Capture Oneソフトウェア 作例

無題

いっぽう欧米の西欧人にとって日本とは、彼らが生み出した西欧文明というものが決してローカルな存在 ではなくて、全世界に全人類に奉仕できる存在であるということを証明してくれているようなものです。 ロシアやチャイナのように西欧文明を歪んだ形で取り入れるのではなく、自由と民主主義という高度な 形態すらも日本は実現してくれているということで、それこそが西欧文明の正しさを具現してくれている というわけですから。つまり西欧文明は普遍的価値を持つということ、日本はその証明でもあるんです。 どうぞ世界中の方々、この日本の国に巡礼に来てください。イスラム教徒が一生に一度はメッカを訪れる ように、世界中の人々はこの日本に来ることで平和な世界文明の信徒としての証しを得ることができますので。

無題

日本の神社神道というものが、実は古代オリエントからの文化の招聘であることを知りました。古来の 日本独自の自然宗教とミックスはしていますが、神社や神道には数多くの古代ヘブライの文化が色濃く 流れているようです。 日本には仏教、儒教というアジアの文化の歴史もありますがそれだけではなかったというわけです。 日本の文化が生まれた幼初期に西欧の文明と根を同じくするオリエントの文明文化の洗礼を受けていた というわけですね。これは画期的な歴史観であり、新しい日本の立ち位置を指し示すものとなります。 日本が近代以降、さほどの軋轢もなくすんなりと西欧文明を受け入れ消化でき得た秘密のひとつともなっ ているような気がします。 それは過去の世界の歴史において、現在と同じようなグローバルな時代があったのだ、ということでも あるのでしょう。日本はそれを具現化していた国であり、またこれからの世界の未来も日本が指し示して いるということでもあるのでしょう。世界の未来を見たければ日本に巡礼に行くしかない。そう思って 頂だけるといいんですげとね。

無題

この古代グローバル時代において、オリエントの文明の影響を受けたというのは日本だけに限らないわ けです。当然に東アジア全体に影響が及んでいるはずです。しかしその影響が眼に見える形で色濃く 残っているのが日本であるということができます。日本は何でも古いものを捨てないで大事にして残して しまう。そういう特質があると思います。 それを訪問者が発見してくれたならば面白いですよね。その日本に於ける発見を今度は自国にあてがっ て見て、彼ら祖国をもう一度見直せればこんなに有意義なことはありません。

無題

X-JAPANというロックバンドがありました。私は音楽のことは無知なんですが調べると世界に通用する 音楽性を持っていることを知りました。これに世界中の若い人々が熱狂したようです。 https://www.youtube.com/watch?v=vX3BgaPdH28 その理由のひとつは完全なまでに西欧音楽を習得していたということでしょう。極東のアジアの国の 人間が、御本家の人以上に西欧の音楽の素質を身につけていた。そう考えると実に面白いです。 X-JAPANに関しては、ヨシキとトシの2人の占いをして見ましたが興味深い相性をしていますね。この 2人がいなければ多分X-JAPANは成功しなかったと思われます。 (ヨシキは1965年11月20日23時生まれ、トシは1965年10月10日16時20分で占いました。ASCはそれぞれ 獅子座と魚座になります。) 彼らが活躍した90年代末、2010年代は、日本が世界から無視・パッシングされていた時代なんですが、 それでも大いに活躍をして日本の名を世界に轟ろかせたというのは、X-JAPANの名に恥じないことで した。

雑感

カメラを知らない一般の人からすると、小型を謳うミラーレスカメラよりも、ペンタプリズムがある故に 大きく見える、重たそう、というデジイチのほうが、カメラとして格上と認識する場合があるようです。 というよりも、実際にそう感じているみたいですね。 イオス5Dシリーズでもバッテリーグリップを着けますと、かなり大きく見え、1D系と変わらない大きさ、 重さとなります。アマチュアではこのバッテリーグリップを嫌うユーザーが多いのですが、私はカメラを 左右の手で常に持つことにしているのでバッテリーグリップは必須です。なければ自作グリップをつけ る程ですから。 カメラを大きく見せるというのは、余計なトラブルを未然に防ぐということでは意味がありそうです。 こちらはプロですよっていう無言の証しとなって、現代で言うところの安全保障における可視的抑止力 というのですかね。(笑) この防衛力、つまり軍事力をきちんと仮想敵国に見せておくという抑止力を展開しておかないと、実際 ウクライナのように実際に攻め込まれてしまうという悲惨な結果となります。つまりなめられてはいかん、 というわけです。 着けるレンズも大きければ大きいほど威圧感が増します。実際のところ、その重さにカメラマン自身が へたばるのですが、まあ世の中というのは得てしてそんなものです。

雑感

キヤノン板 https://photoxp.jp/pictures/222993 久しぶりに一耕人 さんが出てきたとと思いきや、キヤノンミラーレスカメラを引っさげて来ました。 レンズはまだデジイチのもののようです。 ミラーレスカメラに行く場合、デジイチを捨ててミラーレスに完全に鞍替えする場合と、デジイチもとって 置いとくという場合の2形態があるようです。できればデジイチも持っていて欲しいとなと願っています。 ミラーレスカメラを使う場合、もしかすれば大体のユーザーはデジイチからの習性でメカニカルシャッター モードで行く、という場合があるんですかね。よく分かりませんが。 私の場合は完全に意識してデジイチの電磁波被爆を嫌って、それでミラーレスの電子シャッターしかない ということでミラーレスを選びましたので最初から電子シャッターのサイレントモードで使っています。 (極初期のミラーレスは電子シャッターモードがありませんでした) 時代の流れのままにカメラを選ぶ(選ばされる)のと、個人としてきちんと意識してカメラを選ぶっていう 違いがあろうかと思いますが、大概の人は只単に時代の雰囲気でやっていますね。世の中とはだいたい そんなもんです。知らぬが仏っていうところですか。 とは申せ、新しいカメラは良いもんです。(^^ゞ 大昔の中古であっても新しく手にすると多少の写欲が 湧くというもの。

無題

https://photoxp.jp/pictures/222966 https://photoxp.jp/pictures/222967 上記の撮影場所、おそらく栃木県の大平山でしょうか。 https://photoxp.jp/pictures/221600 ウィキペディアでみると、ここ登れば関東平野が一望できるという、でも比較的登りやすい里山と いうことで関心が芽生えていましたが、もし私が関東に行けば是非に行って見たい所ではありますね。 関東平野は広いですし太平洋にも面していますので、遠景は靄がかかり、瀬戸内と同様にかなり 撮影しずらいと所ではあろうかと思います。 しかし山から見下ろす、広大な平野なり盆地の撮影はとても魅力的です。 この2点の写真をみますと、やはり追記と題した、手前の光景を入れて背後に遠景を写し込むという やり方は王道とは言えないまでもひとつのテクニックですよね。私もよく手前にカードレールとか橋の 欄干とか電信柱を入れ込んで主体たる遠景の光景を撮影することが多いです。 写真はある程度は説明的であるほうが見る人にとっては分かりやすいところがあります。 しかしストレートな遠景を精一杯撮影するのは、やはり本人的にはこれが本命というところでしょうか。 とにかく、写真は気軽に行きたい。そんなに頑張らなくてもよいのではないか、ということではスナップ 的な光景写真は好感が持てます。

雑感

AF標準ズームレンズでの撮影。ほぼノーファインダー的なハイアイポイント撮影です。カメラと顔面 は数十センチは開いていますので、カメラを持つ手はともかく顔面頭部の電磁波被爆はあまり気に することはありません。気楽に撮影ができるということで私にとってはデジイチのスタンダードな撮影 手法になります。 光学ファインダーも楽しむことができるし比較的安全であるということも相まって、ミラーレスカメラ での撮影と2分する撮影となっています。

雑感

カメラ、道具として最も優れているのはミラーレスカメラです。何よりも身体に安心安全ですから。 当然に電子シャッターモードで且つ背面スクリーンを両目で見るやり方ですね。 光学一眼レフにMFレンズというのは、あくまでも写真として、また撮影としての理想論や精神論 のことを言っているのであって、現実的には厳しいところがあります。特にショット数の多いヘビー ユーザーは気をつけなければなりません。 このデジイチ+多量撮影でもって病気になられた方を私も少なからず知っています。そういえば この掲示板の中でも認知症を患っておられる方がいますね。だいたいそういう方はフィルム写真 時代をあまり知らず、デジタルになってから写真に夢中になられた方が多いです。 しかし写真をやりすぎて身体を壊すというのは飽くまでも自己責任です。誰に文句を言っても 始りません。遺伝子ワクチンを数多く接種して病気になる、死んでしまうというのと同じものです。 それで一番安全なカメラはミラーレスカメラをAFレンズでもって正統に使うやり方。これはデジイチ のカメラを電子シャッターモードでライブビュー撮影するのと原理的に同じです。 次にはデジイチにAFレンズを着けてアイアイポイント撮影をするケースになります。これは一般的 です。 私の経験で一番厳しいと思うのはMFレンズで良くピントの合うレンズを装着した場合。フォーカス エイド機能を利用して多量に撮影することができます。しかしついついハイアイポイント撮影がルーズ になるわけです。光学ファインダーの魔力に引きつられるといいますか、AFレンズと同じくらいの ショット数をたたき出していて後でびっくりすることがありました。 ですからMFレンズ装着で撮影する場合は自制してショット数を制限しないといけませんね。

