kusanagi 2017/4/17 21:58 なるほど。触覚が長いのでキリキリ系なんですね。(^^ゞこういうちっちゃな虫達ですけど、まだまだカメラで捉えられるわけで、これより小さくなると顕微鏡とかになります。もっと小さくなると電子顕微鏡とか。とにかく皆んな、精一杯生きてます。野鳥も雑草も、これは人様の真似事なんですけど、やってみれば面白いじゃないか。得られるものがあるんだと思いました。写真って自分本意の思いあがりでばかりやっていてはいけないところがありますね。少し学んだのは、こういう撮影は光学ファインダーがありがたいです。最初はライブビュー撮影で臨んだのですが、ぜんぜんダメで光学ファインダーに切り替えました。光学式アングルファインダーも用意して置けば良かったと思うほど。ほんとはこういうちっちゃな世界は、レンズミリ数の小さなコンデジ系が描写的に良かろうと思うのですが、光学式でないためピントが合っているかどうか分からないんですね。
なるほど。触覚が長いのでキリキリ系なんですね。(^^ゞこういうちっちゃな虫達ですけど、まだまだカメラで捉えられるわけで、これより小さくなると顕微鏡とかになります。もっと小さくなると電子顕微鏡とか。とにかく皆んな、精一杯生きてます。野鳥も雑草も、これは人様の真似事なんですけど、やってみれば面白いじゃないか。得られるものがあるんだと思いました。写真って自分本意の思いあがりでばかりやっていてはいけないところがありますね。少し学んだのは、こういう撮影は光学ファインダーがありがたいです。最初はライブビュー撮影で臨んだのですが、ぜんぜんダメで光学ファインダーに切り替えました。光学式アングルファインダーも用意して置けば良かったと思うほど。ほんとはこういうちっちゃな世界は、レンズミリ数の小さなコンデジ系が描写的に良かろうと思うのですが、光学式でないためピントが合っているかどうか分からないんですね。
1 kusanagi 2017/4/16 21:35 これは小蝿?
これは小蝿?
2 tonton 2017/4/17 05:44 ちっちゃな黄色いツメクサ「コメツブツメクサ」にとまるちっちゃいの。蝿とアブの区別は曖昧だそうです。私にはアブに見えましたけど。
ちっちゃな黄色いツメクサ「コメツブツメクサ」にとまるちっちゃいの。蝿とアブの区別は曖昧だそうです。私にはアブに見えましたけど。
3 kusanagi 2017/4/17 21:58 頭の角のトンガリをみるとアブ系でしょうか。それにしても今回、こんなちっちゃな世界の写真を撮ったのは初めてなんで、こういう世界もあるんだなって関心をしています。日頃は足で踏んづけて平気な雑草でしたが、そこにも花が咲き、そして虫も懸命に生きているということを知りました。
頭の角のトンガリをみるとアブ系でしょうか。それにしても今回、こんなちっちゃな世界の写真を撮ったのは初めてなんで、こういう世界もあるんだなって関心をしています。日頃は足で踏んづけて平気な雑草でしたが、そこにも花が咲き、そして虫も懸命に生きているということを知りました。
1 kusanagi 2017/4/16 21:33 小さな花も拡大すると花びらがシャーベットみたいになるんですね。
小さな花も拡大すると花びらがシャーベットみたいになるんですね。