無題

私自身は花の写真の撮影はほとんどしないのですが、この掲示板の方々の影響でもって、多少は撮って いるのか、という具合です。本人自身が華がないタイプなので、むしろ朽ち木枯れ葉なんぞが似合いうと 思ってます。 花が好きな人はきっと(同類である)昆虫や小鳥なども写真として撮っているだろと思ってます。 なぜならばそれらは生態学的に同じ仲間であるからですね。受精仲間というか。 つまりは花鳥風月。 最初の花鳥は分かりやすいですが後半の風月はちょっと捻ってますね。花鳥ほどには艶やかではなく、 控え目なところがあります。私としてはその風月の部類で行きたいなっていうところ。 光学一眼レフカメラと、MF単焦点レンズとの組み合わせは、その撮影時に於いての満足感というものは 際立っているということがよくわかりました。そうは言っても同時に撮影そのものにもバテた。というのも 明らかな事実です。しばらくは撮影などしなくても余韻でやっていけそうです。(^^ゞ  コシナ製レンズを今後も使うことができるのかどうか。極めて怪しい限りですがしかしあまり拘ることは しないつもりです。 AFレンズも良いですし、ミラーレスカメラも良いものです。 じはらく積読していた○○県のトリセツ、これを復活して読み込んでいます。

無題

騙されかけました! https://photoxp.jp/pictures/222785 これ面白いです。そういう電話を掛けてくるのは必ず若い人ですね。しかし人との対応をマニュアルで しか学んでいませんので、破綻しそうになるとアドリブが効かず直ぐに逃げ出すようです。多少は自分 は悪いことをやっているという自覚はあるみたいです。しかし人を騙すのに、自分が人を騙していると いう考えが少しでも脳裏にあれば他人は騙せないんですね。 相手が誰であれ若い知らない人から電話が掛かってくれば、失礼千万までに徹底的に話の腰を折って 対応すれば、相手が詐欺であれば大体は向こうから逃げ出していくものです。とにかく知らない今の若い 人を信用してはいけません。今の若い人は自分で考えるという能力が欠けています。 もちろん優秀な人は当然いて、そういう優秀な人と、そうでない人との落差がものすごく大きいです。 昔はこんなに開いてはいなかったように思うんですが。 https://photoxp.jp/pictures/222822 まだフィルムが手に入るんですか?と思いきや、ちょっとだけ期限切れのようです。今のうちに使って おきたいものですね。メガネフレーム、洒落ています。 「いい写真は撮れたかいっ!」 https://photoxp.jp/pictures/222823 そういう掛け言葉は嬉しいですね。かたや、写真とは良い趣味をお持ちで・・・なんて言われるとこそばゆく なります。写真の趣味はいい趣味なんかではありません。どちらかというと悪い趣味に属するんじゃない ですか。(笑) カメラの力というのはありますね。当方も比較的高価に見えるカメラを持参しますのでそのモノの力という ものの裏付けで会話が成り立つというところが大いにあると思います。良い車に乗る。高級な服を着る。 そういう類のもので、人と人との繋がりというものは成り立っているように思います。 若くで美男子でスマートであれば何を着ていてもモテますがね。 ここまで言ってしまうと残念なところがありますが、本当のところは撮影者がどんな風な世界観でもって 写真に対応しているのか、というのが一番大事だと思います。あなたはなぜ写真を撮るの?と問われて、 そこでマニュアル的な返答しか出来ないようではダメです。写真なんて人それぞれですし、楽しければ それでいいんです。なんて言ってるようでは相手に困惑を与えるだけです。自分で考えた写真の力を力説 できるだけの意識を持っていないと、人様の風景の写真を撮ってはいけないのです。 普通の人が我々カメラマンを見て本当に耳目を立てて聞き出したいのは、写真の奥義です。それを知っ ているのはハイアマチュアだけですからね。もちろん私の見ず知らずの偶々であった人にそんな話をした ことはありません。でもスパッと聞かれればすぐさま答える準備は常にできています。常にそういう意識で もって撮影しているからですし、それだからこそ人様の土地でも平気で足を踏み入れられるのですし、 人物盗撮影もできるのです。カメラさえ持てば自分は神である。(笑) 世間の常識を俺に押し付けるな。 そんな具合です。

リンク

人はなぜ光学ファインダーや一眼レフに惹かれるのか https://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/pentax100/1207316.html     写真家・吉村和敏さんにインタビュー なぜ今フルサイズ一眼「レフ」を使っているのかと、改めて問われたならば https://www.gizmodo.jp/2020/03/why-i-use-a-full-frame-dslr-now.html     見たいのは映像じゃなくて、そこにある風景なんだ 今だからこそ手に入れたい一眼レフ。視野率約100%モデルで撮影を楽しもう! https://kakakumag.com/camera/?id=18385     レンズ越しの景色を光学ファインダーで見ながらシャッターを切る 街角写真家・佐々木啓太が一眼レフを使う理由と3つの楽しみ方 https://dc.watch.impress.co.jp/docs/review/special/1136533.html     いろいろ使ってきたけれども、やっぱり光学ファインダーに戻ってきた ファインダーを“のぞく”こと(朝倉) https://www.grblog.jp/article/13050/    カメラのファインダーによって、写真を撮るときの頭の中の思考が変わっているんじゃ    ないかなということ GR meet 門司、ありがとうございました!(まちゅこ。) https://www.grblog.jp/article/5420/  門司港出身の藤原新也さんをゲストに迎えての・・・・・

雑感

下の作表ですが・・・ https://photoxp.jp/pictures/222750 ちょっと間違っているところがありました。というか、夜間室内の机上撮影と、実際の昼間屋外の 場合とは違うところがありますので、これからもっと実践で検証をやっていかないといけませんねえ。 早とちりの危ういままで投稿してしまいました。 イオス+中華製電子コンバーターで使いたいレンズとしては、コンタックスRTS用レンズと、それから 中判レンズを主に使って行きたいと考えています。中判645/67のレンズは安くて手に入りやすい ですし、何といっても画質が良いと感じます。645のイメージサークルがありながらその中心部分 のみを使用するのですから収差は抑えられるだろうというわけです。 そして5Dシリーズよりも1DSシリーズで使いたいと願っています。なんといってもファインダーが明るい ですからね。ピントが良く合うかどうかは別問題として。 皆さんに影響をされて私も花なんかも撮影はしますが、自分の嗜好としては石が好きです。露頭した 岩脈などを見ればつい撮ってしまいますね。また石に着く苔とか地衣類やカビなどもすきです。 ところで春の花の季節になりますと、この掲示板も花の開花に合わせて一気に賑やかになりました。 カメラマンも花と同じで自然な生き物のようですね。(^^ゞ  水も好きなので良く撮ります。こちらは大きな河川がないのでどうしても溜池とか小川になってしまうの が残念ですが。 里山を歩くのが趣味であり、そうすると田畑や溜池があり、そして神社や祠が付随しているので、石灯籠 や石地蔵や狛犬なども被写体になりました。 街中をスナップ撮影をするかのように私は里山を歩いて撮っていきます。私の写真と散歩の歩きはセット になっているようです。 昔は村祭りなんかも撮影していましたが、今は気が向くままに人の居ない里山を歩くだけです。取り立て て特定の被写体を撮りたいという意欲はなくなっていますが歳をとったということかもしれません。 気が向くままに目の前に映るものを撮っていたい。そんな感じですね。随分とぐうだらな撮影ですか。 写真は自分の体力を維持したいという願いが大きく占めています。それにはカメラを持参して歩くという ことが効果的だと信じているので、もうそれ以上の興味は次第になくなりつつありますかね。 ぐうだらなカメラマンですが行けるところまで行きたいものです。 ここ数か月ほどは仕事に忙しかったのでこれから多少は意欲を持ってやれるかもしれません。もっと ゆとりのある生活をしたいものだと願っていますが(本も積ん読が進んで)、昨今の経済状況がなかなか それを許してはくれませんね。

雑感

最近アマゾンで購入した電子接点付き中華製マウントアダプターのメモ (バシュポ) Pixco 電子接点付きマウント変換アダプター コンタックス用・・・・ボディはイオス。何年か前に購入したものと、今回買った3個で合計4個あり             古いものは新しいボディでフォーカスエイドが使えず             1DXは合ピンするが露出が晴天下でダメ 手動露出なら使える△ かつPモードで             1DSマーク3は合ピンするが露出が晴天下でダメ 手動露出なら使える△ Pモードで             1DSマーク2 使える★             1DS 画像の両端が正しく記録できず×            5DSはエラーで記録はされるが使えず×             5Dマーク3 使える★             5Dマーク2 使える★             5D ボディに物理的に干渉して装着できない×(注:回転させてはいけない) 二コン用 ・・・・・ ボディはイオス。3個購入した。赤いマーク印のあるものが2個と、ないものが1個             多分、赤点ありが新しく、なしが古いのだろう。なお物理的にボディとの接触が             緩い。スコッチテープで厚さを増すべし。             1DXは装着エラーで使えず×             1DSマーク3は赤点なしは使える。しかし合ピンするが露出が晴天下でダメ                     手動露出なら使える△ Pモードで使う(Aモードは露出がダメ)             1DSマーク2 赤点なしは使える。しかし合ピンするが露出が晴天下でダメ                     手動露出なら使える△ Pモードで。             1DS 画像の両端が正しく記録できず×             5DSはエラーで赤は記録はされるがエラーで使えず。黒は記録もされず×             5Dマーク3 赤点ありは使えるが、なしは使えない。★             5Dマーク2 使える★             5D 赤点ありは使えるが、なしは使えない。★ M42用 ・・・・・・・・・ボディはイオス。白と黒の2個あり             1DXは合ピンするが露出が晴天下でダメ 手動露出なら使える△             1DSマーク3は合ピンするが露出が晴天下でダメ 手動露出なら使える△             1DSマーク2 使える★             1DS 画像の両端が正しく記録できず×             5DSはエラーで記録はされるが使えず×             5Dマーク3 使える★             5Dマーク2 使える★             5D 使える★ メモがてらに書きましたが、電子接点付きアダプターは苦労が多いです。接点なしだとこんなことは ないのですが、それではフォーカスエイドが使えずで、ピントはすごく苦労します。スピーディな撮影 には電子接点付きアダプターは極めて便利です。なお二コンボディでは接点なしで簡易なフォーカス エイド機能が元より備わっていますね。 電子接点付きアダプターが正常に働けば、フォーカスエイドが使えて且つ自動露出で撮影できます。 こういう中華製電子アダプターを使うのではなく、コシナ製などのEFマウントレンズであれば何ら問題 はなく、しかもデジタル時代の新しいレンズなのでピントはほぼ正確に合わすことができますし、当然に 自動露出での撮影が可能です。 私が昔、イオス1DSが出て頃にも一時、マウントアダプターでオールドレンズを使ったことがあるのです がピントを合わせることは大変でありまして、結局長く続けることはできませんでした。その当時に購入 した電子接点のないマウントは多々ありますので、それらはミラーレスのアルファ7で使っています。 イオス1DS系のカメラは圧倒的にファインダーが明るく、5D系とは違います。F値の暗いレンズだと実に あり難く感じます。ピントに関してはフォーカシングスクリーンを、MF用のセンター部がマイクロやスプリット になっているタイプに交換するという手もありますが、私も昔はそうようにしたと思いますがやはり使い にくかったようです。またファインダーの倍率をあげる接眼レンズなどもありますがこれもなかなか不便 でしたね。 純粋にオールド・クラシックレンズを試して使いたいということでは、やはりミラーレスカメラがとても便利 です。そういうのはソニー板で爺児さんがやられていました。 実画像を見ての撮影ですので、これほどに確かなものはなく、解像度やコントラストの低いレンズでも きちんとピントを合わせることができます。ミラーレスカメラであればよくて何もソニーアルファでなくとも、 アダプターさえ入手できればオーケーであって、電子接点アダプターなとは要りません。イオスRや 二コンZでもミラーレス撮影が可能かと思います。 まあ、こういうのはマニア的なでありまして、普通に写真を楽しもうということでは蛇足とか余談とも言え る作法というかテクニックですね。普通に写真を撮るのに飽きてくればこういうのも好いんではないで すか、という程度のものです。

雑感

ミラーレスカメラで撮るオールド・クラシックレンズというのがあります。ソニー板の爺児さんの作例は それになります。アップされたお写真は一見ボヤーっとしているようですが、高品質モニターで見ると これはこれで中々の画像力があり、味わい深いものがあります。もしかすればJPEGで撮影されて いるのかもしれませんね。もしRAWで撮影し厳密に現像処理しますともっともっと画質としては良い ものになったのではないかと内心思っています。 私も爺児さんほどてはないものの、オールドレンズは多少は持っています。たとえばミノルタの古い レンズなどはカメラのモニターを見ているだけでうっとりとするほどの魅力をもっています。 マウントアダプターはソニーNEX・アルファマウントのものも多く持っていて、現行存在するほとんどの レンズがこのソニーアルファ7のカメラで撮影することができます。そのレンズ遊び世界は実に魅力的 であり、私だけでなく多くの人々がこのマウントアダプター世界の虜になっているものと思われます。 しかし私の場合、この世界へのチャレンジを2度ほど挑戦しましたがやはり挫折してしまいました。 理由は簡単でして、その野外の撮影時においてもカメラのモニタースリーンを強く見ることを求められ、 次第にそれに嫌気がさしたからです。 合ピントを人間の眼で手動でするのはかなわん。(笑) というところでしょうか。もしこれがAIを使った フォーカスエイドが実現できれば、ピント合わせには労力を伴わずに撮影できるので再び挑戦したいと 考えています。 それで一眼レフのカメラに於いても、やっぱりフォーカスエイドで合ピンを知らせてくれるのは良いよね。 ということで、それが可能な電子接点付きアダプターにこだわっています。これはイオスの場合ですが 二コンはそんなことをせずとも素のままで簡易表示のフォーカスエイドが効きますのでありがたいです。 イオスの場合は合ピン時に中央の1点ピント表示が赤く光り、そして音で知らせてくれるのがとても良い と思っています。二コンもそうならないかなって設定メニューを探るも無理なようです。 そうはいってもイオスの場合でも、オールドレンズはなかなか正確な合ピンは難しいところがあって、 現行MFレンズは良くても、古いレンズの場合は大変苦労が伴います。 どんなカメラを使っても、もともと画質が鋭敏ではないレンズはMF撮影は難しいのだということかも知れ ません。 オールドレンズはフランジバックの関係から、例えばフランジバックの長い二コンでしたから二コンの レンズしか着かなかったと記憶しています。(中判レンズは可能) ところがフランジバックの短いイオスで したらかなりの異種メーカーのマウントが装着できます。それで昔からマウントアダプター遊びはイオス、 ということになりますね。 イオスマウントでも着かないレンズはあって、ミノルタのMFレンズ、キヤノンのMFレンズなどがそうです。 こういうレンズはミラーレスカメラでしか撮影できません。またレンジファインダーのレンズなども同様で す。 そう考えると何のレンズでも着くミラーレスカメラというのはiPS細胞のような万能細胞みたいなものかも しれません。 一眼レフでマウントコンバター遊びをするのは、ミラーレスカメラが登場する以前の趣味だったようで、 中華製として売られている電子接点アダプターは最新イオスのカメラには接続できないものが多いです。 やはり現在のマウントコンバターによる異種レンズはソニーアルファに代表されるミラーレスカメラに移行 しているようですね。 なおマウントコンバーターには信頼できるものもあります。国産カメラメーカーがリリースしたデジイチの レンズを同社のミラーレス機に着けられるようにしたものです。 私の場合はソニーですのでソニーが出したアルファレンズをAF撮影で動作できるコンバーター。そして シグマが出したソニーミラーレス用の、イオスとシグマカメラのレンズが着くコンバーター。AFできちんと 問題なく撮影ができますね。 同じくミラーレスカメラでよく使っているオリンパスやパナソニックも同様でデジイチ用のレンズがミラーレス で上手く使えます。 最近の中華製のコンバーターではMFレンズをAF化できるものとか、マイナーなコンタックスAFレンズを AFで動作できるコンバーターとか色々とチャレンジがあるようです。マウントアダプターの世界では今なお 進化中であるということでしょうか。 オールドレンズの世界というのは、現行のシャープなレンズ世界とは趣き異にして、一種のカルチャー ショックを味あわせてくれるものかと思います。それでオールドレンズ人気はなかなか収まらないというか これはこれで永遠不変の文化かも知れません。 オールドクラシックレンズ趣味の方はなぜかJPEG撮影で行くという人が多いような気がしています。 ストレートな撮影、画像を弄らない嗜好というのがそうさせるのかも知れませんが、カメラはRAW撮影が 基本であり、もっとも優れた画質を出してくれるものと思います。 しかしRAW撮影で画像処理前提での話となると、これは相当に大変でして、PCモニターの前に釘付け という事態になってしまいます。これを避けるにはやはりJPEG撮影で素のままの設定で画像を出すのが 現在ではベストかもしれませんね。 私が思うに、PCで使うRAW現像ソフトにはこれからAIを搭載して欲しいと期待しています。これだとAIが 初期段階ではユーザーのやり方を見て自分で学習をするのですが、やがて完全なユーザー好みの画像 をAIが自動現像できるようにするというものです。また合ピントで多数撮影した画像もAIが選んでやって くれるという機能も欲しいですね。 こうしますとユーザーは撮影にのみ注力して、画像処理等はAIが自動でユーザー好みの絵を出してくれ るということになります。やがてはこのようになり、これは時間の問題かなって感じますね。 AI現像はメーカーお仕着せのものではなく、飽くまでもユーザーが自分で育てたオーダーメイドのような ソフトですので出現すれば人気を得るものと思われます。 このAIに関してはミラーレスカメラの合ピンにも搭載して欲しいと切に願うところです。ミラーレスカメラの 正確なフォーカスエイド機能にはAIが必要だろうと思うからです。これが実現できればユーザーは、撮影 現場で目を凝らしながらスクリーンを凝視する必要性から解放されます。ユーザーはぼんやりとスクリー ンを見ながら、ピピッと光り鳴ってくれる瞬間にレリーズを押すだけというわけです。撮影のテンションは 上がること請け合いです。(笑) こういう話は一般のユーザーには関係のないところなんですが、その基本はユーザーがメーカーの お仕着せの使い方には従いたくないということに尽きるかと思います。言うなれば今流行りの言葉で 言えば、権威主義的(国家)嗜好ではなく、自由主義的志向で行きたいとなっていうことですかね。(笑) これは自分の写真の行き方、そして自分の人生の生き方にも直結することなので、スルーと長すこと でもないように感じます。 カメラメーカーの言うとおりの写真をやっていくのは詰まらん。というこどてあって、自分の写真は自分の 考え方でやるのだという決意のようなものがなければマウントアダプター遊びはできません。 レンズ交換式カメラの良さは、コンパクトカメラと違い、自分で装着するレンズを選べるということです。 サードパーティ製レンズメーカーというのが昔からありますね。タムロンとかシグマ。最近は中華製も 多々でています。そういうレンズを選ぶというのもユーザーの自由主義的決意の表れかと思います。 大げさですけどね。(笑) キャノンが新しくミラーレスを出したからイオスRには専用レンズを着けなくてはと、信じて疑わないのが 権威主義的嗜好であって、大人しく羊のように人生を生きるということにも繋がるというわけです。 もちろんそういう人たちが多数派であってまあ8割はそういう方々でしょう。 しかしそういう生き方はしないという人たちも2割くらいはいて、そういう方が緩くはシグマやタムロンの レンズを買い、もっと行けばマウントアダプターで異種メーカーのレンズを着けて使いたいということに なるものと考えます。 マウントアダプターとかコンバーターとか言われるゲテモノ趣味というのは、最終的にはその方の、 ユーザー自身の写真に対する考え方や、御自身の人生の行く方にまで関係してくるものだと私は考え ているのです。 いやー、そこまで深く考えなくても、要するに異種レンズを着けたカメラはカッコイイんです。(笑) 本当にかっこよくて自分でもうっとりするほどで、アダプター文化というのは、このカッコ良さのオタク的 カメラ文化なのではないかなっていうことですかね。他人が持っている在り来たりのカメラとはぜんぜん 違う。オンリーワンであるということ。もうこれに尽きるかと思ってます。 私の場合はレンズだけでなく、カメラのグリップとかストラップとかフードとか、そういうものにも自分だけ のオリジナリティに拘っています。つまりはカメラスタイルに徹底的こだわりたいということ。 こういうのはもう、徹底的に自分は我がままであるということの証しでしょうか。(笑) この世間、我を 通すことがなかなか出来ないわけなので、せめて自分のカメラだけはということかも。そういえば車で やる人も多いですわね。 最後は馬鹿話のような落ちになってしまいましたが、コンバーターを使っての遊びはカメラや写真への 理解に繋がるものだと思ってます。 人と同じものは撮らない、これは昔から言われていたことですが、他人と同じものを撮るというのが 素人さんのみならずアマチュアでの主流となっているのが現状です。同じようなカメラでもって同じような 写真も撮る。みんな同じだから安心できるというわけでしょう。でもそれは多分、本当の趣味ではない です。レジャーでしょうかね。 写真の真髄はもちろんカメラなんていう物ではありません。また写真というモノでもありません。 写真は、自分は何を見て何に関心がもてているのか。ということだと考えています。そして自らの、見る 力や考える力を養うことだと思ってます。 ですから何でもない光景をなんでもないように撮れるというのは、究極の写真術というのかもしれませ んね。 この一瞬後に大震災が襲ってきて阿鼻叫喚の地獄になる。とか核ミサイルが炸裂して、とかになっても、 自分は正常にものごとを見れるのかどうか。光景自体としては平和な時代と変わらないものである はずなのですが、そうは冷静に見ることも考えることもできないでしょう。 しかしカメラに写る映像は何時だって眼前にあるものだからです。私はその自分の目の前にあるもの、 その一瞬にあるものを大事にしたいと考えています。

無題

シッポ座さん、コメントありがとうございます。 一般的に言って写真をやられている方は画像表現は得意なのですが文章表現が苦手なところが あるみたいです。しかしシッポ座さんはそうではなくてきちんと自分の考えを述べられていて大変 嬉しく思っています。 撮影の基本を忘れない、わすれたくないということ。 写真は楽しむということ。此れが一番だとということ。 何より自分自身が楽しみたい、それに尽きるということ。 さらりと書かれていますがこんなに基本的ことは他にないように思います。 私はともすれば写真の基本を忘れがちになるのですが、写真は撮影でもって楽しむべきだというの はまったく同感です。普通の散歩では得られないものが写真にはありますね。だいたい手ぶらでは 歩けないものでして、そこにカメラがあるからそれをもって出掛けて、歩いて太陽の恵みを受けられる のだろうと思ってます。 狭い香川県ですが最近は近場の撮影で十分だという気がして、遠くには行っていません。しかし 撮影には何ら不満はなく、出かける度に新しい発見があります。

無題

春になって暖かくなったからでしょうか。この掲示板の投稿も賑やかになってます。 香川は冬がないというほどに暖かく、ほぼ1年中野外で活動できます。雨もほとんど降りません。 そういうのが本当にあり難くて、得した気分になるのですが、経済的には農業生産も工業も低いですね。 つまり貧乏な県なんですが県民所得も下のほうの部類でしょう。 しかしお金がなくても天気がよければ良いんではないですかっていうところです。 最近はスポーツ馬鹿が増えてきたように思いますね。子供を持つ母親の話題でもスポーツ教室のそれ が多いみたいです。流行だから我が子をそういうのに通わせるのかも知れませんが、学力が疎かに なっちゃうと結局は子供が損をします。 スポーツでは飯は食えないんですね。ここんところを勘違いするといけません。芸術でも飯は食えませ ん。結局は勉強ができるということが飯の種になるんであって、まずは勉学ではないですか。 今の日本、やたらスポーツ選手、アスリートをもてはやしますがそういう一流の選手になれるのは一握り です。だいたいスポーツが盛んになったりオリンピックでメダルを取ったりしても日本はちっとも豊かに ならないじゃないですか。 技術立国日本も最近はかなり怪しくなってきていて、かつまた経済が成長しないのも先進国の中では 日本だけです。スポーツとかアートとかで遊びまくっているからそうなっちゃうんですね。 香川県は昔から教育熱心な県なんですが、最近はスポーツ馬鹿、アートオタクでダメになりつつありま すね。観光で飯を食おうとかも考えているようてすし。こういうキリギリスのような県になっちゃっているん ですけど、天気が良くて暖かいから苦労をして努力をしないということになるんだろうと思います。 所謂ギリシャ化ですかね。技術も産業もモノ作りもなくなっちゃうと結局は馬鹿を見ます。 とにかくスポーツやアートを評価する教育政策を改めないといけません。ちゃんと試験で合格できる ようにしないとね。成長期の大事な時にスポーツなんかで遊びまくっているようなことをすると、その 子供が一番に損をしちゃう。これが分かっていない馬鹿親が多くなりました。 ということで私はスポーツもアートもまるで関心がありません。(笑)

無題

主に風景板などで投稿されているシッポ座さんが、どうやらデジタル一眼でのマウントアダプターを 介しての異種メーカーのレンズによる撮影をされていて、私も大いに参考にさせてもらってます。 シッポ座さん、当初はイオス1DSでの撮影でしたが現在は1DS3にボディが変わってますね。撮影は 全てマニュアル露出撮影のようです。 私は電子接点付きアダプターに拘っているのですが、やはり中華製はボディとの相性を選びます。 なんとかマトモに使えそうなのが、1DS2と5D2ですか。絞り優先で使えますし、フォーカスエイドも 効きます。しかしそれでもピントは怪しいもので、そもそもオールドレンズを電子接点化して使うのが 難しいということかもしれません。接点なしのアダプターもありますが、当然にピントがすこぶる大変 です。 ピントも露出もきちんと合うのは、やはりコシナ製の新しいMFレンズですかね。これは安心して使え ますし、ピントもまあまあ合わすことができます。やはりレンズが良くないと正確なピントは難しいと いうことかもしれません。オールドレンズは解像力や収差補正が今のレンズと違い、極めて未熟 ですからね。 それでオールドレンズは、やっぱりソニーアルファ7だなっていうことなんだと思います。便利さでは ミラーレスカメラに敵いません。とは言え、ミラーレスカメラでMF撮影は楽しい撮影ではないですね。 マニュアルレンズやオールドレンズの写真は画像としての結果ではなくて、撮影そのものが楽しい というのが最大の魅力だろうと私は思ってます。 もちろん一番楽しいのは古いメカニカルカメラでの撮影ですが、当然にデジタルではありません。 デジタル写真はやっぱり自分で現像できて丸ごと完結して写真が個人的にできるのが魅力です。 もうフィルムはブローニーなどはなかなか手に入らないそうです。

無題

デジイチでMFレンズの撮影をして、さほどに時間は経っていないのですが、何だか随分と期間が経過 したような不思議な感覚に見舞われています。 浦島太郎が竜宮城から帰還した直後っていう気分ですかね。(^^ゞ なんだかこれまでのことが夢物語 だったような気になるんです。これまでのことっていうのは、それはAFレンズ撮影だったり、ミラーレス カメラのスクリーンだったりするわけですね。そういうのが遠くに去って幻のようになった気分に囚われる というか。 世の中には自分はAFレンズを使ってもMFでしか写真は撮らないっていう人がいるはずです。そういう 方だと逆にAFとかスクリーン撮影とかの撮影に違和感がでるんでしょうね。 MFレンズをミラーレスで撮っていた時はそういう感覚にはならず、デジイチのファインダー視をしてから 得た感覚ですからやっぱり光学ファインダーでMF撮影をしたからということになります。 フィルム時代はそうだったじゃないかと自問しても、その頃の撮影量は知れています。多くてフィルム 数本でしょう。デジタル時代の今とは違います。 MFレンズの凄さは絶対にAF撮影ができないことです。(笑) まあライブビュー撮影ができないことも ないのですが、そんなのミラーレスの十八番なんであってデジイチでやろうとはつゆ思いません。 おそらく、使用した機材の重さも手伝っているでしょうね。三脚なんか使わず全編手持ちで撮影をしま したから。そうですね。やっぱり機材の重さっていうのがこの気分に相当関わっていると思います。 しかしシグマの50-100とか50-500なんかよりは軽い機材です。しかしそっちはAFですからね。 手持ちMFレンズっていうのは、ファインダーを見ながらピントを合わせるわけでAFレンズのように素早く 済むわけではありません。ピント合わせの間はずっとカメラをホールドしていないといけません。その あいだ3キロのカメラをホールドしているわけでして。 おそらくそれでしょうね。機材の重量と関係があるように思います。小型のMFレンズだと今回のような 感覚はなかったろうと思います。イオスにコンタックスMFレンズでは感じませんでしたから。 それでやっぱり見逃せないのはファインダー視の良さです。 これはもう圧倒的だとおもいます。レンズも明るいですし、そもそも解像力が他のレンズとは違うので、 ファインダーの見え方が違うのではないかと思ってます。このコシナをソニーミラーレスで撮影された方 がおられましたが、これはもったいない話です。 ほぼ裸眼でみるのと違わない透視視野がファインダーで得られます。もちろんそういうレンズはAFでも あるんですけど、MFレンズはずっと見続けて合ピンさせなければならないのでファインダー視時間が 長いんですね。そこが違います。 まあ何やかやでびっくりさせられるレンズなりました。 もう長く自分はAFレンズしか使えないだろうなって思っていたんですけど、この歳になって再びMFレンズ を手にして驚くことになるとは夢にも思いませんでした。

雑感

人はなぜ写真を撮りたがるのでしょうか。それは写真なるものを通じてこの世界に参加できるからだろ うと考えています。カメラを持たずに手ぶらで散歩をするのは詰まらないねっていうところがありますし。 なぜか、カメラを手に持てば、こういう絶対に普通の人は分け入らないような藪の中での撮影もできる ようになるのです。 香川は複雑な地形と寡雨という気候が相まって、どんな小さな山村にも田圃があればその上流に溜池 があります。もうその多くは農業従事者の高齢化に伴い廃池となって自然に還ろうとしているようです。 撮影はもう大変でして道などはありませんから藪を分け入って、マムシにもご注意、もう無理やりという 感じですね。そういうの、カメラがなければ行こうという意欲などはわきません。 この世界の有様をこの目でカメラで見たいという、ただそれだけのことなんですが、考えてみれば写真 というのは不思議です。私の見るものを担保してくれる。それが写真だ、というところがあります。 素人さんは皆が撮っているようなものしか撮りません。それは皆と同じことをして安心をするという参加 意識で写真を使っているということでしょう。撮影するのはこの世界ではなく、本当はこの世の中の自分 です。綺麗な花を撮れば私も綺麗になれるかも・・・かどうかは知りませんが。 https://photoxp.jp/pictures/222697 そこに撮影する素人さんと、それを風俗世界として見つける写真家との相違があります。 写真行為とは、この世界と世の中を垣間見ることである。そこに自己の利益というものはなく、ただもう 見たい知りたいという純粋な意識だけがそこにあります。 中には撮った画像を他人に見せて賞賛を得たいという(自己利益)のもあるでしょうが、そういう人は長く 写真を続けることはできません。 写真はこの世界に自分が関心を失わせない為の投資であると私は考えています。この世界や世の中に 対しての関心というものは写真以外にも多くありますがその中のひとつが写真だということです。 ですから写真を止めてステップアップして写真以外のものに新たに関心を向けるということも可能です。 まあ写真は続けながらも、以前とは違う自分の関心事を見つけ、それをも写真に取り込むということも できます。とにかく刻々と変わっていく時代と世界の流れの中で自分の関心事というものを見つけ続けて いかなければなりませんね。 写真の良さはリアルに身体を使いながら撮影地に赴き、そこで見るという行為を駆使することにありま す。見て考えて、オマケで写真もできます。この身体性はとても魅力です。写真には歩きという行為が 必ず付随するのであって、そもそも空想的な机上論は成り立ちません。

無題

画像至上主義の終わり 写真がデジタルになってから20年以上になります。当初のデジタルの画質はフィルムに完全に 負けていたので、ユーザーはとにかく画質重点主義だったように思います。 しかし段々とデジタルの画質も良くなり、まだ発色とかコントラストなどは劣っていますが、解像力 や感度などは完全にフィルムを超えてしまいました。もう十分な画質をデジタルは持っていると思う のですが、これまでの習慣でユーザーは画質のことをまだ言っています。 ミラーレスやライブビューならピントや露出は正確だし・・・とか何とかですね。 しかしよくよく考えると、フィルム時代に於いて我々はどれほどの写真を撮っていたのでしょうか。 1回あたりせいぜいフイルム数本でしょう? 100ショットに行かないくらいの写真しか撮っていな かったのではないですか。画像とか画質とか云々するまでもなかったはずです。画質オタクになった のはデジタルからではありませんかね。 フィルム時代では何よりも撮影自体に気を入れていて、肉眼でよく見ることは当然としてファインダー を駆使しながら、とにかく被写体を徹底的に見ることであったように思います。ハイアマチュアならば 何度も三脚を立て直して光や構図を逡巡しなから良く見て考えながら撮影をしていたのではありませ んか。 私はハイアマチュアの経験はないのですが、彼らはファインダーを十分に駆使しそれこそファインダー を見ることで写真そのものの8割くらいが達成できていたのではありませんか。 それこそファインダー命であったわけで、べつにレリーズを押そうが押さないではなくファインダーの 世界が写真世界そのものだったように思います。 ちなみに私はハイアマチュア以前の写真マニアの世代だったので、それほどにファインダーは凝らな かったと思いますけど、むしろ裸眼肉眼で見るということが主題だったように感じます。 私か写真を止めてからカラー写真やAFカメラの時代がはじまって、カメラのファインダーは素晴らしく 良くなりました。その時代に多くの写真愛好家が出現したと思いますね。コンタックスのカメラや中判 カメラが全盛を極めたと思います。 そういう時代に写真の薫陶を受けた世代が、今は何と光学ファインダーを捨て去ったミラーレスカメラに 向かっているんですね。なぜならばその方が時代だから。(笑) まあミラーレスの方が画質が優れてい るからというわけでしょう。そりゃあ間違いのないところです。レンズからして違いますから。 そういう世代があの小さなEVF電子ファインダーを食い入るようにして目をしばたせながら見ている様を 想像するに、これが時代の流れなのかなって驚いてしまいます。 かつては光学ファインダー命であって、そのファインダーに親しむことで写真の8割はそこで完結して いたはずなのに、今はEVFで苦しみながら撮影をしているというのは一体どういうことなのでしょうか。 さて、もうひとつの写真世代というものもあります。ほぼデジタル写真時代から写真を始めたような世代。 フィルム時代はあまり知らないです。大体はコンデジやAPSデジイチから写真に行ったものですから、 光学ファインダーのことはあまり知りません。ファインダーと言えばダハミラーのAPSカメラ程度であって フルサイズのファインダーやましてや中判カメラのそれも知りません。 こういう世代は、とにかくレリーズをたくさん押して撮った画像の中から良いものを選ぶっていう、写真 自体がイコールそのまま画像処理になるという感覚の世代です。 私は半分はデジタルになってからの世代とも言えて、それで写真とはデジタル処理なんだという感覚も 持ち合わせています。しかしこれはある程度、限界があって写真がPC画像処理だということは、即ち 写真がリアル世界ではなくなって単なる画像処理になってしまい、所謂モニター症候群の罠にはまって しまうということだったです。その典型例がシグマフォビオン画像でした。 PCの前に張り付いて画像処理時間は長いしで、私も見事にモニター症候群に陥ってしまったことを思い だします。 写真とは何か、結局は画像処理なんかに頼らずに、撮影の時点で写真の大部分が完結していないと、 それは写真とは成り得ないという事なんではないですかね。 そしてその肝を握っているのが光学ファインダーの存在なんだろうということです。光学ファインダーとは 現実光景のファインダーであり、リアルな光景を四角く切り取ったものです。EVFは光を電子に一度は 転換していますのでリアルなファインダーではありませんよ。 光学ファインダーの良さを体験していたハイアマチュアがミラーレスカメラに行くというのは、画質至上主 義というものに惑わされているといいますか、そもそもデジタル写真というものをまだよく知っていなかった からだろうと推察しています。 光学一眼デジタルカメラというのは、アナログ時代とデジタ時代の過度期のものなんですね。カメラは アナログのフィルム時代のものであって、画像はデジタル時代のものという折衷したものです。本当の デジタル時代のカメラというのはミラーレスカメラになってからです。 そして本当のデジタル写真時代というものは、静止画という写真は消滅して動画を含む画像生成機で あるというのがその正体だろうということです。ドローンやロボットが撮影しても何ら問題がない世界です。 ですからデジタル写真時代では、正確に言えば写真は消滅して画像主義となります。画像が出来て ナンボの世界であって、旧来の写真の楽しみというものはなくなります。カメラが勝手に撮って勝手に 現像してしまうという世界です。最新のミラーレスカメラはAIが入っていてカメラがロボット化しています。 これが多分、デジタル写真の本当の姿でしょう。スマホの写真を見ているとそう思ってしまいますね。 旧来の写真の楽しみを知っている世代は本当は、このデジタル時代の写真には行けないとだろうと 私は思っています。それを無理やり行こうとすれば大きなしっぺ返しを食うのではないですか。 私はモニター症候群、VDT症候群で超高画素高画質という画増至上主義に限界を感じておりましたか ら、ミラーレスでは低画素のカメラを選び、そしてミラーレスで撮る写真は記録写真としての撮りっぱなし を選びました。 ここでいう記録写真とは、自分が歩いたその記録であって、写真の楽しみよりも歩くことや自然の中に 入ることの楽しみを優先したものです。ですから撮りっぱなしで良く、気が向けば閲覧するだけです。 ミラーレスカメラは画像生成機でしかないのだから写真としては認めず、ただ歩きの健康維持の為だけ に特化した使い方にしたのです。 ミラーレスカメラは背面モニターを見て、そして電子シャッターを使う限りにおいては身体に優しいカメラ となります。背面モニター撮影とは要するにノーファインダー撮影とさほど変わらない方法ですね。 この撮影方法は膨大なショット数を生み出すことが出来、これがまさしくだジタル時代の写真(画像)だ ろうということです。数打てば当たるのやり方であり、撮った画像は大部分スルーするという具合なので デジタルとはそういうものなんだと割り切れば、このデジタル写真の方法しかないものと思います。 要するにデジタル時代というものはその程度なんだということです。 そしてこのやり方は時代に沿ってはいますが、自分を見失う可能性が高いです。そもそも自分をなくする というのがデジタル時代の本質であるわけですから当然のことだということです。 デジタル写真とはアナログ時代の写真とは根本的に違うものなのです。 ミラーレスカメラは、レンズ交換式のコンデジであるというくらいの感覚で臨まないといけないと感じてい ます。コンデジとはフィルム時代で言えばバカチョンカメラです。間に合わせの小型カメラです。写真を 楽しもうということでは一眼レフカメラであったわけで、それは今の時代でも変わらないでしょう。 高品質な画像が生成できるということで、ミラーレスカメラこそがメインのカメラであると考えると、そこに は大きな落とし穴があったりします。 私はミラーレスカメラを初期の段階から試しているのですが、それはデジイチのマイナス点、漏洩電磁波 を防ぐ目的でした。モータードライブを搭載したデジイチの最大の欠点がその電磁波被爆でしたから。 画像至上主義の行く付くところはデジタルであり、そしてデジタルは自らを見失うことである、ということ。 そうであるならば根本的に画像至上主義を捨てなければならないということです。 そこで再び思い出すのが、かつてハイアマチュア人がやっていたファインダーを駆使して撮影時に8割 の写真行為を完結させるというやり方です。これに戻らなければ写真は取り戻せないということだと 感じています。写真画像とは単なる結果いでしかなく、写真の本質は撮影現場にこそあるのだということ ですかね。そこに本来的な写真行為の本当の意味と実質と楽しみがあるのではないですか。 そして私が今回選んだのが、優れた光学ファインター(フルサイズカメラ)とMF単焦点レンズの組み合わせ です。もちろんAPSカメラでも一眼ならば良いですし、レンズもAFレンズでもMFで使えばよいだけのこと ですが。別にズームレンズでも構いませんし。 とにかくスローな撮影で、肝心なのは良くファインダーを見るということです。言っておきますがEVFは ファインダーではありませんよ。ファインダーもどきではありますが本質的にファインダーとは成り得ませ ん。 だた本当に、ここでいう意味がリアルに分かるにはやはり純粋なMFレンズであるのが望ましいです。 このMFレンズはイオスでは存在しません。MFレンズを現在でも作っているのはコシナと中華製だけでは ないですか。 もしくはマウントアダプターで介助して古いMFレンズで撮影するか、その二つしかありません。 なぜAFではなくMFなのか。それは簡単で、ファインダーを良く見るにはその方法がベストだからです。 ピントを外しても構いません。MFならばそれが自然ですから。露出は絞り優先の自動でもマニュアルでも よいと思っています。ピントに集中しようと思えば露出自動のほうが使いやすいですかね。露出が手動 だと、撮影後にどうしても画像確認をしてしまうので気が散ります。 それで私はMFのピント手動、感度は自動ということでやっていますが、カメラによっては露出設定は マニュアルになるのもありますね。 結局はファインダーを良く見よう。ということでしかなく、それが写真の本質をえぐることになるからだろう と考えています。ファインターを良くみるにはデジイチカメラしかなく、そしてMFで撮影をするということに なるわけです。 写真の良さを、写真そのものを復権させるにはそこまでやらないと現在では達成しなくなっているという ことだと考えています。 ファインダーと言えば、ファインダーを見すぎてファインダーに囚われすぎるからハイアマチュアの写真は 詰まらないのだ、という指摘がプロ写真家からよく出されました。ぎちぎちに余裕のない構図の写真なん かですね。 それはその通りなんでして、そこはハイアマチュアの限界でありました。しかし彼らは被写体やファイン ダーを良く見て写真を撮っていたということは間違いかなかったということです。 実物視やファインダー視の観察は、あくまでもこのリアルな現実の世界での「見る」という行為です。 デジタル画像になった電子画像を見るというものとは本質的に異なります。 よく言うのに、自分はパソコンで画像が自由になるのを見るのが楽しいということをいう人がいます。 あんなの、仕事で画像処理をしている人からすれば苦痛でしかないのですけどね。人間がするものでは なくAIで済ますのが本当です。 画像処理なんかは絶対に写真ではありませんよ。アマチュアでもシグマフォビオンの画像処理をすれば すぐさま身に沁みて分かることです。 結論として、画像至上主義というものを捨てなければならないということです。これに多くの人たちが 未だに囚われていて、それで本来の写真を見失っているところがあります。

雑感

イオス1DにコシナMFレンズを着けての撮影。2日続けて撮影すると流石に身体にきました。 2台持っての撮影だったので3キロと2.5キロで5キロオーバー、手には必ず1台は持ったままの歩き ですので、それで野や里山を歩くのは久しぶりの体力増強となりましたが。(^^ゞ  昔は2台持ち撮影はイベント撮影では普通にこなせていたんですけどね。でも歩きは少なかったかも。 最近は軽いミラーレスカメラでの撮影ばかりでしたので、一眼レフでの撮影は、ああ昔はこうだったの かと身に沁みて思い出す有様でした。 しかしMFレンズでの撮影は楽しいです。フォーカスエイドを利用していますが、さすがにこれがないと もうピントは外しまくりになるでしょう。若い人ならばフォーカスエイドを利用せずにできると思います。 AFレンズのように素早くは撮影できずで、でもじっくりとファインダーを見ながら写真をとることができ、 それが撮影の充実感に繋がっているよな気がします。 私の場合、デジイチでの撮影は、ピントを合わせた後、必ずカメラボディを顔から少し離してレリーズを 押します。これはカメラの漏洩電磁波を避けるためです。AF撮影だと最初からカメラボディを離した状態 でやりますが、MFだとボディに顔を密着させなければなりません。しかしその状態のままでレリーズと いうのは危険ですね。これさえ押さえておけばMF撮影は楽しくできます。 私はカメラのファイダーがあまり良くなかったメカニカルカメラからの写真世代ですので、実はあまり ファインダーには頼っていません。昔の一眼レフは今のカメラよりファインダーは暗く見難いものでした。 それでレンジファインダーカメラも使っていました。これは装着レンズを介しないのでファインダーが明る かったのです。当初から積極的にノーファインダー撮影もしていましたし。 そういう習慣が最初から根付いていますので、裸眼の状態で被写体を見てフレーミングをするという ことをしているようです。あえてファインダーで確認をしなくても撮影ができるというわけです。 この習慣が実はミラーレスカメラの背面液晶での撮影に大きく繋がっているように感じます。つまり ファインダーを使わなくても裸眼撮影ができるということ。 ここらがハイアマチュア世代の人間と違うところだと思ってます。写真は手と裸眼だけで撮れるという ことですかね。(笑) それはもちろんAF機能があるからできることです。(大昔は先置きピンでやってい ました)  今のご年配のハイアマチュア世代の方がデジタルになって、ファインダーに囚われるあまり、見づらい EVFに固執するというのは如何なものかなって感じていますが、この習慣を脱却するのは難しいだろう と思います。 写真もカメラも時代と共に変化するものであって、その時流の変化に合わせて自分の使い方も変えて 行かなければならないのですが多くの人たちはそれができません。一旦覚え込んだ作法を変えること が難しいのですね。 光学ファインダーは大きな時代の流れではやがてなくなってしまうものと思われます。しかしそれでも 写真を楽しめる方法を自分で模索しないといけないのです。 しかし光学ファインダーのカメラが無くなるというのは、それは今日ではありません。イッツノットツディで すから楽しめる内は楽しんでおこうというわけです。 写真はヒカサキでしょうか。へんな匂いっていう人もいますけど、私には懐かしい匂いです。この時期、 林中にこのヒカサキの匂いが漂っています。

雑感

デジイチでMFレンズ、けっこういけますね。正直言ってこんなに上手く行くとはちょっと予想外でした。 このレンズはコシナ製28ミリで、55ミリよりかは出番が多くなります。広角好きの私にとっては55ミリ は望遠レンズという感じなので、28ミリともなるとほぼ万能レンズとなります。 レンズは1.4キロくらいあるんですかね。フィルターは95ミリなのでさらに重いです。胴体は太くて握り にくいので布ガムテープで巻きました。大きく重いレンズ(デザインは馬鹿ですね)なので1Dでないと 上手く使えないように思います。ピントを合わせてからカメラ自体を顔面から離すのですが、カメラと レンズの自重で、手で固めなくても固定静止できます。とに角これがありがたいです。 ファインダー視はすばらしいです。このファインダーを得る為に手に入れたレンズなので満足してい ます。コシナMFレンズは55ミリと28ミリ、そして二コン用として35ミリを手にしましたが、どれも満足と いうところです。まあピントもちょくちょく外しますけどご愛嬌ということで。 しばらくはこのセットで使っていきたいと考えています。デジイチにMFレンズ。これが写真としては 最右翼といったところでしょうか。一方の左巻きのアルファ7ミラーレス機(コンデジ使用で)と平行して やっていくつもりです。 ロシアウクライナ戦争を見ておりますと、もしかすれば地球は寒冷化するんじゃないかなって思うよう になりました。この戦争、たかがプーチンの迷妄で始めた戦争なんかではないですね。そんなもんで どんどんと人が死ぬ戦争は起こりません。そんなの常識でしょう。 ロシアの特にシベリアなんかの若い兵士が磨り潰されている。そしてロシアの若い才能のある人たち が国外脱出をしている。もうロシアには戻れないかもしれません。そしてロシアの資源を西欧は当てに しなくなった。西欧の資本も技術もロシアから撤退です。 これらの意味するところは、もうロシアでは人が住めなくなる。資源開発もだめで、農業すらも減産する ようになるかもしれません。それは遠からずロシアの大地は寒冷化して人がいなくなるからではない ですか。 プーチンがウクライナを取りたかったのは確かです。それはロシアの伝統である南下政策です。少し でも南にいけば暖かいからです。そしウクライナは穀倉地帯でそこをゲットすれば食うには困らなくな るし、またロシアよりは暖かいのでロシア人も住める。 そこらあたりの切羽詰まった事情で侵攻したものと思われますね。理屈なんてなんでもいいんです。 ロシアとしてはあたり構わずとに角生き延びるために戦争を仕掛けたというところでしょうか。 クリミアを奪取したころからもう寒冷化でロシアでは住めなくなると分かっていてそれで仕上げとして 丸ごとウクライナを取ろうとしたんでしょう。しかし残念ながら上手く行っていない。核の脅しも効かな いし、もう何をしてもロシアには未来がなくなってしまったみたいですね。 さてモスクワが氷の世界に閉ざされるようになるのかどうか。

今は春

https://photoxp.jp/pictures/222600 ・・・・背中に酸素ボンベを背負ったまま、町内の公園のあぜ道で腹這いになって、ナズナとホトケノザが 咲く様子を見上げました。土の香りが懐かしくて泣きそうになりました。 氏は間質性肺炎を患いました。指定難病です。長野県の田舎に生まれ育ち、土の香りはその人生の 幼き頃の出発点にあったはずです。 コメントされた方はこの難病をあまく見ているようです。 原因はいろいろとあるでしょう。コロナワクチンの可能性だってあるんではないですかね。しかしそういう 因果論を越えた次元で人の運勢というものは予め決められているのだということも言えます。 写真行為は今この現在の一瞬が全て、というところがあります。それは静止画写真の本質でありその 一瞬に花咲き生きるのが写真を決意したものの姿であろうかと思います。1秒であっても数百年であって もさほどの違いはありません。 ともあれ、この世界はいずこを見渡しても命に満ち溢れているようです。今は春です。

イオス1DS系

イオス1DS系 キヤノンフルサイズのプロ系カメラは歴代エルゴノミックデザイン(人間工学)を採用していて、持ちやすい 使いやすいという優れたデザインをずっと一貫して踏襲しています。重量はあるものの、長時間持って いても思ったほど疲れません。そして極めて丈夫で壊れ難いカメラです。欠点は高性能が故に漏洩電磁 波が大きいということでしょうか。(例外はあります) このカメラをもう少し有効に使ってみたいということで最近ちょっとレンズに懲りだしました。使いたいのは 広角と標準だけですのでレンズ沼に陥るというほどではありません。 と書きながらも、投稿した写真はミラーレスで撮影したものです。コンバーター使用ではなく、ミラーレス 専用AFズの装着なので、撮影はきわめてスムーズです。軽くてカメラを持っている感覚がないほどです。 やっぱり、ミラーレスカメラは便利で使いやすいよねっていうところ。(^^ゞ しかし頑丈で優れたイオス1D系で、単焦点レンズをMF操作するというのも捨てがたいところかあります。 なんといってもそれがカメラの基本ですから。カメラというものを忘れないで行こうと思えば大きくて重い カメラは必要なんじゃないかなって感じますね。 カメラというのは、この世界と自分との間のゲートウェイ(入り口)というところがありそうです。自分を見失 わない為に伝統的な作法のカメラというものがあるんじゃないかなっていうところでしょうか。 最近は生成AIというのが流行りそうだいうことです。オープンAIのチャットGPTが大変な人気のようです。 この手のAIは画像データ処理と関係があるみたいでハードウェア的にはAGPで処理をするようです。 無論クラウドのサーバ側の話なんですが、私としては何となく不信感が芽生えそうなんですが、便利なの は確かでしょう。時期的に見て、これからそういう画像処理的手法を使ったデープラーニングAIが世界を 席巻するのは間違いのないところです。 生成AIは多分、IQ100の世界だろうと思います。つまり極めて常識的な大数の法則的世界。しかしそれは 思考の世界ではないですね。カメラで言えばミラーレスカメラのようなものですか。光学ファインダーを 持ったカメラの世界とは違うだろうと思ってます。 私のミラーレスカメラの使い方はEVFを使いませんので、言うなればIQ80の使い方です。ミラーレスでは IQ100を私は目指しません。 カメラ好き写真好きの間では、たぶん8割の人がミラーレスカメラで十分満足をされると思ってます。そして 2割の人が光学ファインダーに好意を保つだろうと。ミラーレスはちょっと・・・という感覚でしょうか。 光学一眼レフでMFレンズというのは、私も最近理解できたばかりなのですが、これはIQ120の世界では ないのかなって感じました。つまり最近AIの届かない思考世界です。 デジイチでAFレンズだと、これは古いタイプのIQ100でしょうか。私もずっとそれを続けてきましたから。 しかしデジイチでMFレンズを使うIQ120の世界は大変です。一方、MFレンズをミラーレスカメラで使うのは 簡単ですね。しかしそこはIQ100の世界であるわけで、カメラ的には面白いけれど写真としては詰まらない のです。そしてこれからこの私がIQ120の世界に入れるかどうかは大いに未知数です。(^^ゞ 

無題

PENTAX K-3 MarkIIIというカメラは最新OVFカメラなんですが、APSフォーマットカメラでありながら、 その光学ファインダーはフルサイズとさほど違わないほどの高倍率を持ったカメラです。素晴らしい ファインダーだけでなく、APSセンサーの画質もフルサイズに負けないほどのカメラとなっています。 ペンタックス(リコー)はデジイチのことが良く理解で来ていて、とにかくファインダーが優れていないと カメラではない、という確信のようなものを得ているようです。 優れた光学式ファインダーに、良いレンズを組み合わせれば、そのファインダー視には魅入られる ほどの魔力というものがあるようです。私もMFレンズで最近は撮影をしているのてすが、なかなか ピントを合わせるのは難しいです。(^^ゞ しかし最新の優れたレンズであればピント確率は随分と 高くなります。これはレンズのお陰です。オールドレンズだとピントは難しいですね。 野鳥撮影の方はその光学式ファインダーで鳥を眺めているだけで充足感があるといいます。それは よく私にも理解できるところです。たとえ600ミリF4レンズを持っていなくても。 こういう具合に光学式ファインダーの魅力というものは大変なものがありました。その最たるものは 中判カメラの光学式ファインダーでした。なにせファインダーが大きかったですからね。フィルム時代 に写真をやっていた方の多くは中判カメラを使っていて、要するにその優れたファインダーに魅入られ ていたのだと思っています。 時代はうって変わって中判デジタルもミラーレスの時代です。確かに得られる画像は大変なものに なりましたがEVFファインダーでは面白くないのではないでしょうかね。 多くの方々が、時代の流れということで大人しくEVFミラーレスカメラを受け入れています。大人しい といわれる日本人だけでなく全世界的にそうなっていますね。(笑) 私が思うに、ミラーレスカメラを受け入れるということは、もう自分は写真から離れようと無意識の内に 思っている人たちなのではないかということです。 考えてみますと写真道楽なんて、そんなにいつまでも続けるものではないでしょう。その止める切っ掛け としてミラーレスカメラに代えるんではないですかね。光学式ファインダーの魅力というものが得られ なくなれば、自然と写真からは離れていくというものではないでしょうか。 まあそれはともかく、最高の光学式ファインダーとはフルサイズのプロ機に高級単焦点レンズを装着 した場合となります。 今回、ひょんなことからコシナツァイス55ミリMFレンズを格安中古で手に入れました。ソニーミラーレス で使っていた最初は、まあこんなもんかな、って具合でしたが、そのレンズをイオス一眼レフで着けて 撮影すると別世界が待っていたことに気かついたというわけです。 最初はシグマの単レンズよりも優れた画質のレンズを試したかっただけでしたが、結果はそういうレンズ こそが光学式ファインダーのカメラで生きるのだということでした。そしてファインダーとは、それこそが 写真の本質そのものであることに具体的に改めて気がついたというわけですね。 よい勉強になったと思ってます。

無題

写真の本質  それはリアル世界、つまり現実の被写体ですが、それを画像として記録する過程におけるプロセス にあるのだということでしょう。そして得られる画像とは今風に言えばバーチャル世界なんですね。 写真を形成する第一義とはフレーミングでしょう。つまり現実世界を切り取るということ。 ファインダーを見れば分かるように被写体は四角く切り取られています。黒枠の中に構図としてある わけです。そして何よりも写真は2次元であって現実の3次元とは異なります。 それで写真とは現実世界を四角く切り取り、そして3次元を平面の2次元に変換することだと言えます。 その大きな役割を果たすのがカメラのファインダーです。それほどにファインダーというのは重要な ものなんだと思うんですね。 ノーファインダーカメラ、もしくはノーファインダー撮影というのがありますね。私はよくノーファインダー 撮影をするんですが、これは写真なのかそうでないのか分からないところがあります。ノーファインダー 撮影をした画像を後で見ても自分が撮った写真だとは思えないところがあるんです。画像は得られて いるんだけどそれは自分の写真だとは言えないところがあります。 写真とはリアルな現実世界と、バーチャルな写真画像との間の中に存在するんじゃないかって考えて ます。橋渡しですか。それは非常に微妙な世界観ですね。現実と虚構の間のボーダーラインにあると 言い換えることもできます。 例えば、世界と自分。これは当然に違うものです。世界は大きく本質性に富んでいますが、自分や私 というのは小さくて人為的に作られたものです。特に自然世界を相手にすると人間の私というものの 存在が卑小なものであることがよく理解できるでしょう。 この圧倒的な落差のある世界と自分とを繋ぐ役割を果たせそうなものが写真だといえませんか。 私は写真というものを通じてこの世界を、見たいし学びたいと常々考えています。 写真と言えば多くの人たちは絵であり芸術であり画像であってモノだと考えているでしょう。傑作が できれば嬉しいという感じで。しかしそれだと写真は、自分の生き方とか向上心とかとは無関係のもの になってしまいます。 絵ピクチャーとか芸術アートだと、それは早い話が道楽です。写真が道楽になってしまっては勿体無い なかって感じますね。高級なカメラやレンズ、PCを揃えて、撮影では旅費と時間を掛けて写真をしても それが道楽なんかでは投資した資金は回収できません。単なる消尽となるだけです。 もちろんこのことは多くのアマチュア写真人がよく知っていることです。しかし明確に意識しているとは 限りません。ただ何となく写真には芸風以上の価値があるだろうと感じているだけです。 写真や撮影の行程に於いては、 1.まず現実世界の前に立つこと(歩きであり旅であること) 2.カメラでもってそれを切り取るという、ファインダー視をすること(撮影そのもの) 3.そして得られた写真画像を帰宅して確認することです。(現像です) この3つですかね。このどれが欠けても写真とはならないような気がします。 私がよくしているのはミラーレスカメラ・AFレンズでノーファインダー撮影に近いやりかたをすることです。 ファインダー視は背面のモニターでアタリ程度でしか見てません。撮影はスピーディで、歩きの距離は 伸びて、その間でしているのは目前の光景や被写体ばかりを見て、写真のことは何も考えていないと いうスタイルです。カメラを持たないような手ぶらな物見遊山とさほど変わりませんね。 こういう撮影では撮った画像を後で見るということはほとんどしません。しかし写真に惑わされずに 現実を良く見ているということではなかなか捨てがたいものだと思ってます。こういう記録本位の写真 スタイルというのもあるんではないでしょうか。この場合、私が撮影中で記憶しているのはファインダー 視の記憶ではなくではなく現実光景です。 しかしそういうスタイルも写真だと思えるのは、既に私の習慣として光学一眼レフのファインダーで長く やってきた経験というものが私の中に出来上がっているからでしょう。 それで偶にはデジイチでの撮影を定期的に挟んでするように思えます。ミラーレスやコンデジだけでは 写真を永続することは難しいようでして、中継ぎとしてファインダー視ができるデジイチを使うんではない でしょうかね。 皆さんはどのような思われているのかは知りませんが、私には実用としてのミラーレスカメラ、精神的 主柱としてのデジイチがあるように思ってます。 ミラーレスカメラは光学式ファインダーがありません。あるのはEVFと背面スクリーンだけです。残念な がらこれらを良く凝視することはできませんね。アタリ見程度しか使えずファインダーとしての機能はない と私は考えています。 もっと技術が進んで本当に光学式と変わらないEVFファインダーやスクリーンが出来る可能性もありま すが、残念ながらそれは撮像素子からの画像なのでリアルなファインダーとはなり得ません。 つまり、ファインダーとは現実世界のリアルな像でなければならないのであって、撮像センサーを通した 画像では本質的にファインダーとはなりえないんですね。 撮った写真画像をその場で見ることができる。これが現在のEVFやスクリーンのファインダーとなってい るのですが、本質的にファインダーの定義からは食み出しています。つまりファインダーとは被写体の あくまでリアルな像でなければならずで、結果としてのバーチャルな像では意味をなさないというわけ です。 現実的にはOVFもEVFもほとんど一緒ですかね。しかし細部を見れば違います。その細部が肝心なの であって、リアル世界はとにかく細部に宿るのです。大まかに同じというのは空論です。 多くの人はこの空論机上論で世の中を考えているところがあり、順調な時はそれでいいんですが危機 が訪れるとにっちもさっちも行かなくなるものです。 写真というのは非常に繊細で細部までよく考えていかないと見誤るものだと思っています。単なる画像 を得たいのであればEVFで上等ですが、写真の本質まで考えてやっていこうと思えばOVFは必須だろう と考えています。 光学式一眼レフだけでなくカメラの黎明期には色んなファインダーのカメラがありました。ペンタプリズム を持たない一眼式カメラ、2眼レフや、レンジファインダー式カメラ、ミラーもプリズムもないフォーカシング スクリーンだけのカメラ、板金で枠を作っただけのスポーツファインダーとかも。 しかしそのどれもが当然ながらリアルなファインダーでしたね。電子式ではなかったので当然です。 このようにファインダーというのはカメラの創世記からあるものでして、あくまでリアルな世界を元にして いたのです。 ところがカメラが電子式になってから事情が変わりました。カシオがコンデジで撮った画像をカメラで見 れるようにした。そしてライブビュー式のファインダーの登場となったわけです。ビデオカメラでは昔から あったものですから初めてというわけではありません。 今のスマホを見ても分かるように基本的にこれはビデオ式のカメラですね。静止画も撮れるよっていう くらいです。そうなんですよ。今のミラーレスカメラは動画撮影を主流とするビデオカメラなんです。 写真好きの人が動画カメラを買ったとしても動画は撮らないんではないですか。私も殆ど撮りません。 動画は実用的に富んでいます。初めてのものでも動画だと理解が早いです。テレビやネット動画はその 動画です。しかしモノ事を本質的に良く知ろうとすれば動画ではもの足りません。情報収集の面では 活字も必要です。そして自分が画像を撮ろうとすればやはり写真が撮れるカメラでなければ、となります。 それは物事への理解の深度が本質的に違うのたということではないでしょうかね。 ともあれ、現在は少しずつ写真精神を喪失しつつある時代だろうと思ってます。そうは言ってもいつの 時代も写真なるものを本質的に究めていくというのは難題でした。世の中のカメラが光学式ファインダー を無くす時代に投入すれば本当に写真はなくなってしまうかもしれませんね。しかしOVFカメラがなく なる時代はそう簡単には訪れないでしょう。

無題

風景写真板 https://photoxp.jp/pictures/222527 シッポ座さんがこの風景板では良く登場されますが、どなたもコメントは入れていません。しかし他者 のコメント云々がなくても写真を投稿できるというのが本当の写真行為だと思います。 この方はOVFカメラをメインに使っています。栃木県の方のようです。 同様に、ペンタックス板のトトキュさん、この方もOVFカメラです。また花板のcaudexさんも。 こういう具合に耽々と写真を撮られて投稿されている方にはOVFカメラの方が多いように感じられます。 もちろん被写体の面白さが手伝って写真投稿をされている方にはEVFカメラの方もおられます。 フォトXP掲示板では一番盛んな活動をされている板はMN研です。もうそれ以外ではほそぼそという 感じになってしまいました。MN研はペンタックスカメラのユーザーが3人ほど常連として活躍されて います。そう、ペンタックスはEVFミラーレスカメラは作らないと宣言しているメーカーです。 今現在、デジイチの光学式OVFカメラをリリースしているのは、キヤノンと二コン、そしてペンタックス だけだと思います。(フジとライカがレンジファインターカメラを出していますが例外的です) 二コンとキヤノンは、もう新しいOVFカメラは出さないのと違いますか。ですから唯一ペンタックスだけが 我が道を行くという具合になるようです。

春

もう春のようです。こちら香川には冬はありません。晩秋の次は初春となるのです。雪に妨げられる ことがなく一年中活動できるのは本当に有難いことだと思ってます。 しかし雪景色の写真をこの掲示板で見ることができるのはとても嬉しいですね。 「EVFとOVFのどっちが好きですか?撮ってて楽しいですか?」2018/10/28 11:51 価格コム https://bbs.kakaku.com/bbs/K0001086545/SortID=22213360/ この質問、最後の「(どちらが)撮ってて楽しいですか?」が問いかけの肝のような気がします。 しかしそこまで踏み込んで回答している人は少ないようですね。回答者よりも質問者の人が上のように 思います。 私の結論はもうはっきりしていてEVFカメラだけでは長く写真をやれないたろうということです。 いや、そんなことはない。(デジイチを捨てて)ミラーレスカメラだけでも写真はやれるんだと強く思ってい るのならば、ぜひ頑張ってみてください。 私事ながら普段使うカメラはほとんどミラーレスカメラです。それにAFレンズを着ける気軽な撮影。しかし OVFのデジイチは捨てていません。神棚に飾っていますんで。いや箪笥の肥やしになってますね。でも 所持しているというだけで実際には使わなくとも威力はあるんでして、そのお陰でミラーレスカメラが使え ているんだと密かに思ってます。 EVFカメラでは画像は撮れる。しかし写真は撮れないと感じています。それはOVFのカメラの役割でしょ う。しかしEVFカメラは便利です。特に電子シャッター最高ですね。眼の疲れるEVFは使わずに背面スク リーンだけの使用ならば、軽くて小型で気さくに持ち歩けるミラーレスはとても良いと感じてます。これは 健康カメラといってもいいんじゃないでしょうか。 なおEVFカメラで機械式シャッターを使い、EVFを常習するのならば、これは最悪健康カメラになるのは まちがいがないでしょう。そういう使い方もできるのでカメラというのは奥深いです。

讃岐山脈Ⅱ

手前の濃い目の(近めの)連山は讃岐山脈ではなくて、丸亀市の綾歌連山です。その背後にある 画面いっぱいに広がるのが讃岐山脈です。 レンズは京セラ・コンタックス50ミリf1.4。アダプターを使う場合、イオスでは1D系はあまり向きません。 露出が安定しないみたいで。5D系は上手くいけそうですね。1D系にはMFレンズではアダプターを 使わないレンズが安心して使えます。5D系は露出も良いし、ピントも合わせやすいです。